アステロイド家族




超新星合体レイラークロス



 二度目の襲撃と同時に、出撃命令が下された。
 絶え間ない爆撃が純白の船体に迫り、普段は軽減されているシールドの震動が船体に染み渡ってきていた。
冗談にしか思えない外見ながら、その実は凄まじい火力を秘めたメイド型巨大ロボ、ベッキーによる攻撃だった。
リリアンヌ号と並走するベッキーはアニメ顔の笑顔を全く崩さぬまま、頭部の両脇に付いたピンクドリルを回した。
回転数が上がるに連れてピンクドリルは淡い光を帯び、先端から無数の光弾が放たれてシールドに着弾した。
 その様を合体ロボであるレイラーのコクピットで見つつ、レイラは妙なコスチュームを着た自分に辟易していた。
ヒーローもののお約束として着せられたのだが、似合わない。真っ赤なスーツに、金色のアーマーが付いている。
背中には機体に似た翼のようなスラスターが装備され、ヘルメットのシールドはクチバシ状で鳥そのものだった。
一応、この姿が変身後というコンセプトらしく、新たな名も与えられた。その名も、超新星戦士レイラックスである。

「レイラックス…」

 生理用ナプキンの商品名みたいだ、とレイラが思っていると、ヘルメット内に管制官のフィオーネの声が響いた。

『こちらブリッジ。ベッキーちゃんの攻撃は三分後に一旦停止しますので、その瞬間に出撃して下さい。タイミングがずれると色々とまずいので、細心の注意を払って下さいね。それと、合体コマンドは覚えていますか?』

「こちらレイラックス。その辺は大丈夫です、名乗りもポーズも合体時の操縦方法も忘れてませんよ。サザンクロスとポーラーベアは馬鹿みたいに完璧なので、私さえ気を付けていれば失敗しませんから」

『では、頑張って下さい! 勇気ある誓いと共に!』

「…勇気ある誓いと共に」

 フィオーネの弾んだ声に返したレイラは、肩を落とした。超新星合体作戦中は、これを言わなければならない。
もちろん、発案者はフローラである。普通の通信用語で充分だと思ったのだが、フローラは頑として譲らなかった。
ヒーローはまず形から入るべきだ、と言い張って管制官達にも詰め寄り、挙げ句の果てには押し切ってしまった。
艦長であるゲルシュタインはフローラを止めるどころか哄笑していて、リリアンヌは目すらも合わせてくれなかった。

『行こうぜレイちゃん、宇宙の果てまで!』

 コクピットの右側にホログラフィーウィンドウが開き、既にAIを合体機に換装しているサザンクロスが意気込んだ。

『うむ! 一刻も早く出撃し、ベッキーを撃破するのだ!』

 左側に開いたホログラフィーウィンドウでは、やはり換装済みのポーラーベアが気合い充分に叫んだ。

「こんな馬鹿げたこと、二度としないからね」

 レイラは二人に素っ気なく言い返してから、ウィンドウを閉じた。ヘルメット内では、カウントダウンが始められた。
フィオーネの可愛らしいが強張った声で残り時間が読み上げられ、二分を過ぎると機体がカタパルトに移動した。
リニアカタパルトの上に載せられた三機は、レイラーン、サザンクロス、ポーラーベアの順番で射出準備に入った。
 コクピット内のモニターでは、先に出撃した護衛隊の面々がベッキーと交戦している模様が実況中継されていた。
これ自体は珍しいことではないが、テンションの高いアナウンスを行っているのは、管制官ではなくフローラだった。
もちろん、本人が強く希望したからだ。あんたは医者でしょうが、と内心でぼやきながら、レイラは操縦桿を握った。
 カウントダウンの後、リニアカタパルトが作動し、磁力を帯びて浮かび上がった三機が宇宙空間へと射出された。
フィオーネの報告通り、嵐のように振りまかれていたベッキーの弾幕が少し途切れ、その隙に先発機が撤退した。
彼らがリリアンヌ号に帰還する様を見送ってから、レイラは操縦桿を倒し、派手な機体をベッキーに向かわせた。
アニメ顔に相応しい丸っこい頭を回したベッキーは、レイラら三機を見定めると、広範囲通信電波を用いて笑った。

