アステロイド家族




他人のファーストは蜜の味



 金は天下を回すもの。


 木星圏を一周するディナークルーズは、順調な航海を続けていた。
 上流階級の富裕層御用達の豪華客船だけあって、クインテリオン号は何から何まで豪華な船だった。設備も全て が最新式なのは、銀河中のありとあらゆる企業が、富裕層の人々に自社製品に目を付けてもらおうという腹積もり だからだ。乗船するだけでも、とんでもない額の料金を取られるので、食事をするとなると数ヶ月分の給料が一度に 吹っ飛んでしまう。なので、当然のことながら、乗客達は金を湯水の如く使おうとも懐が全く痛まないほどの財産を 持つ人種であるため、正直言ってマサヨシは浮いていた。自前の服で一番値が張り、周囲から浮かないものを、と 考えたが軍服以外に思い浮かばなかったのでそれを着ているが、居心地は悪く、空腹も感じていなかった。

「あはぁーん……幸せですぅー……」

 だが、マサヨシの向かい側に座るミイムはそんなことは気にしていないらしく、満面の笑みで繊細な味付けの前菜 を味わっていた。かつては一国の皇太子だっただけのことはあり、レンタルの宝飾品を至る所に身に付け、艶やか なイブニングドレスを着こなしているばかりか、全く気後れしていない。

「やっぱり、プロの料理人だと味付けも盛り付けもセンスが段違いですぅ」

 パンを千切って皿に残ったソースを大事そうに刮げ取ると、ミイムはそれを頬張り、尻尾を振った。

「俺にはその辺の違いはどうにも解らん」

 盛り付けも美しく、皿も一級品だが、細かな違いまではさっぱりだ。マサヨシは皿の中心に小さく盛られたサラダを 食べてみたが、ミイムが言うほどの旨い料理ではないように思えた。独特の風味が強い香辛料が効いたソースと、 細切りの茹でた肉と生野菜をしばらく噛み締めてみるが、やはり良く解らない。普段食べているものが至って普通 だから、あまりにも上等すぎるものはぴんと来ないのだろう。

「それにしても、ヤブキもたまには役に立つもんですぅ。ネットの懸賞サイトで、クインテリオン号のディナークルーズの ペア招待券を当ててくれるだなんてぇ」

 ミイムはほんのりとレモンの香りが付いた炭酸水を傾け、頬を緩めた。

「だからって、なんで俺とミイムなんだ。順当に考えれば、ヤブキとアウトゥムヌスが来るべきだろう」

 マサヨシはテーブルの端のコンソールを叩いてホログラムを浮かばせ、メニューを表示させたが、シャンパン一杯でも 恐ろしい値段だったので見なかったことにした。大人しく、炭酸水でも飲むしかなさそうだ。レストランの天井は 全面ガラス張りで宇宙空間を見渡せるようになっており、他のテーブルに付いている乗客達に目をやると、政財界 の大物や名の知れた俳優や実業家達ばかりだった。彼らが交わす会話の内容は世俗を離れていて、又聞きして いるだけでも気後れしてきた。だが、情けない顔を見せると父親の沽券に関わるので、マサヨシは取り繕った。

「母の日のプレゼントってことらしいですぅ。サチコさんにはちょっと気が引けますけどぉ」

 ミイムはちょっと眉を下げたが、ウェイターが運んできたスープを口にすると、ため息を吐いて目を細めた。空豆の ポタージュスープは柔らかな緑色で、舌触りも滑らかで、かすかに白ワインが利いている。この次はメインディッシュ が来る手筈になっている。ウェイターが焼き加減をどうするかと尋ねてきたので、マサヨシとミイムはミディアムにして くれと指定した。それから十数分後に、メインディッシュが載ったワゴンがやってきた。

