純情戦士ミラキュルン




第二十八話 それぞれの決意を胸に! 最終決戦前夜!



 三年半前。内藤芽依子は、ナイトメアから解放された。
 青ざめた夜空の下には灰色の粉塵が立ち込め、馬鹿げた祭壇と下手な魔法陣が描かれた天井が砕けていた。 屋根も壁も土台も物の見事に破壊されていて、邪眼教団ミッドナイトのアジト兼内藤家は跡形もなくなっていた。 そこかしこで倒された怪人達の呻きが漏れ聞こえ、ナイトメアの鋭敏な聴覚を刺激してきた。
 瓦礫の上に月光を浴びて浮かぶヒーローは、右腕に装備したブーストアームから廃熱混じりの蒸気を噴いた。 その蒸気に混じった機械油の匂いが鼻を掠め、ナイトメアは目を上げると、そのヒーローはマスクを向けてきた。 青白い逆光の中で一際目を惹くMを横に伸ばしたような赤いゴーグルが、真っ直ぐにナイトメアを見下ろしてきた。

「なんだ、お前、俺とやる気か?」

 そのヒーロー、音速戦士マッハマンはナイトメアを見下ろし、ブーストアームに新たなマガジンを装填した。

「やめとけ。ブーストアームのマガジンはまだまだ残ってるし、俺自身も体力が存分にある。勝てるわけねぇだろ」

「あ……」

 ありがとう、と言おうとしたが言葉にはならず、ナイトメアは牙の生えた口元を引き締めた。

「俺はお前みたいな雑魚には用事はない。首領を倒さなきゃ、戦いに勝ったことにならねぇからな」

 マッハマンは邪眼教団ミッドナイトのアジト跡地を見渡していたが、ゴーグルを光らせた。

「出てこい、ナイトドレイン! 五秒で倒してやるからよ!」

「おのれマッハマン! 闇をも喰らう悪の牙、ナイトドレインの野望を拒んだ愚かさを思い知らせてくれる!」

 無数の瓦礫を吹き飛ばしながら立ち上がった大柄なコウモリ怪人に、ナイトメアは浅く息を飲み、決意した。 マッハマンと交戦を始めた父親に見つからないように、気絶している怪人達を起こさないように低空飛行をした。 自分の部屋があった場所に辿り着くと、屋根に潰されかけた衣装ダンスを見つけ、すぐさま開けて制服を出した。 本当は教科書や通学カバンも一緒に持ち出したかったが、そんなことをしたら両親に見つかってしまいかねない。 ナイトメアは高校の制服を抱えると、必殺技の応酬を繰り返す父親とマッハマンに背を向け、精一杯羽ばたいた。
 夜に紛れて飛びながら、ナイトメアは泣きながら笑っていた。これで、やっと怪人としての人生から解放される。 物心付いた頃から、ナイトメアは怪人に縛られていた。半分は人間なのに、人間らしくすることを許されなかった。 人間である母親すら、ナイトメアに怪人であることを迫っていた。怪人である父親に心酔しすぎているせいだった。 だから、小学生の頃にはクラスメイトを襲うことを強要されて、当然いじめに遭い、中学生時代も陰鬱に過ごした。 高校に進学しても、息を殺して過ごしていた。だが、実家が家業ごと吹き飛ばされては高校どころではないだろう。 憧れに過ぎなかったが恋心を抱いた上級生もいたが、それももう終わりだ。これからは一人で生きるのだから。 実家と縁を切るためには、高校生活など犠牲にすべきだ。多少未練は残っていたが、晴れやかな気持ちだった。
 アジト兼実家から逃げ続けて見知らぬ街に降りたナイトメアは、児童公園のトイレに入って怪人体を解除した。 こんなに長時間飛んだことはなかったので、心身共に疲れ果てていたが、服を着なければどうにもならなかった。 ナイトメア、もとい、芽依子は制服を着ると、髪に付いた砂埃を払ってから顔を入念に洗い、トイレから外に出た。 下着を持ち出し忘れたのですかすかするし、靴と靴下を持ってくることも忘れたので、裸足に地面が冷たかった。

