純情戦士ミラキュルン




第十一話 激闘! 怪人軍団VSミラキュルン!



 夏祭り前日。
 大神と一緒に行けなくても七瀬や鋭太と一緒に存分に楽しもうと思い、そのために浴衣も新調しておいた。 浴衣の柄に似合う髪型も考え、どういったルートで模擬店を回ろうか、出し物を見ようか、と胸を弾ませていた。 それなのに、楽しむどころか明日が来るのが嫌でたまらなくなった。それもこれも生まれ持ったヒーロー体質のせいだ。
 リビングのソファーに座り込んだ美花は、マホガニーのテーブルに置かれた紙を見下ろして涙を溜めていた。 向かい側に座った兄、速人は少しばかりばつが悪そうだったが、この妙な状況を楽しんでいるようにも思えた。 テーブルに置かれた紙は自治体が開催する夏祭りの日程が印刷された広告で、日付と内容が書かれていた。 アマチュアバンドによる演奏、サークルによるダンスショー、などに混じってミラキュルンの名が記されていた。 テレビに登場するヒーローのショーと同じ扱いになっているようだが、当然だが美花が請け負った覚えはない。

「お兄ちゃんのせいでしょ、これ」

 美花が涙目で速人を睨むと、速人は苦笑いした。

「本当なら今年の戦隊ヒーローが公演するはずだったんだが、ダブルブッキングしちまったらしいんだ」

「それで、私で穴埋めするってわけ?」

「そうだ。いつもやってることをすればいいだけなんだから、簡単だろ」

「簡単じゃないよ! だっ、だって、人の前で戦うんだよ!?」

 動揺した美花が腰を浮かせるが、速人はしれっと返した。

「それもいつものことじゃないか」

「見られてないもん! 駅前だけど、見て見ぬふりをされてるもん!」

「衆人環視であることになんら変わりはないじゃないか」

「お兄ちゃんがやればいいじゃない!」

「俺はとっくの昔に引退したんだ。現役のお前がやるのが筋だ」

「で、でもぉ……」

「適当に暴れ回って怪人共を叩きのめして、人的被害を起こさないぐらいの低出力で必殺技を撃てばいいだろ」

「まだ上手く調整出来ないんだよ、ビームの威力……。この前練習した時も地面を吹っ飛ばしちゃったし……」

 美花は手をハート型にし、俯いた。

「だが、ミラキュルンのイメージを悪くするようなことだけはするんじゃないぞ。金をもらっていない上に打ち合わせの 時間も準備期間もない三文芝居だと言っても、ミラキュルンの存在を知ってもらうためには有意義なことには違いないし、 悪いようにはならないはずだ。なんだったら、公演前にジャールの連中と打ち合わせをしたらどうだ?」

「あ、それは無理」

「なんでだ?」

「ジャールの怪人さん達、夏祭りのお手伝いをするって、先週の決闘の後に教えてもらったの」

「ああ、そういえばそうだったなぁ。毎年のように協賛に名を連ねているし」

「で、でも、私の方で何か考えるのって自分勝手だし、それに、そういうのは苦手だし……」

「だが、今更断れるか?」

「断れる時に教えてよ……」

 美花が泣きそうになると、速人は嘆息した。

「自治会が俺に泣き付いてきたのは三日前だぞ。出来れば断りたかったけど、ヒーローとしての体面があるからな。 無下にしたら、後でどれほど貶されるか。俺達ヒーローは無償奉仕をして当然だと思われているからな」

「でも、ヒーロー活動とヒーローショーは根本的に違うよ?」

「俺もそう言ったんだが、どうにも世間一般の人間には解らないらしい」

 速人はコーヒーを傾けてから、美花の前で湯気を立てているマグカップを指した。

「ほら、早く飲めよ。冷めると風味が変わっちまう」

「うん……」

 美花は速人がブレンドして淹れたコーヒーを一口飲んだが、頭は混乱の極みで整理など付けられなかった。 人前に出るのは物凄く苦手だ。教科書の音読も、クラスの前での発表も、学芸会も、どれもこれも失敗していた。 あがりすぎて動揺した挙げ句におかしなことになってしまい、笑われたことも少なくなく、いつも後で泣いてしまった。 ミラキュルンとして戦う時はマスクで顔が隠れているが、それでもやはり人前が苦手であることは変わらなかった。
 地球の果てに逃げ出してしまいたい。いや、宇宙でもいい。やって出来ないことはないのだが、体力が持たない。 それに、今、逃げ出してしまえば一生後悔する。ミラキュルンとしての戦いは、弱い自分をなんとかするチャンスだ。 未だにへっぽこな戦いしか出来ていないが、実戦経験を重ねていけば、少しずつでも成長出来ると考えている。だから、 ヒーローショーも頑張ろう。毎週行っている決闘の延長だと思えば、なんとかなるはずだ。
 そうすれば、きっと。




