アステロイド家族




理想的人生考



 ホログラフィーモニターの中で、ノーリーンと同じ顔の少女が歌っている。
 黒いエレキギターを抱えて複雑なコードを滑らかに掻き鳴らし、華奢な体から出ているとは思いがたいほど重たい 歌声でどぎつい歌詞を歌い上げている。激しいドラムと威圧感溢れるベースと彼女自身が奏でる鋭いリフは鮮烈で、 デビューしたばかりの新人とは思えないインパクトがあった。アイドルを追い掛けるあまりにガールズバンドなどにも 手を出し始めたトニルトスが話題に出した若手女性歌手、ロッテ・イングラムのデビューライブの映像だった。

「上手いな」

 マサヨシが素直な感想を述べると、ノーリーンは少しだけ嬉しそうにしたが、すぐにまた顔を強張らせた。

「顔を見れば解る。彼女は君の妹なんだろう?」

「はい。見に行くって約束していたんですけど、任務が入ってしまったので」

「だから、あんなに機嫌が悪かったのか」

 マサヨシはノーリーンから少し離れた位置に座り、ノーリーンの膝を抱えて丸まった背を見やった。軍服を着ている せいで大人びて見えるが、まだまだ幼い。床に置いた情報端末から投影しているホログラフィーモニターに映る妹の 晴れ姿に見入っている横顔には、片割れへの愛情と共に複雑な思いが垣間見えていた。

「子供の頃、ロッテは凄く体が弱かったんです」

 膝を抱える手に力を込めたノーリーンは俯き、両耳に下げた赤い勾玉のピアスを震わせた。

「私が超能力を持って生まれた弊害で、ロッテは免疫系に障害を持って生まれてしまって。そのせいで視力もかなり 弱くて、投薬と手術のおかげで0.2程度にまでは回復したんですけど小さい頃は本当に何も見えなかったんです。 だけど、音楽の才能は凄かったんです。目がよく見えない代わりにとても耳が良くなったらしくて、どんな音楽だって 一度聞いてしまえば完璧に演奏出来るし、ギターの演奏なんて細かいのに力強くて歌だって本当に上手いんです。 だから、お父さんもお母さんも才能を伸ばしてやろうって治療と平行してロッテに音楽を教えるようになったんです。 それは凄く良いことだと思ったし、ロッテも楽しそうだったし、私も生き生きしているロッテを見るのは嬉しかったけど、 そのためには当然お金が沢山必要だったんです。だから、私は学校に上がる前に超常部隊に所属して、辛い 訓練や任務をこなして家にお金を入れていたんです。おかげでロッテはどんどん元気になって、音楽の才能だって こうして認められるようになって、嬉しいな、良かったな、って思うんですけど……」

「君は偉いな、ノーリーン」

「いえ……」

 マサヨシがファーストネームで呼ぶと、ノーリーンは目を逸らした。

「私は全然偉くなんかないです。今だって、ロッテが羨ましくて羨ましくて。超常部隊に入るって決めたのは自分だし、 能力を生かした場所で働けるのはいいことだし、私だって現場で使ってもらえるってことは超能力の才能がちゃんと 認められているわけだから、ロッテと同じ立場にいるはずなんです。それなのに、不公平だなんて思っちゃって」

 抱えた膝に爪を立て、ノーリーンは頼りない肩を怒らせる。

「ごめんなさい。中佐には何の関係もない話なのに、御時間を取らせてしまって」

「関係なくもない。俺には四人の娘がいてだな」

 マサヨシは少し笑ってから、陰鬱な面差しのノーリーンに語り掛けた。四姉妹の中では最も理性的な性格の次女、 アエスタスとの出来事を掻い摘んで話してやった。アエスタスは自分を律して鍛え上げることに長けているが、その 反面他人に甘えることが不器用だった。だから、姉妹が父親であるマサヨシに甘えていても気後れしてしまうのか、 マサヨシと二人きりにならないとまず近寄ってこないのだ。一緒に遊んだり、話し込んだりしていると、アエスタスは 年相応の顔を見せるが、少しでも離れてしまうとすぐにまた自分を律してしまう。そこがアエスタスのいいところでも あるのだが、とマサヨシが話し終えると、ノーリーンは他人事とは思えないのか、目元を擦った。

