アステロイド家族




他人のファーストは蜜の味



 戦いは三日三晩に及んだ。
 ヒルデガルド率いる急造戦艦・クインテリオン号とティ・クーワ達の連合艦隊は、宇宙連邦政府の心臓部である、 機械化惑星ケレブルムへと至った。そこで、クインテリオン号とティ・クーワ達は奮戦したが、最も戦果を挙げたのは メラノレウカであった。パトロボットとしての必要最低限の武装しか持っていない上に人間大の大きさでしかない小型 機動歩兵であるにも関わらず、その演算能力を駆使し、ケレブルムのありとあらゆるネットワークをハッキングして 惑星全体のコントロールを掌握したばかりか、無人護衛艦隊をたった一機で全て撃沈させたのである。
 そして、ヒルデガルドは宇宙連邦政府の上層部に停戦交渉を持ち掛け、宇宙を統べる者達を話し合いのテーブル に引き摺り出した。客船の範疇を越えた戦闘を戦い抜いたためにクインテリオン号は損傷が激しく、もう一戦交える ことになればバラバラに分解してしまいかねないほど疲労が蓄積していた。だが、この戦いは和睦に持ち込めれば 勝利なのだとヒルデガルドは言い張り、メラノレウカと共に、宇宙連邦政府の中枢部へと乗り込んでいった。
 後に残されたマサヨシとミイム、リィンら一行は当然ながら拘束された。これで全ては終わりなのだ、とマサヨシは 自分の頭を吹き飛ばす覚悟を決めていたが、意外にも丁重に扱われ、留置所に入れられなかった。それどころか、 皆、宇宙連邦政府の元老院議員の邸宅に招かれた。
 完全機械化惑星の中では珍しい、植物が咲き乱れている温室での歓談に招待されたマサヨシとミイムは、一応 盛装と呼べる服装で出席した。要するに、着替えを持っていなかったので軍服とドレスのままだったのである。一度は 洗濯したものの、同じ服を着続けているのはあまり気分がいいものではない。

「粗茶ですが」

 色鮮やかな花々に囲まれた白い円卓に座った二人の前に、赤黒い肢体に触手を備えた多肢型異星人が、暖かな 湯気を昇らせるティーカップを並べた。マサヨシとミイムは一度顔を見合わせたが、その茶を口にした。ほんのりとした 甘みと厚みのある濃い香りを含んでいる。新人類にもクニクルス族にも毒性はなさそうである。

「この度は、私の孫の我が侭にお付き合い頂き、誠にありがとうございました」

 凹凸のないつるりとした顔を深々と下げてきた異星人に、マサヨシは訝った後、驚いた。

「では、もしかして、あなたが」

「お察しの通り、私はヒルデガルド・アイルロポダの祖母に当たります、パラディソス氏族のフェムトでございます」

 紫色の布を斜め掛けに身に纏ったフェムトは、背中から生えている青く透き通った円形の異物を輝かせる。

「てぇことは何ですか、あなたがヒルデガルドちゃんにあんなことを言ったせいでこんなことになったんですかぁ!?」

 ミイムが腰を浮かせて食って掛かると、フェムトは僅かに顔を伏せる。

「ええ。あの子の行動は異次元宇宙の演算能力で未来予測が出来ましたので、ああなることを見越した上で敢えて 発言したのです。その結果は、私の予想以上ではありましたが」

「では、あなたはヒルデガルドの、その、初恋を食べたんですか?」

 ちったぁ落ち着け、とマサヨシはミイムを諌めながら、フェムトを問い質すと、フェムトは答えた。

「いいえ。それは、あの子を煽るために申した妄言ですわ。今のところ、私はあの子の感情は捕食しておりません。 その代わりに、ヒルデガルドの行動でカルチャーショックを受けた、元老院議員の方々の感情と共に思想を捕食 させて頂きましたの。おかげで、私自身もパラディソスも随分と潤いました。いかなる感情であろうとも、初めての 経験の際に生じる感情は美味ですから」