『うふふふふふふー。何度来てもー、無駄ですー。この船はー、ベッキーちゃんが沈めるんですー』

 ベッキーとリリアンヌ号の間に入ったレイラーンは、スペースファイター形態から人型に変形した。

「待てぇいっ!」

 台本通りのセリフを叫んだレイラ、もとい、レイラックスはコクピットから飛び出すと、自機の肩に乗った。

「罪のない人々を乗せた宇宙船を襲うとは、言語道断笑止千万!」

 後半はニホンゴがおかしくないか、と思いながらも、レイラックスは腕を組んで胸を張った。

「我が名はレイラックス、正義を求める声を聞き、遠き宇宙の果てよりやってきた超新星戦士!」

 サザンクロスとポーラーベアがレイラックスの背後で可変し、人型になり、同じように腕を組んだ。

「そして、我が右腕と左腕、サザンクロスとポーラーベアだ! 超新星戦士が来たからには、これ以上の破壊行為は許さない! 超メイド生命体、ベッキーよ!」

 敵ながらおかしくないかそのネーミングは、と思いながらも、レイラックスはベッキーを指した。

『うふふふふふー。何だか解らないけどー、とっても邪魔ですー。だからー、返り討ちにしてあげますー』

 ベッキーは不気味な笑みを零しながら、エプロンの結び目であるリボンを引き抜き、光の鞭を作り出した。

「行くぞ、サザンクロス、ポーラーベア! 超新星合体だ!」

 ちょっと展開早すぎないか、と思いながらも、レイラックスはバック転をしてコクピット内に身を収めた。

「その言葉を待ってたぜ、レイラックス!」

「いざ、我らの力を見せる時だ!」

 三人のセリフが終わると、タイミング良くフローラの実況アナウンスが響き渡った。

『さあ、合体だ! 超新星戦士の勇姿、見逃すんじゃないぞっ!』

「赤き炎を纏いし不死鳥、レイラーン!」

 レイラックスは拳を振り上げ、コクピットの足元から迫り上がってきた赤いボタンを殴り付けた。

「青き雷を携えし若獅子、サザンクロス!」

 雷光を纏った拳を振り回した後、サザンクロスはスラスターで高く飛び上がり、一回転して右腕に変形した。

「緑の拳を備えし猛熊、ポーラーベア!」

 重厚感を見せつけるように拳を放ったポーラーベアも、青い炎を走らせて上昇し、一回転して左腕に変形した。

「三つの力を一つに合わせ、今、ここに降臨せよ!」

 左右の腕を背後に回し、翼を展開し、足の裏に補助パーツを合体させたレイラーンもまた、上昇する。

「超新星合体っ!」

 三人の声が重なり合うと、レイラーンの両脇に二機が入り込み、両肩から飛び出したジョイントに突き刺さった。
シリンダーが滑り込み、圧力調整の蒸気が噴き出し、それぞれのコンピューターが同調し、シグナルを響かせる。
両腕の動きを確かめるかのように拳を固め、翼を広げて赤い炎を噴き出した巨体のロボットは、拳を突き上げた。

