アステロイド家族




この宇宙の彼方で



 正しき義を成し、幸せな子を。


 夢を見る。
 若き日の妻を娶った日。その胎内に我が子が宿っていると知った日。そして、妻と我が子を失った日。いずれは 誰しもが味わうべき苦痛であり、苦難であり、惜別ではあったが、その日が訪れるのがあまりにも早すぎた。故に 現実から目を背け、遺体を愛し、嘘で家族を作り、紛い物の楽園で心を満たそうとした。
 だが、現実はそれを許さなかった。そして、妻もそれを許してはくれなかった。逃れがたい痛みと免れられない壁 を乗り越え、受け入れ、失うべきものを失ったことを認めた。そして、一握の希望を手に入れ、夜明けを迎えた。
 夜が明ければ、夢も終わる。




 月から望む地球は、赤茶けていた。
 雨の海の南西部、アペニン山脈の北部に位置する、標高4.6キロメートルのハドリー山の山頂からだと、古き星 の有様がよく見えた。そして、雨の海に新造された月面基地も一望出来た。マサヨシが訪れている地球観測所は 観光客で賑わっていて、月面散歩を楽しむために宇宙服を着込んでエアロックに向かうグループも見かける。宇宙港 には個人所有の宇宙船や定期宇宙船が停泊していて、マサヨシの愛機であるHAL号は宇宙船の群れの中では 一回りも二回りも小さいので、隣り合っているスペースクルーザーの影にすっぽりと隠れていた。
 廃棄されていたも同然だった月面基地は、太陽系統一政府が地球のテラフォーミング計画の下地として十五年前 に大規模な改修工事を行った。居住区も大幅に拡幅され、コロニーに収まりきらない人間や異星人の移民が住む ようになり、住民が増えた分だけ流通も活性化してきた。月面基地を訪れる者の多くは軍人だが、地球を見に来る 観光客も増えてきた。中には、アウルム・マーテルが果てた星である地球を拝みに来る機械生命体もいる。

「お、あれだな? 入射角から判断して、ありゃあユーラシア大陸に落とすやつだな」

 マサヨシの傍らで胡座を掻いていたイグニスが、地球の衛星軌道に突入するロケットを指した。

「地球をテラフォーミングするってのもまた妙な話だが、元に戻る可能性があるなら試してみるべきだよな」

「時間は掛かるが、その分だけ成果が出るさ」

 ハドリー山山頂に建てられた地球観測所の展望スペースから、マサヨシはロケットの軌道を目で追っていた。本当 なら宇宙服を着て外に出たかったのだが、長年、スペースファイターで飛び続けたために宇宙線の影響が体に出る ようになってきた。重篤な疾患に至るほどではないが、反射神経が鈍り、視力も徐々に衰えてきてしまったので、 渋々スペースファイターを降りて教官職も退いた。従軍した年数は五十年を越えているので、軍人年金もそれ相応 の額が出ることになっているので、生活に苦労することはないが張り合いはなくなる。

「地球でタルタロスとドンパチやったのが、昨日みたいに思えるぜ」

 イグニスは肩を竦め、マサヨシを見やった。生体改造体であるために老化が極めて遅く、外見年齢は四十代前後に 保たれているが、実年齢は九十歳近い。延命措置や老化防止施術を受ければ、二百年は楽に生きられるが、マサヨシ は敢えて手を加えていなかった。それほどまでして長く生きる理由が見当たらないからだ。