「だから、そんなに気に病むことじゃない。大体、ノーリーンは人間じゃないか。ナビゲートコンピューターのAIだって 人格が認められている時代だ、軍人だからってそこまで機械然とする必要はどこにもない。むしろ、ある程度融通 が利いてくれないと困るんだ。機械に出来ないことをするのが俺達の役割であって、機械に成り代わることじゃない からな。この任務はまだまだ長い、その間にゆっくりと考えてみるといい」

 マサヨシは娘達にするようにノーリーンの頭に手を伸ばしかけたが、寸でのところで引っ込めた。

「おっと、すまん」

「いえ、お気になさらず」

 ノーリーンは首を横に振ってから、顔を上げた。

「中佐は、私が人間だとお思いなのですか?」

「また変なことを聞くんだな。どこからどう見たって人間じゃないか」

「中佐は、私の能力を御存知ないから」

 ノーリーンは耳朶に下がる赤い勾玉に触れ、声を落とした。

「私が操るサイコキネシスは、通常のサイコキネシスとは違うんですよ。微弱な電流を分子に直接作用させて物体を 浮遊させるんですが、電磁フィールドの出力と範囲さえ関知してしまえば、発射済みの光学兵器でさえもねじ曲げる ことが出来るんです。サイ・リアグラファーを使えば、統一軍が所有する全艦の艦隊でさえも防御出来ます。それが どれだけ常識外れで馬鹿げているか。人間の範疇を越えています。新人類ですらありません。私の力は、全く別の 次元から何らかの手段でエネルギーを採取し、利用しているとしか思えないんです。突飛だと思われるでしょうが、 そうでなければ説明が付かないほどのエネルギー量を制御出来てしまうんですから。ロッテはどこまでも人間です、 体の弱さも、才能の方向性も、性格も、私が持って生まれなかったものを持ち合わせているんです。だから、私には ロッテを羨む権利すらないんです。……兵器ですから」

「君にそう言ったのは、誰なんだ?」

「力に振り回されるだけの子供だった私を鍛え上げてくれた、マヌエラ・プロイセ大佐です」

 ノーリーンが口にした名にはマサヨシも聞き覚えがあった。マヌエラ・プロイセは辣腕の教官で、女性でありながら 超常部隊を立派に叩き上げ、作り上げ、太陽系内の平和に大いに貢献した軍人だ。マヌエラ自身も擬態化能力を 持ったエスパーとして生まれ、数々の死線を乗り越えてきたので、常識外れの能力を持ち合わせているノーリーンを 鍛えるには打って付けの人物だったのだろうが、ノーリーンの能力を生かそうとするがあまりにノーリーンの人格を 否定していたようだ。十歳にも満たない子供を前線でまともに戦わせるためには必要だったかもしれないが、それは あくまでも任務の内での話だ。身も心も軍務に捧げているマヌエラには正しい行動だったのだろうが、ノーリーンは マヌエラではなく、全く別の人格を持った人間だ。だが、ノーリーンも成長する。夢を叶えて華やかな道を突き進む 妹を羨むのもごく自然なことであり、生きた兵器として生きてきた自分に対して疑問を持つのも人格が成長した証拠 であり、戸惑うのも当たり前のことだ。マサヨシは再びノーリーンの傍に座り直すと、その頭をぐしゃりと撫でた。

「……う」

 どうリアクションすればいいのか解らなかったのか、ノーリーンは硬直した。

「だが、今の上官はプロイセ女史じゃなくてこの俺だ。だから、命令に従ってくれるな?」

 マサヨシが腰を曲げて目線を合わせると、ノーリーンは目を彷徨わせながら答えた。

「はい」

「ギー閣下とミス・スプリングの新居に行って、二人の手伝いをしてやってくれ。あと、ゾルの相手も適当にしておいて やれ。面倒臭い男だが、まあ、悪い奴じゃなさそうだからな」

