アステロイド家族




他人のファーストは蜜の味



 不意に、緊急警報が鳴り響いた。
 第一公用語、第二公用語、第三共通言語を用いた機械音声の自動アナウンスが繰り返され、危機感を煽る赤い 光がラウンジの四隅から放たれた。直後、物理的な振動が訪れて宇宙船全体が傾いたのか、テーブルが斜めに なって皿やティーカップが滑り落ちていった。ラウンジに浮いている円形の床はオートバランサーが働いているのだ ろう、瞬時にバランスを整えたので、誰も滑落せずに済んだ。

「今度は何だ!」

 マサヨシが声を張ると、ヒルデガルドを横抱きにしているメラノレウカが報告してきた。

「クインテリオン号のエネルギーシールドに宇宙船が衝突、及び貫通、及び管理コンピューターへの強制アクセス、 及びクラッキング、及び各セキュリティ突破、及びボーディング・ブリッジの強制展開、及び強制接続、及び侵入者 を確認。ラウンジの存在する第十六ブロックの隔壁をロック、及び管理コンピューターのシステムを本官へと移行、 及びヒルデガルドの安全確保に努める」

「安全、ですかぁ?」

 ぴくんと片方の耳を挙げたミイムは、眉根を寄せた。何かを感じ取ったらしい。マサヨシはそれが何なのかと問い 掛けようとして口を開いたが、閉じた。ラウンジ内の空気の流れが変動し、天井に映し出されているホログラフィー の星空が歪んだかと思うと、天井に大穴が開いて複数の異物が落下してきた。
 一際巨大な物体が円形の床の端に落下して、どぅん、と床を大きく傾かせた。それに続いて黒い外骨格を纏った 節足動物型異星人、新人類に似た形状の女性型アンドロイド、最後にはヒルデガルドと同じ年頃の少女と次々に 出現したため、円形の床の比重がおかしくなった。侵入者達が立っている側が沈んだため、マサヨシらがいる側は 必然的に上向いてしまい、マサヨシは床の縁を掴んで姿勢を保つ努力をした。

「お前達が侵入者というわけか」

「おいおい、軍人がいるなんて聞いていないぞ。どうする、お嬢」

 分厚い積層装甲に覆われた巨体のサイボーグが少女に問うと、黒髪に赤いフレームのメガネを掛けている少女は 少し吊り上がり気味の目を瞬かせ、マサヨシとミイムを確認した後、ヒルデガルドとメラノレウカを捉えた。

「続けて」

「はいはーいっ、御嬢様の御命令とあらば何なりと聞いちゃいますぅーん」

 メイド服姿の女性型アンドロイドは笑顔を浮かべると、シリコン製故に弾力抜群の胸を張り、少女を示した。

「では、初対面の方がいらっしゃるので御挨拶を! こちらにおわす御方をどなたと心得るぅーん!」

「銀河に名だたる大富豪、アイルロポダ家の御令嬢にして正統なる遺産相続人!」

 巨体のサイボーグが女性型アンドロイドと対になる恰好で少女を示すと、節足動物型異星人は言い捨てた。

「要するに、俺らの雇い主。つかウゼェ、毎度毎度する必要あるのかよ、これ」

「リィン・カーネーション・アイルロポダ嬢にあらせられるぞ! この家紋が目に入らぬか、一同のもの、御嬢様の 御前である、頭が高ぁいっ! 控え、控え、控えおろうーっ!」

 と、巨体のサイボーグが菱形の金属板を掲げてみせると、少女、リィンは朗らかに笑って手を叩いた。

「御上手、御上手」

「なんですかぁ、このノリ」

 時代劇みたいですぅ、とミイムが半笑いになると、マサヨシはこめかみを押さえた。

「俺のニホンジンの遺伝子に語り掛けてくるものがあるような、ないような……」

「というわけだから、ヒルデガルド」

 涼やかな声を発したリィンは一歩前に出ると、メラノレウカに横抱きにされているヒルデガルドを指し示した。

「御婆様の御食事になる一件、辞退なさって。そして、アイテムと財産を一切合切放棄して」

「いや、出来ることならしたいけど、出来ないんだってば。その辺のことについては、これまでの一年で何度も何度も 散々説明したじゃない。お爺ちゃんのアイテムを使えるのも、私だけがお婆ちゃんとパラディソスと互換性がある のも、全部は私の遺伝子情報のせいなんだってこと。で、リィンにはそれに似た遺伝子情報があるけど、全く同じだ ってわけじゃないってことも。だから、いい加減に諦めてよ、アイテムのことも私のことも」

