清々しい空から、爽やかな風が吹き下ろされる。 昨日の雨で採石場の土壌はぬかるみ、足元は緩い。日差しの下で見ると、銀色の騎士は清冽だった。 バトルマスクの十字架も眩く輝き、聖剣は美しいほど滑らかだ。それでいて、抗えないほどの威圧感も放っていた。 ヴェアヴォルフは軍用サーベルに手を掛けることもなく、砂利を踏み締めながら近付いてくるセイントセイバーを睨んだ。 ミラキュルンはヴェアヴォルフとセイントセイバーを僅かに見比べたが、身構え、セイントセイバーと向かい合った。 「神に守られし聖域となれ! サンクチュアリ!」 セイントセイバーが聖剣を掲げると、プレハブ小屋が四角い光の障壁に囲まれた。 「これで良かろう」 「貴様、何がしたい?」 ヴェアヴォルフが訝ると、セイントセイバーはバトルマスクの下から笑みを零した。 「貴様如きには解るまい。この私の高潔なる願いと、純潔なる正義の意味など」 「解る必要などない。今日この時を最後に、貴様は屈するからだ!」 ヴェアヴォルフは軍帽を上げ、大きく踏み出してセイントセイバーを指した。 「神聖騎士セイントセイバー! 我らが同胞を傷付けた罪、その命で償ってもらうぞ!」 「純情戦士ミラキュルン、真心届けにただいま参上!」 ミラキュルンは構えを解かずに名乗り、力強く叫んだ。 「セイントセイバー! あなたは私の大事な人を苦しめたばかりか、傷付けた! だから、私もあなたを許さない!」 「愚の骨頂だ」 セイントセイバーは聖剣の切っ先を上げ、ミラキュルンを指した。 「貴様もヒーローだろう、ミラキュルン。なぜ怪人の肩など持つ? しかも、いずれその拳で倒すであろう怪人を」 「倒すと言っても、殺すわけじゃない! それに、本音をぶつけ合って戦えば必ず解り合えるんだから!」 ミラキュルンが言い返すと、セイントセイバーは胸を反らして哄笑した。 「解り合う? 解り合うだと!? 怪人などと解り合ったところで何になる、正義の手解きでもするつもりか!」 「ああ、似たようなもんだな」 ヴェアヴォルフはミラキュルンに沿う形で身構え、セイントセイバーを貫かんばかりの勢いで睨んだ。 「覚悟しろ、セイントセイバー! 俺達が受けた屈辱、十倍にして返してやる!」 「そんな女の手を借りてか? つくづく怪人とは愚かだ!」 セイントセイバーは聖剣で日差しを撥ねて光らせ、腰を落とした。 「引っ込んでいろ、ミラキュルン! 貴様の存在自体が、これから私が得る麗しき勝利を穢すのだ!」 「あなたを倒し、ジャールの皆さんを救うまで、私は絶対に膝を付かない!」 ヒールの付いたブーツで力一杯砂利を踏み締めてから、ミラキュルンは胸に手を当てた。 「なぜなら私は、ヒーローだから!」 「口だけは達者だな。だが、滑稽だ」 セイントセイバーは嘲笑い、足を踏み出そうとした時、三人の頭上に別の声が降ってきた。 「それはてめぇのことだし! マジ覚悟しろ、セイントセイバー!」 その声にセイントセイバーは足を止め、バトルマスクの下で視線を動かしてから、音源の斜面を仰ぎ見た。 ミラキュルンとヴェアヴォルフも視線を上げると、採石場の斜面の上で青い軍服の人影が立っていた。それは、 紛うことなき暗黒参謀ツヴァイヴォルフだった。その背後には、痛々しい姿の四天王が並んでいた。レピデュルスは 左腕を失って腹部には切断された傷があり、パンツァーは胴体に鉄板を巻いてビス止めしている。アラーニャは 縫合された足と筋が伸びた足を力なく下げていて、ファルコは分厚い羽毛を包帯で締め付けている。 