「我らにしてみれば、実際、そのような感覚であるがな」

 イグニスとは違って直立しているトニルトスは腕を組み、大気圏に再突入しつつあるロケットを見据える。

「あれの中身は確か、生体汚染除去装置であったな」

「要するに、生き物の素だな。旧人類が火星をテラフォーミングした時と同じ要領だ」

 お前達が大嫌いな有機物の固まりだ、とマサヨシが茶化すと、イグニスは身震いする。

「思い出させないでくれよ、宇宙怪獣戦艦のことなんか! うわぁ思い出しただけでゲロりそう!」

「……うむ」

 トニルトスもマスクを押さえ、顔を背ける。

「あの時は本当に悪かったよ。だが、その宇宙怪獣戦艦も生体汚染除去装置に関わっていないわけじゃないんだ。 惑星フィーブの優れた生体操作技術を応用してあるんだ。生体汚染除去装置は繁殖し、増殖し、その段階で未だに 地球全土に散らばっている放射性物質を取り込んでから無力化させるんだが、地球生まれの生き物にそんな芸当 が出来るわけがない。だから、宇宙に飛び交う中性子を摂取してエネルギーに変換している宇宙怪獣戦艦の消化 器官の構造を少し借りて、作ったというわけなんだ。もっとも、あの時、アウルム・マーテルが振りまいた分子が放射性 物質に吸着しているから出来ることであって、それがなかったら生体汚染除去装置を生み出したところで使い道が なかっただろうな」

 マサヨシが言うと、イグニスは背を曲げて頬杖を付く。

「あの分子、結構重いからな」

「これで、我らが同胞の死が無駄にならずに済むのだな」

 トニルトスは感慨深げに呟いてから、元同僚を一瞥する。マサヨシが第一線から引いたことで、ファントム小隊が なくなったため、皆、所属が変わっているからだ。イグニスはシリウス星系の基地に、トニルトスは土星圏にて 活動している機械生命体の機動部隊の隊長に、ネモは移民船団の護衛部隊の一員として軍務を全うしている。

「しかし、イグニス。休暇になったのであれば、我らの元を尋ねる前に妻子の待つ家に帰るべきではないのか?」

「エルプティオは訓練航海、フランマはアルファ・ケンタウリ星系の基地に派遣されたばかりだし、ウルカニウスはまた どこかにふらっと行っちまった。んで、俺の嫁は惑星フォリウムの第七次掃討作戦に駆り出されちまって、半年は 帰ってこられないんだとよ! だから、帰ってもどうしようもねぇんだよ!」

 寂しいったらありゃしねぇ、とぼやいたイグニスに、トニルトスは肩を震わせた。笑っているのだ。

「貴様という奴はどうしようもないな」

「仕方ねぇだろ、どいつもこいつも可愛いんだから」

 はあ、とため息を吐くように排気したイグニスを見、マサヨシも笑いを堪えた。イグニスが名を挙げた三人は、皆、 イグニスとアエスタスの子供達である。機械生命体と新人類の間では繁殖することは不可能なので、実子ではなく 養子であり、三人とも戦災孤児だ。戦場も違えば拾われた経緯も違い、種族も違うが、両親が分け隔てなく接して 愛した甲斐あって三人は立派に育った。エルプティオは幼年期の機械生命体であり、フランマはネコに似た獣人族 であり、ウルカニウスは自己増殖型生体攻略機なので、バラバラにも程があるのだが。
 もちろん、マサヨシは戸籍の上では孫に当たる三人とは何度も会っている。とある惑星の紛争地域で、幼年期 であるが故に自我が希薄だったせいで人型兵器として扱われていたエルプティオは、最前線で戦っていたイグニス に助け出されて治療を施されたが、その際にイグニスに懐いてしまったので引き取られた。好奇心旺盛で活発な少年 で、日々戦い続ける両親の背中を見て育ったので、今や一人前の兵士として前線に立っている。
 フランマがアエスタスに拾われたのは、それから十五年後だ。惑星プラトゥムに似た生態系の惑星アビエスは、 宇宙連邦政府による安易な文明進化政策によって土着の習慣や宗教が蹂躙され、その結果、原住民は星間戦争 を起こそうと躍起になっていた。だが、戦争推進派と反対派による内紛が長く続きすぎたために惑星全体が疲弊 し、戦火に焼き尽くされた故郷を離れようと原住民達は統一政府に援助を申し出たが、今度は戦争推進派がその 移民計画を阻んできた。挙げ句の果てに、戦争推進派は移民船の二割を撃墜した。移民船護衛任務に就いていた アエスタスは女子供を満載した脱出ポッドを回収したが、衝撃波を受けたために中身がシェイクされてしまい、生き 残っていたのはフランマだけだった。そして、フランマは長期に渡る治療を経て養子になり、母親と同じ道を歩もうと 日々精進している。照れ屋で口数は少ないが、耳と尻尾で豊かに感情表現をする少女だ。
 そして、末っ子のウルカニウスは最も特殊な経緯を経て養子となった。数百年前に廃棄された要塞惑星が突如と して消滅したことを受け、イグニスとアエスタスが出撃すると、要塞惑星が消滅した地点には古びた生体攻略機が 一機だけ浮かんでいた。それは、旧人類が新人類との戦争中に生み出した中途半端な生体兵器の生き残りで あり、新人類が滅ぼすべき過去の遺物でもあった。少女の脳と機械と異星体の遺伝子を元にした無限再生装置を 備えているウルカニウスは、移民船に乗って外宇宙へと逃げた旧人類を追撃するために一千キロ単位の射程範囲 を持つ反物質砲を搭載していたのだが、その移民船を見失った挙げ句に次元の歪みに飲み込まれ、彷徨い続けた 末に要塞惑星に辿り着いて再起動した。が、当然ながらパニックに陥っていたので、要塞惑星を反物質砲で破壊 し、放浪していたところを統一政府軍に発見された。その後、紆余曲折を経て、ウルカニウスは機体に乗り込んで きたイグニスと話し合ってなんとか落ち着いたが、殺されたくないと言い張ったので、イグニスとアエスタスは尽力 し尽くしてウルカニウスに人格があれば人権もあることを証明して戸籍を得て、今に至る。外見は厳つい攻略機で 人型にも変形出来るのだが、精神は夢見がちな少女だ。放浪癖があるのも、そのせいだ。