 余程うんざりしているのか、ヒルデガルドはやる気なく手を振った。

「ヒルデガルド。応戦の必要は」

 メラノレウカに問われ、ヒルデガルドは首を横に振る。

「ないない、ないったらない。皆、一般的な基準だと強いけど、メラノレウカとは勝負にもならないもん。サイボーグの グラニテスは重火器をたっぷり付けているせいで動きが鈍いし、インセクティウルのフォルミカは元特殊部隊だった だけあって結構やるけど、メラノレウカの特殊合金の積層装甲には爪が立たないしー。ナビ子のウィアちゃんだって メラノレウカの演算能力には到底敵わないから、相手にもならないしー。だから、構うだけ時間の無駄ー」

「無礼ね」

 リィンがむくれると、ヒルデガルドは小動物を追い払うような仕草で手を振る。

「欲しいものがあるならあげるから、今はちょっと放っておいてくれる? 忙しいから」

「私にも欲しいものはある。それは、今やヒルデガルドの所有物となったクインテリオン号の積み荷である」

 フォルミカ、とリィンは節足動物型異星人を呼ぶと、傅かせ、その肩に腰掛けてから立たせた。

「ティ・クーワに他ならないわ!」

 ティ・クーワ。聞き覚えがある。マサヨシがはて何だったかと記憶を探っていると、ミイムが反応した。

「ティ・クーワ! あの、今日のディナーのメインディッシュの高級魚じゃないですかぁっ!」

「そう、ティ・クーワ。惑星ガトゥスの温暖な海で進化し、育った、円筒形の魚。ウロコのない白い体の表面には 薄茶色の模様が付いていて、骨もなければ内臓もない、ちょっと不思議な魚。近年の研究によって、ティ・クーワは その体の強靱な筋肉が骨の代わりとなり、超高速で泳いでいるために常に栄養分を吸収しつつも海水と共に老廃物 を排出していることが判明している。それ故に身は引き締まり、歯応えも良く、旨味も強く、煮ても焼いても最高」

 リィンは真顔で語りながらも、うっとりと目を細めた。

「ああ食べたい、食べたい、食べたいの」

「だったら、買えばいいじゃん。リィンは個人投資家なんだから、私ほどじゃないけど私財があるでしょ」

 ヒルデガルドの言葉に、リィンは悲しげに目を伏せる。

「ティ・クーワとは近年の乱獲によって減少していて、捕獲制限されているし、今年のティ・クーワの漁猟は終了して しまったの。だから、私は各方面に手を回してティ・クーワを買い占めようとしたけれど、ティ・クーワは既に品薄で、 十五キロしか手に入らなかった」

「それだけあれば充分だろ!」

 マサヨシは反論するが、リィンは自分の世界に入り込んでいるのか、聞き入れなかった。

「たった十五キロのティ・クーワでは、一ヶ月もしないで食べ終えてしまう。けれど、次の季節のティ・クーワの漁猟が 解禁されるのは三ヶ月も先。だから、あと三十キロはティ・クーワを手に入れないと、私は……」

「お魚は体に良い食べ物ではありますけどぉ、偏食にも程がないですかぁ?」

 ミイムが呆れると、フォルミカは上両足を上向ける。

「つか、こればっかりは俺らにもどうにも出来ねぇし」

「だから、ヒルデガルド。クインテリオン号をすぐに私に売って。そして、ティ・クーワも売って」

 リィンは強く言い切り、ヒルデガルドを見据えた。

「生憎だけど、それは無理な相談だよ、リィン。なぜなら、それは!」

 メラノレウカの腕から立ち上がって肩に立ったヒルデガルドは、首から提げていた青い結晶体を掲げた。

「これから宇宙連邦政府と一戦交えるからだぁーっ!」

 えええええええ、と声を上げたのは誰だったのか。少なくとも、ヒルデガルドとメラノレウカ以外の面々はそれぞれ の感情表現で驚きを示していた。マサヨシはこの場から一刻も早く逃げ出すべきだと思ったが、ラウンジの外へと 出る暇すら与えられなかった。ヒルデガルドの手中に握られた青い結晶体は眩い光を放ち、放ち、放ち、マサヨシ の視界は光に塗り潰された。無重力とは異なる若干の浮遊感を覚えながら、マサヨシは亡き妻に祈った。
 生きて家に帰れますように、と。




