若さとは、振り向かないことだ。 昼の日差しに暖められたリビングには、麺を啜る音だけが繰り返されていた。 ヤブキはカレー味のつゆに浸ったそうめんをずるずると啜って一息に飲み下すと、次のそうめんを掬い取った。 向かい側の席に座るミイムはヤブキの食べ方に若干眉根を顰めたものの、文句を言わずにそうめんを啜った。 夏場に買い込んだはいいが山のように余っているそうめんを処理するため、連日のようにそうめんが続いていた。 それもこれも、父親であり一家の主であるマサヨシが無類のうどん好きであり、そうめんを良しとしないせいだった。 ヤブキもミイムも、そうめんとうどんは構成物が同じで製法も似ているのだから大して違わないのでは、と思った。 だが、マサヨシにはそうではないらしく、そうめんが食卓に上ると顔には出さなかったが不機嫌になってしまった。 たかが麺類のことで諍いを起こすのはつまらないので、必然的にそうめんではなくうどんの頻度が高くなっていた。 その結果、食料庫にはほとんど消費されなかったそうめんが大量に残され、食料庫の容量を未だ圧迫していた。 コロニーの容積は広く食料庫もまた広いが、いつまでたってもそうめんが残っていると別の食料を入れられない。 けれど、そうめんばかり出していては四姉妹が飽きてしまうだろうし、マサヨシが不機嫌になることは間違いない。 そこで、マサヨシ、イグニス、トニルトスが仕事をする平日と四姉妹が木星で実地授業期間に食べることにした。 試行錯誤して味を変えていても結局はそうめんなので、食事の時間はどちらも無口になり機械的に食べていた。 「替え玉ですぅ」 ミイムはそうめんが山盛りになったザルからトングで一掴みし、ヤブキの汁椀に投げ込んだ。 「言い返す気力もないっすねー、マジで」 ヤブキは汁椀からはみ出すほど突っ込まれたそうめんを箸に巻き付け、人工口腔に押し込んだ。 「チャンプルーも揚げたのもにゅうめんもやりましたけどぉ、結局は冷たいのに戻りやがったぜコノヤロウですぅ」 ミイムは自分の汁椀にもそうめんを入れ、カレー味のつゆを絡めて啜った。 「でも、カレーは悪くないっすよね?」 ヤブキがもちゃもちゃと咀嚼してから飲み下すと、ミイムは嚥下してから返した。 「醤油味よりはちったぁ刺激があるからマシですぅ。でも、やっぱり三回も食べれば飽きるぜコンチクショウですぅ」 「マサ兄貴がうどん至上主義者じゃなかったら、オイラ達はこんな不毛なことをしなくても済んだんすけどね」 「全くですぅ。うどんが好きなのはいいんですけどぉ、そうめんも評価しやがれってんだドチクショウですぅ」 「今日の夜はどうするっすかねー。結局はそうめんなんすけど」 ヤブキが水受けのボウルに載せたザルからそうめんを多く掴むと、不意に掃き出し窓の外から閃光が走った。 直後、振動と轟音が鳴り響き、テーブルごとがたがたと揺さぶられたそうめんのザルが傾いて滑り、床に落ちた。 何事かと二人が窓の外を見やると、季節の移ろいで草が枯れ始めた草原に小型の宇宙船が突っ込んでいた。 全長は十メートル程しかなく推進装置も少なめなので、恐らくは本船に搭載されている連絡用のシャトルだろう。 「どうするっすか、これ」 シャトルよりもそうめんの行く末が気になったヤブキが床を指すと、ミイムはぶりぶりな演技をした。 「みゅんみゅうん、食べ物は大切にしないといけませんけどぉ、床が食べちゃったのなら仕方ないですぅ。ボクとしては断腸の思いですけどぉ、このそうめんさんはダストシュート行きになっちゃいますぅ」 「素直に喜んだらどうっすか、そうめん地獄から解放されたぜヒャッハー! って」 ヤブキは汁椀に残ったカレー味のつゆを飲み干してから、床に屈み、散らばったそうめんと水を片付け始めた。 「んで、あっちはどうしますかぁ」 雑巾を持ってきたミイムが窓の外を指すと、ヤブキは手を横に振った。 「あー、あんなん放っておいても大丈夫っすよ。床が汚れたままの方が気分良くないっす、ワックス掛けたてっすし」 「それもそうですぅ」 ミイムが床の片付けを手伝おうとすると、シャトルから出てきた人影が一直線に駆け寄って掃き出し窓を開けた。 