「よろしゅうございますか、大旦那様!」

 すると、児童公園の中から男の声が聞こえたので、芽依子はトイレの影に隠れた。

「お一人で飲み歩くなと何度申せば解って下さるのですか!」

 コウモリ怪人故に夜目が利くので、芽依子が声の主を窺うと、カブトエビ怪人がオオカミの老紳士を叱っていた。

「良いではないか。私の体は弱ってはいるが、多少の酒を飲んだ程度で死ぬ体ではないのだから」

 オオカミ獣人の老紳士は辟易しているのか、両耳を伏せていた。

「しかしですね、こうも頻繁に外出されては、いくら私めと言えども体液が脳に上ってしまいます! アラーニャの店が なくなってからは私めも油断していましたが、なぜ今になってこのような……」

 カブトエビ怪人が老紳士に詰め寄ろうとすると、老紳士は芽依子に目を留めてカブトエビ怪人を制した。

「レピデュルス」

「はい?」

 叱咤を中断されたカブトエビ怪人は訝しんだが、主の視線を辿って芽依子に向いた。

「おや」

「あっ……」

 芽依子が逃げ出そうとすると、老紳士は穏やかな口調で話し掛けてきた。

「そう怯えるな、御令嬢。我らは怪人ではあるが、それほど不審な輩ではないぞ」

「そうですとも。こちらは最強の人狼族の末裔であり、元ドイツ軍将校であり、大神家の先代当主であり、悪の秘密結社 ジャールの先代総統であらせられる、ヴォルフガング・ヴォルケンシュタインにございます」

 カブトエビ怪人が律儀に老紳士の素性を紹介したので、芽依子はトイレの影から怖々と顔を出した。

「怪人、なんですか?」

「そうとも。君のような年若いお嬢さんが、こんな夜遅くに一人で出歩いては危ないではないか」

 老紳士、ヴォルフガングは立ち上がると、芽依子に近付いてきた。

「泣いていたようだね。辛いことでもあったのかい」

「ぅ、ぐぁ……」

 ヴォルフガングの優しい声に、芽依子は辛うじて保っていた意地が途切れて泣き出した。

「大旦那様。泣かせてはなりませんよ」

 カブトエビ怪人は芽依子の前に膝を付き、視線を合わせてきた。

「私の名はレピデュルス。悪の秘密結社ジャールの四天王の一員であり、大旦那様の側近だ。その様子からして、 君の身には余程のことがあったと見える。私達で良ければ、話してくれぬか。それだけでも、心は楽になろう」

「でも、そんなの……」

「何も迷惑ではないよ。私達は元より夜の住人、永き夜を過ごすには星の数をも凌ぐ言葉が必要なのだよ」

 ヴォルフガングは芽依子の肩に手を添え、ベンチに促した。

「さあ、存分に語ってくれたまえ」

 芽依子がベンチに座ると二人も並んで座り、ヴォルフガングがアイロンの効いたハンカチを貸してくれた。 そのハンカチを借りて涙を拭きながら、芽依子は途切れ途切れに話した。実家のこと、家業のこと、今夜のこと。 二人は芽依子の話を根気よく聞いてくれて、芽依子が話し終わるとヴォルフガングは、頑張ったなと労ってくれた。 それでまた泣き出した芽依子が、行く当てもなければ頼る当てもない、と漏らすと、うちにおいで、と言ってくれた。 ありがたいが申し訳ないので芽依子が断ろうとすると、我が家にメイドが欲しいのだよ、と仕事までも与えられた。 そこまでされると今度は断るのが申し訳なくなってきたので、芽依子はヴォルフガングの誘いを受けることにした。
 そして、芽依子は大神家のメイドになった。


 それから、芽依子は幸せだった。
 自分を必要としてくれる場所があり、仕事があり、衣食住にも困らず、怪人であることを強要されなくなった。 そして、半年しかなかった高校時代に密かに憧れていた一つ年上の先輩、野々宮速人と再会することも出来た。 芽依子を一個人ではなく怪人としてしか扱わなかった両親とも出会うことはなく、心穏やかに毎日を過ごしていた。 弓子の夫である名護からは細々と嫌みを言われたが、受け流せていた。だから、魔が差したとしか思えなかった。
 今年の八月下旬。芽依子はいつものように買い出しを終えて、日が傾いても熱いアスファルトの上を歩いていた。 メイド服の襟元を緩めたい気分になるが、外でも仕事中なのだと己を戒めて、大神邸までの辛抱だと足を進めた。 夏場は、昼と夜の明暗の差が激しい。夕方となると尚更で、オレンジ色の西日に焼かれた建物の影は最早闇だ。 普段はなんとも思わないのに、神聖騎士セイントセイバーなるヒーローの活躍をテレビで見たからか、気になった。 光と影は、ヒーローと怪人の構図そのものだ。ヒーローが強ければ強いほど、怪人の愚かさや惨めさが影を落とす。 怪人であることを捨てても、怪人一家である大神家に仕えている芽依子は愚かなのかもしれないと思った。 本当の人間になりたい、と望んでも、幼い頃や学生時代に人間のクラスメイトに拒絶された痛みが消えない。 あの時と同じ痛みを受けることを恐れて、人間の世界に近付くことすら出来ず、怪人である大神家で働いている。 速人に再会し、速人への執着心も同然の恋心が蘇ったからだろう。怪人である劣等感が、胸中を締め付けてくる。