 ほんの一時の間に、豪華客船は戦艦に変貌していた。
 それもこれも、ヒルデガルドが祖父から相続したアイテムの能力によるものらしい。無尽蔵なエネルギーを発する 結晶体のナユタ、無限に物質を複製出来る黒い箱のコンガラ、恐るべき演算能力を宿した銀色の針のアマラ、生物 の遺伝子を操作して思いのままに変貌させられる緑色の粘液のアソウギ、無限にありとあらゆる情報を記憶出来る 水晶玉のラクシャ、物体に固有振動数を与えて命を授けられる触手の生えた彫像のゴウガシャ、メラノレウカに搭載 されている燃料切れ知らずの動力機関である捻れた金属板のムリョウ、箱の中が異空間に通じているのでいかなる 質量の物質も保存出来る棺桶のタイスウ、そしてメラノレウカの演算能力の要である集積回路のムジン。
 それらの能力を駆使して出来上がったのが、急造戦艦・新生クインテリオン号である。メラノレウカの積層装甲を コンガラで無数に複製させて船体を覆い尽くし、メインエンジンにナユタを据えて大幅に強化し、クインテリオン号の 管理コンピューターにアマラとラクシャを与えて演算能力を数百億倍に引き上げ、アソウギとゴウガシャを併用して 既に調理済みだったティ・クーワを蘇らせた上に巨大化させて宇宙空間にも適応させて護衛機にさせ、タイスウの 中に他の乗客達を一人残らず避難させて安全を確保し、そしてムジンを用いて情報操作と統制を行った。

「だーっはっはっはっはっはっはぁー! 宇宙を回すのは金なんだぁーっ!」

 艦橋の艦長席に腰掛けたヒルデガルドは悪役じみた笑い声を上げ、ツインテールを揺らす。

「異次元宇宙に依存しているから物理的な攻撃が通らないパラディソスを揺さぶるには、現在パラディソスの栄養源 の一つとなっている宇宙連邦政府の要人を揺さぶるのが一番! そのためには、戦いを吹っ掛けるのが簡単かつ 確実な方法だ! メラノレウカを売ってくれたことに関しては感謝するけど、今の今までパラディソスの孫だってことを 隠すために私の戸籍をいじってお父さんとお母さんから引き離していたことは許していないから、その辺の仕返し も兼ねているけどね! ロングム星系だって、宇宙連邦政府の下っ端官僚で田舎役人に過ぎなかったお爺ちゃん が持て余した挙げ句に情勢がぐだぐだになったから私に丸投げしてきただけであって、資源惑星はないから金蔓 にもならないから、旨味はほとんどない! だけど、原住民が少なくて宇宙連邦政府に友好的だから、それを利用 して機械と人間が結婚出来るように法改正してやるのだ! 資本主義者を舐めるなぁー!」

「あああああああ」

 窓にへばりついて宇宙空間を凝視しているリィンは、半泣きになっていた。暗黒物質の詰まった真空の宇宙空間 では、こんがりと焼き目が付いた大量のティ・クーワ達が群れを成して飛んでいた。円筒形なので、どちらが頭で 尻なのかは解りづらいが、恐らく、前を向いている方が頭なのだろう。後方の穴から推進用の青い炎を走らせ、 それぞれで一定の距離を保ちながら編隊を組み、クインテリオン号を扇形に取り囲んでいる。

「うあああああああ」

 涙目になったリィンがフォルミカを揺さぶると、フォルミカはやる気なく慰めた。

「おーよしよし。何匹か生き残っていたら、回収してやらねーでもねぇし」

「食べ物を粗末にしちゃいけないんですぅ、罰が当たりますぅ」

 傍らでミイムがむっとしたので、マサヨシは頬を歪めた。二人とも、否応なしに艦橋に連れ込まれたのだ。

「突っ込むところはそこか? 俺はもう、何をどこから突っ込んだらいいのかが解らなくなってきた」

「というわけだから、本船はこれから宇宙連邦政府の本拠地である惑星に突っ込む! 惑星ケレブルムへ!」

 ヒルデガルドが勢い良く宇宙空間を指し示すと、メラノレウカが操縦席のコンソールを叩いた。

「了解した」

「了解するなよ」

 巨体のサイボーグ、グラニテスは頭痛を堪えるかのように頭部を押さえた。

「お嬢に雇われてからのこの一年余り、ヒルデガルドとお嬢のデタラメなじゃれ合いには慣れてきたつもりだったが、 さすがに驚いちまったよ。宇宙連邦政府に怒鳴り込む、だなんて発想を出す時点でおかしいが、それを実行する方も 付き合う方もおかしい。だが、それもまあ悪くねぇな、なんて考えが出るようになった俺も充分おかしい」