「中佐はどうなさるんですか?」

「俺は使い物になりそうにない部下二人を見ていなきゃならん。だから、准尉に任せた」

「了解」

 ノーリーンはマサヨシの命令が腑に落ちなかったのか、不可解そうな顔で敬礼した。マサヨシは念を押してから、 再度ノーリーンの頭を撫でた後にその場を離れた。ノーリーンはマサヨシに触れられた髪をいじりながら、浅黒い頬を 紅潮させて俯いていた。その様子で、これまでの人生で他人に甘えられる機会がほとんどなかったのだと解る。 喜びよりも先に戸惑いが、戸惑いよりも大きな躊躇いが、躊躇いに混じる罪悪感が、ノーリーンの歪んだ唇の端に 刻まれていた。旧人類を淘汰し、宇宙進出した新人類が犠牲にしてきたのは、ノーリーンのような人種なのだろう。 マサヨシのような生体改造体を遙かに上回る能力を有している超能力者は、その能力の高さ故に酷使されがちだ。 どうしようもなく胸が痛んだが、彼女の上官ではないマサヨシはノーリーンの立場を変えてやることも出来なければ、 軍部の空気を一新することも出来ない。だから、この場で出来ることをやってみるしかない。
 吉と出るか凶と出るかは、定かではなかったが。




 それから、ノーリーンは新婚夫婦の新居で暮らし始めた。
 もちろん、最初は戸惑いとつまずきの連続だった。アリサが仕立て上げたエプロンドレスを着せられたノーリーン は、軍服とも戦闘服とも違って裾が広がった服に足を取られて何度も転んでしまい、その度にサイコキネシスを暴発 させては何かしら破壊してしまった。アリサとゲウォは気にするなと言ってくれたが、ノーリーンは家事が思ったように 出来ない不甲斐なさと迷惑ばかり掛けている自分を疎み、森の奥でひっそりと泣いた。マサヨシは有機物まみれの 環境にやっと慣れてきたがストレスフルなイグニスとトニルトスを気遣いつつ、距離を取ってノーリーンを見守った。 その合間に、ゲウォの要求に出来る限り答えてやった。マサヨシが知る新人類の情報などタカが知れているので、 専らガンマが頼りだったが、ゲウォもゾルも満足してくれたようだった。一週間が経過すると家事の勝手が掴めて きたのか、ノーリーンは率先して家事をするようになり、表情も日に日に増えてきた。
 太陽系を出発してから、太陽系標準時刻で半月が経過した。今日も今日とてグロッキーなイグニスとトニルトスに 当たり障りのない言葉を掛けてやってから、マサヨシは新婚夫婦と生体兵器の少女が住まう居住臓器に向かった。 清々しい環境の詰まった繭に収まっているおもちゃ箱のようなログハウスの傍では、ノーリーンがサイコキネシスを 使わずに自力で井戸から水を汲み上げていた。それを桶に開けてから、マサヨシに気付き、笑顔を向けてきた。

「中佐! おはようございまーす!」

「おはよう、ノーリーン」

 マサヨシが挨拶を返したが、不意にノーリーンの顔が強張り、スカートを翻しながら身を反転させた。

「おはようございます、ノーラ」

 ログハウスに面した池のほとりで、ゾルが胸に手を添えて一礼してきたので、ノーリーンは眉を吊り上げる。

「……ゾル」

「そうお怒りにならないで下さい、ノーラ。私は何もしませんとも」

 ゾルは心外そうに三本目の足を揺らしながら、ノーリーンに近付いてくると、ノーリーンは片手を翳す。

「あんたに限って何もしないってことないじゃない! 昨日の夜だって、私が寝ているところに近付いてきて!」

「他意はございませんよ。ただ、生体情報を採取させて頂きたいだけでして」

「それが嫌なんだってば!」

「大したことではありませんよ。新鮮な細胞核が採取出来そうな粘膜に生体接触をですね」

 ゾルは一歩ずつノーリーンとの距離を詰めてくるが、ノーリーンはマサヨシの背後に回り込んで隠れた。

「すっごい大したことじゃない! 口の中に舌を突っ込んで掻き回すのなんて、そんなの死んでも嫌!」

「口唇及び口腔の粘膜接触は、新人類に置いては並外れた好意を示す行為ではありませんか。ミス・スプリングと 閣下も毎朝毎昼毎晩なさっておりますし、私はノーラに対してはそれはもう並々ならぬ好意を抱いております故」