「おっ、おま、なんてことしてんだぁー! お前も含めて全員ケガ人だろうがぁあああっ!」 自分のことを棚に上げてヴェアヴォルフが慌てると、ツヴァイヴォルフは鬱陶しげに片耳を伏せた。 「つか、俺のは軽傷だし。兄貴の方がひどいし。てか、最初に抜け出したのは兄貴だし」 「今日の戦いを終えたら、存分に黒川先生から叱られてベッドに縛り付けられましょう。ですが、今ばかりは狼藉を 御許し下さい。ここで戦わねば、四天王の名が泣いてしまいます」 レピデュルスが先端が折れたレイピアを下げて礼をすると、パンツァーはどるんと排気筒を蒸かした。 「俺達は元々くたばり損ないみてぇなもんだしな。それに、無茶してる方が性に合うんだよ」 「あのまま引き下がっちゃうのはぁ、怪人としては情けないしぃ、ちょっと恥ずかしいのよねぇん」 アラーニャが身をくねらせると、ファルコが風切り羽を切り落とされた翼を広げた。 「まだまだ散るつもりはございやせんが、どうせやるならぱあっと派手に参りましょうや、若旦那!」 「ま、そういうことだし」 ツヴァイヴォルフは軍鞭を抜くと、手近な岩に叩き付けて鳴らした。 「行くぜ野郎共、戦いの始まりだぁっ!」 「ほい来た!」 ツヴァイヴォルフの掛け声を受けたファルコは羽ばたいて暴風を生み出し、セイントセイバーを取り囲んだ。 猛烈に砂や小石が巻き上げられ、視界を失ったセイントセイバーは聖剣を振り回したが、暴風は切れなかった。 「おのれっ!」 「行くわよぉん!」 アラーニャが糸を吐き出してレピデュルスの左腕の根本に絡み付けると、レピデュルスは斜面を飛び降りた。 「いざ参らん!」 そうれっ、とアラーニャが上体を反らして糸を引くと、レピデュルスは切り立った斜面の中程で落下が止まった。 レピデュルスはセイントセイバーが視界を奪われている隙を逃さずに糸を断ち切ってから斜面を蹴り、飛び出した。 暴風の吹き荒れる中を弾丸の如く駆け抜けたレピデュルスは、採石場の一角に着地してレイピアを突き立てた。 「フォースリゼイション・リバース!」 レピデュルスの右腕がレイピアを引き抜くと、その真下の地面が盛り上がり、怪人が現れた。 「我が名はドグラス! 悪の秘密結社ジャールの怪人にして、今日の作戦の要! うっひょう興奮しちゃうぜ!」 ずんぐりとした体型の土偶怪人、ドグラスは、楕円形に膨らんだ両腕を地面に突き立てた。 「おらおら出てこい、総統閣下のお着きだぜぃ! 土器土器ミサイル二十六連射ぁあああ!」 どん、どん、どん、とドグラスの両腕が上下するたびに土で出来たミサイルが生成され、地中を駆け巡った。 土偶怪人であるドグラスの有する能力は、土をエネルギーに変換する能力と土を自在に変質させる能力である。 そして、それを応用して地中にミサイルを放つ土器土器ミサイルが必殺技で、完全な死角から攻撃出来る技だ。 だが、しかし、今までミラキュルンはおろか他のヒーローとも戦ったことがなかったので、今日初めて使用された。 なので、ドグラス自身も上手くいくか解らなかったのだが、予想通りの進路を辿って地中で爆発が繰り返された。 腹に響く爆音が続き、セイントセイバーらが立つ地点を中心にして地面が盛り上がり、次々に何かが出現した。 爆発によって地上に出現した物体は一つや二つではなく、そしていずれも見覚えのあるシルエットの物体だった。 爆風で表面に付着した土が剥がれ落ちると、正体が解った。地中に埋められていたのは、石化した怪人だった。 