アステロイド家族




理想的人生考



 更に二週間後、目的地の惑星ニルヤに到着した。
 太陽に近しい質量と熱量を持つ恒星を中心とした星系のハビタブルゾーンに浮かぶ、海洋惑星がゲウォとアリサの 新天地だった。地表の八割は海に覆われ、大気は厚く、空気の流れに沿って雲が流れている。海水を成す物質 は、かつての地球の海水に比べるとアルカリ性が強いので飲用には適さないが、生活用水に使用する分には何の 問題もない濃度だった。大陸というにはささやかな広さの陸地には植物が生い茂り、酸素を吸収して二酸化炭素を 放出していた。これなら、テラフォーミングの必要はないだろう。
 宇宙怪獣戦艦ファン・タ・ストゥは着水し、首長竜に似た外見の巨体を海面に浮かばせた。一通りの調査を終えてから 外に出て、まともに外気を吸ったマサヨシは空気の清浄さに驚いた。容赦なく降り注ぐ日差しは少々強かったが、 初夏の日差しだと思えばいい。水分子が吸収している光の波長が違うせいだろう、海の色は新人類が海として 認識する色よりも若干赤味が掛かった紫だった。宇宙怪獣戦艦の胸ビレに当たる部分に立ったマサヨシは、ガンマ に指示を出し、居住臓器の格納庫からスペースファイターを搬出させた。ついでに機械生命体達も外に出したが、 二人が解放感に喜んだのは束の間で、だだっ広い海を見た途端に憔悴した。マサヨシは気にならなかったが、彼ら にとってはこの星の潮風は塩分が強すぎるようだった。ただでさえ疲れ果てた身でそんなものを浴びては、さすが の二人でも身が持たないだろう。つくづく悪いことをしたなぁ、とマサヨシは自戒しつつ、スペースファイターの点検 を始めた。結局、道中ではマサヨシらファントム小隊の出番もなければノーリーンが超能力を行使する場面もなく、平穏 無事に辿り着くことが出来たのでそれ自体は何よりだったのだが、長時間動かさずにいると機体もマサヨシも鈍って しまう。惑星ニルヤの空を飛びさえすれば、すぐにでも勘は戻ってくるだろうが。

「中佐ー!」

 頭上から快活な声が掛かったので、マサヨシは機体の下から這い出して見上げた。上空には、ゲウォとアリサが 暮らしていた居住臓器が摘出され、宙に浮いていた。それを浮かばせているのはもちろんノーリーンで、背後には 青黒い巨大な甲殻類のガ・ニーガ、金属で外骨格を成した珪素生物のマチン・グゥ、ピンク色の細長いチューブ状の 生物が寄り集まって出来ている寄生生物のミー・ミユも浮いていた。ノーリーンは得意げに笑みを見せていたが、 マサヨシは少々気まずくなった。丁度真下に立っているので、ノーリーンのエプロンドレスのスカートの中身がまとも に見えてしまうからだ。ちなみに、中身は見なかったことにした。

「どうした、ノーリーン?」

 目線を逸らしつつマサヨシが問うと、ノーリーンは水平線の彼方に見える大陸を指した。

「えっとですねー、閣下とミス・スプリングはあっちの陸地に行きたいんだそうです」

「で、その居住臓器を大陸に据え付けるのか?」

「はい。この星の生態系を乱さないために、お二人だけが住む生命球として据え付けるんだそうです。あ、ガニーや マッチーやミーちゃんも一緒ですよ。皆がいないと、居住臓器は役割を果たせませんからね」

