アステロイド家族




アクターズ・シンドローム



 翌日。テリーは、皆をメインブリッジに集合させた。
 だが、皆が皆、疲れていた。昨日の撮影が余程ハードだったらしく、ストロングとスタッグは揃って眠たげだった。
そんなストロングにこき使われたらしいマユロもぐったりしていて、キルカはスタッグに寄り添って離れようとしない。
メリッタはダメ出しをしすぎたせいでニニから散々お仕置きされたらしく、外骨格という外骨格に足跡が付いていた。
だから、ニニはやけにすっきりした顔でメリッタは弛緩していた。そして、ヴァイオレットも疲れているのか眠そうだ。
無理もない、マユロと一緒にストロングとスタッグを撮影現場まで送り届け、マネージメントをし、直帰したのだから。
美しい模様の付いた四枚の羽としなやかな触角を持ち、華奢な体と細い足が魅力的な彼女はいつになく弱々しい。
普段はその細身のどこにプロダクションを動かすエネルギーがあるのかと思うほどだが、今は尽きているようだ。

「テリー、俺はまだ眠い。下らねぇ用事で呼び出すんじゃねぇ」

 ストロングが毒突くと、スタッグはキルカを撫でながら言った。

「そうだ。僕はキルカを愛さなければならない」

「まあ、少し待て。ロセウム、繋いでくれ」

 テリーは自身の情報端末からデータをコピーしてメインコンピューターに移してから、ロセウムに命じた。

〈りょーかいっ! お兄ちゃんの御命令とあらば、ロセウム、頑張っちゃう!〉

 テリーの指示通りにロセウムは亜空間通信のチャンネルを開いて操作し、ヤブキのアドレスに通信を接続した。
画面と音声を用いたライブチャットが受信可能であることを確認してから、テリーはマイクを胸郭に寄せて呼んだ。

「ヤブキ、俺だ、テリーだ」

『あー、はいっすー。メール読んだんで準備しといたんすよ。で、なんすか、テリー』

 数秒のラグの後、マスクフェイスのフルサイボーグがメインモニターに現れた。

「…誰?」

 ヴァイオレットが訝ったので、テリーは説明した。

「俺の学生時代からの友人です。このままじゃ、俺達はいずれダメになってしまいかねません。だから、今後、俺達がどういう方向性で行くべきかを、ヤブキを交えて徹底的に話し合おうと思いまして」

『あ、どうもっす。オイラ、ジョニー・ヤブキっす』

 フルサイボーグは敬礼で挨拶し、名乗った。その背後の壁には、話題の美少女アニメのポスターが貼ってある。
棚にはずらりと特撮番組のディスクボックスが並び、様々なフィギュアやプラモデルなどが所狭しと詰まっている。
モニターの端には、ヤブキのパソコンの周囲に置かれている超合金ロボットの手足らしきものが映り込んでいた。
強化外骨格の頭部の首から下は迷彩柄の戦闘服で、どこからどう見ても筋金入りのオタク以外の何者でもない。

「ふっざけんなぁああああっ!」

 激昂したストロングはテリーに掴み掛かり、その頭をコンソールに叩き付けた。

「どこの世界にオタクからアドバイス受ける俳優がいるってんだよ! 舐めてんのかゴルァアアッ!」

『ミイムみたいに沸点低いっすね、ストロングさん』

 数百万光年を隔てた異変なのでヤブキが事も無げに笑うと、テリーは全力でストロングを押し返した。

「そういう男、なんだぁっ!」

 テリーは下両足を突っ張ってストロングを蹴り飛ばしてから、改めてヤブキに向き直った。

「だから、俺が相談した理由が解るだろう、ヤブキ?」

『そりゃ解るっすよ。オイラんとこの家庭の問題もそんな感じっすからねー。昔よりはマシっすけど』

 ヤブキは胡座を掻き、腕を組んだ。

『んで、テリーはオイラに何を聞きたいんすか? 知っての通り、オイラはただのオタクに過ぎないっすから、そんなに専門的なことは話せないっすよ?』

「いや、それでいい、それでいいんだ」

 あんだとこら死にてぇのかっ、といきり立つストロングを六本足を駆使して制止しながら、テリーは叫んだ。

「俺達に根本的に足りないのは、自分の演技だけでなく物事を客観視する力なんだ! だから、一般視聴者よりもオタク故に目線がシビアなお前から話を聞きたいんだ! 先々週の光速勇者シャイニンガーに怪人役で登場した、ストロングの演技はどうだった!」

