アステロイド家族




陰の縦糸、陽の横糸



 庭に正座させられている少女は、チェルシー・クラウドと名乗った。
 その肩に絡み付いている龍型異星人はヌー・ベスと名乗り、拘束されるや否や、二人は早々に降参した。二人が 乗ってきたであろう宇宙飛行艇には自衛程度の武装しかない上に、チェルシーもヌーも戦闘員とは言い難い格好で あったため、予想出来た展開だった。チェルシーは怯えるあまりにマサヨシらを正視出来ず、芝を見つめている。

「それで、どこの誰がお前達を差し向けてきたんだ?」

 熱線銃を片手で弄びながらマサヨシが問うと、チェルシーはひくっと喉を引きつらせ、盛大に泣き出した。

「そっけんこと言っても殺すんろ!? やんだよう、おっかねぇよう!」

 あの訛りは素だったのか、とマサヨシはちょっと驚いたが顔には出さなかった。チェルシーの首に絡み付いたヌー は彼女の右目の目元を舐め、涙を拭ってやってから、マサヨシらにテレパシーで伝えてきた。

「あまり彼女を怯えさせてくれるな、軍兵どの」

「そう言われてもだな、俺達には事の真相を知る権利がある。家族を二人、人質に取られているんだしな」

 マサヨシが微動だにしないイグニスとトニルトスを示すと、チェルシーはヌーにしがみついた。

「け、けんども、おら、よく知らねぇんだ。だって、おら、ヌーと一緒に色んな星回って大道芸するんが仕事なんよ。 で、でな、ちょこっと前に急な仕事が入ってな、このコロニーでお芝居してこいって言われたんだいや。それまでにも そんな具合の仕事はあったし、依頼者の事情には深入りしねぇって決まっているから、今回もそうだったんだども、 なんか雲行きが怪しかったろ? おらがあんなことしても、ヌーが幻覚能力を使ってでっかくなったように見せたと しても、機械生命体の兄ちゃん達の意識を引っこ抜くなんてこと、出来るわけねぇんだいや。だ、だすけんに、依頼者 に話だけでも聞こうと思ったんだども、通信がちっとも繋がらんくて……。そんで、そんで、そんで」

「ああ解った解った、もういい。だから泣くな」

 マサヨシが辟易して熱線銃をホルスターに収めると、チェルシーは安堵したのか一層泣き出した。

「ああーえがったよう、おっかなくねぇよう!」

 だったら泣かないでくれ、とマサヨシは言いかけたが飲み込んだ。四姉妹もヤブキもミイムもチェルシーに同情的に なっていて、しきりに慰めていたからだ。この状況でチェルシーを一言でも責めたりしたら、今度はマサヨシが悪者 になってしまう。マサヨシは泣きじゃくるチェルシーの背後に回り、ヌーを問い質した。

「そうか、幻覚能力の主はこの娘じゃなくてあんたの方だったのか。となると、イグニスとトニルトスの意識をゲーム の中に飛ばしたのはあんたなのか?」

「正であり、誤でもある。我はテレパシーを応用した幻覚を操り、チェルシーと共に台本通りに演ずるのが仕事で あるが故、依頼者の台本に則って行動したまでに過ぎぬ。機械生命体である彼らの意識のチャンネルは、おぬしらの ような炭素生物とは異なる故、彼らの意識を捉え、知覚回路を操作するのは容易ではなかった。それ故、依頼者が 我の助力を申し出てくれたのだ。我とチェルシーの搭乗してきた宇宙飛行艇の通信回線を経由し、機械生命体達の 意識を電子的に乖離させた状態で、我は幻覚を機械生命体達にも幻覚を見せておった。だがそれは、彼らの意識 を乖離させて電脳空間へと拉致する手筈だったようだ。だが、解ってはくれまいか。我らは世にもおぞましき悪行の 片棒を担がされたに過ぎぬことを。我は構わぬが、この娘には手を出さないでくれ」