「なんだ、その愛称」

「いいじゃないですか、その方が可愛いんだし! じゃ、合流地点で待ってますから!」

 そう言い残して、ノーリーンは加速した。彼女がサイコキネシスで持ち上げている居住臓器は直径が五百メートル 以上あり、内部には生物が生きるために不可欠な環境を作り上げているので、土や水などの物体の質量は相当 なものだ。そんな物体を顔色一つ変えずに持ち上げてしまうのだから、ノーリーンの能力の凄まじさを思い知らざるを 得ない。マヌエラ・プロイセ女史がノーリーンに人間らしい情緒を与えようとしなかったのは、単純にノーリーンを生体 兵器として鍛え上げるためだけではなく、恐るべき能力を私情で操るようになることを危惧したからだろう。その気に なれば、ノーリーンは一人だけでクーデターでも何でも起こせるからだ。

「ムラタ中佐。飛べるかね?」

 宇宙怪獣戦艦の吸排気孔から現れたゲウォは、鍔の広い帽子を被ってサンドレスを着たアリサを伴っていた。

「これといって問題はなさそうですが、念のため、一通り点検してから発進しますよ」

 マサヨシは目玉に似たスパイマシンを手招き、ホログラフィーモニターを投影させると、ガンマが報告した。

〈所要時間は太陽系標準時刻にて五十四分です〉

「では、それまではこの景色を楽しむとしますわ」

 アリサはこの一ヶ月で伸びた髪を風に靡かせ、胸一杯に空気を吸った。ゲウォはセラミック製のサイボーグアームを、 アリサのほっそりとした腰に回して抱き寄せる。

「想像以上だ。この海、空、空気、申し分ない」

「お褒め頂き光栄です、閣下」

 二人に続いて現れたゾルは胸元に手を当て、片膝を付き、深々と頭を下げた。

「顔を上げたまえ、ゾル。だが、一つ聞いておきたいことがある。グー・グーの内乱からも政治家の駆け引きからも 科学者同士のいがみ合いからも、ファンと共に逃れていたお前が、なぜこのような惑星を見つけ出した? そして、 なぜ私とアリサに明け渡してくれるのだね? 生体科学者であるお前にとって、理想的な環境でありながら誰の手も 付けられていない惑星の生態系は有り余るほどの魅力があろう。ともすれば、グー・グーの文明を更なる高みへと 至らしめられる技術を作り出せるだろう。それが、なぜだね」

 ゲウォが義眼を細めると、ゾルは顔を上げたが立ち上がりはしなかった。

「先の質問にはお答えいたしましょう。閣下は並列空間というものを御存知ですか?」

「無論だ。恒星間戦争での軍事戦略上、欠かせない手段の一つだからな」

「ファン・タ・ストゥを始めとした成体の宇宙怪獣戦艦には、並列空間をワープルートとして移動出来る空間超越能力 が備わっております。私は同族同士の争いから逃れるために、グー・グーに残る宇宙航行記録に記載されていない 宙域に向かいましたが、どこに行くかは全てファンに任せました。何度もワープを繰り返した末に辿り着いたのが、 この惑星ニルヤです。ニルヤという呼称は、ファンが現住生物が交わしている原始的な言語を解析して調べたもの でして、第一公用語に訳しますと理想郷となります」

「そうか。では、後者の質問にも答えてもらおうか」

 ゲウォの義眼が下がり、ゾルの単眼を捉える。ゾルは一度瞬きしてから、単眼を心持ち逸らした。

「研究するに値する生態系は、何もここだけではありませんので。それに、私がいては閣下とミス・スプリングの蜜月を 邪魔してしまうではありませんか。それだけのことですよ」