「あんた達は、どういう経緯であの御嬢様方と付き合う羽目になったんだ?」

 マサヨシが同情混じりに問うと、グラニテスはマスクフェイスの隙間からため息のように排気を漏らした。

「俺は元々軍人でな、流れ着いた銀河の辺境で糊口を凌ぐために日々傭兵家業をしていたんだよ。だが、ある日、 俺の仕事場だった荒廃した惑星がうちのお嬢に買い取られて、リゾート開発されて、そりゃーもう夢見心地の楽園に 変わっちまったんだ。で、商売上がったりになって路頭に迷っていたところを当のお嬢に拾われたってわけさ。それ 以降、俺はお嬢のお守り兼ボディーガードとして引きずり回されているんだ。稼ぎは良いし、おかげで整備士の恋人 と結婚するための資金は貯まったんだが、この分だとまだ帰れそうにないな……」

 笑えそうで笑えない。マサヨシが微妙な表情を浮かべていると、フォルミカもぞんざいに説明した。

「つか、俺もそんなんだし。俺はシリウス星系の植民地で労働力として二束三文で販売されていた、インセクティウル のクローン兵なんだけど、シリウス星系の資源惑星を買い付けに来たお嬢の暗殺命令を下されたから行ってみたら、 なんか解らねーけどすっげー気に入られて買い取られて、で、今に至る。アホくせぇけど、金にはなるしよ」

「私は中古で捨てられそうになっていた宇宙船のナビゲートコンピューターだったんですけどぉーん、御嬢様が別荘 代わりに買い付けて下さった時に私のことも拾って下さってぇーん、色々と強化してくれたんですぅーん。おかげでぇ、 私は日々マネーゲームに酷使されてぇーん、今日もまた大金を右から左へ移動させて株価変動に合わせて株の 売り買いに忙しくしていますぅーん。御嬢様がお喜びになるのでしたらぁーん、インサイダーに裏取引、脱税だって なんでもしちゃいますぅーん」

 女性型アンドロイドを操っているナビゲートコンピューター、ウィアはわざとらしい笑みを振りまいた。

「それは……」

 それでいいのか、とマサヨシは言いかけたが収めた。彼らには、彼らの幸せの形があるのだから。

「考えてみればぁ、宇宙連邦政府の本部に行ったことってないですぅ。行くのがちょっと楽しみですぅ」

 ミイムの言葉に、マサヨシはげんなりした。

「出来れば行きたくない、というか近付くのすら嫌だ。相手は宇宙連邦政府だぞ、あっちに比べたら太陽系統一政府 なんて吹けば飛ぶような規模だ。まかり間違って怒りを買ったら、太陽系は終わる」

「でもぉ、宇宙連邦政府って具体的に何をしている場所なのかはぁ、未だによく知らないですぅ」

「お前はそれでも一国の要人だった男か?」

「だってぇ、ボクの国は完全な独裁国家ですからぁ、連邦とは組織体制が大違いですぅ」

「やっていることは国の統治とそんなに変わらんが、規模が違うんだよ、規模が。俺達が生きている天の川銀河の 惑星の数は三千億個で、知的生命体が進化して文明が発展している惑星はその五十万分の一にも満たないが、 それでも大した数なんだ。だが、知っての通り、この宇宙には銀河系が山ほどある。数百億か、その数千億倍か、 とにかく数え切れないほどある。宇宙連邦政府が統治している惑星は、その中のごく一部ではあるが、その一部の 数の桁が違うんだ。だから、その数に応じた戦力と財力を持っていると考えているといい。そんなものを前にすると、 ヒルデガルドの財力なんて砂の一粒にも満たない。戦力もだ。だから、俺達の存在なんて単細胞生物以下になっち まうってことだよ。だからもう俺は家に帰る! 帰りたい! 帰らないと殺される! 社会的に!」

 危機感に駆られたマサヨシはミイムの腕を掴んで艦橋から出ようとしたが、メラノレウカが阻んできた。

「ヒルデガルドの行動と目的、及びアイテムの能力、アイテムの用途は特一級機密事項につき、それを認知して いる貴殿らを解放することは出来ない。よって、ヒルデガルドの同行を許可する」

「許可されたくないんだよ、そんなこと!」

 どうしてこう、金持ちというやつは。さすがに頭に来たマサヨシはミイムのサイコキネシスを利用して愛機のHAL 2号の元に行こうと考え、その旨を命じようとしたが、艦橋の窓から見える宇宙空間の色彩が変わった。無数の 星々とティ・クーワ護衛機団がぐにゃりと湾曲し、伸びた。間違えようがない、これはワープドライブだ。
 再び、ヒルデガルドの高笑いが響き渡った。





 


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