「頼む、どうか俺達を匿ってくれ!」 「あーはぁーん?」 ミイムはきつく眉を吊り上げて掃き出し窓に向き、オオカミのような獣人を睨んだ。 「人んちにいきなり突っ込んできてそりゃねぇだろうがアホンダラですぅ。まずは謝れやスットコドッコイですぅ」 「そうめん喰うっすか? まだまだあるっすよ?」 喰い手が増えた、と素直に喜んだヤブキがキッチンを指すと、オオカミ獣人は両耳を伏せた。 「いや…だからそうじゃなくて、匿ってくれないか?」 「誰をだよスカポンタンですぅ」 ミイムが唇を尖らせると、オオカミ獣人はシャトルを指した。 「決まっている、俺と仲間達だ! もちろん金は出す! マサヨシ・ムラタはこのコロニーに住んでいるんだろう!」 「住んでいるっすけど、週末まで帰ってこないっすよ? 軍で仕事してるっすから」 そうめんまみれの雑巾を丸めたヤブキが答えると、ミイムがへっと嫌な笑顔を浮かべた。 「ていうかぁ、パパさんが傭兵って前提で言っているんでしょうけどぉ、その情報はもう古いんだよタクランケですぅ。パパさんは傭兵家業から足を洗って軍に復帰してぇ、今は教官の御仕事で忙しいんですぅ。どこの悪党か知らねぇが、とっとと帰って自分のケツぐらい自分で拭きやがれってんだよダボがですぅ」 「俺達は海賊だが、断じて犯罪は犯していない!」 オオカミ獣人は情報端末を取り出すと、ホログラフィーを投影した。 「俺はデーゲン・ヴォルケンシュタイン、ジャール海賊団の取締役だ!」 デーゲンと名乗ったオオカミ獣人が掲げているホログラフィーが映し出したのは、名刺を兼ねた個人情報だった。 不信感全開のミイムとあまり興味のないヤブキが覗き込むと、確かに彼の名が筆頭株主となっている会社だった。 だが、ジャール海賊団、との社名は宇宙海賊であるとしか思えない。宇宙海賊が会社を偽装するのはありがちだ。 そうした場合、普通は社名を運送会社や人材派遣会社を装うのだが、敢えて隠さずに活動する宇宙海賊もいる。 だが、デーゲンが本業の海賊にしか思えない理由はもう一つある。その格好が、いかにもな海賊船長だからだ。 ドクロのマークが入った海賊帽、赤いベルベットのコート、革製のブーツ、そして腰には刃が弓形になっている剣。 眼帯があれば更に完璧だったのだろうが、それがなくてもデーゲンは海賊であり、海賊以外の何者でもなかった。 「若旦那ぁん、お話付いたぁん?」 シャトルから出てきた人型クモはデーゲンの背後に寄り、牙の生えた口元を開いた。 「いや、まだだ。というか、本人がいないみたいだ」 デーゲンが答えると、クモに似た異星人は八本足をしなやかに曲げて身をくねらせると外骨格が軋みを立てた。 デーゲンよりも長身ですらりとしていて、人間で言うところの両足に当たる下両足はほっそりとしているが逞しい。 ヘルメット状に前頭部を覆う外骨格には八つの目が付いていて、全てが自立しているらしく、時折瞬きしていた。 「あらぁん、それじゃあ、私が見つけた情報が古かったのかしらぁん。ごめんなさいねぇ、若旦那ぁ」 「そいつぁありがちなことでさぁ、若旦那。つい昨日まで俺達がいた宇宙は、太陽系からは何千光年も離れちょりやすからねぇ。亜空間通信を使おうが何をしようが、データベース自体が更新されてなきゃ意味がねぇんでさぁな」 デーゲンの背後に、今度は大柄な鳥人が舞い降りた。巨大な両翼とクチバシは地球の猛禽類に酷似している。 両足にも太いカギ爪が備わり、人間など簡単に一掴み出来そうだが、目元に愛嬌があるので凶暴性は感じない。 「御縁がなかった、ということでございましょうな」 続いて現れたのは、地球の古生代に繁栄した生物を思わせる外見の人型甲殻類で、レイピアを携えていた。 三葉虫のようにも思えるがカブトガニを思わせる風貌も持っており、だが、細かな特徴はカブトエビのそれだった。 人間のように頭と両手足があるのだが、言葉を発しているのは胸郭らしく、喋るたびに胸の外骨格が震えていた。 「ですが、このまま何もせずに逮捕されてしまうわけには参りません。