「言われなくても、どっちにも何もしないさ。俺はそこまで悪趣味じゃないんでな」

「相分かった」

「もう一つ聞いておくが、俺達の外部との通信を一切合切遮断したツールはなんだ?」

「このコロニーの近隣宙域に、各種妨害電波を発する装置を打ち上げたのだ。外見はブイに偽装している」

「解った、そいつを壊せばいいんだな。その依頼者とやらの連絡先を教えてくれ。ここから先は俺が手を打とう」

「よろしいのか、軍兵どの。だが、我もチェルシーも赤貧故、支払いは滞るやもしれぬが……」

「代金なら、お前達の分だけ俺が毟り取ってやるよ。非番である上に独断専行であることには間違いないから、後の 軍法会議が怖いが、軍をクビになったらその時はその時だ。また元の稼業に戻ればいいだけだ」

 マサヨシは二人の相棒を一瞥し、やや語気を強めた。

「三人でな」

 アエスタスに断ってから、マサヨシは次女のエアボードを借り、格納庫まで急いだ。その頃になるとガンマの再起動も 完了していたため、マサヨシが格納庫に近付くと隔壁を開けて出迎えてくれた。マサヨシの行動を先読みしていた のか、HAL号の各種チェックは既に終了していた。手早くパイロットスーツを着込み、操縦席に滑り込んだマサヨシは 二人の身を案じつつもエンジンに点火した。隔壁が全開されてカタパルトが展開されると、その先には暗黒物質が 詰まった宇宙空間が待ち受けていた。宇宙は改変されていない。

〈マスター。妨害電波装置を発見、捕捉しました〉

 ガンマの平坦な声がヘルメットの内側に響くと、マサヨシは不思議な安心感に浸った。

「ターゲットロックと同時に発砲!」

 マサヨシの命令を受け、ガンマは淀みなく動作した。HAL号の機首が右に四十度程旋回し、ターゲットスコープの中 にオレンジ色の小型ブイが入ってきた。本来は宇宙船の航行を手助けするために宙域に点在している機械なの だが、余程どぎつく改造されたのだろう、小型ブイから放射されている電波は強烈でガンマの各種レーダーにノイズ が走るほどだった。標的は一メートル足らずの小ささで直線距離は五十キロ以上離れているが、ガンマの照準補正と マサヨシの射撃の腕前があれば、そんなものはどうってことはない。
 青白いパルスビームが暗黒物質の海を切り裂き、小型ブイへと着弾する。小振りな機械が粉微塵に爆砕すると、 直後にネットワークが回復した。と、同時に飛び込んできた大量の通信電波が騒ぎ立てた。ガンマに頼んで通信を 一旦遮断してもらってから、チェルシーの情報端末を通じてヌーが伝えてきた依頼者の連絡先をガンマに与えると、 彼女は即座に情報を照会した。十数秒後に割り出した敵の居場所は、アステロイドベルトの反対側だった。
 遊びは終わりだ。




 紆余曲折を経て、ほむらーんといなずまんは龍神の氷室に辿り着いた。
 だが、そこにいたチカは至って普通のNPCだった。聞きたくてたまらなかった質問や罵詈雑言をぶつけてみても、 ログイン画面にいた巫女装束の少女と同じで、決まり切った笑顔で決まり切った言葉を返すだけだった。これでは、 キッチンのモニターから抜け出てきた少女とは別物ではないか。首を捻りながらもダンジョンの最深部でソウウンと 一戦交えたが、彼の反応のまたNPCらしいものだった。荘厳な水神との設定に相応しく、老いた龍神は寡黙であり 冷徹だった。ハイレベルなボスキャラであるソウウンは、二次職にジョブチェンジしたばかりの二人はかなりの苦戦を 強いられたが、回復アイテムを湯水の如く使い倒してどうにか倒すことが出来た。敗北したソウウンがドロップした アイテムを回収し、アイテムボックスに収め、回復するためにダンジョンを出た。