『イマイチっすね』

 ヤブキがばっさりと切り捨てると、ストロングは勢いを失った。

「…はぁ?」

『ストロングさんの演技って、一種類しかないんすよ。強くて悪くて怖い。これだけなんすよ。そりゃ、ストロングさんが主役でダークヒーローな作品ならそれでいいと思うんす。役者の方向性はしっかりしていた方がいいっすから。でも、先々週のシャイニンガーに登場した怪人ダークホーンは、根本的にキャラクター性が違うんすよね。ダークホーンは自分の力を過信しすぎて見栄っ張りになっちゃって空回りしちゃうドジッ子系悪役なんすから、もっとはっちゃけた演技が必要なんす。それなのに、ストロングさんはいつも通りの自分でやっちゃったもんだから、可愛げなんてありゃしない宇宙ヤクザになっちゃってたっすよ』

「…う、うーん」

 思い当たる節があり、ストロングは俯いた。

『次にスタッグさんっすけど』

 ヤブキが話を振ると、スタッグは上右足の爪を立てて自分を指した。

「僕?」

『スタッグさんの演技はストロングさんよりは幅があるっすけど、奥行きがないんすよね、奥行きが。体のアクションで見せるものはあるけど、表情が全然感じられないんすよ。細かい仕草とか、躊躇いとか、触角の微動だとか、そういうのがあればなぁって思うシーンが多すぎるんすよね。せっかくカメラにパンされているのに、棒立ちなんすから。裏方のアクションアクターでも、もうちょっと表情を出して個性を付けるものっす。あれじゃただの虫の剥製っすよ』

「痛い、心が痛い」

 スタッグがよろめくと、キルカはヤブキを睨んだ。

「私のスタッグになんてことを言うのよ! 血も涙もないわね、あなた!」

『オイラはフルサイボーグっすから、間違いじゃないっすけど。次にメリッタさんっすけど』

 仕草でキルカに平謝りしてから、ヤブキはメリッタに話を振った。

「出来れば聞きたくありませんが、聞かなければ自分のためになりませんので」

 メリッタは腹を決めてヤブキに向き直ると、ヤブキは始めた。

『メリッタさんの演技は三人の中で一番上手いんすけど、器用なだけで裏が透けて見える感じがあるんすよね。本腰入れてないっていうか、入り込んでいないっていうか、まあそんな感じなんす。表情の付け方も、演技の強弱も、シリアスなのとコミカルなのも上手くこなすんすけど、その役柄のキャラクター性よりもメリッタさんの人間性がだだ漏れなんすよ。だから、見ていてもイマイチ引き込まれないんすよね』

「仰る通りで…」

 メリッタが項垂れると、ニニが唇を尖らせた。

「さっきから言いたい放題言いやがって」

「じゃ、次は女性陣をお願いしようか」

 テリーはニニの文句を受け流してヤブキを見上げると、ヤブキは答えた。

『了解っすー。ニニさんは、なんてーか、演技とかそういうレベルじゃないっすよね。一瞬一瞬の表情は凄くいいんすけど、それだけなんすよ。小手先の演技をしない分、滲み出るものがあるんすけど、長続きしないんすよ。グラビアとかだったらそれでいいんだろうけど、ドラマじゃそうもいかないっすね。根本的な部分から改善しないと、まず使い物にならないっす』

「死ね、今すぐ死ねぇっ!」

 ニニは手近にあったボトルをモニターに投げ付けたが、跳ね返ってきただけだった。

『次にキルカさんっすけど、綺麗なだけじゃ演技もクソもないんすよ? そりゃ、モニター映えする顔とプロポーションっすけど、自分に酔いすぎていて見ていて恥ずかしいレベルっすね。自尊心てのはある程度はなきゃいけないっすけど、ありすぎても邪魔なだけっすから。色んな舞台とかドラマとか映画とか観て、とにかく吸収して学習することっすよ。でないと、ただのナルシストで終わっちゃうっすから』

「おっ、お黙り!」

 赤面したキルカが立ち上がりかけると、しょんぼりしたスタッグがその腕を掴んだ。

「いいんだ、キルカ。彼は何も間違っていない」

『んで、マユロさんっすけど』

 ヤブキが皆の陰に隠れているマユロを指すと、マユロは手を横に振った。

「あ、いいんです。私はマネージャーみたいなものですから」

『でも、本職は女優じゃないっすか、女優。マユロさんがデビューしたての頃に出演したドラマとか、特撮とか、一通り観たんすけど、マユロさんをお蔵入りさせとくのはめっちゃめちゃ勿体ないっす。演技は土台がきちんと出来ているし、笑顔がひたすら可愛いんすよね。よく主役を喰わなかったなーって思うシーンもあったほどっすよ。そんなマユロさんが、なんでマネージャーなんてしているんすか?』

