純情戦士ミラキュルン




第二十六話 裏切り者の末路! ナイトメアの最期!



 市民墓地は、日常から隔絶されて静まっていた。
 芽依子が探すまでもなく、彼は待っていた。主やその愛妻の遺骨が眠る大神家の墓前で、背筋を伸ばしていた。 速人は彼と芽依子を見比べたが、意図を掴めないようだ。芽依子は墓の間を通り抜け、迷わず歩み寄った。 外骨格と同じ色のレイピアを携えているレピデュルスは、主の墓前で決闘を待つ騎士のように雄々しく立っていた。 表情の窺えない顔が向き、複眼に芽依子が映ると、顎の下に生えたヒゲに似た外骨格がかすかに揺れ動いた。

「やはり君だったか、芽依子」

 レピデュルスは芽依子に向き直り、レイピアの切っ先を突き付けた。

「お察しの通りにございます」

 芽依子は、追い付いてきた速人にハンドバッグを預かってもらってから、襟元から銀の鎖を出した。

「ちょっと待て、何をするつもりだ!」

 速人は芽依子のハンドバッグを持ったまま、二人の間に割って入った。

「あんたはジャールの怪人だろう! 内藤は仲間じゃないか、なんで仲間に武器を向けるんだ!」

「邪魔立てするな、青年よ。私は大旦那様への忠義と、私の信念を貫くためにこの場に赴いたのだ」

 レピデュルスは切っ先を速人に据え、胸郭から力強い声を発した。

「我が名は甲殻のレピデュルス! 悪の秘密結社ジャールの四天王にして暗黒総統ヴェアヴォルフの右腕であり、 ヴォルフガング・ヴォルケンシュタインの兄弟なり! そして、その志を守る者!」

 ひゅおっ、と風切り音を立てて、レピデュルスの切っ先は速人の肩を越えて芽依子の顔面に迫った。

「ナイトメア! いや、神聖騎士セイントセイバーよ! 大旦那様の墓前で、裏切りの報いを受けるが良い!」

「セイント、セイバー?」

 母親と妹の口から聞いたことがある。速人は芽依子に振り返り、驚愕で目を見開いた。

「内藤、お前、まさか」

「私こそが、穢れた悪を浄め、尊き正義を行使するために選ばれた正義の使徒!」

 芽依子は鎖を外した銀のロザリオを掲げると、声を嗄らさんばかりに叫んだ。

「変身!」

 芽依子の手中でロザリオから光が溢れ、十字架を象った聖剣カラドボルグが宙に現れ、落下して突き刺さった。 聖剣の柄を取った芽依子の腕に銀色の光が絡み付き、質量を伴った鎧に変化し、もう一方の腕も鎧に包まれた。 胸、腰、両足が覆われ、最後に頭部が覆われてマスクが完成すると、芽依子の体格は成人男性に変わっていた。 背中で光の束が収束してマントが伸びると、神聖騎士に相応しい十字架が刻まれたバトルマスクが白く発光した。