「アエスタスは元気か?」

 マサヨシが問うと、イグニスは少し間を置いてから返した。

「あー、うん。今も俺にメールを寄越してきた。作戦中だろうが。いらねぇよ、レーションの写真なんて。どうせなら、 スクラップの写真でも撮って寄越してくれりゃいいのに……」

「相変わらず仲が良いな」

「まあな」

 イグニスは若干照れ臭そうに顔を背けたが、月面から地球を望む風景を撮影し、アエスタスに返信するメールに 添付した。亜空間通信なので届くまでにはラグがあるが、せいぜい小一時間なので大した時差ではない。

「そういえば、アウトゥムヌスはどうしてんだ? 俺はこのままマゼラン星雲に行かなきゃならねぇから、今回はうちに は顔を出せそうにないからさ」

 イグニスがマサヨシに問い返すと、マサヨシではなくトニルトスが答えた。

「相変わらずだったぞ、あれも。ウラヌスステーションから受け入れた生体改造体の幼生体の養育で忙しいようでは あったが、それ以外は何も変わってはいない。アウトゥムヌスは老化阻止施術は受けていないはずなのだが、私の 記憶が確かならば、この四十二年ほど容姿が変動していないようだが……」

「そんなの新人類じゃ珍しくもなんともねぇだろ。んじゃ、ヤブキの方は機体を換装してんのか?」

「五年おきだ。もっとも、それはヤブキ自身が購入しているわけではなく、サイボーグボディの販売会社の試験運用 でだ。新しく試作した生体部品のテストをするためには、旧人類であるヤブキでなければならないのだそうだ。それ によって給料が発生するから懐が潤う、と喜んでいた。短絡的な男だ」

 アステロイドベルトの一角に浮かぶコロニーとその中にあるムラタ家は、名義こそマサヨシのままになっているが、 管理、維持しているのは三女のアウトゥムヌスと、その夫のジョニー・ヤブキである。完全循環型であるとはいえ、 経年劣化するコロニーを守っていくのは容易いことではないのだが、若い頃に掻き集めた資格と知識を駆使して いるため、コロニーの内部は昔と変わらない自然環境と情景を保っている。サイボーグではあれども生殖能力のない ヤブキとアウトゥムヌスの間には子供はいないが、ウラヌスステーションで産まれたばかりの子供達が情操教育の ためにコロニーに連れられてくる。それは統一政府側と交わしたコロニーを個人所有するための条件の一部なので、 逆らえるはずもないからだ。だが、二人は嫌がりもせずに子供達を全力で育て上げ、世の中へ送り出している。 二人にしてみれば、子供も野菜も代わりがないようだ。