「レイラァアアアッ、クロォオオオオッスッ!」

 レイラックスが喉が痛むほど声を張ると、実況が聞こえてきた。

『合体完了ぉおおおっ! さあ、これからが本番だ! 戦え、レイラークロス、頑張れ、僕らのレイラークロス!』

 あまりのテンションの高さにレイラックスは辟易したが、操縦に専念した。合体ロボは、通常兵器とは訳が違う。
シミュレーターによる訓練でも、レイラークロスの重量と大きさに振り回されてばかりで、パワーを持て余していた。
それでなくても、これまでレイラが操ってきた機体は標準的なものばかりで、規格外の機体を操ったことはない。
今だって、拳を突き出すモーションだけで機体が揺さぶられてしまった。上手く受け流さなければ、自滅してしまう。
準備期間の短さと今回の作戦の都合上、実機による訓練は行わなかったため、ぶっつけ本番と言うべき状況だ。
増して、相手はあのグレン・ルーの人形だ。遊びだと言っているが、いつ本気になるか解ったものではなかった。

「行くぞぉおおおおおっ!」

 レイラークロスが発進すると、同時にベッキーも発進し、リボンが原型のレーザーウィップをしならせた。

『うふふふふふふー』

 接近しようとするが、レーザーウィップは予想以上に素早く、レイラークロスは呆気なく弾かれてしまった。

「ぐあああっ!」

 あれ、私ってこんなこと言うキャラだっけ、と思いながらも、レイラックスはレイラークロスの姿勢を戻した。

「くうっ、なんという攻撃力だ!」

『うふふふふー』

 ベッキーの二本のレーザーウィップは再度振り回されると、レイラークロスの左足と右腕に絡み付いた。

「うぐうっ!?」

 拘束されたレイラークロスが身動ぐと、ベッキーは頭の両脇に付いたドリルを回転させながら迫ってきた。

『うふふふふふー。このままー、バラバラにー、しちゃいますー』

『ああっ、レイラークロスー!』

 フローラのわざとらしい悲鳴が上がり、レイラックスは呻いた。

「くそおっ、レイラーソードさえ抜ければ、こんな攻撃などっ…!」

『さあ皆、レイラークロスを応援しよう! 君達の声が、レイラークロスに力を与えるんだ!』

 ヒーローショーで必ず聞く言葉が述べられたが、これもまたわざとらしすぎて、応援したくなるとは到底思えない。
レーザーウィップは見た目こそ派手だが威力はそれほどでもなく、レイラークロスがフルパワーを出せば千切れる。
レイラーソードは三機が個別に装備している武器を合体させなければ使えないので、問題はその一手間なのだ。
急加速してレーザーウィップを振り切り、弾幕を散らして距離を取ってから、レイラーソードを合体させれば凌げる。
だから、応援されなくても別に構わない。加速するために背部のスラスターを開くと、艦内通信が伝えられてきた。

『ていうか、この流れで負けるわけねーし。今時、合体ロボはねーだろ』

『ストーリーの練り込みが浅いよねぇ。もうちょっとなんとかならないの?』

『稼働時間の問題じゃない? それか、もしくはベッキーのパイロットとの折り合いとかさ』

『あー、マジ有り得る。にしたって、何なのレイラックスって。センス古すぎてマジウケるんだけど』

 小児科病棟に入院している子供達の声には違いないが、冷め切っていた。レイラックスは、全力で同意した。
確かに彼らの言う通りだ。レイラークロスは合体するためにエネルギーを消費してしまうため、稼働時間が短い。
だから、ベッキーとの小競り合いはほとんどカットされてしまって、いきなりメインの超必殺技に入ってしまうのだ。
タメがあった方がカタルシスは大きい。だが、大人の都合もある。そんなことを考えている間にも、文句は続いた。

『いい歳した大人がこんなことして、恥ずかしくねぇのかなぁ』

 半笑いの少年に続き、少女も嘲笑っていた。

『あたしだったら、そんな仕事任された瞬間に超逃げるし』

『やっぱ、キャロルちゃんのコンサートの方が良かったなぁー。今時、こんな子供騙しのヒーローごっこを見せられて喜ぶ子供なんて、リアル幼児か余程の低脳だよ』

 退屈そうな少年に、先程とは別の少女が笑い転げた。

『ていうか、こんなことに資金使うぐらいだったら、医療費に回せって感じだよねー。つかそれが常識だし』

 確かにそれが正論だ。常識だ。だが、ここまでやらされているのに、評価するどころか心底馬鹿にしている。
恐らく、カイルが心優しい医師であるために、彼の受け持つ患者の子供達は付け上がってしまっているのだろう。
レイラックスは操縦桿を握り締めると、レイラークロスの拳が固まり、両手足を突っ張ってエネルギーを放出した。