 夏祭り当日。
 高校の最寄り駅の西口で七瀬らと待ち合わせた美花は、浴衣姿で夏祭りの会場へと向かう人々を見送っていた。 近頃浴衣はファッションと化しているので頻繁に目にするようになったが、絶対数で言えばそれほど数は多くない。 だが、夏祭りの日となれば、女性達は喜び勇んで華やかな浴衣を身に付けて着飾り、夏らしい景色を彩っている。 カップルで連れ立っている姿も多く見られ、美花はそれを羨むと共に大神のことを思い浮かべた。大神は芽依子と 付き合っているのだから、横恋慕するのは間違いだ。それなのに、どうしても振り払えずにいる。なんて未練がましい のだろうか。美花が自己嫌悪に沈み込んでしまいそうになると、背後から呼び掛けられた。

「おぉ、美花ちゃんじゃないのよ」

 驚いた美花が振り返ると、派手な格好をした人間の男が立っていた。

「しばらく見ないうちに、まぁた一段と綺麗になったんじゃないのよ?」

「あ、えっと……」

 見たこともない顔の男に、美花は戸惑った。その男は、アロハシャツにハーフパンツを着てビーチサンダルを 引っ掛けていて、襟元から垂れる太いネックレスが柄の悪さを引き立てていた。顔立ちは三十代後半で、体格は 良いのだが姿勢が前のめりなのでだらしなかった。どう見ても、堅気ではない。美花が困っていると、男の肌が色を変え、 爬虫類の分厚いウロコに変化し、粘土をこね直すように骨格がねじ曲がり、突き出た目と尖り気味の口と渦巻いた尻尾を 持った怪人に姿を変えた。

「嬉しいじゃないの、ちゃあんと騙されてくれるんだから。七瀬なんか、どんな格好になったって一目で見抜いちゃう んだから、変身し甲斐がないのよねん」

 満足げに両目をぎょろつかせるカメレオン怪人に、美花は安堵した。

「巻尾さん、お久し振りです」

「改めて、お久し振りねえ美花ちゃん。だけどね、俺は巻尾竜吉じゃなくてカメリーよ、カメリー」

「ごめんなさい。本当に久々だから、ちょっと忘れてしまって」

「いいのいいの、気にしなくっても。俺、怪人だから、本名で呼ばれ慣れてないだけなのよ」

 カメレオン怪人、カメリーは美花の隣に立ち、口の間から伸ばした太い舌で胸ポケットからタバコを絡め取った。

「お、っと」

 だが、すぐに駅構内に張られている禁煙の張り紙に気付き、抜きかけたタバコを押し戻した。

「七瀬とは仲良くしてる? 意地悪されてない?」

 カメリーの片目に覗き込まれ、美花は笑んだ。

「そんなことないですよ。七瀬、本当に良い子ですから」

「だったらいいんだけどねぇ。あの子、俺にはほんっと辛辣で参っちゃうから」

 カメリーは腕を組むと、三本の指で二の腕を掴んだ。美花の横で、愚痴とも惚気とも付かない話が始まった。 カメリーこと巻尾竜吉は天童七瀬の交際相手である。交際する切っ掛けは、アルバイト先の同僚だったことだ。 二人は捕食者と被捕食者という関係でありながら、思いの外上手くいっているのか一年以上も関係が続いている。 しかし、傍目に見ていると二人の間には恋愛感情があるようには見えず、どちらかと言えば悪友のようだ。 怪人故にカメリーの年齢は解らないが、七瀬よりは一回り以上は年上であることも恋人に見えない原因である。