「あー……。そりゃ、ウェールの差し金だな?」

 イグニスはマスクを引っ掻き、苦笑する。

「広い意味ではな」

 トニルトスは黄色い声を聞き付けると、振り返り、地球を眺めている若い女性達を窺った。フリルとリボンだらけの 派手なドレス姿の女性達は、光学式望遠鏡を覗いてきゃあきゃあと騒いでいる。といっても、彼女達は地球主義者 というわけではない。去年、太陽系で大ブームになった映画の舞台が地球だからだ。映画の内容自体は旧人類と 新人類の種族間戦争で特に目新しい題材ではなく、登場人物も戦争で名を残した軍人ばかりなのだが、それらを 演じる俳優陣がやたらと美形揃いだった。それだけではなく、やたらと同性愛を匂わせる描写が多かったのである。 実際、新人類側の精鋭軍人の中に美形の同性愛者がいたのだが、強調すべき要素はそれではないだろうと大抵 の人間は思った。だが、そうは思わないのが同性愛を愛して止まない女性達であり、その結果、地球を最も間近に 見られる月面基地がある種の聖地として大人気になった。そして、その映画の中で美形の軍人が女装して基地を 脱する時に着ていた衣装が、ヒエムスが立ち上げたブランド、アモーレ・ローズの服だった。それにより、アモーレ・ ローズもまた映画と同様に大流行し、ヒエムスは推しも推されぬ有名デザイナーになった。
 服飾デザイナーとしてデビューしたヒエムスは、ミイムと結婚した後、コルリス帝国の伝統的な民族衣装の特徴を デフォルメした服や小物をデザインし、太陽系と惑星プラトゥムで売り出されたが、それほど話題にならなかった。 そこで皇帝であるフォルテがヒエムスがデザインした髪飾りを使ったところ、コルリス帝国で売れに売れ、ヒエムス の名も大きく広まった。それを契機に独立してブランドを立ち上げたヒエムスは、今も尚精力的に活動している。 異種族である二人の間には子供は産まれていないが、フォルテの側近であり妹であるクアットロが産み落とした 両性の子、ウィスタリアを引き取り、我が子として育てた。クアットロとウィスタリア自身の希望でもあったからだ。

「お爺ちゃん!」

 展望スペースに駆け込んできた少女が、マサヨシに弾んだ声で呼び掛けた。髪のクセが強く、全体的に外ハネに なっていて、前髪をヘアピンで留めている。大きな胸は子供っぽさを残す体形に不釣り合いだが、それ故に強烈な印象 を与える。少女はブーツのヒールを鳴らしながら、マサヨシらに近付いてきた。

「わざわざ来てくれたんだぁ、嬉しいなぁ!」

 少女に明るく笑いかけられ、マサヨシは笑顔を返す。

「元気そうで何よりだ。地球にばらまかれた生体汚染除去装置が繁殖してから、地球に降下するんだったな」

「そう。だから、もう三ヶ月は月に待機していないといけないんだよ。それが退屈でさぁ」

 キャミソールにミニスカート姿の少女、ユイ・ミソノは毛先を弄り、唇を尖らせる。

「ついでに、重力が弱いと髪の毛が跳ねて跳ねてどうしようもないったら。ヘアアイロンも効かないんだよ?」

「それは大変だな」

「でも、スズノとリツカとサユミはそんなことないんだよ? 不公平だと思わない? 遺伝子は近いのにさぁ」

 十四歳に相応しい幼さで拗ねるユイを、マサヨシは笑みを収めずに慰めた。

「俺は好きだぞ、その髪のクセも」

「えぇー? 有り得ないんだけどぉ」

 ユイはむっとしながらも、褒められたことで少し機嫌が持ち直したのか、眉間のシワが失せた。

「ま、お爺ちゃんがそう言うんならいいけどさぁ。んで、リョウとサユミもこっちに来るんだって! 生体汚染除去装置の 遠隔操作も上手くなったってお母さんは言っていたけど、まだまだ怪しいよ。サユミはともかく、リョウはねぇ」