「神聖騎士セイントセイバァアアアアアッ!」

 聖剣を天に突き上げて叫んだ芽依子の声は、体格に相応しい男のそれに変わっていた。

「この場をお離れ下さい、野々宮先輩」

 芽依子、もとい、セイントセイバーは聖剣を横たえ、レピデュルスと速人の間に差し入れた。

「この戦いは、私、の戦いです」

「そうか、彼が……」

 レピデュルスは速人を見やり、頷いてから、セイントセイバーに向いた。

「剣を交える前に問おう! 怪人である君が、なぜセイントセイバーと化したのだ!」

「愚問だ! 私は正義を貫いているだけに過ぎん! 怪人に答えることなどない!」

 がしゃり、と鎧を鳴らして踏み出したセイントセイバーに、レピデュルスは怒声を張った。

「いいや、答えてもらおう! そのような抽象的な言葉が、若き主や私の友人達を傷付けた理由になると思うか!」

「それこそ愚問だ! 正義とは理由ではない、正義は正義だからこそ正義なのだ!」

「詭弁を申すな! 私が求めているのは、ヒーロー気取りのつまらん言葉ではない!」

 石畳を砕かんばかりの力で踏み切ったレピデュルスは、速人の横を過ぎてセイントセイバーに斬り掛かった。

「君が心を許した同胞や家人を裏切ってまでも成し遂げたい願望だ!」

「そんなものはないぃいいいっ!」

 斬り結んだレイピアを弾き飛ばしてから、セイントセイバーは構え直した。

「私は、私の信じる正義を貫いているだけだ!」

「それが願望だというのだよ、芽依子!」

 刃による傷が刻まれたレイピアを差し出したレピデュルスは、セイントセイバーに真っ直ぐ歩み寄った。

「正義とは、尊大な名が付けられたエゴだ! 増して、それが君のような者であれば!」

「……あなたも、私をそのように見ていたのかぁあああっ!」

 怒りとは異なる感情で声色を震わせたセイントセイバーは跳躍し、レピデュルスに真上から聖剣を振り下ろした。 レピデュルスは体重と勢いに任せた斬撃をレイピアで受け止めたが、押されてしまい、石畳を削りながら後退した。 重たく着地したセイントセイバーは、レピデュルスとの間合いが狭まったことをいいことに聖剣で斬り付け始めた。 聖剣に振り回されがちではあったが、基本は出来上がっている。だが、レピデュルスの方が何百倍も手練だった。 横に振り抜いた聖剣を下げる瞬間に隙が出来た手首に叩き付け、聖剣を弾き、セイントセイバーにも斬り付けた。 主の手から離れた聖剣は回転しながら宙を舞い、唸りを上げながら落下して灰色の石畳を砕きながら刺さった。

「内藤!」

 速人がセイントセイバーに駆け寄るが、セイントセイバーは速人を振り払って聖剣に手を伸ばした。

「おのれ怪人!」

 セイントセイバーが聖剣を握るよりも早く、レピデュルスはレイピアを突き出して矢のように襲い掛かった。

「そうはさせん!」

 届くかと思われたセイントセイバーの右手が弾かれ、手が浮いた瞬間にレピデュルスの膝が顎にめり込んだ。

「とぇあっ!」

 顎が上がったセイントセイバーの肩に蹴りを加え、転倒させてから、レピデュルスは右手に石化能力を込めた。

「しばし眠りを味わえ! フォースリゼイション!」

「いい加減にしろぉっ!」

 セイントセイバーの頭を掴もうとしたレピデュルスの右腕を両手で押さえ、速人は叫んだ。

「どうしてお前らが戦うんだよ、同じジャールの怪人だろ!」

「怪人ではあるが、芽依子はヒーローとなった! そして、我らに牙を剥いた! 制裁を加えねばならん!」

 レピデュルスは速人の腕を振り解こうとするが、変身前ではあるがヒーローの腕力には敵わなかった。

「せめて、何があったのか聞いてやれよ! 理由もなしに戦うわけないじゃないか!」

 セイントセイバーに迫ろうとするレピデュルスを体で阻みながら、速人はセイントセイバーを窺った。

「そうだろう、内藤!」

「先輩……」

 セイントセイバーは蹴りの余韻が残る頭を上げ、バトルマスクの下で笑みを零してから、聖剣を取った。

「そのまま押さえていて下さい!」

 速人を強烈な力で押し退けたセイントセイバーは踏み込んで間合いを狭め、聖剣を真正面に突き出した。 速人がいたために身を引けなかったレピデュルスは半身をずらしたが間に合わず、聖剣が左肩に刺さった。 破られた外骨格と膜から青緑色の体液が噴出し、粘ついた雨として速人とセイントセイバーの頭上に降り注いだ。

「ぐぅ、おぉ……」

 聖剣を引き抜かれ、体液の流出が増えたレピデュルスは、傷口を手で覆いながら膝を曲げた。

「ははははははは、二つ名に劣る脆さだな!」

 体液の絡んだ聖剣を下げたセイントセイバーが高笑いすると、レピデュルスは傷口を石化させて体液を止めた。

「一撃喰らわせただけで思い上がるとは、幼さの証拠だ」

「内藤……。お前、何……」

 体液に汚れた顔を拭うこともせずに速人が振り返ると、セイントセイバーは切っ先を振って体液を払った。

「決まっている。私は穢れた怪人を浄めんがため、滅ぼすのだ」

 速人は青ざめ、セイントセイバーを凝視した。今し方までの芽依子の姿とは、重なり合わないからだろう。 だから、一緒に来てほしくなかった。幻滅され、嫌われると解り切っているから、昼食を終えた後に別れたかった。 けれど、本物のヒーローの速人に戦う姿を見てほしい、という気持ちもあり、罪悪感と充足感が鬩ぎ合っていた。