「美花、待ったー?」

 駅の改札から出てきた七瀬に、美花は手を振った。

「ううん、大したことない」

「ん?」

 カメリーが鋭太に両目を向けると、七瀬と一緒に改札を出てきた鋭太が目を剥いた。

「え?」

 七瀬と美花の頭上で両者の視線が交錯していたが、七瀬は二人の間に入った。

「何、あんたら知り合いなの?」

「知り合い、っつーか……」

 鋭太が言葉を濁すと、カメリーは鋭太に歩み寄って手を差し伸べた。

「やあやあ初めまして、君が七瀬のクラスメイトなのねん!」

「う、おう!」

 鋭太が後退るよりも早く鋭太の手を取ったカメリーは、特徴的な顔を近寄せながら畳み掛けた。

「俺はカメリー、今後ともよろしく頼むよぅ!」

「あ、ああ……」

 鋭太が曖昧な声を漏らすと、カメリーは鋭太の手を離して七瀬に向いた。

「何よ七瀬、せっかくの夏祭りだってのに浴衣じゃないの? 色気がないねぇ」

「去年、私が浴衣を着たらボロクソに言ったのはどこの誰だ、バカメレオン」

 七瀬が言い返すが、カメリーはへらへらと笑うだけだった。

「そりゃ、虫が虫の絵柄の浴衣を着てたからよ。あれはさすがにちょっとねぇ?」

「あんたの格好の方が余程笑えるし。つか、何、そのステロタイプなチンピラスタイルは」

「こういう格好だと、変なのに絡まれなくて済むのよ。俺、人相悪いからね」

「誰があんたに絡むかっつの」

 七瀬はカメリーに毒突いてから、美花に向いた。

「バカメレオンは放っておいて、さっさと行こう」

「え、あ……」

 美花がカメリーと七瀬を見比べると、カメリーは三本指の手で夏祭り会場を示した。

「女王様の命令じゃ仕方ないね。一緒に行ってやってよ、美花ちゃん」

「ほれ行くぞ! これ以上構ってられるか!」

 七瀬に腕を掴まれ、美花は引っ張られるように歩き出した。

「な、なな、七瀬ぇええ……」

 祭り会場に大股で歩いていく七瀬と、為す術もなく七瀬に引き摺られる美花を鋭太は見送るしかなかった。 カメリーに力一杯握られた右手は痺れ、じんじんしている。怪人だけあって、握力が凄まじかった。

「鋭太坊っちゃま、なんで電車になんか乗ってきたのよ? 御屋敷は御近所でしょ?」

 カメリーに問われ、鋭太は片耳を曲げた。

「さっきまで遊んでただけだ。つか、ウゼェし」

「夏祭りの運営、手伝わなくてもいいの?」

「俺、社員じゃねーし」

「あー、そうなの。でも、一昨年までは弓子御嬢様も手伝ってた気がするんだけどねん」

「姉貴は真面目すぎだし。つか、そんなんマジどうでもよくね?」

 鋭太は二人を追って歩き出しながら、横目にカメリーを見上げた。

「てか、なんであんたが天童の彼氏なんだよ。マジ意味不明だし」

「食べちゃいたいぐらい可愛いのよ、七瀬は」

「冗談に聞こえねーし」

「んで、お坊っちゃんはあの子を喰ったのかしら?」

「は!?」

 鋭太が声を裏返すと、カメリーはけたけたと笑った。

「女の子に興味を持つのは結構だけど、無理に喰ったりしちゃダメよ」

「喰うわけねーし!」

 鋭太が噛み付かんばかりの勢いで言い返すが、カメリーは笑い続けていた。

「健全で結構じゃないの」

「高校生喰ってるお前にはマジ言われたくねーし」

「いんやぁ、虫はそう簡単には喰えないねぇ。肌も硬いし、ガードも堅いし、下手なことしちゃ噛まれるもの」

 けどそれがいい、とカメリーは弛緩した笑みを漏らしながら、雑踏に紛れていく七瀬と美花を目で追っていた。 左右の目が独立して動く顔を見上げ、鋭太は両耳を揺すった。カメリーこと巻尾竜吉は、無所属の怪人である。
 特定の悪の組織に所属することはなく、組織の間を渡り歩いて情報を売って生計を立てる、正義と悪の戦い 専門の情報屋だ。悪の秘密結社ジャールにも出入りしているが、怪人達の評判は芳しくなく、鋭太もカメリーを嫌っていた。 情報屋などという危険な商売をしているので、戦闘能力は折り紙付きだろうが、言動が胡散臭すぎて敵わない。 鋭太は家業がどうなろうと知ったことはないと思っているが、カメリーが関わることはあまり良く思っていない。 情報屋とは名ばかりで、きっと何重ものスパイなのだ。実際、カメリーが関わった後に壊滅した悪の組織もある。 七瀬は喰われたりしないだろうな、と鋭太は七瀬の身を案じつつ、カメリーの前のめりに曲がった背を見上げた。
 駅前広場の夏祭り会場に入ると、そこかしこの模擬店で悪の秘密結社ジャールの怪人達が健全に働いていた。 例年通りに四天王も駆り出されていて、レピデュルスは金魚すくい、パンツァーは射的、ファルコは焼き鳥だった。 アラーニャは暗黒総統の格好をした大神と共に焼きそばを焼いていて、傍目に見ていても大神は暑そうだった。 鋭太は、軍服なんか脱げばいいじゃん、と思ったが、暗黒総統としての立場があるから脱ぐに脱げないのだろう。 体毛が夏毛に生え替わり、マントは脱いでいるが、襟元も緩めずに軍帽まで被った状態で火を扱うのは地獄だ。 普段は優しげな目元が吊り上がり、上げる声は罵声も同然で、明らかに兄は殺気立っていた。
 生まれて初めて、鋭太は兄に同情した。





 


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