「ユイの弟じゃないか、名実共に」

「弟だから、余計に不安なんだよ。コマンダーなんだから、もっと責任感を持ってもらいたいもんだなぁ」

 ユイは静かの海とその先に浮かぶ地球を見つめ、眉を下げ、口角も下げた。

「……なんだか不思議な気分になるなぁ、地球を見ていると」

 それはそうだろう、とマサヨシは思った。ユイ・ミソノを始め、スズノ・タカミネ、リツカ・ナガト、サユミ・カミヤ、そして ユイの弟であるリョウ・ミソノの五体の生体改造体は、旧人類の遺伝子情報を用いて欠損した遺伝子を補った上で 更なる改良を加えられた、いかなる過酷な環境であろうとも即座に適応出来る個体なのである。正式名称は複雑 かつ長ったらしいので、当人達の能力の名称を用いたコマンダーという通称が付いた。当人達もコマンダーという 通称が気に入っている。
 次元管理局を辞めて大学に入り直し、遺伝子工学の道へ進んだウェールは、サチコとユキコに用いられた遺伝子 の欠損を埋めるための研究に没頭した。二人を産み出すために使われた遺伝子情報は、旧人類の要素を全て 排除したものであり、純粋な新人類というべきものだった。しかし、あまりにも排除しすぎたために、生き物として成り 立つために不可欠な塩基配列を欠損させてしまった。それにより、能力の高い個体は産まれるが、能力の高さに 比例した脆弱さに苦しめられることとなった。その事実を知ったウェールは、今では月面基地のデータベースにしか 残されていない旧人類の遺伝子情報を総浚いし、欠損した部分を埋められる遺伝子情報を探し出した。といっても、 簡単に出来るはずもなく、量子コンピューターの演算能力を用いても、ぴたりと当て嵌まるものを見つけるまでは 二十年は掛かってしまった。それがまともな人間の形になるまで、更に実験を繰り返し、繰り返し、繰り返した末に 誕生したのがユイ達である。
 ユイ、スズノ、リツカ、サユミ、リョウの五人の子供達は、皆、恐るべき環境適応能力を持っていた。星間捜査官の 中に僅かばかり存在しているヒーローと呼ばれる超人達のような超常の能力を扱えるわけではなかったが、生身で 宇宙空間で生存が可能だった。放射線に対する耐性も持ち合わせていて、ほんの数分で精密機械が壊れてしまう ほど高濃度の放射線が飛び交っている地球と同環境にいても平気だった。そして、最も際立っている能力こそが、 コマンド能力である。催眠作用を持ったテレパシーで、相手は機械でも生き物でもお構いなしに操り、使い方次第 では遠隔操作も可能だ。超能力としては一般的な能力だが、上手く使えば無線よりも広範囲に、的確に指示を 送れる力だった。地球のテラフォーミングに用いる生体汚染除去装置の操作には適任なので、テラフォーミング 計画の中核を担う人材として月面基地に送り込まれてきたというわけだ。
 そして、五人の生体改造体はウェールの養子でもある。なので、戸籍の上では五人ともマサヨシの孫に当たり、 幼い頃はアステロイドベルトのコロニーでヤブキとアウトゥムヌスに育てられていたこともあり、サチコとも遺伝子の 繋がりがあることも相まって密な付き合いをしている。五人とも、人懐っこいからでもあるのだが。

「そうだな、俺もだ」

 タルタロスとの激戦を思い起こしたマサヨシはニホンレットウを探してみたが、見当たらなかった。

「たまに夢を見るんだ。大昔の地球のどこかで、青いロボットに出会う夢」

 でも、それはただの夢だ。そう言い切って、ユイは唇を引き締めた。マサヨシはその横顔を窺い、呟く。

「案外、そうでもないかもしれないぞ?」

 きっと、それは多次元宇宙に存在していた、ユイによく似た人間が見ていた現実なのだ。マサヨシがそうであるように、 皆、過去が折り重なった宇宙の上に立っている。そして、その過去の全ては地球に眠っている。だから、新人類は 地球を見捨てられないし、忘れられもしないのだ。マサヨシは赤茶けた母星を見つめ、少し笑った。
 今も、妻はそこにいるのだろう。







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