アステロイド家族




ラグランジュ・ポイント



 わだかまりが、胸中で重たく凝っていた。
 それは、サチコに出会った時から感じていたものだった。悪意とも執着とも取れる、曖昧できな臭い感情だった。
サチコ・パーカーは脳の理論中枢を強化されている生体改造体であり、ステラも同じく脳に改造を施されている。
家庭の事情で太陽系外の植民惑星に引っ越したが、ステラも元々はウラヌスステーションで生まれた個体だった。
また、同年代であり、ステラもオペレーターを目指す前は次元と空間の研究に没頭し、大学では好成績を収めた。
そういった共通点の多さが、妙に鼻に突いた。けれど、サチコを好きになりたい、という気持ちもまた起きていた。
表情こそ無機質だが女性らしい面を垣間見せるサチコに魅力を感じていたし、研究対象が同じなので話も合った。
仲良くしていけば、サチコに対するわだかまりも溶けていくと思い、レイラ・ベルナールと共に親交を深めていった。
次元探査船ウィンクルム号で銀河を航行している時などは、理不尽な仕打ちを受けるサチコを守ろうと奮闘した。
だから、サチコのことを心から好きだと思えるようになったのだと思い、ステラは今まで以上にサチコに近付いた。
 しかし、サチコがマサヨシ・ムラタ少佐から結婚を申し込まれた後から、ステラの心中のわだかまりが濃くなった。
コーヒーにミルクを流したかのように和らいでいた生臭い感情が一気に煮詰まり、コーヒーどころか泥水になった。
一言で言えば、ひどい羨望だった。ステラは、思いを寄せていたラルフ・クロウ大尉にも告白出来ずにいたからだ。
自分でも人懐こい性格だと思っているステラとは反対に、サチコは見るからに奥手で、結婚などしそうになかった。
だが、サチコはいつのまにかマサヨシと交際を始め、次元探査航行を終える日には船内放送でプロポーズされた。
そして、次元管理局に到着して半年後には結婚し、二ヶ月後には妊娠も判明し、順調すぎるほど順調に進んだ。
それなのに、ステラはラルフに告白するどころか距離すらも縮められずにいたので、サチコへの劣等感が募った。
気を逸らすために次元管理局の局長を目指そうと勉強を始めたが、気が逸れるどころか邪念ばかりが渦巻いた。
そんな自分が嫌で嫌でどうしようもなく、サチコに会えば嫌味を言ってしまいかねないので距離を置くようになった。
 そんな折、夫のマサヨシに木星基地への辞令が下されたので、サチコも次元管理局から出ていくことになった。
マサヨシの昇格を素直に喜ばしいと思った反面、サチコがいなくなることで憎悪の対象が消えることに安堵した。
 なぜ、こんなに心が醜くなってしまったのだ。ステラは次元管理局の管制室を出てカフェに入り、項垂れていた。
マサヨシが操るスペースファイターとサチコを運ぶ連絡艇が到着したことを知らせるアナウンスが、頭上で響いた。
それすらも煩わしいと思ってしまい、ステラは唇を歪めた。見送りに行くべきなのだろうが、行けばどうなることか。
サチコに会えば生臭い感情が淀んでしまうのが解っているし、上っ面だけの友達面をするのも薄っぺらくて嫌だ。
けれど、今、会わなければサチコには当分会えない。亜空間通信での会話では、きっと取り繕ってしまうだろう。
面と向かって話さなければ、本当のことは言えないだろう。だが、本音を吐露してしまえば、間違いなく嫌われる。
サチコだけでなく、レイラにも、マサヨシにも、そしてラルフにも。それを考えただけで、怖くて怖くて泣きそうになる。
ステラが他人に馴れ馴れしくするのは、独りぼっちになるのが怖いからだ。嫌われたくないから、親しくするのだ。
それもまた知られてしまえば、今まで築いてきた関係が崩れ去る。その後に残るのは、空虚な自分と孤独だけだ。