「ちょいとそこ行くメイドさん」

 芽依子が通り掛かった電柱の影から、突然、カメレオン怪人が顔を突き出した。

「いやぁ何、俺はね、自分で言うのもなんだけど怪しい者ですよ。でも、変なことはしないからねん」

「……はぁ?」

 芽依子が戸惑うと、カメレオン怪人は電柱の上を指した。

「今日はねぇ、メイドさんに良いお話を持って来たの。ほうら」

「訳の解らないことを申さないで下さい」

 芽依子は訝りながら電柱を見上げると、そこには、昼間に地球を危機から救ったヒーローが立っていた。

「てぇあっ!」

 雄々しい掛け声と共に跳躍したヒーロー、セイントセイバーは、芽依子の前に着地して背筋を伸ばした。

「我が名は神聖騎士セイントセイバー、神に選ばれし正義の使徒!」

「確かあなたは、隕石を破壊していらした御方でございますね」

 芽依子がセイントセイバーを見上げると、セイントセイバーは甲冑を鳴らしながら芽依子に歩み寄ってきた。

「そうとも」

「そのような御方が、怪人である私めにいかなる御用でございましょうか」

 芽依子は諦観と不信感を抱きながら、唇を持ち上げて牙を見せつけた。

「ナイトメアよ」

 セイントセイバーは鞘を付けたままの聖剣を腰から外し、芽依子に差し出した。

「どうか、私に代わって正義を行使してくれぬだろうか」

「はい?」

 ますます訳が解らないので芽依子が眉を曲げると、セイントセイバーは胸を押さえた。

「私の正義とは、この世界を穢し尽くしている怪人を滅し、怪人でもなければ人間でもない者を人間として生きられる 世界を作ることにあるのだ」

「え?」

 芽依子が面食らうと、セイントセイバーは畳み掛けてきた。

「だが、私はヒーローとしての顔だけで生きているわけではないのだ。日常生活というものがある。しかし、正義の手を 緩めては、世界を支配せんとする怪人の魔の手を断ち切ることが出来ない。そこで、人でありながら人ならざる力を持ち合わせた 君に頼みたいのだ。私の正義を継いでくれ」

「つまり、私めにヒーローの力を授けるおつもりなのでございますね」

「そうだ。人ではない痛みを知り、人である幸せを知る君にこそ、出来る仕事だ」

 それは、甘く、優しく、そして力強い言葉だった。初めて顔を合わせた相手なのに、それだけで警戒心が解けた。 なぜ彼がそこまで芽依子のことを知っていたのかは不可解だったが、知っていてもらえた嬉しさに塗り潰された。 心を許したヴォルフガングやレピデュルスにも、怪人であることを疎みながら捨てられない心中は言えなかった。 怪人である二人にそれを言ったら、二人を傷付けてしまいかねない、嫌われてしまいかねない、と思ったからだ。 誰にも言ってもいないことだが、セイントセイバーは知っている。本心を見透かされた恐怖は微塵も感じず、 むしろ、ようやく自分の理解者が現れたのだ、という歓喜に震えた芽依子は唾を飲み下してから手を伸ばした。

「……解りました」

 芽依子は聖剣に手を添え、セイントセイバーを見上げた。

「この私めでよろしければ、あなた様の正義をお手伝いいたしましょう」

 怪人でもなく、人間でもない、ヒーローになれれば、この苦しみからも解放されるはずだ。

「君なら、そう言ってくれると思っていたぞ」

 セイントセイバーは芽依子の手に聖剣を載せ、そして、銀のロザリオをもう一方の手に載せた。

「我が同胞であり右腕である聖剣カルドボルグを、しばし君に預けよう。これはセイントロザリオだ。これを使えば、 私と同じ姿に変身出来るはずだ。その間は、君が私となるのだ」