「だあっ!」

 話の流れを無視してレーザーウィップを振り解いたレイラークロスは、小児科病棟のあるブロックを見据えた。
誰のためにこんなことをしていると思っているんだ、と喉まで出かかったが、レイラックスは意地で飲み込んだ。
こうなったら、とことんやり抜いて文句が出ないほど貫くしかない、と腹を据えたレイラックスは、拳を振り上げた。

「レイラァアアアアッ!」

 急加速したレイラークロスはベッキーの懐に突っ込み、その頭頂部に手刀を叩き込んだ。

「チョオオオオオップ!」

『きゃー』

 棒読みで悲鳴を上げたベッキーは後退したが、破損箇所はない。

「続いてぇっ!」

 レイラークロスは拳を突き出して加速し、ベッキーの額に衝突させた。

「レイラーサニーパンチーッ!」

『きゃー』

「レイラータイガーキックーッ!」

『きゃー』

「レイラー残影拳ーっ!」

『きゃー』

「レイラー…とにかくなんとか拳ーっ!」

 レイラークロスは投げやりにベッキーを殴りながら、絶叫した。

『きゃー』

 ベッキーはわざとらしく仰け反り、両足を上げて背中から転倒した。最早、戦闘ではない。

『がっ、頑張れレイラークロス! 悪魔の超メイド生命体、ベッキーを倒せー!』

 フローラが実況を再開したが、声には焦りが滲み出ていた。

『つか、ただ殴ってるだけじゃん。巨大ロボの意味なくね?』

『最初からないよ、そんなもん』

『さっさと終わってよー。ドラマが始まっちゃうじゃない』

 と、すかさず子供達の冷徹な言葉も割り込み、レイラークロスはリリアンヌ号に振り返って叫んだ。

「そんなものは録画しておけ! 見逃したとしても、五分もすれば動画サイトにアップロードされる! 今はとにかく、何も言わずに私の戦いを見てくれ! というか見てくれないと困るんだ、色々と!」

『そうそう! あっさり終わってもらっちゃ困るのよ! 構想五年、製作三日のあたしの最高傑作のレイラークロスが宇宙で暴れてんのよ、動画なんかじゃなくてちゃんと目で見てもらわなきゃあたしだって報われないのよぉっ!』

 実況であることを忘れてフローラが喚き散らすと、子供達のざわめきが少しだけ収まった。

『一口に巨大ロボって言うけどね、奥が深いのよぉっ! 子供のハートをがっちり掴むにゃ、外見のインパクトと色が大事なのよ! いかつくてごっつくて重厚超大であってこその巨大ロボなのよ! あたしが目指してんのはリアル系じゃなくて、スーパーロボットなのよ! ファーストインパクトで掴めなかったってことは、あたしのデザイン力不足ってことなのよ! レイラックスに魅力を感じないのは、あたしの演出力不足なのよ! ああもうっ、こうなったらとことんやるっきゃないわね! 俄然創作意欲が湧いてきたわ! でもその前に、ベッキーを撃破しないとこの話は終わらないのよー! 次回はもっと凄い敵が来るわよぉー!』