「なあ、トニー」

 野武士に不可欠な野太刀を鞘に収めながら、ほむらーんは太い顎をさすった。

「うむ……」

 妖術師の武器である巻物を手にしているいなずまんは、ダンジョンの出口で足を止めた。

「今、俺、すんっげぇ楽しいんだけど。何この感覚、感情回路がとろけちまいそう」

 ほむらーんは顔の緩みを押さえもせずに呟くと、いなずまんは額当てを巻いた額を押さえた。

「恥ずかしながら、私もだ。このような単純作業の繰り返しにカタルシスを感じるなど、屈辱だ。しかし、我が魂が 震えるほどの歓喜に襲われているのもまた事実なのだ。たかが炭素生物の娯楽だと侮っていた」

「なー、トニー。他にプレイヤーもいないことだし、このまま廃人してもいいんじゃねぇの?」

「当初の目的であるヤハタヒメの討伐はどうするのだ」

「そりゃもちろん、とっとと三次職にジョブチェンジして討伐するに決まってんだろうが。で、これまで掻き集めたレア アイテムで最強装備して、もっともっとどぎついダンジョンに潜るんだよ」

「ゲーム内での一日は、実時間では十分少々であるからな。私達のこれまでのプレイ時間は三十六日と十七時間で あるからして、せいぜい六時間と少々ということになる。現時点のペース配分でゲームを進行していけば、私も貴様 も遠からずして三次職にジョブチェンジ出来るばかりか、二十四時間程度でレベルがカンスト出来る計算になる」

「今の俺達ってさ、課金装備一切ないよな?」

「強制的にログインさせられたのだ、非はあちらにある。課金装備を得るために必要なネット口座の番号も提示して はおらぬし、何より私と貴様の実力では課金装備など不要なのだ」

「じゃ、とっとと狩りに行こうぜ!」

「甚だ不本意ではあるが、貴様の意見に従おうではないか」

 嬉々としてフィールドに駆け出していったほむらーんを、いなずまんは追い掛けた。楽しくて楽しくて、何もかもを 忘れてしまいそうになった。レベルが上がるに連れて凶悪な妖怪が易々と倒せるようになるのが心地良く、人間の姿 であることに嫌悪感を抱くのも失念するほどだった。ネットゲームとは快楽と理想がはち切れんばかりに詰まった、 科学の桃源郷ではないか。どうして、今の今までこんなに楽しいものに触れてこなかったのだろうか。任務も家族も クソ喰らえ、現実なんて滅んでしまえ、三次元なんて大嫌いだ。

『ひっでぇ大根芝居だな、俺もてめぇも』

『だが、ああでもしなければ敵方の真意が読み取れなかったのだ。ええい屈辱だ!』

『上っ面だけとはいえ、単純作業の繰り返しだけで脳内麻薬がどっばどば出た人間の考えに同調するなんて、最低 最悪だぜ。外装を全部パージして掻きむしりたいぐらいだ!』

『少し黙っていろ、集中出来ん。我らがこの下らん世界に引き摺り込まれる際に感じたノイズの出所を割り出すため には、情報処理能力が少々足りないのだ。だが、アクセス履歴という尻尾は我が手中にあるのだ。たかが炭素生物 如きが、天下のカエルレウミオンを舐め腐りおって。ウィオラケウミオンとの電子的攻防で得た技術と経験を今こそ 役立ててくれようではないか! ふははははははは!』