「あんたはそうかもしれないけど、私は全然好きじゃない! だって、しつこいんだもん!」

 ノーリーンはマサヨシを盾にし、ゾルを思い切り睨み付ける。ゾルは三本目の足を下げ、マサヨシに哀願する。

「中佐どのは、私の気持ちを理解して下さいますよね? 科学者としての純粋な異星体への好奇心もありますが、 生体兵器でしかなかった女性がどんどん人間らしさを得ていく過程を目の当たりにしていたのですから。ねえ?」

「と、言われてもだな」

 マサヨシはノーリーンとゾルの板挟みに合い、両手を上向けた。ノーリーンの言うことは至極尤もだからだ。新人類 の研究を行っているゾルにとっては類い希なる超能力者であるノーリーンは恰好の研究対象であり、好奇心を持つ のは当然だとは思うが、どう見てもいきすぎている。ノーリーンが不慣れな家事に奮闘する様を終始観察することに 始まり、失敗から成功までの過程をきっちりとレポートに纏めたり、家事に超能力を使おうとしない心理を事細かに 分析したり、と、最早ストーカーの域に入りつつある。ノーリーンが人間らしさに目覚めたのはとても良いことだが、 それがゾルの性癖までもを目覚めさせてしまったらしい。

「おはようございます、中佐」

 ログハウスから出てきたアリサは、マサヨシを間に挟んで鬩ぎ合う二人を見、噴き出した。

「あらまあ。朝から仲の良いこと」

「全くだとも。だが、やり合うのなら二人だけでしたまえ。中佐を巻き込んではいかんよ」

 アリサに続いて出てきたゲウォは、単眼を糸のように細めて大きな肩を揺すった。

「我々はこれから朝食なのだが、中佐もどうぞ」

「是非頂きます」

 マサヨシは背中に貼り付いたノーリーンを引き離してから、ゾルを一度追いやって距離を開けさせ、ログハウスに 向かった。ノーリーンは追い縋ってくるゾルをサイコキネシスで吹き飛ばしてから、スカートを翻してマサヨシの後を 追い掛けてきた。乱暴すぎやしないか、とマサヨシはゾルの安否を危惧したが、繭の端近くまで吹き飛ばされたにも 関わらず、ゾルは何事もなかったかのように起き上がっていた。妙にタフな科学者である。
 ログハウスのテーブルには、アリサとノーリーンが作った朝食が並んでいた。前日の夜にアリサが仕込んでおいた パンは焼き立てで、まだ湯気を昇らせている。惑星フィーブ原産の品種と太陽系原産の品種を掛け合わせた樹木に 実った奇怪な果実を絞ったジュースは、ガラス製のピッチャーにたっぷりと入っている。スパイスの効いた根菜の ソテーとどう見ても卵にしか見えないが惑星フィーブの野菜の一種を炒めたものが人数分の皿に載っていた。味は コーヒーに近いが製造方法は全く異なる飲み物を傾けつつ、マサヨシは朝食に手を付けた。その間も、ノーリーンは ゾルを警戒していた。デザートに入る、という段階で、不意に窓辺が陰った。

「あ、ガニー!」

 ノーリーンは途端に立ち上がり、窓を開け放って身を乗り出し、青黒い外骨格の巨大生物と会話し始めた。

「今日は早いんだねー。え、うん、うん、凄いねー」

「……あれって何ですか」

 パンの切れ端を飲み下したマサヨシが窓の外を指すと、ゲウォが言った。

「あれもまた、宇宙怪獣戦艦の寄生生物の一種でね。タティ・ルンとミー・ミユと同じように、宇宙怪獣戦艦の管理と 維持を行う生物なのだよ。ガイ・ヌフーという種族の外骨格型多脚生物で、ガ・ニーガという名なのだよ。高出力の 発電能力を持っていてね、その生体電流を利用して宇宙怪獣戦艦の全神経と体内に備え付けられた珪素生物に 刺激と情報を与えているのさ。いわば、私達とファンの仲介役だ」

