アステロイド家族




アクターズ・シンドローム



 大衆娯楽の裏側で。


 銀河系内周部を航行する、宇宙船ドゥルム号。
 その船体は突撃艦も顔負けの鈍色の分厚い外装に覆われ、六本のマニュピレーターを船腹に装備している。
船体後部上方に備わったイオンスラスターから放たれる青く平たい推進エネルギーは、さながら羽のようだった。
頑強、かつ重厚な外見に見合った超遠距離射撃に適したプラズマブラスターの主砲が船首上部から伸びていた。
一見すれば、その姿は巨大なカブトムシである。そして、その船の住人達も船に相応しい様相の異星人達だった。
 ドゥルム号のメインブリッジの操縦席に座るパイロットは、黄色と黒の外骨格を持つ節足動物型異星人だった。
逆三角形の顔には短い触角と複眼が付き、先細りの顎を時折噛み合わせてきちきちと小さな音を鳴らしていた。
神経毒を分泌する針が生えた楕円形の腹部の上にある背には、四枚の羽が備わっているが、今は閉じている。
隣の管制席に座る少女の背にも、その節足動物の背に生えた羽と似た羽が生えていたが外見が大違いだった。
前髪の間から飛び出した短い触角と薄い羽以外は地球人類に酷似していて、童話に登場する妖精を思わせた。
だが、その態度は妖精からは大きく懸け離れていて、ブーツを履いた足をコンソールにだらしなく投げ出していた。

「つっまんねー…」

 上体を反らした少女は腰も浮かせ、ブーツの靴底でコンソールを叩いた。

「あんまり乱暴にしないで頂けますか、ニニさん。先日の改装で綺麗にしたばかりなんですから」

 地球で言うところのハチに酷似した節足動物型異星人、メリッタ・メルは顎をきつく噛み合わせて不安を表した。

「つか、マジ退屈すぎだしぃ」

 人間のようでありながら羽と触角を持つ少女、ニニ・ホーネットは更にがんがんとコンソールを踏み付けた。

〈いったぁーい! お願いだからそれはやめてぇ、基盤がぁ、コンソールがぁ、助けてお兄ちゃあーん!〉

 すると、ナビゲートコンピューターのロセウムが甲高い叫び声を上げ、緊急用アラームをけたたましく響かせた。
その音にメリッタは苛立ちを増し、蹴る力を増した。ロセウムは、疑似人格が妹のようにプログラミングされている。
彼女のプログラミングを行い、起動させたテリー・ブラックをマスターと認識していてお兄ちゃんと呼んでいるのだ。
それが、鬱陶しくないわけがない。ただでさえロセウムの甘ったれた口調と性格が嫌いなニニには、尚更だった。

「そんなことをしてはオートパイロットが解除されてしまいます! それと、どうせ踏むならこの私を!」

 慌てついでに浮かれたメリッタが腰を浮かせると、ニニは迷わずにメリッタを蹴り付けた。

「死ね変態」

「さあどうぞ、ニニさん! 思い切り虐げて下さいませぇっ! それがあなたの暇潰しになるのなら!」

 弱重力の影響で軽く蹴られただけで壁まで跳ね飛ばされたメリッタは、羽を震わせて身悶えた。

「んー、じゃ何すっかなー」

 少しだけ気が紛れてきたニニが管制席から腰を浮かせると、メインブリッジのドアが開いた。

「お前ら、ちゃんと仕事しやがれ」

 苛立たしげに壁を小突きながら現れたのは、ツノの生えた節足動物型異星人、ストロング・ビートレクスだった。
通路とメインブリッジを繋ぐドアを通り抜けようとしたが、がつんとツノをぶつけてしまい、腰を曲げて入ってきた。
鋼にも等しい強度を秘めた漆黒の外骨格に雄々しいツノ、三メートル近くもの体格、重厚感溢れる立ち振る舞い。
かつて地球人類の少年達に絶大な人気を誇っていた昆虫、カブトムシに酷似したツノと外骨格を持つ巨漢である。

「さっさと持ち場に戻らねぇか!」

 ストロングは快感に羽を震わすメリッタを鷲掴みにして操縦席に叩き込もうとしたが、メリッタは抵抗した。

「誰が戻りますか! これから存分にニニさんのおみ足に虐げられるのですから、仕事などしている場合ではありません! さあその爪を離して下さい、でなければ毒を撃ち込みますよ!」