「あ、はあ……。では、ヒルデガルドが宇宙連邦政府にケンカを売るところまで、想像出来ましたか?」

「ええ。それはもちろん、予測出来た事態でした」

「だったらぁ、なんで途中で止めてくれなかったんですかぁ?」

「宇宙連邦政府に、知的生命体とはいかなるものかという現実を思い知らせるためなのです」

「はぁ?」

「はいぃ?」

「宇宙連邦政府は、私達パラディソスが息づいている異次元宇宙をネットワークとして利用し、連盟している惑星の 知的生命体の意識を統一しようと考えていたのです。ですが、知的生命体とは、それぞれの意識の内に小宇宙を 宿しているものです。パラディソスは、その小宇宙が元から平坦であり、繋がり合っていたからこそ、他人に自分の 心中を見透かされることに抵抗など感じるはずもなかったのです。ですが、あなた方は根本的に違います。個々の 意識と自我を持ち、それぞれの価値観と主観で宇宙を捉え、それぞれの人生を謳歌しております。皆の住む惑星の 事情も様々です。宇宙連邦政府の取り決めた平和の基準は所詮は他人の主観でしかありません。パラディソス である私と、人間であるヒルデガルドの幸せが同じではないように、あなた方の幸せと宇宙連邦政府の考える幸せ もまた違います。ですが、私が何度意見を述べようと、意識統一を反対しようと、聞き入れては頂けませんでした。 元老院の要である議員の方々は、狭い世界と旧い価値観に凝り固まってしまっていたのです。ですから、少々力業 ではありましたが、ヒルデガルドに暴れて頂いたのです」

 どうぞ、とフェムトは数本の触手で皿を抱え、茶菓子を載せた皿を二人の前に置いた。

「おかげで、元老院議員の方々からは意識統一に対する反対意見を多く得られました。それもこれも、ヒルデガルド が私の想像の斜め上を錐揉み回転しながらアクロバット飛行してくれたおかげです。ティ・クーワを護衛機に改造する だなんて発想は、どこをどうやれば出てくるのか……。久し振りに声を上げて笑ってしまいましたわ」

「俺達の与り知らないところで、ろくでもない法案が可決されるところだったんですね」

 マサヨシは茶菓子を取り、二つに割ってみた。照りのある茶褐色の生地に丸く包まれていたのは、見覚えのある ものだった。どこからどう見ても、小豆の粒餡だった。試しに食べてみても、やはり粒餡に他ならなかった。

「意識を統一したところで、生物は統一出来ません。そもそも、知的生命体の意識を統一するという発想からして、 ナンセンスなのです。そんなことをして、一体何になりましょう。力任せに上から押さえ付けたとしても、生物は皆、 その命を花開かせるために生まれ育った環境を生き抜いているのですから、いずれはその力にすら抗いましょう。 そして、抗ったが故に生まれる感情で、爆発的な進化を遂げることでしょう。それが生物であり、宇宙であり、命の 本質なのです。惑星ケレブルムに随時送られてくる情報は正確ではありますが、正確であるというだけで、現実の ものではございません。ですから、この惑星の住人達には荒療治が必要だと判断したのです」

「俺達を巻き込んだ理由は?」

 マサヨシが一番聞きたかった質問をぶつけると、フェムトは小首を傾げる。

「運が悪かった、としか言いようがありませんわ。ですが、ヒルデガルドの我が侭によって被った損失は私の私財 で補填いたしますので、どうか御了承なさいますよう」

「とにかく、事が片付いたらさっさとおうちに帰して欲しいですぅ」

 黒糖饅頭であるとしか思えない茶菓子を頬張りながら、ミイムが不満を零すと、フェムトは頷いた。

「あなた方を太陽系まで必ずお連れすると、約束いたしましょう」

「そういえば、あの金属の棺桶……タイスウにスタンした状態で詰め込まれた乗客達はどうなったんですか?」

「皆様の身柄は宇宙連邦政府でお預かりした後、天の川銀河有数のリゾート地である、惑星ソルスティへとお送り いたしました。今頃、皆様は優雅な休暇の続きを満喫なさっていることでしょう」

「ソルスティ、ですか」

 それこそ、マサヨシの稼ぎでは到底行けない高級リゾートだ。あの時、メラノレウカの精神衝撃波をまともに浴びて スタンしていた方がよかったんじゃないか、との考えがマサヨシの脳裏を過ぎったが、後悔先に立たずだ。