「とにかく、そういうわけだぁあああっ!」

 レイラークロスは背面に装備していた武器を抜き、合体させ、合体星剣レイラーソードを成した。

「おおおおおおっ!」

 外装を開いて全砲門を解放したレイラークロスは、レイラーソードを両手で握り締めた。

「集え、我が身に宿る正義の力よ!」

 レイラークロスの体内から注がれたエネルギーによってレイラーソードは白い光を帯び、機体全体が輝いた。

「スゥーパァアアアアアアアッ!」

 出せる限りの声を張ったレイラックスは、レイラーソードを振り上げながらベッキーの頭上に飛び込んだ。

「ノヴァアタァアアアアアーック!」

『きゃー』

 危機感がまるで感じられない悲鳴を出したベッキーは、防御すらせずに真っ二つに切られ、呆気なく爆砕した。
今までの流れからすると、いくらなんでも弱すぎないか。レイラックスですらそう思うのだから、観客は尚更だろう。
粉々に砕けたベッキーは、アニメでありがちな光の粒子になって漂った。レイラークロスは、かなり強引に締めた。

「正義は勝ぁつっ!」

 超展開にも程がある。コクピットの中で意味もなく拳を突き上げながら、レイラックスは虚脱感に襲われていた。
先程のフローラの実況から察するに、超新星合体作戦は今回では終わりではないらしく、次回があるようだった。
艦内通信を通じて流れ込んでくる入院患者や職員達の感想はいずれも芳しくはなく、つまらなかったが大多数だ。
レイラも同意見である。早く自室に戻って自己嫌悪に没頭したい、と願いながら、レイラークロスは艦に帰還した。
 出来ることなら、太陽系に逃げ帰りたかった。




 そして。関係者一同による反省会が行われた。
 事の発端のカイル、悪乗りに悪乗りを重ねたフローラ、被害者にして主役のレイラら、敵役のグレンとベッキー。
四人と三機は職員用食堂の片隅に集まって、テーブルを囲んでいたが、フローラがこの上なく機嫌が悪かった。
グレンは幼女の姿に戻ったベッキーと共ににやけていて、カイルに至っては消え入りそうなほど落ち込んでいる。
レイラはサザンクロスとポーラーベアを背後に従えてコーヒーを啜っていたが、一刻も早く自室に帰りたかった。
普段は愛らしい表情を浮かべる大きな目をきつく吊り上げたフローラは、尖ったネコ耳を立て、尻尾を膨らませた。

「そうよ、人数が足りなかったのよっ!」

 だあんっ、とテーブルを殴り付けてから立ち上がったフローラは、白衣を翻す勢いで上体を反らした。

「五体合体よ! そうよ、やっぱり三体じゃダメなのよぉおおっ!」

「すみません、僕が悪かったです。仕事で行き詰まったからとはいえ、変な妄想をしたのが間違いでした…」

 カイルは頭を下げて全面的に己の非を認めたが、フローラは彼に声を荒げた。

「違うわっ、カイル先生のアイディアは最高なのよ! 私のロボへの愛が足りなかったのよ!」

「というより、根本的な問題は脚本の甘さにあると思うんですが」

 レイラが呟くと、グレンはけたけたと笑い転げた。

「ま、あれじゃあなー。俺でもつまんねぇって思っちゃったもん」

「ひどいですー、御主人様ー。ベッキーちゃんはー、とっても頑張ったのにー」

 ベッキーが拗ねたようにむくれると、グレンはその極彩色の髪を撫でた。

「次はもっと気合い入れた巨大ロボになってやろうぜ、ベッキーちゃん。アイディアなら山ほどあるしな」

「いえ…ですから…今回限りで止めておいた方が…」

 弱り切ったカイルが項垂れるが、フローラは大きな胸を張って拳を固めた。

「そうと決まれば、早速四号ロボと五号ロボの製作に取り掛かるわっ! なあに、事前に艦長から必要経費は毟り取ってあるのよ、湯水の如く使ってやろうじゃないのよっ! もっちろん、そのパイロットはあたしとカイル先生よっ! 謎のネコ耳美少女戦士フローラルンと、ヘタレな青二才だけどツンデレ操縦宇宙一の戦士カイルーン! よっしゃ、超エネルギー湧いてきたぁっ! GSライドは不滅だぜぇいっ!」