「その前に首をへし折ってやらぁな!」

 ストロングは上右足の三本の爪でメリッタの首を握り締めるが、メリッタも負けじと押し返す。

「してみなさい、するがいいでしょう! そうなれば誰がこの船を操縦出来ましょうか、このハシゴ状神経系が!」

〈いやーん、私のお部屋がぁー! お兄ちゃあん助けてよぉ、ロセウム、怖いー!〉

「やっかましいぞメスガキコンピューター! この変態バチを潰した後はてめぇをぶっ壊してやる!」

 ストロングはロセウムを怒鳴りつけてから、メリッタの頭を握り潰さんとした、その瞬間。

「死ねやバカブト!」

 天井付近からニニが急降下し、ストロングのツノを蹴り飛ばしてメリッタから引き剥がした。

「ぐおっ!」

 強かにツノを蹴られたため、ストロングは仰け反ってメリッタから離れた。

「何しやがるクソガキ、俺のツノを傷付けやがったらドタマかち割って脳みそ啜るぞオラァッ!」

 すぐさま怒りの矛先をニニに変えたストロングが詰め寄ると、ニニは親指を立てて通路に面したドアを指した。

「てか、お前の方こそ仕事忘れてね?」

「んあ?」

 苛立ちを隠さないまま、ストロングがニニの指した方向を向くと、通路では小柄な少女が仁王立ちしていた。

「シャトルの発進時刻なのに、どうして発進ゲートに来ないの!」

 情報端末を握り締めて大股に歩み寄ってきた少女、マユロ・ライノセラスはストロングに詰め寄った。

「大事なロケがあるって言ったでしょ! 今朝も昨日も一昨日もその前も! それなのにあなたって人は!」

「僕も困る。お前のカットよりも、僕のカットが多いからだ」

 マユロの背後から顔を出したのは、ストロングと似た外見だが一対のあぎとを持った節足動物型異星人だった。
その名はスタッグ・ヒルシュケーファ。ストロングに比べればやや細身ではあるものの、立派な体躯を有している。
彼もまたカブトムシに次いで人気を誇った昆虫、クワガタムシに酷似した外見だが、全長は2.7メートルもあった。

「そうよ、ストロング。私のスタッグを困らせないで。触角をへし折って脳髄を引き摺り出すわよ」

 彼の背後から現れた少女、キルカ・テレブラが長い黒髪を弄びながらストロングを睨め付けた。

「解った解った、行きゃいいんだろ、行きゃあよ。どいつもこいつもうるせぇなぁ、ったくよう」

 ぼやきながらストロングがメインブリッジから出ると、マユロはストロングとスタッグの足を掴んだ。

「じゃ、二人とも飛ぶからね!」

 僅かな空間の歪みが生じて、マユロとストロングとスタッグの巨体が消失した。シャトルまでテレポートしたのだ。
適当に頑張れよー、とニニはいい加減な声援を送ってから管制席に腰掛け、また両足をコンソールに投げ出した。
十数秒と経たないうちにシャトルが急発進して、ドゥルム号から離脱していくことを知らせるアラームが鳴り響いた。
そのアラームが落ち着いてから、キルカは管制席の傍にある席に座ると、黒髪の下から出ている薄い羽を閉じた。