「そうそう、これが楽しみだったんですぅ! 惑星ガトゥス原産の高級魚! ティ・クーワですぅ!」

 きゃ、とミイムは小さく歓声を上げて手を重ね、熱した鉄板が運ばれてくるのを今か今かと待ち侘びた。魚の焼ける 香ばしい匂いが漂っていて、他の乗客達も興味深げにワゴンを見やっている。搬入口に近いテーブルから順番 にメインディッシュを配膳していき、ワゴンが二人のテーブルに近付いてきた、正にその時。

「御食事中、失礼しまーっす」

 不躾にレストランのドアが開け放たれ、一人の少女が入ってきた。その背後には、少女の倍近い体格がある白と 黒の塗装が目立つロボットが控えていた。少女の服装はいかにも値の張りそうなドレスで、クインテリオン号とその 乗客達にも気後れしている気配はなかった。ウェイター達は身構え、乗客達はざわめき、マサヨシは反射的に懐に 手を入れて熱線銃を掴んだ。
 少女はクセの強い髪をツインテールに結び、見るからに気の強そうな少し吊り上がり気味の目が特徴的で、十代 半ばと思しき顔立ちはまだまだ子供っぽい。鮮やかなオレンジ色のドレスの裾から伸びた足はすらりと長く、体の 至る所に付けている宝飾品は華奢な骨格には不釣り合いだった。肉付きが控えめな胸元には、ほのかに青い光を 放っている六角柱の宝石が下がっていた。彼女のボディーガードと思しきロボットに、マサヨシは見覚えがあった。
 見るものを威圧する白と黒に塗り分けられた外装と、両側頭部に付いた赤いパトライト、そして額に当たる部分に 据えられた、宇宙連邦警察の金色の紋章。宇宙連邦政府が連盟している惑星や国家に治安維持目的で配備して いる、小型機動歩兵である。外見は至って普通の人型ロボットだが、天下の宇宙連邦政府が、科学の粋を集めて 開発しただけあって性能は凄まじい。戦闘能力、演算能力、自己判断能力、その他諸々がずば抜けている。故に 値段もそれ相応に高く、高速戦闘艇を買えるほどの値段だ。

「……あんなもん、個人の所有物に出来るのか?」

 宇宙連邦警察のパトロボット一機よりもスペースファイターの方がまだ安いぐらいだ。マサヨシが顔を引きつらせる と、ステーキを待ち侘びているミイムが訝ってきた。

「あのロボット、そんなにお高いんですかぁ?」

「そりゃあ」

 と、マサヨシが説明しようとした時、少女がにんまりと口角を持ち上げた。

「メラノレウカ! やっちゃって!」

「了解した」

 少女の命令に素直に従ったパトロボットは、両腕の外装を開いて軽い電流を帯びたアンテナを展開する。

「暴動鎮圧用精神衝撃波、レベル3にて照射」

「いっ!?」

 そんなものこそ、個人の権限で使えるものではない。マサヨシがぎょっとすると、ミイムがドレスの裾を翻しながら 立ち上がってサイコキネシスを放とうとするが、敵の方が動作速度が数十倍早かった。パトロボットがアンテナから 解き放った精神衝撃波は一瞬にしてレストラン中に広がり、誰も彼もが崩れ落ち、倒れ、沈黙した。マサヨシは頭痛 を覚えながらも熱線銃を握って、呼吸を整えた。サイコキネシスに変換した精神波を操るミイムの傍にいたおかげ だろう、被害は最小限で済んだようだった。当のミイムは防御本能で未発達なテレパシーを放出し、精神衝撃波を 跳ね返したからか、苦しげに顔をしかめている。が、ある一点を見据えると、ミイムは目を見張った。

「あれ、なんであの人達には利かないの? 私はナユタのおかげで平気だけど」

 一人だけ被害を被らなかった少女は、意識を保っているマサヨシとミイムを窺い、不思議がった。

「人間型異星体は服装及び形状から判断した結果、太陽系に現住する新人類の統一政府軍に所属する軍人である と判断する。その同伴者は服装と身体的特徴から判断し、惑星プラトゥムに現住するコルリス帝国のクニクルス族 であると判断する。ヒルデガルドが敵対勢力として判断した場合、本官は戦闘行動に移行する」