「そうか」

 先程までのいきり立った口調とは一変し、レピデュルスは穏やかに述べた。

「芽依子。君は、まだ自分を好きになれぬのだな」

「黙れ!」

 セイントセイバーはレピデュルスの言葉を怒声で遮り、聖剣を振り翳した。

「我が右腕よ、鋼鉄をも凌げ! フォースリゼイション!」

 レピデュルスは踏み出すと同時に右腕を突き出し、一瞬で石化させてセイントセイバーの聖剣を受け止めた。

「私は、そんなことのために戦うわけがない! 私は、私はっ、私はぁああああっ!」

 レピデュルスの石化した右腕にぎちぎちと刃を食い込ませながら、セイントセイバーは喚き散らした。

「正義の戦士なんだぁあああっ!」

 ぎりぃっ、と聖剣を捻って逆手に上げ、聖剣がレピデュルスの胸部に沈むと、再び青緑の飛沫が上がった。 胸郭と腹部の外骨格を一息で切断されたレピデュルスは勢いに押されるがままによろけ、濡れた石畳に倒れた。 肩で息をしながらセイントセイバーはレピデュルスに近付くと、彼の真上に跨って聖剣を両手で握って振り上げた。

「なんと脆く、弱き心か」

 頭上に掲げられた聖剣に怯えることもせず、レピデュルスは割れた胸郭を震わせて濁った声で喋った。

「正体が君だと感付いた時から、薄々そうではないかと思っていたが、やはりそうだったか」

「黙れ、黙れ黙れ!」

 セイントセイバーは聖剣を振り下ろさんと柄を握り締めるが、体液の滴る切っ先は小刻みに震えていた。

「芽依子。君が疎んでいるのは怪人ではない、怪人でもあり人である己だ。そうだろう?」

「違うっ!」

 否定の言葉を吐き捨てたが、セイントセイバーの声色はひび割れるほど上擦っていた。

「人でありながら怪人としての力を持つ己を認めることが出来ず、愛することが出来ず、迷っていたのだな」

「うるさいぃっ!」

「そんな折に、その禍々しき正義の力を手に入れたため、感情の行き場を失った君は同胞達に刃を向けた」

「違う、私は私の正義のために!」

 否定の言葉を重ねるが、セイントセイバーは喉が詰まっていた。戦ってきた理由は、彼の言う通りだったからだ。 怪人でもなく、人間にもなりきれない自分が嫌だった。怪人でありながら誇らしく生きる皆が羨ましく妬ましかった。 人でいたいと思うくせに怪人体を封じ込めることもせず、そのくせ怪人であることを蔑視されると自尊心が痛んだ。 怪人としての力は、何よりも憎んでいた。それなのに、速人に怪人体も含めて好きだと言われて揺れ動いていた。 そんな最中に出会ったのが神聖騎士セイントセイバーであり、セイントセイバーの力が込められたロザリオだった。

「……すまなかった。気付いてやれなくて」

 レピデュルスは聖剣の切っ先を掴むと、力任せに捻って引き抜き、聖剣を投げ捨てて立ち上がった。

「ならば、今こそ、私がその苦しみから解放しようぞ!」

「あ、あぁあああああっ!」

 聖剣を奪われたことと本心を暴かれたことで動揺したセイントセイバーは、レピデュルスに殴りかかった。

「芽依子!」

 レピデュルスはセイントセイバーに左腕を伸ばすが、その腕は銀色の拳に砕かれ、上腕までが破壊された。

「うぐおっ!?」

「私は怪人にもなれないし、人間にもなれない! だからっ!」

 レピデュルスを殴り付けたセイントセイバーは汚れた両手を組み合わせて拳にし、全力で振り下ろした。

「ヒーローになるしかないんだぁあああっ!」

 高く、高く、飛沫が上がる。胸部と腹部の外骨格の傷口を破られたレピデュルスは、上体を反らして倒れ込んだ。

「芽依子……愛しい、我らの娘よ……」

 自身の体液の海に背を沈めたレピデュルスは、石化の解けた右腕をセイントセイバーに伸ばした。

「あ、あぁ……」

 両手でマスクを押さえ、セイントセイバーは震えた。レピデュルスは、攻撃しようとしたわけではなかったのだ。 セイントセイバーを、芽依子を抱き締めるために腕を伸ばしてきた。だが、それが解った時が遅すぎてしまった。 こんなことをするために戦ってきたわけではない。だが、今まで戦い続けてきたのは、誰でもない芽依子自身だ。

「先輩……」

 セイントセイバーはしゃくり上げながら、聖剣を呼び、手中に収めた。

「私を、倒して下さい!」

 それ以外に、この愚かな戦いを終わらせる術はない。最早後戻りも出来ず、許しを請うことも許されない。 速人はレピデュルスを見下ろしていたが、無言で右手を拳に固めて掲げ、白い光を纏ってマッハマンに変身した。 初めて見た時は憧れと尊敬を抱いたヒーローだが、今はただひたすらに恐ろしく、そして呆れるほど嬉しかった。 これで、ようやく芽依子は解放される。どちらにもなれない自分からも、疎ましい過去からも、そして世界からも。
 最後の記憶が、最初のデートで本当に良かった。





 


09 10/12