「相変わらず、どうしようもないわね」

「つか、ストロングはプロ意識がねーんじゃね?」

 ニニはコンソールの奥に転がしておいたボトルを取り、ストローを伸ばして甘ったるいジュースを啜った。

「てか、あたしらにもそんな意識ねーけど?」

 けらけらと笑うニニに、キルカはしなやかに手を伸ばして肩に掛かった長い髪を払った。

「私にはプロ意識なんて必要ないわ。この美しさの他には、スタッグの愛しかいらないのよ」

〈あ、お兄ちゃんだぁ! ロセウムのお部屋にいらっしゃーい!〉

 ロセウムは途端に浮かれ、彼を出迎えた。

「やあ、ロセウム。ああ、あの二人はやっと現場に行ったか」

 ゴキブリに酷似した節足動物型異星人、テリー・ブラックはメインブリッジに入ると、ニニがボトルを投げ付けた。

「つか来んな害虫! 死ね!」

「…相変わらずひどい挨拶だ」

 水滴を撒き散らしながら飛んできたボトルを難なく受け取ったテリーは、それをニニに投げ返した。

「けれど、あなたが穢らわしいのは紛れもない事実なのよ?」

 キルカがさも嫌そうに横目を向けてきたので、テリーは触角を下げて項垂れた。

「君達ってやつは、本当に…」

「ですが、それが良いのです! すっごい萌えます!」

 操縦席によじ登ったメリッタがぐっと爪の一本を立てたので、テリーは複眼を押さえた。

「それは君がドMだからだろうが」

 宇宙船ドゥルム号の実態は、芸能プロダクション、インセクトゥム・プロダクションの本社兼社員寮なのである。
社長はチョウに似た外見の女性、ヴァイオレット・パピヨンだが、今し方発進したシャトルは彼女が操縦していた。
メリッタは宇宙船舶航行免許を持っているからパイロットをしているだけであって、本職はやはり俳優なのである。
ニニも同様で、極めてやる気がないが生来の勘の良さと目の良さで管制官としての腕前はなかなかのものである。
当然ながらテリー・ブラックも俳優で、絶賛視聴率低迷中の特撮ヒーロー番組、昆虫闘士コックロイドの主演だ。
マユロ・ライノセラスも元々は女優志望で入社したのだが、マネージャーがいないので代わりに仕事を捌いている。
そして、社長兼プロデューサーであるヴァイオレットとマユロが仕事を持ってくるのだが、特撮番組ばかりだった。
皆が皆、頑強な外骨格と凄まじい身体能力を持つ種族なので当然といえば当然だが、売れているわけではない。
ストロング、スタッグ、メリッタの三人に振られる役はほとんどが特撮番組の悪役で、そうでなかった試しがない。
しかし、この大宇宙時代と言えども特撮番組の絶対数は限られている。それに、悪役の出番もまた限られている。
このままでは商売上がったりだが、かといって女性陣も期待出来ない。彼女達もまた、人格に問題があるからだ。
 節足動物と哺乳類の特徴を持つ特異な種族、インセクティウィルであるニニ・ホーネットは我が侭でいい加減だ。
生活態度も最悪で、彼女の住む部屋はゴミ溜めの方がまだ綺麗だと思えるほど乱雑で、他人への態度も最悪だ。
ニニがやる気を出すのは食事の時間ぐらいなもので、マユロが苦労して持ってきた仕事も適当に済ませてしまう。
そんな彼女がなぜ女優を目指したのは未だに不明だが、大方、メリッタがそそのかして引き摺り込んだのだろう。
メリッタは種族は違えどニニと同じ惑星の出身で、幼馴染みらしい。だから、メリッタが原因であることは明白だ。
同じ仕事をしているからといって、ニニはメリッタを好いているわけではないらしく、事ある事に虐げて遊んでいる。
だから、テリーには二人の関係が読めない。同僚としても、宇宙船の同居人としても、どちらも面倒な輩なのだ。
 もう一人の女優、キルカ・テレブラもまた厄介な性格の持ち主で、とにかくプライドが高く尊大で自意識過剰だ。
ニニと同じくインセクティウィルで、長い髪の下には触角と鋭利なあぎとを隠しているが、滅多に使うことはない。
確かに、キルカは抜群の美貌を持っている。生意気な子供らしさが売りのニニとは正反対の魅力の美少女だ。
しかし、尊大すぎるせいで、仕事を請け負っても監督や演出家に楯突いては怒らせて叩き返されることも多い。
キルカを増長させているのは間違いなくスタッグで、スタッグは何かにつけてキルカを持ち上げてべた褒めする。
それは愛情というよりも信仰に近いので、スタッグのキルカに対する妄信振りに寒気がすることもしばしばだ。
 そして、この船の中で唯一の常識人にして苦労人、マユロ・ライノセラスはインセクティウィルではなく人間だ。
テレポート能力を持つエスパーで、この能力を生かしたアクションが出来る女優を目指してこの業界に入った。
だが、現実はそうも上手くいかず、やる気のない面々を振り回そうとして振り回されていることもしばしばだった。
その上、暴力的で自分勝手なストロングに妙に気に入られてしまい、暇潰しのおもちゃのように扱われている。

「お?」

 情報端末に亜空間通信でメールが届き、テリーはホログラフィー画面を展開した。

「ヤブキだ」

 太陽系で暮らす旧友、ジョニー・ヤブキからのメールには、今週放送分のコックロイドの感想が綴られていた。
メールの文面に貼られていたサイトアドレスをクリックすると、特撮番組専門の匿名掲示板のスレッドが現れた。
そこには、コックロイドの酷評がずらずらと並んでいた。中には肯定する文もあったが、批判が桁違いに多かった。
ヤブキの感想も盲目的なべた褒めではないが、こうも否定的な意見が連ねられてしまうとやる気が削げてしまう。