「ノーラとガ・ニーガが会話出来るのは、お互いの生体電流の波長を合わせているからなのです。言うならば、脳波の 無線通信ですね。テレパシーよりも若干出力が強いようですが」

 ナプキンで口元を拭ったゾルは、二つの巨大なハサミと丸い胴体を持った巨大生物を羨ましげに見上げた。

「ああ……。ガ・ニーガに向ける好意の切れ端でもよろしいから、私に向けて下さればいいのに」

「あんたなんか、ガニーの可愛さの足元にも及ばないんだから」

 ノーリーンはゾルに言い返してから、サイコキネシスを使って窓から外に出た。地球で言うところのヤシガニに似た 巨大生物は、かちこちかち、と強靱な顎を打ち鳴らして触角を揺らし、意思表示した。ノーリーンはくすくすと笑みを 零しながら、ガ・ニーガの頭部らしき部分を撫でている。相手は突飛な外見をした異星体だが、ノーリーンの表情は とても明るく、心を開いているのが見て取れる。人間には見せることすら出来なかった表情に違いない。

「ムラタ中佐。一つ、御相談が」

 コーヒーに似た飲み物を飲み終えたゲウォは、パイプを銜え、マッチで火を灯した。

「ノーラを、私達の向かう星に住まわせてやることは出来ませんでしょうか」

 食器を洗い場に運び終えたアリサは、自分の分のコーヒーを入れてテーブルに付いた。

「なんでもいいから、理由を付けてくれるだけでいい。きっと、それがあの子のためとなろう」

 ゲウォはマッチを一振りして火を消してから、灰皿に投げ込んだ。

「ノーラほどの超能力者が統一軍から離れてしまえば、太陽系には大きな損失となるでしょうが、ノーラにもノーラの 人生というものがありますわ。それを蔑ろにしてはいけませんし、何よりノーラが哀れですもの」

 アリサは砂糖を二杯入れ、カップの中身を掻き回した。

「同感です。が、俺はノーリーンの直属の上官ではありませんし、そこまでの権限も持っていません。ですが、彼女の 直属の上官に進言することは約束しましょう」

 マサヨシは飲み終えたカップを置き、膝の上で両手を組んだ。

「それだけですか?」

 ゾルは単眼を狭めたが、笑みではなく、苛立ちを滲ませていた。

「それだけ、とは」

 マサヨシが聞き返すと、ゾルは腰を浮かせて詰め寄ってきた。

「あなたは何もお感じにならないのですか! 生体兵器といえども、一個の人格を持った生物、個体として扱うのが 大原則ではありませんか! それをなんですか、あなた方新人類は! 特異な能力を持って生まれたノーラを大事に するどころか、消耗する一方ではありませんか! ですから、統一政府軍がどう言おうともノーラを帰すわけには いきません! 中佐どのがそうなさらないのであれば、私がノーラを理想郷に止めましょう!」

「落ち着かんか、ゾル」

 ゲウォがゾルを諌めるが、ゾルは三本目の足で床を打ち鳴らして怒りを露わにする。

「ですがね!」

「ムラタ中佐を責めたところで、何も変わらんよ。ノーラの意志も、確かめねば」

 ゲウォは単眼を丸め、きゃー、と歓声を上げながらガ・ニーガとじゃれ合う少女を見やった。ゾルは肩を上下させて いたが、座り直した。ガ・ニーガはサイコキネシスを纏っているノーリーンを鋏脚の間でぽんぽんと投げ合っていて、 傍目に見ていては危なっかしいが両者は本当に楽しそうだった。途中でガ・ニーガの鋏脚が滑ったのか、ノーリーン が池に吹っ飛んでしまったが、ノーリーンは柔らかく着水してすぐに浮上し、今度はガ・ニーガを放り投げて遊んだ。 二人はじゃれ合いながら徐々にログハウスから離れ、森へと移動していった。その最中にノーリーンが歌っている のは、双子の妹であるロッテがデビューライブで熱唱していた曲だった。ロッテよりもいくらか音程が不安定な歌声 が遠ざかり、聞こえなくなった頃、ゾルは単眼を四本指の手で覆って顔を伏せた。
 異星の科学者は、哀切に少女の名を呼んだ。





 


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