「軍人さんと獣人さんか。てぇことは、まあ、敵じゃないかな」

 ヒルデガルドと呼ばれた少女は顔に掛かった髪を払ってから、情報端末を取り出し、軽く操作した。

「でも、邪魔されたら面倒だから見張っておいて。今、資金を作っているから、後少しでこの船を買収出来る」

「了解した」

 メラノレウカと呼ばれたパトロボットは、平坦に返した。

「買収!? って、君はどういう金銭感覚をしているんだ!」

 この船の値段だけで、戦艦を何隻建造出来ると思っている。頭痛も吹っ飛んだマサヨシが腰を浮かせると、少女は ちょっと面倒そうに眉根を顰めた。メラノレウカが身構えかけたが、ヒルデガルドはそれを制する。

「仕方ないじゃん。そうでもしないと、まともにやり合えそうな場所が作れなかったし。てかさ、私が船籍と識別番号を ソラで言える宇宙船がクインテリオン号しかなかったのと、船長とオーナーと乗客の四割が知り合いなのも、この船 だけだったんだもん。この船を一時的に買収して私有地として使う、っていうことはこの船にテレポートで乗り込んで くる五分前に話を付けたし、賠償金だってもちろん払うし、なんだったらうちが主催してディナークルーズをやり直して やってもいいんだしさぁ。だから、ちょっと黙っててくれる? 今、忙しいから」

「命令とあれば、暴動鎮圧用精神衝撃波を再度照射するが」

「ダメだよ、あれは威力がどぎついから一回だけって説明書に書いてあったもん。で、あー、ここの株は売りだな。 で、こっちの会社のを今のうちに買っておけば……よし来た! 売値を合算すると二千億クレジット!」

 んで、この金を船会社に送ってクインテリオン号を買い付けて、とヒルデガルドは親指一本で途方もない金額の金 を右から左へと動かしていた。傍目からでは、ただのゲームのようにしか見えないが。

「じゃ、ラウンジに行こうか。で、あの人達にお茶でも淹れてあげよう」

 ヒルデガルドは情報端末を閉じて小さなハンドバッグに入れると、メラノレウカの腕に寄り掛かった。

「メラノレウカもお茶しようよ。ちょっと付き合ってくれるだけでいいからさぁ」

「それが命令とあらば」

「だーから、命令じゃないって、こういう場合は」

 ちょっと拗ねたように唇を曲げたが、ヒルデガルドは怒っているわけではなく、むしろ喜んでいるようだった。まるで 恋人同士のようにじゃれつきながらレストランから出ていこうとする二人に、ミイムはサイコキネシスを放った。

「待ぁてやゴルァッ!」

 途端にヒルデガルドとメラノレウカが空中で固定され、ミイムは高く浮かび上がって喚き散らした。

「俺とパパさんのメインディッシュをどうしてくれるんだよ! 楽しみにしてたのによぉっ!」

「え? あ、あー……あれか」

 中途半端な恰好で浮かばされながらも、ヒルデガルドは動じずにミイムの指し示した方向を見やった。そこには、横倒し になって焼けた魚を撒き散らしているワゴンが横たわっていた。

「弁償するから。あれだけじゃなくて、コース料理の料金を全部」

「そういう問題じゃねぇっ! 俺はなぁ、絵に描いたようなセレブリティな雰囲気を味わいながらも、クソ成金共めがと 内心で他の客を罵倒しつつも、ヤブキのくせにたまには良い仕事してくれるじゃねぇかとキモオタサイボーグを少しは 褒めてやりつつも、パパさんとディナーしたかったんだよ! それを、台無しにしやがって!」

