合体。それは、全宇宙を救う力! 救護戦艦リリアンヌ号に搭乗してから、三ヶ月が経過した。 レイラ・ベルナールは職員食堂の超大型モニターにモニタリングされている宇宙を眺め、コーヒーを啜っていた。 太陽系から何千光年も離れた星域なので星の並びも違えば空間の重力バランスも異なり、勘だけでは戦えない。 だから、太陽系で使えていた戦法や操縦法が通用しないことも多く、状況に応じて変えていかなければならない。 日々難しいことばかりだが、やりがいもある。次元管理局での任務の穏やかさを思えば、天と地ほどの差がある。 レイラは熱いコーヒーを口に含み、ほうっとため息を吐いた。今日は非番だが、これといってやることがなかった。 それは、軍人時代も今も変わらず、趣味らしい趣味を持たないレイラは、機動歩兵の訓練が趣味と言ってもいい。 だから、非番は気楽だが退屈だ。かといって、トレーニングルームに籠もって体を痛め付けるのは好きではない。 あまり筋肉を付けすぎると、機動歩兵の操縦の妨げになる場合がある。今日は読書に耽ろうか、と思っていた。 「れーいちゃーんっ!」 すると、レイラの背後にどかどかと重たい足音が近付いてきた。 「レイラくーんっ!」 同じ重量の荒い足音が接近し、レイラの両脇に二体の船内作業用ロボットが顔を出した。 「制御系のチェック、ぜーんぶ終わったぜーい!」 右側のロボット、サザンクロスが声を上げると、左側のロボット、ポーラーベアが胸を張った。 「今回も異常は見つからず、ウィルスもバグもエラーも全て除去した! いつでもレイラ君の力になれるぞ!」 「ああ、そう」 レイラが素っ気なく返すと、サザンクロスはレイラの目の前に肘を置き、顔を寄せてきた。 「レイちゃーん。忙しいのは解るけどさ、俺らのこと、もうちょっと構ってくれよぅ。マジ寂しいんだけど」 「リリアンヌ号に来てからというもの、自分達は基礎訓練こそ行っているが機動歩兵にAIを搭載されたことがないではないか。護衛隊所有の機動歩兵の整備を任されるばかりで、自分達が成すべき任務を果たせておらんのだ」 ポーラーベアも頬杖を付き、レイラを覗き込む。 「今のあんた達は紛うことなき船内活動用ロボットでしょうが。武装はしてるけどさ」 レイラは椅子を回して二人に背を向けるが、すかさず二人はレイラの目の前に回り込んできた。 「でもでもでもさぁ、俺らってばマジ強いわけだし、レイちゃんと一緒に前線に出てこそだし!」 「だから、レイラ君! 次の任務では、是非とも我らに出動命令を下してくれたまえ!」 「ていうか、私の独断であんた達を使えるわけないでしょうが。次元管理局の頃も、今も、私は平の戦闘員であって隊長じゃないし。そりゃ、作戦の都合上で小隊長になればあんた達を使わざるを得ないだろうけど、大した理由もなしに出動させられると思う? 護衛隊に割り振られたエネルギーにも限りがあるんだから」 レイラは半分ほど飲み干したコーヒーカップで、二人を指した。 「それに、次元管理局の頃と違って、あんた達の機動歩兵のボディは支給されてないの。でもって、護衛隊のメンツはあんた達より百万倍は強い手練れだらけだし、あんた達と組むよりは余程楽に戦えるのよ。仕事があるだけ良いと思いなさい」 「でもさぁー…」 悲しげに声色を下げたサザンクロスに、ポーラーベアはぐっと声を詰まらせた。 「自分達は、レイラ君の役に立ちたいのだ」 がっくりと肩を落として項垂れた二人に、レイラは少し眉根を曲げた。 「私は間違ったことは一つも言っていないんだけど」 「でも、さすがに言い過ぎだと思いますけど」 柔らかな口調の穏やかな声が掛けられ、レイラは振り向いた。同時に二人も顔を上げて、声の主を見定めた。 コーヒーカップを手にした白衣姿の青年医師、カイル・ストレイフだった。