アステロイド家族




この宇宙の彼方で



「この景色も見納めっすね。中学校の校舎は跡形もないっすけど」

「最終作戦が決行されるのは、十八時間後だ。それまでは何をしていてもいいと言われたからな」

「でも、地球に着陸したのは俺達ぐらいなもんだったっすね」

「衛星軌道上から投下される七十二発の十万メガトンの重水素爆弾が爆発したら、地球のどこにいようとも衝撃波 の煽りを喰らっちまう。そうなったらまともに離陸出来ないし、結構なダメージを喰らっちまうからな」

「月にまで衝撃波が来るって予測されていたっすね」

「奪われるぐらいなら壊しちまおう、って考えに至ることがまず信じられないが、決行するのがまた……」

「火星のテラフォーミング計画の最中に、うっかりウラン鉱山が発見されちゃったのが拙かったすよね」

「ああ、全くだ。で、そのウランを廃棄するついでに地球全土を焼いちまおうってんだからなぁ。ブッ飛んでやがる」

「文字通りに」

「だな」

「静かっすねー。風の音しか聞こえてこないや」

「そりゃそうだろう。現住生物の大半は回収されちまって、ノアの箱船よろしく詰め込まれて火星に運ばれたからな。 だから、動くものがあるとすれば、虫か草ぐらいなもんだ」

「おー、軌道エレベーターがよく見える。下から見ると、やっぱりでかいっすねー」

「アレが全ての原因ではあるが、こうして見ている分には立派なもんだな」

「そっすね」

「月面基地に出入りしていた異星体が、サイボーグ化技術と引き替えに何らかの疾患に侵された人体を回収して 母星に持っていっていたのが明るみになってから、人類は異星体との取引を止めた。そこまではよかったんだが、 月面基地に隠していた異星体の遺体から採取した遺伝子を用いて人間の遺伝子に混ぜ、ハイブリットを作ったのが 拙かったんだ。それをやらかしたのは、異星体と関わっていたことが知られたせいでサイボーグ化技術が世間から 忌諱されたために売り上げが大幅に落ち込んだ企業だったが……。そのせいで、えらいことになったな」

「その企業としちゃ、サイボーグボディに代わる商品を作るだけのつもりだったんすよね。フジワラ製薬は」

「だったんだよなぁ。ハイブリットボディって銘打って、売り出すつもりでいただけなんだ。肉体が損傷した当人から 採取した遺伝子と異星体の遺伝子をミックスして作った強化人体に脳を移植する、っていう話だったんだが、その 強化人体に出来るはずのない脳が出来ちゃって、生殖機能も出来ちゃって、挙げ句の果てに自我も生まれて」

「んで、反乱を起こしたんすよね。最初の頃はどうってことなかったんすけど、奴らが異星体のネットワークを使って 俺達人類は存在すら知らなかった宇宙連邦政府と通じ合った直後から、戦争が日に日に激化したっすねぇ」

「自我を持って生まれたハイブリット達は月面基地から軌道エレベーターを占拠して、今となっちゃ火星基地も奴ら の手中だ。ホモ・サピエンスに陵駕されちまうネアンデルタール人の気分が嫌ってほど解るよ」

「そうっすね……。生き残りの大半は、急造した宇宙船に乗って外宇宙に逃げ出したらしいっすけど、奴らはそれも 追い掛けていくつもりらしいっすからね。火星基地の隣に工場を建てて、そこで奴らが宇宙船を組み立てているって いう噂があるっすから。ぞっとしねぇなー」