「落ち着け」

 気持ちは解るが、とマサヨシは激昂するミイムのドレスの裾を引っ張ると、ミイムは正気に戻った。

「いやぁん、パパさんのエッチぃ」

「それはそれとして、君は一体何なんだ? 船会社と話し合いが付いている以上、海賊行為であると認定して逮捕 するのは難しいが、いきなり乗り込んできて乗客をスタンさせちまったんだ、海賊行為に代わりはない。それと、その パトロボットの出所も怪しすぎる。そいつが宇宙連邦政府と連盟にある惑星や国家に配備されるようになってからは まだ日が浅い、中古が出回るとは思いがたい。かといって、宇宙連邦政府が一個人に国家予算並みの値段がする 人型機動歩兵を売却するのか? それ以前に、どういう目的でこの船を買収したんだ?」

 マサヨシが一息に捲し立てると、ヒルデガルドは大きな目を瞬かせた後、言った。

「メラノレウカは私の恋人……っていうか、個人資産だよ。宇宙連邦政府の方から売り込まれてきて、一台買った方 が安全だって言われて、その通りだなぁって思ったから一括で買ったの。安かったし。もちろん、真っ新な新品でね。 で、その理由は私がルーメン・アイルロポダの遺産相続人だから。だから、今はね、ロングム星系とその周辺宙域 の惑星丸ごと、私の私有地になっているから」

「星系が私有地ですかぁ……?」

 スケールが大きすぎて、すぐには見当が付かなかったらしく、ミイムはきょとんとした。

「関わらない方がいい、絶対に! 今すぐ帰ろう、すぐに帰ろう、俺のHAL2号で!」

 マサヨシはミイムの腕を掴んで引き摺り下ろし、大股に歩き出した。

「ちょ、ちょっと、なんでですかぁ! なんか面白そうな話じゃないですかぁー!」

 ミイムはマサヨシに引っ張られながらも、反論した。少女とロボットに背を向け、マサヨシは足を速める。

「面白そうでもダメはダメだ、相手がヤバすぎる、下手に関わって恨みでも駆られてみろ、俺達に明日はない!」

「人をヤクザみたいに言ってくれちゃって。メラノレウカ、お茶にお誘いしてー」

 ヒルデガルドが軽く手を挙げると、すかさずメラノレウカが発進した。

「了解した」

 パトロボットのスラスターから噴出された熱気で気流が掻き乱され、生命維持装置が湿度と酸素量を安定させて いる空気が乱された。周囲のテーブルクロスが舞い上がって波打ち、弱重力によって皿が浮かんだ。ほんの一瞬で マサヨシの逃走を阻んだメラノレウカは、銀色の大きな手でマサヨシの腕を掴み、ミイムの腕を掴むと、一足先に レストランを後にした主人の後を追っていった。

「ヒルデガルドの命令により、貴殿らをヒルデガルド主催の茶話会に招待する」

「そんな雰囲気か、これ?」
 
 どこからどう見ても、公務執行妨害で逮捕される寸前の光景だ。下手に抵抗すると肩の関節が抜ける危険性が あるので、マサヨシはメラノレウカに従って歩いていった。ミイムは若干体を浮かばせ、メラノレウカの腕力を使って 楽々と移動していった。先程はあんなに怒っていたのに、ヒルデガルドが可愛らしい女の子だと気付いたからか、 すっかり興味津々になっていた。現金なものである。
 ヒルデガルドに先導されたメラノレウカに連行されて辿り着いたのは、貴賓室と言っても過言ではない、上流階級 の中の上流階級にだけ許された専用ラウンジだった。その区画に入るためには二重三重のセキュリティを突破する 必要があり、更にその貴賓室があるブロックは非常時には小型救命艇として隔離出来るように設計されていると いう徹底ぶりであった。ヒルデガルドは、専用ラウンジに至る通路のそこかしこにあるセンサーに自動的に網膜認証を されているようで、彼女が近付くだけでいくつもの隔壁や自動ドアが開いていった。
 最後の自動ドアを通り抜けると、空中に円形の床が浮かんでいる部屋が現れた。半透明の通路を通って円形の 床に到着すると、ようやくメラノレウカはマサヨシとミイムを解放した。ヒルデガルドは円形の床に点在している椅子と テーブルをメラノレウカに集めさせると、ラウンジの隅で待機していた給仕ロボットに紅茶を淹れるようにと命じた。