この場で迎え撃ちましょうぞ」 「おう、それがいいぜ! たまには大暴れしねぇと、戦闘用の思考回路が錆び付いちまいそうだからな!」 シャトルから飛んできた巨体の機械生命体は、両足のスラスターから逆噴射しながら四人の背後に着地した。 旧時代に活躍していた陸戦兵器、戦車に似た外見の持ち主で両手足にはキャタピラのような外装が付いていた。 頭部は赤い単眼のマスクフェイスで、背部には砲塔から主砲がそびえ立ち、身長はイグニスらよりも一回り高い。 「えーと、この人ら、どちら様っすか?」 ヤブキがデーゲンに問うと、デーゲンは情報端末を閉じてから四人を指した。 「もちろん、うちの社員だ。人型クモが経理担当兼オペレーターのシュピンネ、鳥人がマネージメント兼操船担当のフリーゲン、古代甲殻類が総務兼レーダー担当のレピデュルス、機械生命体が営業兼戦闘担当のティーガーだ」 「この度は御迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ありません」 レピデュルスという名の人型カブトエビは深々と礼をし、ヤブキとミイムを見上げた。 「ですが、我らにも退っ引きならない事情がございます。それを聞いた上で、追い出すか否かを御判断下さいませ」 「ボクらの力じゃあなた方をシャトルごと追い出せないしぃ、話だけは聞いてあげますけどぉ」 ミイムは腕を組み、顎でキッチンを示した。 「聞いてあげるからには、そうめんの処理を手伝えやコノヤロウですぅ!」 「そうめん? なんだ、それは?」 聞き慣れない名だったのでデーゲンが片耳を曲げると、レピデュルスが解説した。 「若旦那、そうめんと申しますのは地球人類が食する食品の一種にございます。小麦粉を塩水で練り上げて細長く伸ばし、乾燥させたものにございます。そして、それを熱湯でさっと茹で上げ、ダシの甘みを効かせた醤油味のつゆに付けて食する食品にございます。温かなつゆに浸して食べる場合は、にゅうめんと称するのでございます」 「えらく詳しいっすね、カブトガニの旦那。いや、三葉虫…かな?」 ヤブキが素直に感心すると、レピデュルスは一礼した。 「私めは元々太陽系出身にございます故。それと、私めは分類の上では紛れもないカブトエビにございます」 「そうねぇん、丁度良いかもしれないわぁ。だってぇ、私達ぃ、逃げ出してから休みなしだったものぉ」 シュピンネが牙の付いた顎を開くと、フリーゲンが同意した。 「そうでやんすねぇ。腹が減っちゃあ戦は出来やせんぜ」 「喰える時に喰う。それが戦士の基本だぜ、若旦那」 ティーガーが頷いてみせると、デーゲンは若干不安げだったがヤブキらに向き直った。 「それじゃ、そのそうめんとやらを頂こう」 「んじゃ、とっとと茹でるっすかね。そのついでに、そちらさんの事情も聞くっすからね?」 ヤブキがキッチンに向かうと、ミイムは腕を組んだまま真っ平らな胸を張った。 「そうですぅ! パパさんやイギーさん達がいない間は、とびっきり可愛くて強くて全宇宙が胸キュンなボクとぉ、底辺過ぎてどうしようもねぇけど弾丸の盾ぐらいにはなるヤブキがおうちを守っているんですぅ! だから、締めるところはぎっちり締めるんだよコノヤロウですぅ!」 「いや…」 デーゲンはミイムを上から下まで見回してから、太い尻尾をだらりと下げた。 「少なくとも、俺はときめかないぞ。男に欲情する趣味はない。というか、匂いで解るし」 「みゅみゅう! 男だろうが何だろうが可愛かったら素直に欲情しやがれってんだよアホンダラですぅ!」 ミイムは拗ねてみせてから、ヤブキを手伝うためにキッチンに向かった。 「そうめんを食べる気だったら、洗面台でちゃんと手を洗いやがれやですぅ! 味はこっちにお任せですぅ!」 「すぐに出来るっすからねー」 ミイムの剣幕とは対照的にヤブキがにこにこしているので、デーゲンは少々困りつつも玄関から家に上がった。 レピデュルス、シュピンネ、フリーゲンもそれに続いたが、家には入れないティーガーだけは庭先で胡座を掻いた。 言われた通りに洗面台で手を洗ってからデーゲンがキッチンに入ると、ミイムはサイコキネシスで器を出していた。 