「あら、それだけかしら」

 アリサが頬を緩めると、ゾルは顔を背けた。

「……それだけ、ということにしておいて頂けませんかね?」

「今更、隠すことでもあるまいに」

 ゲウォは笑みを零し、アリサと共にヒレの盛り上がった部分に腰を下ろした。アリサは夫の肩に頭をもたせかけ、 帽子が飛ばないように鍔を押さえている。ゾルは居たたまれないのか、意味もなく咳払いをしてから、宇宙怪獣戦艦に 戻っていった。マサヨシはガンマに指示し、ノーリーンと軍用無線機で連絡を取って合流地点を今一度確認 した後、スペースファイターの整備に戻った。これまで何の役にも立ってこなかったイグニスとトニルトスは、干物の ように伸びているので、今後も役に立つことはないだろう。
 一時間後、新婚夫婦と科学者を乗せたスペースファイターは発進した。惑星の大気圏を飛ぶのは久し振りだが、 勘は鈍っていない。機体全体に絡み付く大気の厚さと粘り気、加速と共に負荷を増す重力を感じながら、スロットル レバーを前に倒して出力を上げた。スペースファイターに乗り慣れていない乗客さえいなければ、派手な曲芸飛行 でもしていただろう。一ヶ月振りの空は清々しく、海面に映る機体は煌めき、風を切り裂く感触が鮮やかで、空と海に 挟まれた世界の美しさも相まって嫌でも気分が高揚してくる。顔でこそ平静を保っていたが、内心では少年のように 浮かれていた。理想郷という名に値する惑星だと、あらゆる感覚で実感する。
 それから数十分後、スペースファイターは半透明の繭が置かれている半島に到着した。マサヨシらの到着を待ち 侘びていたのか、居住臓器の上に浮かんだノーリーンは大きく手を振ってきた。その足元の砂浜では、ガ・ニーガ が鋏脚を大きく振り回し、マチン・グゥもペンチ状の両腕を振り上げ、ミー・ミユは無数の寄生虫をうねらせた。滑走路 代わりになりそうな平地を探すために大きく旋回し、居住臓器に程近い場所の砂浜を見つけ、軟着陸した。
 ノーリーンと宇宙怪獣戦艦の寄生生物達に出迎えられた新婚夫婦は、細かなガラスの粒を敷き詰めたような砂浜 を歩き、居住臓器を目指した。マサヨシはガンマにスペースファイターを任せ、ゾルと共に三人に続いた。居住臓器 は宇宙怪獣戦艦の胎内から切り離されても機能を維持していて、ログハウスも、アリサとノーリーンが今朝方干した 洗濯物もそのままだった。ゲウォとアリサは居住臓器に入る前に、ノーリーンに言葉を掛けた。太陽系には戻らずに この星で過ごさないか、と。ノーリーンはしばし考えた後、首を横に振った。ゲウォとアリサは残念そうではあったが、 無理強いはしなかった。惑星ニルヤに無事到着した記念を兼ねたささやかな結婚式を挙げ、二人の門出を祝った後、 マサヨシはノーリーンとゾルを連れて宇宙怪獣戦艦に戻った。ノーリーンの物思いに耽る横顔を見つめるゾルの 表情にはただならぬものがあり、ノーリーンはそんなゾルを意に介さずに、旅の道中で何百回と再生した双子の 妹のデビューライブの映像を流していた。マサヨシは二人の様子を気にしつつも、結婚祝いになればと思い、スモーク を焚きながらアクロバット飛行をして広大な青空にハートを描き、中心を貫いた。
 理想郷の空には、俗っぽすぎたかもしれないが。