『てめぇもうるさい。とっとと作業しろよ』

『超高圧縮電子言語会話であり、実時間ではコンマ一秒よりも短い会話なのだぞ。音声会話でもない上に時間は 一切無駄にはせんのだ、貴様の文句はどれも的外れだ』

『ずっと前から思っていたんだけどさ、トニーってお喋りだな。女子トイレの前に溜まる女共とタメ張れるぐらい』

『屈辱にも程があるぞ貴様!』

 奇々怪々というネットゲームの世界に引き摺り込まれた瞬間から、イグニスもトニルトスも違和感に苛まれていた。 それは人間の姿形を得たことではなく、意志に反した行動を取ることだった。抗おうとしても、言葉も行動も何もかもが 操られてしまう。レベル上げやクエストにしてもイグニスもトニルトスも本意ではなく、ヤハタヒメに討伐に行くつもりも 更々なかった。しかし、肉体から意識を切り離された状態では二人とも情報処理能力が格段に落ちているため、 二人をゲームの中に引き摺り込んだ敵の隙を衝くチャンスを窺うしかなかった。しかし、敵が直接接触してきたのは 二人の意識体を攫った瞬間だけで、それ以降は幾重ものフィルター越しにほむらーんといなずまんのプログラムを 操作してきた。だから、この瞬間を待っていた。
 これまでは敵の正体が解らず終いだったために行動に出るに出られなかったが、相手が接触してきたのならば、 こちらにも手の打ちようがある。ほむらーんといなずまんは相手のプログラムの痕跡を辿り、辿り、辿り、侵入経路を 追っていった。相手の退路に追い付くと同時に絡め取り、アルゴリズムを機械生命体のそれに書き換え、風穴を 確保した。その風穴を経由して外部との連絡手段も得ると、先程の煩わしい思念波の発信源を突き止めた。

「んなっ!?」

 ほむらーんがぎょっとしたので、いなずまんは呆れた。

「敵方のウェブカメラを覗いただけではないか」

「道理で、敵の名前を聞いたことがあるわけだ」

 ほむらーんは頬を歪めながら、今一度、発信源のコンピューターに接続されているウェブカメラから見える外界を 見据えた。薄暗く淀んだ空間にはスクラップも同然の機械が積み上がっていて、そこかしこに機械油を吸い込んだ 埃が貼り付いている。だだっ広い六角形のリングには機械油の染みがいくつも付いていて、ネット中継用のカメラが 四方八方に設置されている。出番を待っているマシンレスラー達が、リングサイドの整備場に腰掛けている。それは、 イグニスが執心しているマシンプロレスの会場に違いなかった。

「ヒューゴー・アランってぇのは、マシンプロレスのマシンデザイナーなんだよ。って肩書きだけ言うと格好良さそうに 聞こえるが、まあ、実のところはただのオタクだよ。あいつのデザインはまた極端でな、マシンレスラーのデザインを 重視するあまりに性能がガタ落ちしているんだ。非合法のアングラな娯楽といっても、性能を無視するのはいいこと じゃねぇから、デザインの派手さに比べて人気は薄いな。てぇことは、つまり……」

 ほむらーんがウェブカメラのアングルを調節すると、リングの真上に吊されている物体が見えた。それは人間でも なければ獣でもない奇怪な物体だった。上半身はアンドロイドと思しき女性のボディだが、下半身は異星人のもの であろう巨大なクモだった。丸く膨れ上がった腹部の直径は軽く見積もっても三メートル以上あり、八本足は大鎌の ように鋭い。上半身と下半身の繋ぎ目はそれなりに綺麗に出来ていたが、機械と生体がまるで馴染んでいないので、 クモの頭部の傷口から赤紫の体液が零れていた。素人目に見ても、クモは絶命している。
 更にウェブカメラの視点を下げると、青白い顔の男がぶつぶつと独り言を漏らしながらパソコンを操作していた。 ウェブカメラと連動しているマイクの出力を上げてその音声を拾ってみると、思い通りに操作出来なくなったイグニス とトニルトスに対する恨み言を延々と並べ立てていた。けれど、威勢が良いのは口だけで、椅子から尻を上げること すらなかった。彼の足元には保存食品のパッケージが大量に散らばり、何日もその椅子の上で過ごしていたことが 窺える。その手元には、不健康な外見とは不釣り合いな武骨なフォルムの軍用熱線銃が横たわっていた。まさか、 とウェブカメラの視点をスクラップ置き場に向けると、大量のガラクタの間から人間の手足がはみ出していた。一人 二人ではない、どう少なく見積もっても十人は死んでいる。マシンプロレスに関わっているアマチュアのプログラマー や整備士達を射殺したに違いない。ほむらーん、いや、イグニスは烈火の如く怒りに駆られた。

「クソ野郎が」

 その音声がスピーカーから零れたのだろう、不意にヒューゴー・アランが気付いた。彼は目線を彷徨わせて辺りを 窺っていたが、恐る恐る腰を上げ、二人がウェブカメラを操っているパソコンに近付いてきた。