 ヤブキに問われると、ヴァイオレットが情けなさそうに説明した。

「実は、うちのプロダクション、大分前にマネージャーが辞めちゃったのよ。それからマネージャーを雇おうにもなかなか雇えなくて、マユロちゃんがしてくれるって言うから甘えちゃって、今の今までずるずると…」

『あ、じゃあ、人材派遣会社を知っているんで紹介するっす。この前知り合ったんすけどね、そこの社長と』

 ヤブキがキーボードを叩くと、モニターの隅のチャットウィンドウにジャール海賊団のアドレスが表示された。

『なんだったら、オイラから話してみるっすよ。ミラベルちゃんとの追いかけっこが終わっていたらいいんすけど』

「ありがとうヤブキ君!」

 弾かれるように立ち上がったヴァイオレットは、鱗粉を撒き散らしかねないほど盛大に羽を揺らした。

『いやいやぁ、大したことないっすよ。オイラの友達とその同僚が路頭に迷っちゃ夢見が悪いっすからね』

「じゃ、すぐに紹介状を書いて! 明日にでも派遣してくれるように頼んで! 経理と事務に強い事務員とマネージメントをバリバリこなしちゃうようなのを!」

『リアルに切羽詰まってたんすね…』

「出来るだけ早くね、出来るだけ!」

 ヴァイオレットは急かすだけ急かしてから、モニターから離れた。

『ジャール海賊団に送るメールはライブチャット後にでもするっすけど、ついでだからテリーにも言っておくっす』

 ヤブキがテリーを指すと、今までの酷評に怯えたテリーはたじろいだ。

「な、なんだ?」

『テリーの演技って、堂に入ってきたけどまだちょっと照れがあるんすよね。そこさえなんとかなれば最高っす』

「そうか?」

『そうっすよ、先週のコックロイドはストーリーはともかくとしてテリーの演技の評判は良かったんすから。宇宙規模でカオスな脚本を大真面目に演じるテリー・ブラック、っていうタイトルの動画がランキングで伸びてるんすよー。その影響で、じわじわーっとコックロイドの評判も上がってきてるっすよ。もちろん、人を選ぶ内容だし、エロいしグロいしで年齢制限もありありっすけど、特撮好きだったら絶対に面白いって思う展開と演出っすから』

「そうか…。ところで、その動画はどこで見られるんだ?」

『後でまたメールするっすから、その時にアドレスを送るっすよ。ネタキャラに近い扱いっすけどね』

「それでもいい、俺が衆人環視に曝されているのであれば!」

 テリーは本気で喜び、上両足の爪をぐっと握り締めた。

『んで、テリー、もうちょっと言ってもいいっすかね? これはオイラの個人的な意見に過ぎないっすから、聞き流してもらってOKなんすけど』

「ああ、構わんぞ」

 テリーが頷いてみせると、ヤブキが佇まいを直して話を切り出そうとしたが、その肩に少女が寄り掛かった。

『害虫』

 ヤブキの肩から顔を出した少し赤味掛かった茶髪の少女は、無表情にモニターを見つめてきた。

『むーちゃん、この前のこと、まだ根に持ってるんすか?』

 ヤブキは少女を引き寄せると、胡座を掻いた膝の上に座らせた。

『当然』

「今度は誰よ?」

 ヴァイオレットが首を傾げると、ヤブキよりも先に少女が言った。

『ジョニー君の嫁』

「死ねロリコン」

 間髪入れずにニニが毒突くが、ヤブキはしれっと返した。

『いやいや、オイラはロリコンとは違うっすよ。好きになった相手が十歳だったってだけであって』

「それをロリコンと言うんじゃねぇか」

 少しだけ元気が戻ってきたストロングは、仕返しとばかりに吐き捨てた。

『ちなみにこちらは、オイラの未来の嫁でありマサ兄貴とサチコ姉さんの愛娘、アウトゥムヌス・ムラタ嬢、通称むーちゃんっす。以後よろしくっす』

 ヤブキがアウトゥムヌスを撫でると、アウトゥムヌスは僅かに唇を動かした。

『嫁』

「で、ヤブキ、お前の意見というのは?」

 テリーが話を本題に戻すと、ヤブキは背を丸めてアウトゥムヌスに覆い被さるようにしながら話した。

『いっそのこと、プロダクションだけでショートドラマでも作ったらどうっすかねーって思ったんすよ。ドゥルム号には、稽古に使うためのホログラフィースタジオがあるんすよね? だったら、それを生かさない手はないっすよ。ローカル局でちょくちょく穴埋めに流している、十五分弱の尺のアレっす、アレ。んで、その内容なんすけど』