「相変わらずひどいですね」

 テリーの肩越しにスレッドを覗き込んだメリッタに、テリーは触角を曲げた。

「そりゃあな。俺だって、あの脚本は微妙だと思ったんだ。コックロイドが変身解除出来なくなって暴走する、というのはいいんだが、変身解除するまでの間、悪の組織側の怪人として街中で暴れ回ってエネルギーを発散するっていうのはなぁ…。ダークヒーローとはいえ、一般市民をさらっと殺すなよ…」

「でも、演じたんですよね?」

「仕事だからだ。じゃなきゃ、あんなことはしない」

 テリーはぎちぎちと顎を軋ませてから、情報端末を閉じた。

「脚本家は誰でしたっけ?」

 メリッタが首を捻ると、テリーは情報端末を爪の間で弄んだ。

「ノット・スネイルだよ。あの人、ホンは早いんだがストーリーはいい加減で設定も忘れるんだよなぁ」

「ああ…」

 メリッタは顎を開いて羽も下げ、同情を露わにした。

「かといって、我々で脚本を書くわけにもいきませんしね」

「そうなんだよ。俺だったら、もっとこう! って展開がいくらでもあるんだが」

 きちきちきちと顎を擦らせながらテリーがぼやくと、髪を梳いていたキルカが呟いた。

「そういえば、私のスタッグの今日の仕事ってなんだったかしら」

「んー?」

 スナック菓子を食べていたニニは、かかとでコンソールを叩き、メインモニターにスケジュール表を出した。

「ニンジャファイター・ムラサメだってさ。そのスペシャル版の撮りで、ストロングとスタッグはやっぱり怪人役」

「ああ、本気で羨ましいな…」

 テリーはメインモニターを見上げ、ぎちりと顎を噛み締めた。ニンジャファイター・ムラサメは銀河規模で人気だ。
サイボーグアクターによる派手で力強いアクション、入り組んだストーリー、そして何よりもヒーロー達の格好良さ。
敵の悪の組織もヒーロー達に引けを取らない格好良さで、対抗心を通り越して尊敬が沸き上がるほどの出来だ。
ニンジャファイターシリーズは全体を通して特撮への愛とヒーローへの情熱に満ち溢れた、素晴らしい作品なのだ。
そんな作品に出演出来るとはアクションアクター冥利に尽きる。テリーは悔しくなったが、胸郭の奥で呻きを殺した。

「他人を羨んでいる暇があったら、あなたも演技を磨きなさいよ」

 キルカは長い髪の下に隠したすらりとしたあぎとをなぞり、切れ味を確かめた。

「つか、あんたが売れねーのって外見だけじゃねーし」

 ニニはジュースを啜ろうとしたが、中身が空っぽだと知ってボトルを投げ捨てた。

「ニニさんこそ、人のことは言えませんよ。先日のオーディションの動画を拝見しましたが、身内のひいき目に見てもあれはちょっと…」

 メリッタが片方の触角を曲げると、ニニはむっとした。

「うっせぇな! あれはホンがマジダメなんだし! あんなセリフ言えるかっつの!」

「それを言うのが役者の仕事じゃないか」

 テリーが頷くと、キルカが悩ましげな眼差しを遠くに投げた。

「でも、私が愛の言葉を囁くのは、この宇宙でスタッグだけよ。彼の他に愛を与えるべきものなんて存在しないわ」

「ああ、そうかい」

 個人としては正しいが役者としては最悪だ。テリーはなんだか頭が痛くなってきて、腹部を上下させて嘆息した。
メリッタから徹底的にダメ出しを喰らったニニはすっかりむくれてしまい、レーダーやモニターから目を離していた。
キルカはスタッグが恋しくなったのか、彼とお揃いのストラップが付いた情報端末を眺め回してはうっとりしている。
テリーは頭痛どころか胃痛も感じ、顎を噛み締めた。どれほど売り込みが成功しても、肝心の役者がこの様では。
役者は外見も大事だが、才能も含めた商品だ。皆、才能の片鱗はあるのだが、仕事に対するスタンスがダメだ。
なんとかしなければ、いずれインセクトゥム・プロダクションは破産する。そして、俳優の仕事を続けられなくなる。
決意を固めたテリーはメインブリッジを出ると、手早くメールを打ち、亜空間通信を用いて太陽系の友に送信した。
 最早、頼れるのは彼しかいない。







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