「ああ……成功はしていたのか。でも、失敗だな」

「成功とか失敗とかどうでもいい! てめぇの何十倍も才能のある連中を殺しやがって!」

 ほむらーんはモニター越しにヒューゴーに掴み掛かろうとするが、当然無理だった。ヒューゴーはモニターの中に いるほむらーんとすら目を合わせず、丸めた背中を引きつらせた。笑ったようだったが、顔の筋肉はまるで動いて いなかった。目には力はなく、瞳は濁りきり、ろくな言葉を発さない唇は終始窄まっている。

「やっと会えると思ったのにな、ヤハタヒメ。俺のヤハタヒメ」

 クモの体液が滴り落ちるリングによじ登ったヒューゴーは、虚ろな目にかすかに力を宿し、異形を見つめる。

「俺の頭の中にずっといた。気付いたら、いた。だから、ヤハタヒメのデザイン画を起こしてゲーム会社に送ったら、 採用された。でも、ゲームの中で動くようになったヤハタヒメは俺のヤハタヒメじゃなくなった。他の連中の汚い手で べたべた触られて、俺のヤハタヒメはいなくなった。だから、俺はヤハタヒメを作り直すんだ」

「……それがこの茶番の目的か」

 いなずまんが舌打ちと共に吐き捨てるが、ヒューゴーは目もくれずに死んだクモに見入る。

「さあ喰ってくれ、俺のヤハタヒメ。餌だ。人間は喰わないんだろう、機械だって喰わないんだろう、だったら意識体を 喰ってくれよ。そのためにわざわざ、クソゲーのコピーを作って無駄金叩いて芝居させて、あいつらを誘き寄せたん だから。さあ、喰ってくれよ、喰えよ、喰えって!」

 肉体があれば、燃料がパイプを逆流しているだろう。ヒューゴーは二人の意識体が入ったパソコンの通信設備や ケーブルを抜いて完全に独立させると、クモの真下へと運んできた。この空間は弱重力なのだろう、リングを蹴って 容易く浮かび上がったヒューゴーはクモの上半身から露出している背骨のシャフトにケーブルを差してから、それを パソコンに繋いできた。だが、アンドロイドの上半身からは何の電流も流れてこない。クモの体液が染み込んだせいで 電子回路やケーブルが故障しているのだ。しかし、ヒューゴーは何の対処もせずに呼び掛け続けている。けれど、 機械とクモを繋ぎ合わせただけの異形は微動だにしなかった。中身もなければ命もない妄執の寄せ集めだからだ。 愚行の中の愚行だ。二人はウェブカメラの視点を反らし、画面の中でも背を向けた。
 マサヨシが突入してきたのは、その直後だった。




 休暇明けにファントム小隊は与えられた仕事は、公安による事情聴取だった。
 ジュード・マックイーンと名乗った公安の捜査官は、まず最初に、チェルシー・クラウドとヌー・ベスを聴取した後に 釈放した、と伝えてきてくれた。二人はマサヨシがヒューゴー・アランの元に乗り込んで間もなく、異変を察知していた 公安によって確保されていたからだ。二人はマサヨシらに礼を言っていた、とジュードは柔らかな語気で付け加えて から、マサヨシらに尋問してきた。三人が知っている限りのことを答えると、ジュードはそれらを録音し、明記し、手際 良く調書を作っていった。それらが一段落した頃、ジュードは言った。

「では、ヒューゴー・アランの素性についてお知らせしましょう」

 公安の制服をきっちりと着込んでいるジュードは、三人と向き直った。といっても、ジュードと同じテーブルに付いて いるのはマサヨシだけで、イグニスとトニルトスはその背後で座り込んでいる。場所は格納庫の一角で、聴取のために 人払いされているので、ジュードの涼しい声がやたらと響いていた。