 更に一ヶ月後。マサヨシらは太陽系に帰還した。
 その時のイグニスとトニルトスの喜びようは凄まじく、奇声すら上げていた。機械を得た機械生命体達はそれまでの 鬱屈した精神状態を振り払うべく、率先して機械にまみれにいった。それが一層マサヨシの罪悪感を掻き立てたが、 娘達への罪悪感に比べれば大したものではなかった。娘達が通うロースクールの校内見学はヤブキとミイムが 行ってくれたようだが、家族に対する埋め合わせを考えておくのを忘れてしまった。週末に帰宅する際に買っていく ようなプレゼントでは、大した効果は期待出来ない。となると、家族旅行に連れていくべきだろう。
 旅行の日程を決めるためにまずは休暇を取らなくては、と考えたマサヨシは、機械文明を存分に堪能する二人を 放置して軍本部に向かった。エアカーをレンタルするほどの用事でもないので、リニアラインを乗り継いで移動した。 中吊りのホログラフィーにはロッテ・イングラムのグラビア写真が踊り、車窓から見える立体広告ではデビュー曲を 熱唱するメタルファッションの少女が浮かび、乗客のヘッドフォンから音漏れしている曲もロッテの歌声だった。黒い レザージャケットに毒々しいデザインのタンクトップを着て際どいレザーのホットパンツを履き、ピンヒールのブーツで ステージを踏み付けるロッテの姿は目を惹き、意志の強い目は視力の弱さなどまるで感じさせない。歌声に合った キャラクターを作っているので、どのホログラフィーでもロッテの表情は硬く、無表情といってもいい。それは心を 開く前のノーリーンにとても良く似ていて、マサヨシは少なからず切なさを覚えた。
 軍本部のビルはエウロパステーションを貫くほど巨大で、見上げすぎるとよろめいてしまう。旧人類と新人類との 種族間戦争で大きな功績を残した宇宙戦艦をモチーフにしているので、レトロなデザインが特徴的である。休暇届を さっさと提出するべく、マサヨシは衛兵の検閲を受けて正門を通ってセンターホールに入ると、待合所のソファーに 馴染み深い顔の少女が座っていた。軍服でも戦闘服でもないので、非番なのだろう。

「やあ、ノーリーン」

 マサヨシが声を掛けると、黒いワンピース姿の少女はサングラスを外してマサヨシを注視してきた。

「マサヨシ・ムラタ中佐ですか?」

「いやに他人行儀だな」

 マサヨシが訝しむと、待合所に併設した売店から明るい声が飛んできた。

「ロッテー! ジュース、どっちがいいー!?」

 と、同時に程良く冷えたジュースのボトルも吹っ飛んできた。その弾道に立っていたマサヨシが慌てて回避すると、 少女の両手にボトルが収まった。少女はカフェオレとレモンソーダを見比べていたが、カフェオレを取った。

「僕はこれがいい。だからお姉ちゃんはこっち」

「お姉ちゃん……?」

 マサヨシが仰け反らせた上体を戻しながら呟くと、キャミソールにホットパンツ姿のノーリーンがやってきた。

「あ、中佐! こんにちはー!」

「てことは、君がロッテ・イングラムか。すまん、ノーリーンと間違えてしまって」

 マサヨシが謝ると、少女、ロッテははにかんだ。

「いえ。お姉ちゃんと間違われるなんて嬉しいです。お姉ちゃんが僕に間違われることがあっても僕がお姉ちゃんに 間違われるなんてことはそうそうあるものじゃないから」

「サインと握手ならいいですけど、ロッテは貸しませんからね? 今日は私だけのロッテなんです」

 ノーリーンは妹の腕を抱えると、嬉しそうに笑った。ロッテは同じ顔をした姉を見、照れる。

「お姉ちゃん……」

「あと、どこに行くかってことも教えません。二人だけの秘密です。デビューライブを見に行けなかった代わりにデート するって約束したんですから、誰にも邪魔されたくないんですよ」

 ノーリーンが拗ねてみせると、ロッテはマサヨシを見上げてきた。

「僕からも御礼を言います。中佐。お姉ちゃんが昔みたいなお姉ちゃんに戻ってくれて本当に嬉しいんです」

「礼なら、俺じゃなくてゾルに言ってくれ。俺は特に何もしていないから」

 マサヨシが笑みを返すと、ノーリーンは口籠もった。

「あいつのおかげなんかじゃありませんって。元を正せば、中佐のおかげです」

「そうだ。一つ聞いておきたいんだが、ノーリーン」

「はい、なんでしょう?」

「ミセス・スプリングとギー閣下のお誘いを断ったのは、どうしてだ?」

「そんなの決まってます! ロッテのライブを見たかったし、一緒に遊んだり、買い物に行ったりしたいからですよ!  これは本当に本当についでですけど、あのトカゲの興味が他の人に向いたら迷惑だなぁって思ったからでも あるんです! だから、あんまり余計なことを深読みしないで下さい!」