「了解いたしました」

 芽依子はセイントロザリオを聖剣に重ねると、聖剣は吸い込まれ、セイントロザリオは淡い光を帯びた。

「私の作戦については、カメリーから聞いてくれ。では、さらばだ!」

 銀色のマントを靡かせて日が暮れつつある空に消えたセイントセイバーを、カメリーは手を振りながら見送った。

「はいよ、了解しましったん」

 カメリーは西日を背負うようにして、芽依子に向き直ると、先細りの口の間から舌を伸ばした。

「そんじゃあ、俺達の仕事に手を貸してもらっちゃうよ、ナイトメア」

 カメリーの話した仕事の内容は、街で出会った怪人を手当たり次第に倒し続けろ、というでたらめなものだった。 それは、ヒーローと怪人の間にある暗黙の了解に反している。敵対関係でなければ、手を出すべきではない。 そして、意味が解らない。怪人といっても一辺倒ではなく、所属している悪の組織も違えば目的も違っている。 同じ悪の組織の怪人だけを倒すのならまだしも無作為に怪人を倒し続けるだけでは、戦果は大して挙がらない。 芽依子はそれらの問題点を指摘したが、カメリーは、それでいいのよ、あちらさんの作戦だもの、とあしらわれた。 連絡先を交換した後、言うだけ言って質問は一切受け付けずにカメリーは立ち去った。
 後から考えれば、この時にセイントロザリオを捨てるべきだった。セイントセイバーの話に乗るべきではなかった。 けれど、芽依子はカメリーが話した作戦に不信感は感じても、心中を見透かされた気色悪さは感じなかった。 理解されることに飢えて、信じられることを切望していたからだ。芽依子はセイントロザリオを首に掛け、笑んだ。 ヒーローになれば、速人に思いを伝えられる。怪人だから、と二の足を踏んでいたがこれでもう躊躇うことはない。
 芽依子は、人間も怪人も越えられる。




 人を越え、怪人を越えても、得られたものはなかった。
 芽依子は一通り語り終えると、喉の奥に嫌なものが迫り上がってきて吐き戻しそうになったが押し止めた。 今になれば、なぜそんな甘言に溺れたのか解らない。ただ、上っ面の良い言葉を並べられただけではないか。 セイントセイバーは芽依子のことを理解していないのに、それらしい顔で理解しているような素振りで言ったのだ。 大神家やレピデュルスを信じようとせずに、芽依子自身も理解されようとせずに、耳障りの良い言葉に流された。

「そうか……」

 左腕を失い、胴体の切断面を石化して接続しているレピデュルスは、胸郭が破損したために鈍い声を発した。

「ありがとう、芽依子。話してくれて」

「いえ、私は、取り返しの付かないことを」

 芽依子は首を横に振るが、アラーニャがしなやかな足付きで背を支えてくれた。

「いいのよぉ、芽依子ちゃん。私達はぁ、誰も死んでいないしぃ、悪の秘密結社なんてやっているんだからぁ、いつかは こうなるって解っていたんだからぁ」

「おうさな。俺達が罰を与える前に、芽依子はとっくに罰を受けてるじゃねぇか。だから、もう何も言わねぇよ」

 パンツァーは鉄板を巻き付けてビス止めして繋ぎ合わせた胴体を軋ませながら、芽依子に向き直った。

「まあ、どうしてもっちゅうんなら、俺らが全快した時に肩慣らしに付き合ってもらうけどな」

「それが嫌だってんなら、俺達に旨い飯でも作っておくんなせぇ。病院のには飽き飽きしちまってねぇ」

 胸部の柔らかな羽毛を包帯に締め付けられたファルコは、高らかに笑った。

「我ら怪人は生まれ出でた時から、この世に一人きりだ。血縁者がいても、同族がいる者など滅多にいない。だからこそ、 志を重ね、同志となり、世界征服を望むのだ。孤独ほど、辛いものはないからな」