彼は丁寧に一礼し、テーブルに着いた。 「カイル先生、でしたよね?」 顔は知っているが会話をしたことがない相手だったので、レイラは佇まいを直した。二人もぴんと背筋を伸ばす。 小児科医師であるカイルと護衛隊の隊員であるレイラの接点はなく、採用された際に顔写真を見せられただけだ。 彼が太陽系出身であることや、竜人族の薬学者と新婚であることなどは知っていたが、それ以上の知らなかった。 だが、それは彼も同じはずだ。リリアンヌ号内に回されたレイラの履歴書に記載されていた以上は知らないだろう。 そんな彼が、なぜレイラに近付いてきたのだろう。太陽系出身者同士のよしみ、というだけではないように思えた。 「初めまして、ベルナール少尉。改めて自己紹介します、僕はカイル・ストレイフ、小児科の医師です」 カイルが名乗ったので、レイラも敬礼した。 「護衛隊第四小隊所属、レイラ・ベルナール少尉です。レイラで構いません。一体、何の御用でしょうか」 「では、レイラさん。彼らは、あなたの直属のAI式ロボットですね?」 カイルは二人を示したので、レイラは頷いた。 「まあ、そうですけど。それが何か」 「次元管理局時代の戦歴を一通り見させて頂きましたが、レイラさんと彼らのチームワークは完成されていますね。パワー押しの戦闘が多いのが気に掛かりましたけど、無駄もなければ隙もありませんでした」 「サザンクロスもポーラーベアも、私が育てたAIですからね。性格はともかく、息が合わないわけがありません」 「そこで、そのチームワークを見込んでお頼みしたいことがあります」 カイルは一際柔らかな笑顔を浮かべ、言い切った。 「レイラさんと彼らで、巨大ロボに合体してくれないでしょうか」 「…はい?」 レイラが目を丸めると、カイルは笑顔を崩さぬまま、続けた。 「名付けて超新星合体作戦です」 「いえ、あの、なんですかそれ?」 「ですから、合体ロボです。ロボットアニメ、見てませんでしたか?」 「そりゃあまあ、機動歩兵乗りになるぐらいですから、子供の頃からロボットアニメは見てましたけどね。生臭い戦争ドラマなリアル系じゃなくて、気合いと勇気と根性でなんとかしちゃうようなスーパーロボット系が好きでしたけど…」 顔を引きつらせたレイラに、カイルはやはり笑顔のまま言った。 「合体して下さい」 「ですから、話が見えないんですけど」 「まあ、一から話せば長くなるんですけどね」 カイルは砂糖を二杯入れてから、コーヒーを一口飲んだ。 「僕の受け持っている小児科で入院している子供達は、護衛隊が活躍する様を見るのが大好きなんですよ。リリアンヌ号がいくら巨大とはいえ、娯楽は限られていますし、闘病中ですから行動も制限されています。ですから、退屈しているんです。退屈すぎて子供達同士で諍いが起きることもあるし、ストレスが溜まって病状が悪化してしまう子もいます。僕達も尽力しているんですが、限度がありまして」 「んで、それと俺らと何の関係があるんすか?」 訝しげなサザンクロスに、カイルは目を向けた。 「僕なりに、子供達の話を聞いてみたんですよ。護衛隊の中で誰が好きか、ってことを。最近の一番人気は、不死鳥ことギルディーン・ヴァーグナー大隊長ですね。機動歩兵を使っても使わなくても最強ですし、小惑星だって彗星だって敵艦だって剣さえあれば墜としちゃうんですから。次に人気なのが、第一小隊のワンフー大尉とフリードリヒ中尉のコンビですね。ワンフー大尉の金剛鉄槌の破壊力とフリードリヒ中尉の超高速戦法の派手さが、子供達の目を引くのでしょうね。それで、レイラさんの方は」 「言わないで下さい。自分でも解っているので」 カイルを制してから、レイラはため息を零した。 「まあ、別に子供に好かれたくて戦っているわけじゃないですけどね」 「ですから、合体なんです。