「で、ヒルデガルドとメラノレウカはどうなったんですか」

 二つめの黒糖饅頭を食べながらマサヨシが尋ねると、フェムトは温室の天井を触手で指し示した。全面モニターに 映し出されていたのは、宇宙へと旅立っていく護衛艦の姿だった。だが、その護衛艦の持ち主は宇宙連邦政府では なくなっているらしく、艤装が大幅に変更されていた。白と黒の配色に赤いパトライトが装飾されていて、メラノレウカと 全く同じカラーリングになっていた。ということは、ヒルデガルドが護衛艦を買い上げて改造したのだろう。だが、 彼女と別れたのは昨日なので、たった一日で宇宙連邦政府と話を付けると同時に護衛艦を買い、更に改修工事を 行わせたのだから、短時間でどれほどの機材と人材をフル稼働させたのだろうか。

『あ、ムラタの小父さん! 短い付き合いだったけど、どうもありがとう! おかげでお婆ちゃんに初恋を食べられず に済んだし、宇宙連邦政府の変な法案を頓挫させられたし、その影響で株価が激変したものだから儲かったし!  だから、当分はまたお金に不自由しないよ! んで、私とメラノレウカはこれからロングム星系に行って機械と 人間が結婚出来る法律の制定を速まらせてくるから! じゃあねー!』

 短い通信の後、護衛艦はワープドライブを行い、飛び去っていった。嵐のような娘だった。

「御婆様、御婆様、撃墜されたティ・クーワ達の回収を終えたわ。皆、持ち帰っていいかしら?」

 温室の花々を掻き分けてやってきたリィンがフェムトに懇願すると、フェムトは穏やかに頷く。

「ええ、よろしいですよ」

「よろしくないだろ、食べられないだろ、あんなもの!」

 宇宙空間で戦闘に巻き込まれたのだから、宇宙線だけでなく機械油や破片にもまみれているはずだ。マサヨシが それを咎めようとすると、リィンは細い眉根を顰める。

「勘違いなさらないで、私はティ・クーワをそのまま食べるつもりはないわ。ヒルデガルドがアソウギで生体操作した ティ・クーワの遺伝子を採取するのが目的なのよ。その遺伝子情報を元にしてクローニングして惑星ガトゥスに似た 環境の海洋プラントを買い付けて、ティ・クーワの養殖を行うのが目的なのだから。そうすれば、私はいつでも存分に ティ・クーワを食べられるようになるの。ああ、考えただけで幸せ!」

 頬を両手で挟んで身を捩るリィンに、フォルミカ、グラニテス、ウィアが近付いてきた。

「おー良かったな。じゃ帰ろうぜ、お嬢。宇宙連邦政府の本部なんてダリィんだよ」

「ああやれやれ、これでお嬢も少しは落ち着くな」

「では、帰りの宇宙船を手配しますねぇーん。私達が乗ってきたスペースクルーザーはバラされてクインテリオン号の 部品にされちゃったので、適当な宇宙港で買い付けてきましょーん」

 ヒルデガルドがいなくなると絡む相手がいなくなるからだろう、呆気ない幕引きだった。ヒルデガルドの結婚祝いは どうしましょうかーん、また襲うか、返り討ちに遭うだけだぞ、でも構ってもらいたいなぁ、と四人は物騒な話し合いを しつつ、温室から出ていった。要するに、リィンが事ある事にヒルデガルドに突っ掛かるのは、財力でも行動力でも 張り合うことが出来る従姉妹と遊びたいかららしい。だとしても、もう少し穏やかな方法はないものか。
 金持ちの価値観は解らない。解らない方がいいのかもしれない。そんなことを頭の片隅で考えながら、マサヨシは クインテリオン号から無事回収されたHAL2号と再会を果たし、宇宙連邦政府側から提示された電子書類の内容を 一つ一つ確かめて必要なものには署名し、そうでないものはフェムトに取り計らってもらい、太陽系に帰還する許可 を得た。ヒルデガルドとリィン一行はこれらの許可を得るためにどうしたのかとフェムトに訊ねると、どちらもフェムト 以外の元老院議員とも太いパイプを持っているので、そちら側に働きかけてすんなりと許可を得たのだそうだ。
 その後、更に数日間の拘留中に書類審査と諸々の事情聴取をされて、ディナークルーズに出向いてから太陽系 標準時間にして一週間後にようやく解放された。マサヨシもミイムも大いに暇を持て余したが、惑星ケレブルムには 宇宙連邦政府関係者以外が立ち入れる場所は限られていたために、来る日も来る日も同じ場所に出掛けて退屈を 紛らわした。なので、数少ない一般開放されている施設である宇宙連邦政府記念館に快感から閉館まで入り浸る しかなかった。その結果、二人は展示物の内容もナレーションをすっかり覚えてしまった。記念館の唯一にして最大 のお土産物は、フェムトがマサヨシとミイムに振る舞ってくれた、あの黒糖饅頭だった。
 長い長いディナークルーズが、ようやく終わった。