六人掛けのテーブルなので、ミイムは四人の席を決めて座らせると、その前にそうめん用の汁椀を並べていった。 「んで、何がどうなってドカーンなんすか?」 茹で上がったそうめんを冷水で冷ましながらヤブキが問うと、デーゲンは率直に答えた。 「俺達は名前は海賊だが、その実態は人材派遣会社なんだ。ああ、でも、法律すれすれの傭兵派遣会社じゃない。純粋に人材派遣なんだ。特殊能力を持つ異星人や、秀でた能力を持つが母星で持て余された異星人を引き受け、社員にして、本艦である要塞戦艦ヴェアヴォルフ号で暮らさせているんだよ。ヴェアヴォルフ号は全長八千メートル級の戦艦だから、大分融通が利くんだ。人材派遣の要請があったら、あのシャトルで目的地まで送り届けて仕事をさせるんだ。だが、至極真っ当なんだぞ」 デーゲンが不愉快げに目元をしかめると、シュピンネが細い足先でデーゲンの尖った耳を突いた。 「そうなのよぉん。税金だってきっちり払っているしぃ、単純計算で一万人近くいる社員だって全員保険に入っているしぃ、確定申告だって毎年きちんとしているわぁ。税理士さんもいるしぃ、司法書士さんだっているわぁ。名前は海賊だけどぉ、海賊行為なんて一度もしたことがないんだからぁん」 「それなのに、銀河系内周部で航行してたら、星間捜査官のスペースファイターにマークされちまいやしてねぇ」 フリーゲンが首を横に振ると、開け放した掃き出し窓から顔を突っ込んできたティーガーが続けた。 「んで、ヴェアヴォルフ号をワープドライブさせてそいつを捲いたっちゅうわけだが、まだ安心出来ねぇってことでこのコロニーに俺達だけ来たってわけだ。何かあった時、星間捜査官にしょっ引かれるのは間違いなく俺達だ、社員達に迷惑を掛けるわけにはいかねぇしな」 「充分ボクらに迷惑が掛かってますぅ」 ミイムがむくれながらサイコキネシスで全員の汁椀にカレー味のつゆを入れると、レピデュルスが苦笑した。 「申し訳ございません。この小惑星をスキャンした時には、ただの空洞だと判断してしまいましたもので」 「ま、ありがちっすね」 ヤブキは粗熱が取れたそうめんを大量に器に盛ると、テーブルに置いた。 「はい、出来上がりっす」 「迷惑を掛けた上に食事まで出してもらって、本当に申し訳ない」 デーゲンが海賊帽を外して椅子の下に置くと、ミイムは口元を歪めた。 「そう思うんだったら、とっととそうめん喰いやがれやコノヤロウですぅ。それがボクらに対する一番の贖罪ですぅ」 「食材だけに?」 鍋に水を張りながらヤブキがにやにやすると、ミイムは長い両耳を翻すほど勢い良く振り返った。 「このボクがそんなつまんねぇダジャレ言うわけがねぇだろうがこの底辺野郎がですぅ!」 「ん…」 デーゲンは箸の使い方が解らないのか、縦に握ってそうめんの器に突っ込むが、当然取り出せなかった。 「若旦那、こうするのでございます」 レピデュルスが人間に似た五本指の手で箸を持ち、使い方を実演すると、デーゲンは見よう見まねで握った。 「こうか?」 「そうです、御上手にございます」 レピデュルスが頷くと、デーゲンはぎこちない箸使いでそうめんの器からそうめんを取り、汁椀に突っ込んだ。 「それじゃ、改めて」 デーゲンはマズルが長いために大きな口を開けて、そうめんを取り出したが、そうめんは一塊になっていた。 どこから食べたものか、と、デーゲンはカレー味のつゆが滴るそうめん塊を眺め回していたが、一口で食べた。 そして、飲み下した。味が解るとは到底思えない食べ方だったが、味の好みが合ったらしく、再度箸を伸ばした。 デーゲンが変な食べ方でそうめんを黙々と食べ続けると、他の三人も食べ始めたが、全員が妙な食べ方だった。 レピデュルスは口が腹部にあるので汁椀を腹部に運んで食べ、シュピンネは溶解液で溶かしてから啜っている。 フリーゲンはそうめんを入れすぎて膨れ上がった汁椀にクチバシを入れ、がつがつと衝突させながら銜えている。 ヤブキもミイムも言いたいことが山ほど出来たが、食べてくれるだけありがたいので二人は揃って文句を堪えた。 