「いや、それはあながち噂でもないぞ。ほれ、見てみろ、火星の衛星写真だ」

「ぅおわぇ!? すっげー、でっけー! なんだこれ!?」

「あ、それは宇宙船じゃなくて宇宙ステーションだな。画像のファイル名を間違えた」

「いや、どっちにしたってアレっすよ。俺らが到達出来なかったところをガンガン攻めまくりじゃないっすか、奴ら!」

「そうなんだよなー。ぶっちゃけ、その技術力と進歩の速度が羨ましいなぁと思う瞬間もないわけではないんだが、 立場上、それを言えるはずもなくてだな」

「俺も先輩も軍人っすからねぇ」

「ロートルもロートルだけどな。従軍五十周年記念の勲章なんていらない、ぶっちゃけ」

「邪魔っすよね、ジャラジャラして。老化防止施術もきついっすよね、脳に色んな刺激と薬を流し込むんすから」

「それだけ人材不足ってことだよ」

「んで。地球がダメになっちまえば、連中と俺らが争う理由もなくなるから、戦争は終わることは終わるんすよね?」

「理屈の上ではそうなるかもしれないが、それは本末転倒ってやつでは」

「俺もそう思うんすけど、奴らはそう考えないみたいで、ヤバい大量破壊兵器をぶち込もうとしているんすよね」

「次元断裂弾頭、だったか」

「とにかくヤバすぎる技術と量子結晶を詰め込んだ砲弾を地球に撃ち込んで、多次元宇宙ごと地球を揺さぶって、 俺らの歴史そのものを洗い流して浄化してー、って考えらしいっすけど、そこまでブッ飛ばされちゃうと俺らのやり方 がちゃちに見えてくるっすね。核弾頭だもん、核弾頭」

「それが成功したとして、地球が次元の歪みに飲み込まれて消滅したらどうするつもりなんだ?」

「あ、それはなんかアテがあるらしいっすよ。奴らの元になった異星体と連んでいる異星体が、惑星規模の宇宙船 を作っているとかで、それを横流ししてもらうんだとかなんとか」

「どうしてお前はそんなことを知っているんだ」

「俺の部隊の中に、内偵をしていた奴がいたんすよ。そいつはこの前の月面攻防戦で戦死したっすけど、そいつの 補助AIに残っていた暗号通信コードを使ってみたら、運良く拾えたんすよ。奴らの通信を」

「で、その情報はどうしたんだ」

「御上に報告したにはしたんすけど、真に受けてはもらえなかったっすね。いや、俺だって半信半疑っすけど」

「スターウォーズじゃないんだから、なぁ……」

「けど、俺らがやっていることってそんな感じっすよね……」

「ここまで来ると、夢なんだか現実なんだか解らなくなりそうだ」

「でも、現実っすよ。だって、俺の心は痛いんすから」

「そうだな。天王星まで付き合ってやれなくて、すまんな」

「いいっすよ、別に。俺だけでなんとかなるっす。ムラマサ先輩は俺とは違って生体攻略機じゃないっすから、惑星間 航行は出来ないんすから。俺が行って、奴らが天王星の衛星軌道上に浮かべた宇宙ステーションをブッ壊さないと、 死んでも死にきれないっすよ。でないと、ゆっこも死ぬに死ねないっすからね」

「いくらゆっこの脳が異星体との適合係数が高いからって、何も生体コンピューターにしなくてもいいだろうになぁ」

「おまけに、ゆっこの遺伝子をいじくって生体改造体に使っちゃって……。俺の遺伝子もどこかで拾われて使われて いるらしいから、俺らの子供が出来たと考えれば少しは気が楽になるかなぁとか思ったこともあるけど、そんなことは なかったっすねぇ……。んで、透は元気でいるっすかね。最近、亜空間通信の調子がイマイチなんで」

「損傷した部品が回復していないだけだろう。そのうち直る。俺は通信機器は無事だから、亜空間通信も受信出来て いるから、教えてやろう。移民船を追っていった奴らを追撃するためにワープを繰り返して、今は太陽系からは遠く 離れた星系にいるそうだが、そこでダメージを負ったせいで機体が大きく様変わりしてしまったんだそうだ。ついで に、損傷が大きすぎて記憶容量も少しダメになったらしい。また会えるといいんだがな」

「そう、っすよね」

「奴らが生体改造体を山ほど作って形振り構わずに戦いを仕掛けてきたから、俺達も形振り構わなくなっちまった からなぁ。おかげで、俺達は今となってはパイロットですらなくなったなぁ」

「従軍したばっかりの頃はパイロットだったんすけどね。神経直結してコクピットに乗っていた頃が懐かしいや」

「だな。脳髄だけ引き摺り出されて、異星体の生体改造技術を応用して造られた、自己修復と自己進化を繰り返す 攻略機に脳を入れられて……。その方が効率は良いのは確かだし、おかげで死にづらくはなかったが、死ななきゃ いいってものでもないだろう。さすがに。俺達みたいにフルサイボーグ化済みの人間だけならまだしも、そうじゃない 人間も手当たり次第に改造していったからなぁ。だが、そのほとんどが戦死したんだからなぁ……」