 太陽系のアステロイドベルトのコロニーにある自宅に帰った瞬間、心底安堵した。
 四人の娘達と同居人達から事の次第を問い詰められたが、マサヨシとミイムに説明する余力はなく、監視されずに 済む自室で存分に眠って疲れを取った。すると今度は空腹を覚えたのだが、ミイムには料理を作るほどの気力 すらも残っていなかったので、ヤブキに一存した。マサヨシは大好物であるうどんを久しく食べていなかったので、 迷わずにうどんを指定した。それから十分後、ヤブキが出来上がったと伝えてきた。
 マサヨシとミイムの前に、ダシの効いた汁に浸ったうどんが置かれた。白く細長いうどんの上には、見覚えのある 食材が天ぷらにされてどっしりと横たわっていた。それは、あのティ・クーワに他ならなかった。

「あの高級魚が、こんな、天ぷらに……」

 ミイムが目を剥いて天ぷらにされたティ・クーワを凝視すると、マサヨシは恐る恐るヤブキに問うた。

「ヤブキ。お前はこれをどこで手に入れたんだ?」

「どこって……マサ兄貴達が帰ってくる直前に、フェムトさんって人から荷物が届いたんすよ」

 ほれ、とヤブキが冷蔵庫を開けてみせると、その中にはびっしりと円筒形の物体が詰まっていた。

「ティ・クーワ!?」

 損失の補填とは、そういうことか。マサヨシが思わず声を上げると、ヤブキは円筒形の魚の群れを指す。

「オイラは太陽系外の食材にはとんと疎いんすけど、あれ、そんなにお高い代物なんすか?」

「高いも何も、あれのせいで俺達がどんな目に遭ったと!」

「そうですぅ! 根本的な原因は違いますけどぉ、ティ・クーワのせいでえらい目に遭ったんですぅ!」

 マサヨシとミイムがヤブキに詰め寄ると、ヤブキはきょとんした。

「え? でも、相手は魚っすよ?」

「詳しく話すと長くなる、というか、話せないことも多いんだが」

 マサヨシは箸で天ぷらにされたティ・クーワを抓み、汁を滴らせている魚を囓った。程良い歯応えと旨味を備えた 白身は柔らかく、揚げ油と絡んだことでより旨味が増していた。ミイムはようやく口に出来たティ・クーワを憂さ晴らし するかのように貪り、荒っぽくうどんを啜っていた。マサヨシはヤブキにディナークルーズでの出来事を順を追って 話していったが、ヒルデガルドとリィンの蛮行が現実離れしているせいか、ヤブキは終始呆気に取られていた。
 しかし、話さなければ気が済まない。頭の整理が付かないからだ。次から次へと想像の範疇を越えた行動をした ヒルデガルドの凄まじさを口頭で説明するのは難しく、意識を統一していれば伝えるのはさぞや簡単だろうとちらりと 考えたが、すぐにそれを払拭した。そんなことになってしまえば、ヒルデガルドやリィンのような、非常識極まりない 資本主義者の考えを強制的に理解させられてしまうからだ。
 何事も普通でいいのだ、と今回の出来事で痛感したマサヨシはうどんを啜った。ヤブキは四姉妹の世話をする間 に料理の腕を挙げていたらしく、うどんの出来映えは素晴らしかった。コシのある歯応えに滑らかな喉越し、そして カツオと昆布のダシが見事に出ている汁、最後に絶妙な揚げ加減のティ・クーワ。うどんと天ぷらを交互に味わい、 その素朴で優しい味に浸りながら、マサヨシはしみじみと思った。
 身の丈に合った生活が一番である。







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