「しかし、あの星間捜査官はなぁ…」 一人、そうめんではなく固形エネルギーを摂取するティーガーは、単眼の下の口を開いて欠片を放り込んだ。 「何か気になることでもあるんすか?」 ヤブキが掃き出し窓から顔を出すと、ティーガーは腰を曲げてヤブキと視線を合わせた。 「おうよ。俺達は仕事柄、星間捜査官には何度も会ったんだが、あんなに妙なのは初めてだぜ」 「どのくらい妙なんですかぁ、ふみゅうん?」 四人分の麦茶をコップに入れたミイムが続いて尋ねると、ティーガーは半笑いになった。 「ピンクでハートなんだ」 「はぁ?」 ヤブキが声を裏返すと、ミイムが両手を組んで尻尾を振った。 「みゅみゅうん! それじゃ、その星間捜査官は魔法少女ってことですかぁ?」 「なんて言えばいいのかなぁ、あれは…」 ごきゅん、と大きなそうめんの塊を飲み下してから、デーゲンが両耳を曲げた。 「えっとぉ、クレイジー、よねぇん」 溶解液混じりのカレー味のつゆを啜ってシュピンネが呟くと、フリーゲンが、くぇえ、と低く鳴いた。 「けど、相手が星間捜査官だから、蔑ろにすると面倒なことになっちまいそうでやしてねぇ」 「そうなんだよなぁ、だから俺達もリアクションに困るっちゅうかで…。ん?」 言葉を切ったティーガーは腰を上げ、シャトルの方向に向いた。 「ワープドライブ反応だ! 野郎共、あいつが来やがったぜ!」 その力強い声に四人はそうめんを食べる手を止めて立ち上がり、地面にめり込んだシャトルに視線を送った。 ヤブキとミイムも皆に倣って目を向けると、空間が歪み、シャトルよりも一回り大きな物体が通常空間に現れた。 半重力装置の作用により、柔らかく着地した物体は、ティーガーの言った通りにピンクでハートの宇宙船だった。 空気のない宇宙空間では宇宙船の形状は自由であるとはいえ、船体までハート型なのは確かにクレイジーだ。 そして、どこを見てもピンクで、外装のそこかしこにハートが使用されていて、エアロックでさえもハート型だった。 故に、星間捜査官専用機であることを示す、宇宙連邦警察の凛々しいエンブレムが恐ろしいほど浮いていた。 ここまで徹底されてしまってはさすがのミイムもときめけないらしく、うっ、と顔を引きつらせて半身を下げていた。 ヤブキはただただ可笑しかったので乾いた笑いを上げていたが、ジャールの面々は至って真剣な顔をしていた。 数秒の間の後、エアロックが開き、ピンクでハートの機体から出てきた輩はピンクのパワードスーツを着ていた。 パワードスーツもまたどこもかしこもハートがちりばめられていて、最も目を惹くのが赤いハートのゴーグルだった。 背中に装備された一対のスラスターは天使の羽根を意識して作られたらしく、可愛らしい大きさの白い翼だった。 そして、太股に備え付けられている熱線銃ですらもピンクでハートで、胸焼けがしそうな外見のパワードスーツだ。 宇宙船とお揃いのハートの赤いゴーグルを光らせた小柄な星間捜査官は、警察手帳を出して開いて高く掲げた。 「宇宙連邦警察、一級星間捜査官、ミラベル・ノノムラ!」 警察手帳を閉じたミラベルは、特撮番組にでも出てきそうなポーズを取った。 「まっ、またの名を、宇宙刑事ミラクルミラベル! ぜっ、全員直ちに逮捕されなさぁっ!」 と、言い切る前に、ミラベルはうずくまって頭を抱えた。 「いやぁやっぱりダメダメダメダメダメぇ、死ぬ死ぬ死ぬぅ羞恥心で死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅううううっ!」 「な? クレイジーだろ?」 デーゲンに同意を求められ、ヤブキとミイムは頷くしかなかった。それ以上の的確な表現はないように思えた。 自分で素っ頓狂な名乗りをしておきながら、死ぬ死ぬいっそ殺して誰か私を葬ってぇ、とミラベルは喚いている。 その気持ちは痛いほど解ったが、今、話し掛けるのは良くない気がしたので、ヤブキもミイムも大人しくしていた。 ジャール海賊団の面々も、下手なことをして公務執行妨害に引っ掛かるといけない、と彼女の様子を見守った。 衆人環視の中、ミラベル・ノノムラ星間捜査官はひたすら己の蛮行を責めていた。 09 11/2 |