「キャッチボールも出来なくなったっすよね」

「砲弾は撃ち合えるけどな」

「んで、どうするんすか。この後」

「それはさっき言っただろ、暗号回線で。俺は核弾頭の爆発の衝撃波に紛れて、月に向かう」

「月面基地を叩くんすか、単機で。でも」

「大隊相手に大立ち回りが出来る攻略機でも、基地を潰すのが厳しいのは解っているさ。だが、月には奴らが回収 した俺達の遺伝子情報があるデータベースがある。それを一つでも潰せば、俺達の遺伝子情報を持った生体改造体 が生み出される可能性が減る。俺達が旧人類として蔑まれ、弄ばれずに済むかもしれないんだ」

「けど、先輩が撃墜されて捕まっちまったら、確実に……」

「それならそれで、どうにでもなるさ」

「また会えるっすかね」

「また会えるさ。何度でも、どこででも」

「なんすか、その漫画っぽい言い回し」

「おい、そこは俺のセンチメンタルなロマンスに付き合ってくれよ! 寂しいじゃないか、鋼!」

「未だに少女漫画描いてんすか描いているんすよねそのノリだと確実に」

「いっ、いいじゃないか、唯一の趣味だ! それと、この体になってからは演算能力が有り余っているから、全宇宙の 絵描きの夢である脳内作画を出力というやつが可能なんだぞ! ネットにもアップロードしているし、割と評判が良い んだからな! 割とでしかないけど! 魔法少女は未来永劫残るべきなんだよ、人類の歴史に!」

「でも、俺はニンジャファイターの方が好きだったっすよ。先輩、バトル描写もイケるじゃないっすか」

「描けることには描けるけど、あれは俺の描きたいものじゃないんだよ。ついでに言えば、ニンジャファイターの原作 は俺じゃなくてゆっこだよ。んで、キャラデザインは透。この機体になってから暇だったし、お前は機械と生身の融合 が済んでいなくて寝ていたから、その間に手慰みに描いただけなんだ」

「えー? あれ、俺をハブって作った漫画だったんすかー? えぇー? そんなん有り得なくねー?」

「だから、仕上がった漫画を真っ先に読ませたじゃないか。ニンジャファイターの続きはそれなりに考えてあるから、 戦争が終わって余裕が出来たら描くことにするよ」

「うわ、なんすかそのガチすぎる死亡フラグ。てか、先輩の優先順位、おかしくないっすか。漫画以外にないんすか、 後世に残すべきものは」

「えーと……うどん、とか?」

「言うに事欠いてそれっすか。てか、俺らはそのうどんも喰えないんすけど」

「それじゃ、お前は何を残したいんだ」

「ゆっこの可愛さ! 野球! メイドさん!」

「お前の方がもっとおかしいぞ」

「いいじゃないっすか、欲望ってのは人間の魂に根差したものなんすから」

「俺もお前も、ちっとも変わらないなぁ」

「人間、そんなもんっすよ」

「そうだな」

「だから、奴らもそうじゃないっすか?」

「半分は異星体でも、半分が人間だからな。もしかすると、里心が付くかもしれないな」

「何せ、奴らの名称が新人類っすからね。人類って言葉を捨てきれない辺りが、まずアレっすよね」

「アレだな」

「んじゃ、俺はちょっと天王星まで行ってくるんで」

「行ってこい」

「御武運を。それと、やっぱりキャッチボールしたかったっすよ」

「……そうだな、俺もだ。ゆっこによろしく」

「あと、先輩の少女漫画、結構面白いっすね。天王星から帰ってきたら、感想言いますんで」

「それはどの漫画のことだ、今言え、メールに書け……ってあー! もう大気圏外に出ちまった! おい!」

〈漫画の感想だったら、私がいくらでも言ってあげるのに〉

「なんだ、お前か。月面基地の警備は緩めておいてくれたか? いくら俺が生体攻略機でも、あの弾幕を擦り抜けて いくのはさすがに厳しいからな」

〈言われなくても、とっくに済んでいるわ。あなたが地球を旅立つのを待つばかりよ〉

「こんなことを今更聞くのはなんだが、どうしてお前って奴は俺の味方をしてくれるんだ。お前はハイブリットでも人類 でもない、完全な異星体じゃないか。ついでに言えば、俺は既婚だ。再婚する気もない」