 ノーリーンは赤面して声を上げたが、マサヨシの階級を思い出した途端に身を引いた。

「わあっごめんなさい!」

「いいんだ、気にしないでくれ。仲が良いんだな、君とノーリーンは」

 マサヨシが笑いを堪えながらロッテに向くと、ロッテはグラビアとは正反対の柔らかな笑みを浮かべた。

「はい。だってお姉ちゃんですから」

 ノーリーンはロッテの手を引き、出口に向かって駆け出した。

「それでは失礼します!」

「楽しんでこいよ、二人共」

 マサヨシは双子の背中に手を振っていたが、当初の目的を果たすべくエレベーターホールを目指した。丁度到着 したエレベーターに乗り込むと先客がおり、長い黒髪を一纏めにして結い、銀縁のメガネを掛けている女性軍人は レンズ越しに鋭い目線を投げてきた。マヌエラ・プロイセと向き合ったマサヨシは、一礼した。

「ありがとうございます、プロイセ大佐」

「ムラタ中佐。あなたに礼を言われるようなことをした覚えはありませんが」

 マヌエラは擬態化能力を制御するために掛けているメガネを直し、マサヨシを見据えた。

「超常部隊の訓練内容はかなり時代遅れでしたし、人格を否定する教育を受けて育ったエスパーは任務には忠実 かもしれませんが咄嗟の判断が鈍ってしまう欠点にはとっくの昔に気付いていましたし、訓練で抑圧しすぎたが故に 能力そのものが減退する事例は過去に何度もありましたし、あなたやゾル・ゲ・ゼー在太陽系特使に指摘されるまで もありませんでした。だから、ノーリーンに長期休暇を与えるのは私が直接下した判断であり、あなた方が軍本部に 提出した報告書と嘆願書は何も影響していないのです」

「そりゃどうも。ですが、ギー夫妻の新婚旅行にノーリーンを同行させたのは大佐御自身では?」

「適任だと判断したまでのことです。楽しい旅でしたか?」

「ええ、それはもう。ノーリーンの顔を見れば解りますよ」

 マサヨシが頷いてみせると、マヌエラはかすかの唇の端を上向け、到着したエレベーターから下りた。

「舞台を整えたのは私ですが、切っ掛けを与えて下さったのは中佐です。それについては礼を言いますよ」

 ドアが閉じた後、マサヨシは喉の奥で笑みを殺した。なんだかんだで、自身と似た身の上の少女を最も気に掛けて いたのはマヌエラだったようだ。素直に礼を言えばいいものを、好意を示す前に嫌味を言わなければ気が済まない 性格の持ち主らしい。女だてらに超常部隊を束ね、のし上がれたのは、物凄い負けず嫌いだったからだろう。それを 知ると、なんだかマヌエラにも可愛気を感じてしまう。目的の階に到着したマサヨシは、遠からず超常部隊と宇宙 空挺団の新兵達を合同訓練させてみよう、と頭の隅で考えながら、必要書類に書き込んで申請した。
 休暇届が無事に受理されることを願いつつ、エレベーターに乗り込むと、今度はゾルに会った。ゾルはマサヨシを 掴まえると、有無を言わさずに展望デッキまで引っ張っていった。センターブロックを一望出来るガラス張りの展望 スペースにマサヨシを連れ込み、一番端のベンチに座らせたゾルはマサヨシの隣に座り、ひどく深刻に言った。

「中佐どの。どうしましょう」

「どうって何を」

 主語も述語もないので答えようがない。マサヨシがきょとんとすると、ゾルは単眼を伏せた。

「実はですね、私、変態なんですよ」

「はあ」

「物心付いた頃から、目玉は二つはあった方がいいって思っているんです。同族の単眼ではぴんと来ないんです、 複眼では微妙な感じなんです、二つ以上でも悪くないんですけどちょっとなぁって感じなんです。それと、足は二本で いいんです。三本もいりませんし、ぶっちゃけた話、私達の種族の三本目の足って正に蛇足なんですよね。尻尾の 方が余程楽なのに。ですから、私は同族に対して違和感を感じまくった末に生体科学者になったわけでして」