 レピデュルスは右腕で石化の及んだ胸に触れてから、芽依子に寄り添う速人に向いた。

「すまない、速人君。我らに付き合わせてしまって」

「いや、いいよ。俺もちょっとは関係あるしさ」

 速人は芽依子を宥めていたが、心配げに四天王を見回した。

「でも、いいのか? レピデュルスは、まだ起き上がるのも辛いはずじゃ」

「体液の補充も行い、内臓も縫合し、神経も再生しつつある。脱皮すれば左腕も戻る。見た目が派手なだけだ」

 レピデュルスは頷いてみせるが、速人は安心出来なかった。いくら怪人でも、真っ二つにされて平気な わけがない。本人の能力があったおかげで生き延びられていたようなものだ。強がりなんだろうな、と速人は 思ったが、芽依子がレピデュルスの言葉を聞いて少しだけ表情を崩したので言わないことにした。
 速人は芽依子と共に、本物のセイントセイバーに両断されたレピデュルスを市立総合病院に運び込んだ。 レピデュルスも心配だが、芽依子を一人にしたくなかった。大神邸に帰りづらいだろうが、野々宮家ではもっとやりづらいと 思ったので、速人は芽依子に付き添う形で四天王の入院している病室で一晩を過ごした。

「となると、セイントセイバーの目的がはっきりしたな」

 速人は芽依子を抱き寄せて泣かせてやりながら、四天王に言った。

「最初に内藤に近付いているのに、わざわざ他の悪の組織や怪人に手を出して遠回りして油断させてからジャールを 攻めてくるってことは、ジャールを本気で潰す気でいるんだ。だが、成功するとは思えないな」

「そうよねぇん。いくらなんでもぉ、一週間で全部終わらせるって言うのはぁ、ハイペースすぎるわぁ」

 アラーニャが首を傾げると、パンツァーは角張った顎を擦った。

「だが、そのほとんどは芽依子の仕事だろ? 肝心の奴はレピデュルスに止めを刺しただけじゃねぇか」

「だからだよ」

 速人は芽依子の背をさすってやりつつ、続けた。

「さっき病院に運ばれてきた、なんだっけ、ツヴァイヴォルフだっけ? あいつは、ほとんど戦力にならないんだろ? なのに、 背中目掛けて必殺技ってのは、卑怯ってかセコいし、ヒーローのくせに内藤を当てにしているのも変だ」

「とすると、おのずとセイントセイバーの弱点が解っちまいやすねぇ」

 にやりとしたファルコに、速人は苦笑した。

「ヒーローとしては致命的な弱点だけどな。俺も人事とは言えないし」

「だが、弱点が解っても、肝心の若旦那がおられねぇんじゃなぁ。まあ、行き先の見当は付かないでもねぇが」

 パンツァーは空になっている大神のベッドを見やり、ごりごりとマスクを擦った。

「俺にマジ良い考えがあるし!」

 急に病室のドアが開いたかと思うと、治療して間もないツヴァイヴォルフが駆け込んできた。

「今思い付いた! マジすっげぇ作戦だし!」

「坊っちゃま、まだ動かれては」

 芽依子が腰を浮かせると、ツヴァイヴォルフは親指で背中を指した。

「毛が焼けちまったからひどく見えただけで、大した傷じゃねーし。頭の切り傷だって、ちょっと皮が切れただけだし。んで、 なんで芽依子は泣いてんだ? そいつのせいか?」

 ツヴァイヴォルフが目を据わらせて速人を睨んだので、速人はツヴァイヴォルフを制した。

「その辺のことはまた後でゆっくり話すから、その、良い考えってのはなんだ?」

「さっき、なんでか知らねーけど、天童が来て俺に教えてくれたんだよ。明日の朝、うちの採石場にセイントセイバーが 来やがるらしいんだ。んで、俺はマジヤベェ作戦を思い付いたんだよ!」

 ツヴァイヴォルフは胸を張り、一同を指した。

「良い考えってのは良い考えなんだよ! いいか、よぉく聞け、暗黒参謀ツヴァイヴォルフ様の作戦を!」

 ツヴァイヴォルフは自信に満ち溢れすぎたせいでふてぶてしい笑顔を浮かべて、意気揚々と作戦を話し始めた。 その内容は四天王だけでなく怪人全員に無理を強いるものだったが、その他に良い手段がないのも事実だった。 作戦の要であるレピデュルスは、自身の命を保つために石化能力を酷使しているにも関わらず、すぐに承諾した。 自分から作戦を言い出しておきながら、ツヴァイヴォルフはレピデュルスの身を案じたが、レピデュルスは譲らなかった。 だが、全てをレピデュルスが行うと負担は計り知れないので、同系の能力を持つ怪人の力も借りることになった。 四天王と芽依子と速人で作戦を煮詰めると、大胆すぎて無茶苦茶な作戦が成功するような気がしてきた。
 勝機はない。だが、諦めるにはまだ早い。





 


09 10/20