今のところ、護衛隊には合体戦士はいませんからね」 「でも、合体する必要ってありますか? それでなくても人型兵器はナンセンスだって言われているのに、合体なんてそれに輪を掛けてナンセンスなんですよ。そりゃ、アニメは好きでしたけど、アニメだから好きだったんです。いざ軍に入って機動歩兵に乗ってみると、合体ロボなんて不可能だって解っちゃいますよ。合体して大型化したとしても、最前線ではそれに見合った状況がないじゃないですか。戦艦クラスの大きさならまだしも、大型機動歩兵程度じゃ意味がありませんよ。合体ロボの武装だって、適当に銃とか剣とかくっつけただけで威力が倍増するわけがないし、ロケットパンチなんて絶対役に立たないですよ。あんなものをぶっ飛ばすぐらいだったら、素直にミサイルを発射しますね。それ以前に、合体ロボが必要になるほどの敵なんて現れませんよ。救護戦艦なんですから」 レイラが捲し立てると、カイルはやりにくそうに頬を歪めた。 「それは、そうなんですけど…」 「でもさぁレイちゃん、合体してもいいと思うぜー? つか、ロボットだったら合体ぐらいしないと!」 意気込んで拳を固めたサザンクロスに、ポーラーベアは頷いた。 「うむ! 合体してこそ、ロボットは真価を発揮出来るのだ!」 「だから、それが私である意味がないでしょうが。そういう合体ロボの主人公ってのは思春期真っ盛りなのがお約束だから、私みたいな行かず後家じゃなくて、元気一杯でエネルギーどころか色々と有り余っていそうな暑苦しいのが主人公じゃなきゃダメですよ。他を当たった方が懸命ですよ、カイル先生」 レイラが真顔で述べると、カイルは眉を下げつつも頑なに笑みを維持した。 「その理由は最初に説明したつもりですが…」 二人の頭上を、乗り気すぎてテンションが上がりすぎているサザンクロスとポーラーベアの言葉が通り過ぎた。 レイラは表情を崩さず、カイルは笑みを保っているが、空気は悪かった。だが、レイラは折れるつもりはなかった。 スーパーロボットに対する憧れは、機動歩兵乗りなら誰も持ち合わせているであろう程度でそれ以上ではない。 出来たらいいな、と少しぐらいは思うが、レイラも若くはないので現実的な考えばかりが頭を過ぎってしまうのだ。 若ければ効率云々を無視して勢いに任せてカイルの話に乗っただろうが、三十を越えていてはそうもいかない。 数分間、二人の間には粘ついた沈黙が流れた。カイルは居心地が悪いらしく、しきりに目線を彷徨わせている。 レイラはカイルを一刻も早く追いやってしまいたいので、特に罪はない彼を責めるために強張った視線を注いだ。 サザンクロスとポーラーベアの子供染みた合体の話題は途切れることはなく、奇妙な緊張感を引き立てていた。 「しちゃいなさいよ、合体」 すると、その沈黙を新たな声が打ち破った。振り向くと、ネコ耳と尻尾が生えた女性医師が立っていた。 「フローラ先生」 機械生命体専門医である彼女とは面識があったので、レイラはフローラと向き直った。 「カイル先生、あなたってば説得が下手ねぇ。それでよくツンデレの極みのリリアンヌ先生を落とせたもんだわ」 フローラは長い尻尾をしならせながらレイラに歩み寄り、にんまりした。 「レイちゃん。小児科の子供達もそうだけど、患者も職員も娯楽と刺激に飢えてんのよ。この間までは元アイドルの女の子が搭乗していたから、超時空シンデレラばりのコンサートを開催出来たけど、彼女がいない今じゃどうしようもないわ。だから、合体合体また合体、ってわけよ!」 「娯楽イコール合体って、どういう計算式ですか」 レイラが呆れると、フローラはぐっと拳を握って尻尾を立てた。 「細かいことは気にしない! 疑問があってもガッツで補えばいいのよ!」 