「なんですかそのネーミング、安直すぎて本名が全く隠れていませんよ! いえ、それ以前に僕達の本職は医療ですよ! そんなことをしていたら、通常業務が疎かになってそれこそ一大事ですよ!」

 カイルは今にも泣きそうな声を上げるが、フローラは高笑いするだけだった。

「ほほほほほほほほほ! 正義の道は険しいのよおっ!」

「おう、頑張れ頑張れー」

 グレンはにたにたしながら困り果てたカイルと突き抜けたテンションのフローラを見ていたが、レイラに向いた。

「つーわけで、レイちゃん達は次回も強制参加な。文句言ってた割に、正義の味方が様になってたし」

「うっひゃほーい! 合体合体、合体だぁーっ!」

 奇声を発して飛び跳ねたサザンクロスに、ポーラーベアも同調して飛び上がった。

「我らの手で宇宙を救い、レイラ君を守るのだぁーっ!」

「うるさい。黙れ。大人しくしろ」

 レイラははしゃぎ回る二体に冷たく言い捨ててから、グレンに目を向けた。

「ていうか、本当のところは、あなたが暇を潰したいだけなんじゃないですか?」

「あー、解るぅ?」

 グレンは飲みかけのコーヒーを呷ってから、ポットを傾けて二杯目を注いだ。

「次元断裂現象のおかげで、俺は一度分子レベルまでバラバラになっちまったんだよ。だから、分子を掻き集めて体を再構成したんだけど、今一つ本調子じゃないんだよなー。だから、俺が復調するまでは、お前らで遊んで退屈凌ぎしてるってわけだ。なあに、惑星丸ごと殺戮されるよりは余程平和的だろ?」

「そりゃそうですけど、迷惑であることに代わりはありません」

「俺は結構好きだったけどなぁ、レイラークロスもレイラックスも」

「おだてても何も出ませんが」

「正直な感想を述べただけだぜ、レイちゃん」

「馴れ馴れしく呼ばないで下さい。反吐が出ます」

 レイラは椅子を回してグレンに背を向け、苦いだけで風味が感じられないコーヒーを啜り、苛立ちを紛らわせた。
それ以前に、なぜ星間犯罪者のグレンが職員と同じ扱いなのだ。ゲルシュタインと旧知の仲だ、とは聞いている。
確かにリリアンヌ号は民族も種族も分け隔てなく治療する救護戦艦なので、堅気でない者達が訪れることは多い。
だが、グレンの危なさは別格だ。一刻も早く宇宙に放り出したかったが、レイラでは逆に放り出されてしまうだろう。
 当のグレンは恐ろしいほどのハイテンションのフローラを煽り、カイルに慰めになっていない慰めを掛けていた。
次回の合体を楽しみにしすぎて踊り出しているサザンクロスとポーラーベアを一瞥し、レイラはコーヒーを呷った。
正義の味方なんて二度とごめんだ、と心の底から思ったが、次もきっと流されてしまうのだろう、とも思っていた。
結局、レイラは押されると弱いのだ。相手の押しが強ければ強いほど、自分でも呆れるほど容易く流されてしまう。
だから、次の展開は見えている。三人を冷めた目で傍観しつつ、レイラはお茶請けのクッキーを一枚取り、囓った。
 今、レイラが逃げれば、他の誰かが犠牲になる。新たな犠牲を防ぐためにも、この集まりに留まっておくべきだ。
都合の良い道化役がいなくなれば、皆の目も覚めるかもしれないが、そうならない可能性の方が非常に大きい。
馬鹿げた格好をして馬鹿げた戦いを繰り広げることは、レイラの目指した正義とは果てしなく懸け離れているが。
 自己犠牲だけは、正義であると言えるかもしれない。







09 4/24