「プレアデス一等管制官」

 不意に声を掛けられ、ステラははっとして顔を上げた。

「な、なんやの?」

 そこには、同僚の女性管制官が立っていた。彼女は情報端末を操作し、ホログラフィーモニターを投影した。

「今し方検知された数値なんですが、異常に値するかどうか判断を決めかねているのです」

「どこのや」

 すぐに頭を切り換えてステラが身を乗り出すと、彼女はホログラフィーモニターをステラの前に出した。

「座標は土星と木星の中間地点なんですが、無人探査機が次元の歪みの発現前状態に検知される反物質消滅素粒子を検出しているんです。ですが、基準値よりも大分低いので、報告に値する数値ではないかと思いまして…」

 心許ないのか、女性管制官はしきりにステラの様子を窺ってきた。彼女は、次元管理局に派遣されて間もない。
次元と向かい合った経験が多く、次元探査船にも搭乗し、現場での経験が多いステラの意見を仰ぎたいのだ。
確かに彼女の言うように、反物質が消滅する際に放出する素粒子が観測されているが、基準値を下回っている。
通常は一立方メートルの空間に最低でも一万個は素粒子が確認されなければならないが、一千個程度だった。
これでは次元の歪みが発生する前兆とは言い切れず、次元の歪みにすら至らない湾曲空間の残滓とも取れる。
湾曲空間も次元の歪みと同等に発生しているが、こちらは同空間をねじ曲げているだけなのでほとんど害はない。
だが、何かが引っ掛かる。嫌な予感とでも言うのだろうか、背筋がざわめいたが、ステラは自己判断を優先した。

「特に害はないやろ。素粒子が確認されるのも、よくあることやし」

 ステラが女性管制官を見上げると、彼女はホログラフィーモニターを閉じた。

「では、そのように報告します。休憩中に失礼いたしました」

「気にせんといてや」

 ステラは彼女を見送ってから、表情を消した。いつもは判断に不安などないが、なぜか今は不安が拭えない。
けれど、それでいいはずだ、とも思っていた。もしも判断が間違っていたとしても、次元の歪みで被害を被るのは。

「私とこの子、パイロットだけだものね」

 その声にステラが振り返ると、搭乗口にいるはずのサチコが立っていた。

「あ…?」

 驚きすぎて声も出せなくなり、ステラは後退った。

「損害は二。連絡艇は大破するけど、マサヨシは生き残る。だって、彼は私の乗る連絡艇の前を行くから」

 丸く膨らんだ腹部を守るように手を添えながら、サチコは目を伏せた。

「それに、今度こそマサヨシを死なせないって決めたから。第五次元に私の意識が介入する前は、マサヨシも連絡艇に乗るという判断を下していたわ。けれど、私が介入したことによって時系列に乱れが生じ、再構成された結果、マサヨシはスペースファイターを操縦して連絡艇を先導するという判断を下したのよ。それが正しいし、そうならなければ、また良くないことばかりが起きてしまうから」

「サチコ…」

 後ろめたさから怯えたステラは更に後退るが、ヒールが曲がって転んでしまった。

「うあっ」

「ステラ」

 サチコが一歩近付くと、ステラは這いずって距離を開けた。

「嫌、嫌ぁっ、嫌ああああああっ!」

「あなたは誰も殺していないわ。あなたの判断は正しかったわ」

「そないな綺麗事言わんといてや! いくらサチコゆうったって、うちに殺されたって知ったらうちのこと恨むやん! だって、これからうちが死なせるんは、サチコだけやない! サチコのお腹の子も死なせてまうんやから!」

 そこから先のことを知っている。ステラはサチコを正視出来ず、顔を背けた。

「そないなことになったから、ムラタはんはおかしゅうなってしもたんや! 軍も辞めて傭兵始めて、サチコのお腹におった子の身代わりに子供を拾って育てるようになって、機械生命体とか訳の解らん連中と家族ごっこをしはるようになって、放射性物質まみれのサチコとハルちゃんの死体に会いに来るようになってまうんや!」