〈ええ、知っているわ。何度も聞かされたもの、奥様の話は〉

「今、どこにいる」

〈いつも通り、フェリキタスにいるわ。アステロイドベルトの片隅に浮かぶ、完全循環型コロニーの中。次元断裂弾頭 は宇宙怪獣戦艦の胎児だから、保育器と御世話係が欠かせないもの。でも、私がこの子を育ててあげられるのは、 今日限りね。この子は次元断裂弾頭に加工出来るほど育ってしまったし、その通達がハイブリット達の本部に届いて いるはずだから。だから、あなた達に残された時間も、後少ししかないわ〉

「奴らは、どこからそんなものを調達してきたんだ?」

〈宇宙怪獣戦艦の存在自体は宇宙ではあまり珍しくはないけど、彼らがこの子を兵器利用するための知識や技術を 独自に開発出来るはずがないわ。だから、ペレニアンと関わりを持っている、惑星フィーブの生体科学者を通じて手に 入れたのよ。それと同じルートで派遣されてきた私が言うんだから間違いはないわ〉

「次から次へとトンデモな兵器が、いや、ワンダバって言うべきかな、これは」

〈ワン・ダ・バ? それは何?〉

「えー……説明するとややこしいんだが、とある特撮番組のBGMがワンダバって言っているように聞こえるんだよ。 んで、それが怪獣やら超科学やら光線銃やらが飛び交うケレン味たっぷりの代物の通称、というかなんというか」

〈難しいのね、人類の文化って〉

「特にややこしいんだよ、この手の話題は。それに、俺は特撮には明るくないからなぁ」

〈でも、その文化がなければ、私は使い捨てのペレニアンとして一生を終えるだけだったわ〉

「俺の描いた漫画、そんなに面白かったのか? いや、まあ、それならそれで最高なんだが」

〈おかげで、色々なことを学べたわ。改めて礼を言うわ〉

「……いや、こちらこそ。だが、まあ、それはそれとして本題に戻ろう。奴らはどうしてそこまで破壊力の高い兵器 を手に入れられる? というか、なぜ宇宙連邦政府は奴らに助力するんだ?」

〈ふふ。宇宙連邦政府は穏やかではないもの。領地を広げるためには、どんなことだってやるわ。宇宙連邦政府の 母体は異次元宇宙にて意識と自我を統合した種族、パラディソスだからね。彼らの思想に懸想してしまえば、自我と 意識が絡め取られて彼らの栄養にされてしまう。けれど、それは一概に悪いことでもないから困りもの。私達の母星 はそれと同じようなシステムで成り立っていたから、長年平和ではあったけど、それ故に停滞して滅びかけた。そこ で接触したのが、あなた方人類と地球だったというだけ。そして、私達が生まれ持った遺伝子があなた方の遺伝子 と相性が良すぎたというだけであり、その二つの遺伝子を持つ子供達の生存本能が並外れて強すぎただけ〉

「そうだな。切っ掛けなんて、そんなものなんだ」

〈アステロイドベルトで待っているわ。あなたが私を迎えに来る日を〉

「迎えに行くだけだからな。俺の操縦桿の根本には、今も結婚指輪が填っているんだ」

〈諦めが悪いわよ、私は〉

「それは俺もだ。そうでもなかったら、こんな有様になってまで生き延びようとは思わないさ」

〈ええ、そうね〉

「月世界旅行に行く前に、一つ、言っておきたいことがあるんだが」

〈えっ? な、なあに? ちょっと期待しちゃうわよ?〉

「お前の名前がないままだと、俺もやりづらいんだ。だから、個体識別番号じゃない名前を付けてもいいか?」

〈ええ、どうぞ〉

「なんでちょっと不満げなんだよ。何を期待したんだよ」

〈いいえ、何も〉

「お前がいる小惑星、というか、小惑星に偽装されている宇宙怪獣戦艦の保育器には名前が付いているってことは 知っているな。フェリキタス。それは、ラテン語で幸せという意味だそうだ。だから、サチコなんてのはどうだ」

〈サチコ?〉

「そうだ。幸せな子、って書くんだ。漢字だと」

〈素敵な名前ね! もちろんよ、これからは私はサチコなのね!〉

「喜んでくれて、俺も嬉しいよ。それじゃ行くぞ、サチコ!」

〈ええ、マサヒロ!〉

「言っちゃいけない気もするが一度は言ってみたかったことを言おう、俺達の戦いはこれからだ!」

〈なあに、それ?〉

「ええと……まあいい、フェリキタスに着いたら説明してやるよ」





 


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