『ほのぼのラブコメ』

 アウトゥムヌスは、迷いのない眼差しで俳優達を見下ろしていた。

『虫と人。人と虫。愛のある会話。秩序のある混沌』

『そりゃ、むーちゃんが好きなジャンルじゃないっすか。オイラとしちゃ、もうちょっとインパクトのあるものの方がいいような気もするっすけど。んで、そっちはどう思うっすか?』

 ヤブキがテリーに話を振ってきたので、テリーは一同に振り返ったが、反応は芳しくなかった。

「どうだかな。そもそも、俺達は恋愛ドラマとは無縁だからなぁ」

『夫』

 アウトゥムヌスは真っ直ぐ指を上げ、ストロングを指し、次にマユロを指した。

『妻』

 そして、言い切った。

『二人は新婚』

「社長」

 意見を仰ごうとテリーがヴァイオレットに向くと、ヴァイオレットはしばらく考え込んだが、ぱちんと爪を鳴らした。

「やってみるだけやってみようじゃないの。どうせ、このままじゃ我がプロダクションは干涸らびちゃうもの。それに、自前のスタジオと俳優なら制作費は大して掛からないしね。監督、脚本、演出は私がやるとして、ヘアメイクはニニちゃんにお願いすればいいわ。衣装と小道具はキルカちゃんから徴収するとして。その他諸々は後でなんとかすればいいわ。制作会社を通さずに作ったものが果たして放送局に買い取ってもらえるかどうかは解らないけど、やってみる価値はあるわね。それに、大学の映研みたいで楽しいじゃない」

「でも、俺とこいつが新婚ってのは…なぁ…」

 ストロングが戸惑いながらマユロを指すと、ヴァイオレットはにんまりした。

「今の時代、どこの星の誰と結婚しても自由なんだから有りも大有り! それに、異星間婚の夫婦ってのは一定の需要があるんだから、その手の人種に受けて受けて受けまくり! たぶんきっとそう!」

「た、たぶんって…」

 マユロがへたり込むと、アウトゥムヌスはヤブキに寄り掛かりながら呟いた。

『大丈夫、問題はない。私は観る、ジョニー君も観る』

「ほうらご覧なさい、最低でも二人の視聴者がいるじゃない! 期待されたんだから、頑張りなさい!」

 ヴァイオレットは胸を張り、触角を振った。

「そうと決まれば、早速ホンを書くわ。コンテも描かなきゃ。さあて忙しくなっちゃう!」

「そんなので大丈夫なのか、本当に…?」

 さすがに不安に駆られたテリーがヤブキを見上げると、ヤブキは苦笑した。

『オイラは責任持てないっすよ。だから、一個人の意見って前置きしておいたじゃないっすか』

「俺と、お前が、夫婦? しかも新婚?」

 ストロングは今にも泣きそうな顔のマユロを指し、自分を指したが、長いツノを伏せるように首を捻った。

「想像すら出来ん」

「それは私が言いたいよ」

 マユロは力を抜くようにため息を吐いたが、ぱん、と両手で頬を張った。

「でも、久々の仕事なんだから頑張らなきゃ! 御世辞だとしても、せっかく褒められたんだから!」

「んで、タイトルは?」

 不機嫌さを引き摺るニニが乱暴に問うと、アウトゥムヌスが述べた。

『宇宙夫婦ギャラクティカ』

「…どうよ?」

 ストロングが怖々とマユロに尋ねると、マユロは頬に当てた手を目元にずり上げた。

「…頑張れないかもしれない」

 古き良き特撮を思わせるタイトル。だが、その中身は異星間婚姻の新婚夫婦のほのぼのラブコメと来ている。
そんなタイトルと内容で、視聴者の興味を引けるのか。そして、どこの誰が観るのだろうと誰もが不安に思った。
不安に思っていないのは、アウトゥムヌスだけだった。だが、何もしなければ誰も売れもせずに腐るだけだろう。
ならば、足掻くだけ足掻くのもいいかもしれない。テリーは船内通信を使って、ヴァイオレットにタイトルを伝えた。
ヴァイオレットもタイトルの古めかしさに面食らったようだが、数秒の間の後、決定、と言い切って通信を切った。
その言葉には、タイトルを決めただけでなく、完全自主制作のドラマに社運を掛けようとする決意も籠もっていた。
テリーはヴァイオレットが決断したことで躊躇いを捨て、ヤブキとその未来の妻に礼を言い、亜空間通信を切った。
 とんでもない方向から、賽がぶん投げられた。





 


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