 涙をぼたぼたと散らしながら、ステラは頭を抱えた。

「そないなことになっても、まだうちのことを責めんっちゅうんかぁ!」

 真っ向から恨まれた方が、まだ気が楽だった。マサヨシも、サチコにも、他の皆にも。

「うちが殺したんや、サチコもムラタはんの心も! ちょっと面白くないからってそれだけのことで!」

 素直に羨ましいと言えれば良かった。あなたのようになりたいと言葉に出来れば良かった。

「うちはうちが嫌いやぁああっ! こんなん、友達でもなんでもあらへん! サチコの友達でおる資格なんてない!」

 呼吸を荒げながら、ステラは髪が乱れるのも構わずに頭を抱えて項垂れた。

「ステラ」

 サチコがまた一歩近付いてきたので、ステラは絶叫した。

「嫌ぁあああああああああっ!」

 サチコを死なせ、皆を狂わせたのは自分だ。次元管理局の局長となり、贖罪になればと次元の歪みを修復した。
だが、それは根本的な解決にはならず、挙げ句の果てに星間犯罪者のグレン・ルーに付け込まれて利用された。
そして、レイラにマサヨシらの住むコロニーを襲わせ、次元断裂現象を引き起こす切っ掛けを作り、甚大な被害を。
 きつく閉ざしていた瞼を開くと、目に映る景色が変わっていた。局長室となり、制服も管制官のものではなかった。
無限に等しい闇が満ちた宇宙が窓越しに広がり、青白いダウンライトが足元を照らす、心の静まる居場所だった。
窓に映る自分の顔は十年分の時間が経過しているが、背後に立つサチコの姿は木星に旅立った日と同じだった。

「次元は破壊を望んでいたわ」

 サチコはステラの傍に立ち、並んで宇宙を見下ろした。

「私にも、アニムスにも、宇宙そのものの意志を感じられるほどの機能は搭載されていないけど、この十万年の間で観測された次元の歪みの数は銀河系だけでも百兆を超えていたわ。第一次元、第二次元、第三次元、第四次元、そしてこの第五次元が、細かなところで交わり、ぶつかり、相殺し合い、潰し合っていたの。新人類を始めとした生物が宇宙に進出し、繁栄し、進化し、生物を隔てる壁が薄くなってきた影響が次元にも出ていたのよ。だから、次元は更なる進化と成長を求めて、殻を破ることにしたの」

 真空の宇宙のように冷たく、慈母のように優しい手が、ステラの肩を包んだ。

「あなたは、その殻を砕く手として選ばれただけなのよ」

「…そんなん、何にもならへん」

 ステラは崩れ落ち、分厚い強化パネルの窓に額を押し当てた。

「うちはな、サチコが羨ましゅうて羨ましゅうておかしくなりそうやったんや。次元とか、宇宙とか、そういうのはどうでもええねん。サチコよりもちょっとでも偉うなったら、自分が嫌なこと考えへんようになるんやないかなぁって思うて、頑張って頑張って局長になったんや。そしたら、ラリーはんも惚れ直してくれるんやないかなぁって思うたし」

「ラルフさんは、ずっとステラが好きだったわ。あなたがどうなろうと、何をしていようと、どの次元にいようとも」

「そんなん、ずっと前から知っとるわ。せやから、結婚してもろたんやないか」

 傍に座ったサチコに寄り掛かり、ステラは嗚咽を漏らした。

「サチコ。ごめんな、ホンマごめんな。うちがアホやったばっかりに、こないなことになってしもうて」

「ええ。死んだ時は苦しかったし、とても辛かったわ。でも、今はね、そうなるべきだったと解っているから」

 サチコはステラを抱き寄せると、目尻に滲ませた涙を頬に伝わせた。

「私の方こそ、ごめんなさい」

「悪いんは、全部うちや。サチコが謝ることなんてないんや」

 ステラは首を横に振ると、サチコは痛ましげに眉根を寄せた。

「あなたの苦しみに気付けなかったんだもの。せっかく、私なんかと友達になってくれたのに」

「それはうちが言うことや、サチコ」

 ステラはサチコの体の腕を回し、母になったことで柔らかさを増した彼女を抱き締めた。

「ホンマはな、サチコが好きで好きでしゃあなかったんや。だから、あんなに妬いてしもうたんや」

「私もね、ステラがずっと羨ましかったのよ」

 サチコはステラに身を委ね、声色を綻ばせた。

「明るくて、元気で、誰とでも仲良くなれるあなたのようになりたかった。それに、ウィンクルム号では、マサヨシから一番頼りにされていたわ。だから、ブリッジにあまり行かなかったのよ。ステラが羨ましくて、自分が嫌になってしまいそうだったから」