「はあ」

「で、ですね。新人類は外見も生態系も私の理想なんですよ。どストライクなんてレベルじゃないんですよ」

「はあ」

「でもって、可愛すぎるんですよ。愛おしすぎるんですよ。なんかもう心臓の辺りが痛いんですよ」

「はあ」

「だって可愛いと思いませんかっ!? 航行中はあれっだけ私を突っぱねていたくせに、太陽系に帰還した途端に 態度が柔らかくなってきて、握手までしてくれたんですよ!? その手の柔らかくて温かいことったら! 血圧上がり まくりですよ、血管切れそうでしたよ! しかも笑顔まで見せてくれて、私を殺す気ですかってリアルに言いそうになり ましたけど鉄の理性で堪えましたよ! 解りますよね、ね!?」

 ゾルが全力で力説すればするほど、マサヨシは腰が引けてきた。確かに、そんなことはあった。ノーリーンがゾル に礼を言ったのは、ゾルとマサヨシが軍本部に提出した報告書と嘆願書のおかげでマヌエラが休暇届を受理して くれた、と知ったからである。もっとも、その報告書の内容は、マサヨシが修正しなければ目も当てられない内容で、 いかにノーリーンが可愛くて優秀で元気一杯の女の子かをただひたすらに力説しているものだった。嘆願書も似た ようなものだった。名目上、惑星グー・グーから太陽系に派遣されているゾルは、生体改造技術を新人類に提供して 太陽系全体の発展に貢献するのが役割なのだが、この調子ではそれを忘れかねない。いや、既に忘れているのかも しれない。マサヨシは呆れるやら馬鹿馬鹿しいやらで、ゾルを押し返した。

「ああ、そうですか」

「ツン・デ・レと言うんでしたっけね。絶妙な力加減で男心を上下左右に揺さぶりまくる女性心理の通称は」

 遠い目をしてノーリーンに思いを馳せるゾルに、マサヨシは手を横に振った。

「いえ、そういうイントネーションじゃありません」

「というわけでして、中佐どの。どうすればノーラに好いてもらえるでしょうかね?」

「御自分で考えて下さいよ」

 マサヨシは辟易し、肩を竦めた。ゾルはほうっとため息を零し、頬に手を添える。

「手始めに、ノーラが営舎から引っ越したマンションの隣室でも借りてみましょうかね」

「いやそれはアウトですよ」

「ですよねぇ。壁、ぶち破りたくなりますもんねぇ」

「とりあえず、デートにでも誘ってみたらどうですか。ノーリーンが受けてくれるかは解りませんけど」

「そんなことしたら、興奮しすぎて脳の血管が切れちゃいますって。でも、ああ、ノーラ……」

 悩ましげに身を捩る異星人に、マサヨシはなんともいえない表情が浮かんできた。ゾルがどれほど好こうと、肝心 のノーリーンが嫌っているのであればどうにもならない。だが、ノーリーンはゾルの手を握ったのだし、以前ほど強い 嫌悪感は抱いていないだろう。だが、だからといっていきなり距離を詰めると逆効果だ。万が一、ゾルとノーリーンの 関係が悪化したせいで太陽系と惑星フィーブの外交関係も悪化する事態になったら、マサヨシは元より大量の人間 が困るので、真っ当な助言はしなければ。もっとも、ゾルがそれをちゃんと聞き入れてくれるかどうかは不明だが。 軍服の内ポケットからタバコを抜いて銜えたマサヨシは、理想郷はここにあったと連呼するゾルを横目に、自分自身 の理想郷を作り出すための予定を練っていった。
 別名、家族サービスとも言うが。







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