「ヒューゴー・アランは移民船団の末裔でして、移住先の惑星フォンジオにて特権階級とでもいうべき家に生まれた 男です。惑星フォンジオはクモに似た原住民族がいるのですが、新人類の移民とは折り合いよくやっていたんです。 ですが、ヒューゴー・アランはクモの原住民とどうしようもない諍いを起こして噛み付かれ、神経毒に犯されてしまい、 その治療のために太陽系を訪れていたのです。しかし、ヒューゴー・アランは神経毒の治療を放棄し、医療費として 渡されていた資金でマシンプロレスのサークルにパトロンとして乗り込み、かなり強引にデザイナーとしての立場を 得たのです。しかし、彼には才能もありませんし、元々他人と接することが苦手だったのもあり、程なくして孤立して しまいました。何年も前にゲーム会社に応募して採用された、ヤハタヒメのデザインだけが唯一の心の拠り所だった のですが、前回の大量アップデートでヤハタヒメの相手役となる侍のキャラクターが現れたので、ただでさえ神経毒に 侵されていた精神が壊れたのでしょう。彼が罹患した神経毒は、本来、獲物を捕食しやすくするために酩酊させる 毒なんです。ですから、毒性はそれほど高くないんですが、生体組織に長期間沈着するんです。その結果、汚染が 広がりきった挙げ句に精神が壊れたのでしょう。すぐに治療していれば、とっくに治っていたはずなのですが」

「俺達もだが、あいつらもとんだとばっちりを喰ったな」

 胡座を掻いているイグニスが無惨に殺された若者達の死を嘆くと、ジュードは嘆息する。

「全くですよ。他人の妄想に付き合わされるだけならまだしも、その延長で殺されるなんて……」

「あのゲテモノの下半身にされていたクモの素性はどうなのだ、捜査官」

 トニルトスが問うと、ジュードはホログラフィーの書類を捲り、答えた。

「彼女は惑星フォンジオ出身の女性でして、トワルという名です。彼女はヒューゴー・アランに神経毒を与えた張本人 ではありますが、多大な責任を感じていたそうです。なので、彼女は、ヒューゴー・アランに自身の血清を投与する 目的で太陽系に来ていたのですが、ヒューゴー・アランに接触するや否や殺害されて、あのような姿にされたのです。 彼女は真っ当な人格の持ち主でしたが、それ故に被害に遭ってしまったのです」

「それで、今、ヒューゴー・アランの身柄は?」

 マサヨシの問いに、ジュードは答えた。

「現在、外星系の刑務所に向けて移送中ですが、回復も更正も見込めないでしょうね。神経毒による生体汚染は、 最早治療出来ない段階に至っていましたし、本人の元々の性格も社会的とは言えませんから」

 ですが、一つだけいいことがありましてね、とジュードは心なしか語気を和らげた。

「トワルさんの胎内に卵が出来ていまして、その中の一つが孵化したんです。彼女の種族は基本的に両性ですが、 命の危機を感じると本能的に卵を作って単体繁殖することが可能なんですよ」

 その言葉に、マサヨシは無意識に詰めていた呼吸を緩めた。職業柄、血生臭い出来事や人道を外れた行為にも 慣れているつもりではいたが、妄念に取り憑かれた男の所業に胸が悪くなっていた。トワルというクモの女性の命は、 少なくとも無駄にはならなかったのだ。単体繁殖した個体は彼女自身ではないが、彼女の遺伝子を継いだ者を宇宙に 残せたのだから。そう思うだけで、いくらか気分が楽になる。
 その後、必要事項の聴取を終えてから、ジュード・マックイーンは去っていった。マサヨシらは政府軍基地の正門 まで彼を見送りに行ってから、同行してくれたイグニスとトニルトスを仰ぎ見た。

「事の次第はヤブキ達には説明しない方がいいな」

「全部が全部、ゲームってことにしておいてやろうぜ。その方が誰にとっても楽だ」

「それについては全面的に同意しよう。我らの思考回路の内だけで収めておくべき情報だ」

 イグニスとトニルトスの言葉に、マサヨシはようやく肩の力を抜いた。二人ともそう言ってくれるだろうと信じていた から、余計に安堵感が大きかった。そして三人は軍部に振り返ったが、今日一日は上官の計らいで実質非番扱いに なっているので、戻るべきか否かを躊躇った。積もり積もった仕事があるので少しでも手を付けておくべきだろうが、 休みだと命じられた日にわざわざ働くのもどうかと思う。かといって、三人とも私事があるわけでもない。さてどうした ものかと三人揃って逡巡していると、眼帯を付けた少女が基地の正門に駆け寄ってきた。