「そんなん、仕事の上でのことやんか」

「だからじゃないの。私はマサヨシの役に立てていないんじゃないかって不安でたまらなかったから、山ほど仕事を引き受けてしまったのよ。正確なデータを上げない限り、船長の役には立てないもの。だから、おあいこよ」

「そっか」

 ステラはサチコから離れ、涙を拭った。

「ほんなら、サチコはうちが嫌いなん?」

「いいえ、そんなことはないわ。ステラは、レイラと同じく大事な友達だもの」

「せやったら、うちもサチコが好きや。大好きや」

 ステラは笑顔を見せようとしたが、嬉しさと切なさがない交ぜになり、顎が震えて上手く言葉が出なかった。

「それとな、ディスク、ごめんな。昇格試験に必要な資料と一緒にもろてしもたのを、うちがわざと返さへんかったんや。中身を見たら、ムラタはんとの甘ったるいメールやったからごっつ面白うなくて、だからな、忘れてしもたわけやなかったんや。ホンマごめんな、ホンマ…」

「それはマサヨシに渡してくれればいいわ。きっと、あの人は喜ぶだろうから」

 サチコの手がするりと解け、ステラから遠のいたので、ステラは追い縋るように声を上げた。

「今度、ラリーはんと会いに行くわ!」

「ええ、喜んで。待っているわ」

 サチコの姿が薄らぐと、分厚い強化パネルを擦り抜けて宇宙の暗闇に溶け、星々の輝きが目に染みた。

「ほな、またな…」

 宇宙と自分を隔てる強化パネルに寄り掛かり、ステラは目を閉じた。寂しかったが、わだかまりが解けていた。
羨ましいのは仕方ない。だが、羨ましいと思う気持ちを歪めずに、素直に受け止めて吐き出せば良かったのだ。
そうすれば、サチコも苦しめずに済んだのだから。次に会う時は、どんな世界だろうか、どんな次元なのだろうか。
そして、サチコと自分はどんな姿なのだろうか。だが、あまり考えないことにしよう。先は読めない方が楽しくなる。
 公転する星々は互いの引力で均衡を保っているように、サチコとステラも距離を持つことで均衡を保っていた。
似通った部分があるから、些細な部分が鼻に突いてしまう。だが、似ているからこそ通じ合える部分も多かった。
 解けた心が宇宙に浸り、暗闇が淀んでいた心中に光条が差し込み、無限の空間が穏やかに体を受け止めた。
サチコは生きている。この次元で、この宇宙で、世界の一部と化して、次元の楔となって皆を見つめ続けている。
それを理解した瞬間から、ステラは忘却を始めていた。次元の修復作用により、記憶が修正され始めたからだ。
サチコと交わした言葉も、サチコと触れ合った感触も、暗黒物質に飲まれ、馴染み、広がり、宇宙に吸収された。
だが、感情の残滓は消えることはなく、サチコと通わせた思いや心の揺らぎはステラの一部となって焼き付いた。
 時を超え、次元を超えた旅が終わった瞬間だった。




 任務を終えたラルフが帰還してから二週間後、ステラは夫と共にマサヨシらのコロニーを訪れた。
 ステラの内にはラルフの血を次ぐ新たな命が宿っていたが、安定期に入っていたので星間航行も可能だった。
二人を出迎えたマサヨシはステラの妊娠を喜んでくれ、彼の自宅では、異種族ばかりの家族も交えて話し込んだ。
ラルフが土星基地に移ってからは顔を合わせる機会がなくなってしまったので、積もる話がいくらでもあったのだ。
若き日のサチコのこと、マサヨシのこと、ラルフとステラのこと、そして新たに産まれてくる家族のことを話し合った。
 ひとしきり話し終えた後、ステラとラルフはマサヨシに案内され、安らかな眠りに付いているサチコの元を訪れた。
サチコとその娘の墓標を守る巨木の桜は葉が枯れ始めていて、花びらの代わりのように広葉を降り注いでいた。