「まあ、そういうことですから。後はよろしくお願いします、フローラ先生」 僕はまだ仕事がありますので、とカイルは言い訳がましい言葉を残して、コーヒーカップを手にして立ち去った。 つまり、レイラの説得はフローラに丸投げされたのだ。だが、フローラは嫌な顔一つせずにレイラの両手を取った。 むしろ、これからどうやってレイラを口説き落とすか、という気合いに満ちていて、青い瞳はぎらぎらと輝いていた。 「合体しようよレイちゃん!」 「だから、そんなことをしたって無駄なんですってば」 レイラは冷たく返すが、フローラは怯まない。 「その無駄っぷりがいいんじゃないの! 必殺技だって、ド派手なのを考えてあげるんだから!」 「私は平凡な強さが似合う女です」 「違うわ、レイちゃんはまだ目覚めていないだけよ! あたしが新たな世界を見せてあげるわ!」 「いえ、別に見たくはありません」 「レイちゃんとサザンクロスとポーラーベアの力で、全宇宙を救っちゃおうよ!」 「全宇宙なら、三ヶ月前に救われたばかりです。頻繁に危機に陥られたら溜まったもんじゃありません」 「勇気さえあれば、どんなに強い敵だって打ち倒せるんだから!」 「精神論は嫌いじゃありませんけど、それは極論だと思います」 「痺れるぐらい格好良い名乗りもポーズも考えてあげる! ついでに決めゼリフも!」 「私は決められるほど見栄えが良くありません」 「名付けて、超新星合体レイラークロスッ!」 「あ、スルーされた」 「センターはもちろんレイちゃん、右にサザンクロス、左にポーラーベアで決まり!」 「自分の名前が入っている合体ロボって、とんでもない羞恥プレイですよね」 「戦え、レイラークロス! 頑張れ、レイラークロス! 強いぞ、僕らのレイラークロースッ!」 「フローラ先生、徹夜続きですか?」 レイラが冷静に呟くと、フローラは危うい目でけたけたと笑った。 「三徹目よぉ。この前収容した機械生命体の傷が深くってさぁ…。今はもう持ち直したけどねー」 「だったら、その人に合体してもらえばいいんじゃないですか? 私なんかじゃなくて」 「それはそれ、これはこれよ。患者に余計な負担を掛けるのは医者として最低よ」 フローラはレイラの両肩を力強く掴み、爪を食い込ませてきた。 「だ、か、ら。お願い、レイちゃん! これも宇宙平和のためなんだから!」 「とりあえず、寝てきた方が良いですよ。フローラ先生。明らかに限界越えてますよ」 「レイちゃんがうんって言わなきゃ寝ない! ていうか眠れない!」 「…えー」 レイラは言い淀んだが、フローラの眼差しは真剣を通り越して凄まじく、彼女が漏れる思念も過電流のようだ。 フローラのテレパスを通じてレイラの脳内に流れ込んでくる思念は、興奮と疲労のあまりに痛みさえ伴っていた。 早くフローラを寝かせなければ本当にまずい、とは思うが、やはり合体はしたくない、とレイラは思ってしまった。 だが、ここまで懇願されては突っぱねづらい。それに、同じ艦に搭乗しているのだから交友関係は良い方が良い。 妥協するしかないかも、と思ったレイラが答えようとすると、それを感じたフローラは弾けるような笑顔を見せた。 「ありがとう、レイちゃん! 超愛してるぅ!」 フローラは力一杯レイラを抱き締めてから、頼りない足取りで歩き出し、職員居住区に通じる通路に向かった。 その後ろ姿の危うさにレイラは手を伸ばしかけたが、手を引っ込め、合体を了承してしまったことを深く後悔した。 けれど、こうなってしまっては、もうどうしようもない。レイラは冷めたコーヒーを啜って、渋い顔を尚更渋くさせた。 背後ではサザンクロスとポーラーベアがきゃっきゃとはしゃいで、合体ロボになれることを無邪気に喜んでいる。 それがまた、鬱陶しかった。 09 4/1 |