「中佐さぁーんっ!」

 それは、チェルシー・クラウドだった。その肩には例によってヌー・ベスが巻き付いている。年頃の娘らしい服装で、 明るいオレンジのフレアシャツとデニムのショートパンツにハイカットのスニーカーを履いていて、肩よりも少し長い 黒髪には花のヘアピンが挿してあった。彼女の背後には、鎧武者に似た外装のサイボーグとキツネに似た女性 獣人が寄り添って立っていた。チェルシーは細い腕にバスケットボール大のクモを抱えていて、一礼した。

「この度はほんっとおーにありがとうごぜぇやした!」

「いや、無事で何よりだよ。それで、あちらは?」

「おらの一座の座長さんとその奥様だいや。あっちのごついサイボーグが座長のティベリオ・ビーニさんで、んでな、 キツネみたいなナイスバデーなお姉さんがフォルトゥナータ・ビーニさんだすけん。で、この子が新入りな!」

 チェルシーはクモの子を掲げると、クモの子は八本足をわしゃわしゃと動かした。

「この子の名前はな、シュレッドゥムってんだいや! おらとヌーで決めた! 立派な芸人にしてやるんだいや!」

「次の公演が待っている故、あまり長居は出来ぬ。だが、別れの挨拶に赴けただけでも充分なり」

「太陽系に公演に来る時があったら、うちんしょ皆で見に来てくんろー!」

 ヌーが一礼した後、チェルシーは弾むように駆けていった。三人を出迎えたティベリオとフォルトゥナータは、実の 親子のような優しい言葉を掛けていた。この分だと、あのクモの子は健やかに育つだろう。ビーニ夫妻もマサヨシ らに何度となく礼をしてから、正門から去っていった。旅芸人一座には他にもメンバーがいたようで、街路樹の上から カラスに似た獣人型異星人が飛び降りてチェルシーに絡み、ゾル・ゼ・ゲーと同種族だと思しき爬虫類型異星人もまた、 チェルシーとヌーと新入りの赤子を労っていた。これなら、あのクモの赤子の未来には何の懸念もないだろう。

「で、これからどうする?」

「とりあえずジャンケンで決めよう。この戦いの勝者が今日一日の目的地を決めるんだ」

 マサヨシが右手を掲げると、イグニスとトニルトスは即座に参加してきた。その結果、マサヨシが勝った。

「それじゃ行こうか、航宙博物館のファイターシミュレーターがリニューアルされたんだ」

「そんなものは娘達と行け」

「あの子達は俺の趣味に付き合っちゃくれないし、たまには俺だって遊びたいんだよ! というかだなぁ、あの どろり濃厚ネトゲトークが正直言ってちょっとだけ羨ましかったんだよ! いい歳こいて情けないのは重々承知 している、だから今日一日ぐらい付き合ってくれよ! シミュレーターで俺とドッグファイトしてくれよ!」

「リアルでやればいいじゃん、そんなん」

「燃料費が馬鹿にならんだろうが、家計を圧迫するだろうが!」

「確かに。貴様のスペースファイターは加速性能の高さ故に、燃費が悪いからな」

「博物館のシミュレーターなら、入場料ともうちょいで済むもんなぁ」

「解ったのなら付き合え、そして俺の話を聞いてくれ!」

「へいへい、隊長どの」

「だが覚えておけ、マサヨシ。貴様の趣味に付き合ったからには、今度は私の趣味に付き合わせてくれる!」

 それは勘弁、とマサヨシとイグニスが同時に言い返すと、トニルトスは心底悔しげに唸った。冗談でもなんでもなく、 至って本気だったらしい。彼らしいといえばらしいが、傍迷惑な話だ。歩調が合わないので、マサヨシはイグニスの 肩を借りつつ、男同士の愚にも付かない会話を繰り広げた。家族の前では少々話しづらい軍の内輪の話題や機密に 抵触しない程度の愚痴や、これから赴く航宙博物館について思い付く限り語り倒した。
 父親であろうとも、たまには娯楽に浸りたい。






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