「サチコ、ハル。ステラとラリーが来てくれたぞ」

 マサヨシはサチコとハルの名が記された銀色の金属柱を撫で、愛情に満ちた笑みを見せた。

「ホンマ、久し振りやね」

 ステラはサチコの墓標の前に立ち、秋風の冷たさを吸い取った金属柱に触れた。

「元気しとったか、ちゅうんはなんか変やけど、元気やった? うちは見ての通り、お母はんになるんよ」

「産まれたら、もちろん自慢しに来るからな。その時は覚悟しておけよ、うんざりするほど惚気てやる」

 ラルフが軽口を叩くと、マサヨシは半笑いになった。

「もううんざりしてるけどな」

「いいじゃないか、俺だってお前には散々やられたんだ。存分にやり返すべきじゃないか」

 ラルフが言い返すと、マサヨシは肩を竦めて妻に向いた。

「だとさ。俺も君もそんなつもりはなかったんだがな」

「サチコの子らにも会うたけどな、皆、ええ子やな。サチコがええ子やったからやね。うちも頑張るわ」

 ステラはサチコの満面の笑みを向けてから、ふとあることを思い出し、マサヨシに振り返った。

「そや。ムラタはん、聞きたいことがあるんやけど」

「なんだ?」

 マサヨシがステラに聞き返すと、ステラはポケットからサチコの署名入りディスクを出した。

「これ、なんでサチコの名前が書いてあるん? 思い出そうとしたんやけど、どうしても思い出せへんのや」

「…どこで手に入れた? ていうか、中身を見たのか?」

 顔を強張らせたマサヨシに問われ、ステラは首を捻った。

「どこでっちゅうんははっきり思い出せへんのやけど、たぶん、サチコがうちに局長になるための試験勉強用にって寄越してくれたディスクに混じっとったんやと思う。中身はなんやったかなー…」

「すまん返してくれ!」

 途端に赤面したマサヨシはステラの手からディスクを奪い取ったので、ラルフは妻に尋ねた。

「で、中身は何なんだ?」

「ムラタはんとサチコのラブメールやけど」

「言うなぁステラぁああっ!」

 途端に落ち着きを失ったマサヨシに、ステラはにやけた。

「見たっちゅうてもファイルのタイトルだけやで、中身までは見てへん見てへん。想像が付くさかいに」

「後でじっくり教えてくれ。夫婦の間に隠し事はするべきじゃないからな」

 ラルフがステラの肩を抱くと、マサヨシは顔を引きつらせた。

「お前なぁ…」

「そないなこと言うんやったら、うちからもムラタはんに教えたるわ。単身赴任してた三ヶ月の間に、ラリーはんがうちに送ってくれはったメールのタイトルと内容と添付画像と…」

「ちょっ、待て、それは勘弁してくれ!」

 マサヨシ以上にラルフが慌てると、ステラは舌を出した。

「冗談や。せやから、ラリーはんにも教えへんし、ムラタはんにも教えへん。見てしもたんは全部墓場まで持っていくわ。ムラタはんの秘密でもあるけど、サチコの秘密なんやもん。バラしてもうたら可哀想やん」

「ありがとう、ステラ。恩に着る」

 安堵したマサヨシに礼を言われ、ステラはにんまりした。

「友達は大事にせんとアカンもん」

 そう言えることが誇らしくて、ステラは心が浮き立った。ラルフはマサヨシに平謝りしたが、引っぱたかれていた。
どちらもいい歳なのに、男子学生同士のじゃれ合いのように見え、ステラは微笑ましく思いながら二人を眺めた。
マサヨシは家族の前で見せていた父親の顔ではなくなり、ラルフも軍人らしい立場を守っている顔ではなくなった。
ステラはそれが少し羨ましくなったが、妬ましくはならなかった。同性同士の付き合いは、夫婦とはまた違うものだ。
うちらはうちらで仲良くしよな、とステラはサチコに声を掛けてから、サチコの墓標の傍に立って桜の木を仰ぎ見た。
 我が子が産まれる頃には、この桜も咲いていることだろう。







09 12/20