「さあて」

 悠々と椅子に腰掛け、給仕ロボットが運んできた紅茶を一口啜ったヒルデガルドは、背後に控えたメラノレウカを 見上げて一度目を合わせた。そして、マサヨシとミイムに向き直った。

「ケーキ、何にする?」

「俺達をどうするつもりだ」

 マサヨシは紅茶に手を付けられるはずもなく、少女を見返した。

「えぇとですねー、ボクはチョコレートとチェリーのケーキがいいですぅ。デザートで出てくるはずだったやつですぅ」

「頼むな! いくらすると思っている!」

 緊張感の欠片もなくなったミイムにマサヨシが叱責すると、ヒルデガルドは屈託なく笑う。

「いいよ、それぐらいは奢るから。余計なことに付き合わせちゃったお詫びって言うか、まあそんな感じ」

 ヒルデガルドは情報端末を少しいじってから、マサヨシを見やる。

「それで、軍人さんが気にしているようなことにはさせないから、安心して。今回のことはアイルロポダ家の御家騒動 っていうか、遺産相続絡みのゴタゴタとは関係ないから。あれはね、もうとっくに終わったから。うちのお爺ちゃんが 残してくれやがった遺産が多すぎたのと、オーバーテクノロジーのアイテムだらけだったのと、そのアイテムを使える ように生体認証されていたのが私だけだったから、無駄にドタバタしちゃってさー。でも、色々あって私が全部相続 することになって、ゴタゴタする前にお父さんのコネで買い取ったメラノレウカと一緒に暮らせるようになって、うちの 一族の当主も私に決まって、さあ私の人生はこれからだ、第一部完! って感じだったんだけどね」

 ミイムが注文したケーキを受け取ったヒルデガルドは、それをマサヨシとミイムの前に差し出し、嘆息する。

「お婆ちゃんがね、おいしいものを食べたいって言い出して」

「そりゃ結構じゃないですかぁ。んで、ヒルデガルドちゃんの御婆様ってどんな御方なんですぅ?」

 チョコレートとチェリーのケーキを頬張りながらミイムが問うと、ヒルデガルドは沈みがちに答えた。

「うちのお婆ちゃんってね、パラディソスなの」

「ぶへぁっ!?」

 今度はミイムが驚く番だった。その反応の大きさにマサヨシが戸惑っていると、ミイムは腰を上げる。

「パラディソスってあれじゃないですかぁっ、知的生命体の感情を捕食して栄養分に変えて繁殖する多肢型生命体 であって、ボク達みたいな精神感応能力系の種族は接触厳禁な、あのパラディソスなんですかぁ!? そんなのと ヒルデガルドちゃんのお爺ちゃんがナニをどうやって繁殖出来たんですかっ、いえそうじゃなくてっ!」

「パラディソスという名の種族については名前しか知らないが、そんなにヤバいのか?」

 マサヨシが苦笑しながらミイムを宥めると、ミイムはマサヨシに詰め寄る。

「当たり前だのクラッキングだこの野郎ですぅ! パラディソスは知的生命体の感情という感情を捕食するわけです からぁ、感情に伴った記憶とか経験とかも吸い出しちゃうんですぅ! 精神面が弱い人はぁ、ちょっと吸われただけで 一発で廃人決定なんですぅ! でもってぇ、パラディソス同士は異次元宇宙で精神体が一元化しているもんだからぁ、 どんな秘密だろうが機密だろうが一度でバレバレなんですぅ、周知されちゃうんですぅ! このボクのとおっても綺麗 で素敵でファンタスティックでピュアッピュアな記憶もぉ、衆人環視に曝されちゃうんですぅー!」

「それは確かに困るな」

 マサヨシが固まると、ミイムは大きく頷いた。

「ですからぁ、パラディソスに秘密が漏れたら大惨事なんですぅ! プライバシー的にぃ!」

「そぉなんだよぉーっ! お婆ちゃんが食べたがっているのって、私の、私とメラノレウカのアレなんだよぉ!」

 やだ言うのも恥ずかしい、と顔を覆って首を横に振ったヒルデガルドに、ミイムは目を丸めた。

「ヒルデガルドちゃん、そのロボットとナニをどこまで進んだんだよコンチクショウですぅ」

「……え、えーと」

 耳まで火照らせたヒルデガルドが目を泳がせると、律儀にメラノレウカが説明してくれた。

「本官とヒルデガルドは、ヒルデガルドの両親から正式に許可を得て男女交際中である。ロングム星系の法改正中 につき、本官とヒルデガルドが正式に婚姻関係を結ぶためには最低でも五年間は要するが、婚姻関係を成立させる までは肉体関係には至ってはならないという厳命をヒルデガルドの父上より命じられているため……」

「言わなくてもいいから、黙って、黙ってぇー!」

 涙目になったヒルデガルドがメラノレウカを揺さぶると、メラノレウカは言葉を切った。

「了解した」

「つまり、今のところはキス止まりですぅ。いやぁーんっ、可愛すぎて悶絶必至ですぅーんっ」

 ミイムは両頬を押さえて身を捩ったが、マサヨシは渋面を作った。他人の恋愛ほど、どうでもいいものはない。

「で、だ、その一笑で一番恥ずかしい記憶を、君の祖母が食べたら、パラディソスに周知されるわけだな?」

「そうなんだよぉ。でも、お婆ちゃんから逃げるのは難しくて。パラディソスの異次元宇宙がほとんど接触していない 太陽系まで逃げてきたけど、パラディソスは宇宙連邦政府と密接な関係にあるから、宇宙連邦警察がメラノレウカ のビーコンを探知してすぐに見つけられちゃうとは思っていたけど、逃げずにはいられなくて。でも、逃げてばかりじゃ 事態が解決するわけじゃないから、そろそろ逆襲しようかなーって考えてさ」

 紅茶を傾けたおかげで少しは落ち着いたのか、ヒルデガルドの顔色は元に戻った。

「そりゃ難儀ですぅ」

「だからって、これはいくらなんでもやりすぎだろう。もう少し穏やかに出来なかったのか」

 マサヨシが海賊顔負けの行為を咎めると、ヒルデガルドは肩を竦める。

「物理的にスタンさせたわけじゃないし、精神衝撃波の効き目は半日もすれば収まるし。それに、一人一人と交渉 して話を付けるとなると時間が半端なく掛かっちゃうから。手っ取り早いのが一番でしょ」

「だからってな……」

 マサヨシは渋るが、ヒルデガルドは開き直っていた。

「お婆ちゃんは宇宙連邦政府の元老院議員なんだよね。だから、実質、宇宙連邦政府を敵に回すことになる。でも、 手段を選んでいる場合じゃないでしょ。金ならあるんだから、有効活用しないと無駄になっちゃうじゃない」

 それは、確かに道理である。大量の資金がなければ、ヒルデガルドがここまで無茶苦茶なことをするのは不可能 だっただろうし、恋人と自分の逃げ場所を確保することすら出来なかっただろう。だが、だからといって、やりすぎ ではないだろうか、もうちょっと穏やかな方法があったんじゃないのか、とマサヨシは思ったが、ヒルデガルドに意見 すると厄介事に深入りしてしまいそうなので、紅茶を啜ることに専念した。
 今になって、腹が減ってきた。







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