一通り爆発し、石化した怪人達が円陣を組むようにずらりと地上に並ぶと、ドグラスは新たなミサイルを発射した。 「お後はよろしく頼みます、レピデュルスさん!」 ドグラスの発射した土器土器ミサイルにレピデュルスは飛び乗り、レイピアを横たえて石化解除の力を込めた。 「フォースリゼイション・リバァアアアアアッス!」 自重で土器土器ミサイルの進行方向を変えたレピデュルスは、怪人達の円陣の内側を一回転した。その際に 石化解除の効果を加えたレイピアを全ての怪人の体に当て、弾丸が弾かれるような音が二十六回繰り返された。 一秒足らずで再びドグラスの元に戻ったレピデュルスは、ミサイルを斜面側に飛ばしてから着地して声を張った。 「目覚めよ! ジャール怪人軍団よ!」 その声が消えるよりも早く、怪人達は石化を解除されて元通りの姿になったが、皆、衝撃と痛みで悶えていた。 「いてぇええ、股間が超痛ぇええっ!」 身を丸めたダンゴロンがびょんびょんと跳ねると、その隣でブルドーズが向こう脛を押さえていた。 「弁慶の泣き所っすよ……!」 「い、良い考えっつっても、所詮は坊っちゃまだからなぁ……。もろ失敗フラグ……」 土器土器ミサイルの直撃を受けた股間を押さえて内股で俯くユナイタスに、ひっくり返ったムカデッドは呻いた。 「俺ら、戦う前から被ダメってどうするよホント……」 「な……」 展開が把握出来ないセイントセイバーは、戦闘態勢は崩さなかったが、不可解そうに怪人達を見回した。 「貴様らは、一体何をしようというのだ? うぐおっ!」 聖剣を上げかけたセイントセイバーに容赦のない砲撃を行ったパンツァーは、煙を上げる砲身を叩いた。 「そいつぁこれからのお楽しみよ、セイントセイバー」 セイントセイバーと同じ意見だが、部下達の手前言ってはならないと思ったヴェアヴォルフは胸に押し止めた。 ミラキュルンもそう思っているらしく、握った拳を緩めるか緩めまいか迷い、指を動かしてはまた握り直していた。 苦しげな呻き声を殺しながら、前屈み気味の怪人達が起き上がると、ツヴァイヴォルフが軍鞭を高く打ち鳴らした。 それを合図に二十七体の怪人達が戦闘態勢を取り、砲撃の余韻でふらつくセイントセイバーの全方位を囲んだ。 「ジャール怪人軍団、アタァーック! 別名、スーパーフルボッコタァーイムッ!」 ツヴァイヴォルフは軍鞭を掲げ、高らかに叫んだ。 「我が名はブルドーズ! 必殺、ブルラッシュ!」 ウシ怪人、ブルドーズはセイントセイバーに突進し、強烈な体当たりを喰らわせた。 「我が名はダンゴロン! 必殺、メガトンシェル!」 ダンゴムシ怪人、ダンゴロンは固い外骨格に包まれた体を球体に変形させ、セイントセイバーに激突した。 「我が名はスナイプ! 必殺、ハイドロバスター!」 テッポウウオ怪人、スナイプは口から水鉄砲を発射し、セイントセイバーに命中させた。 「我が名はシザック! 必殺、シザーカッター!」 ハサミ怪人、シザックはハサミの無数に分身を生み出し、セイントセイバーに投げ付けた。 「我が名はタガメス! 必殺、アブソーブサイズ!」 タガメ怪人、タガメスは鎌状の顎を発射して回転させ、セイントセイバーの装甲と体力を同時に削り取った。 「我が名はテンタクラー! 必殺、インヴォルヴィング!」 イソギンチャク怪人、テンタクラーは無数の触手を伸ばし、セイントセイバーを締め付けて投げ捨てた。 「我が名はフーパー! 必殺、無限フープ!」 輪投げ怪人、フーパーは棒状の両腕から大量の輪を投擲し、セイントセイバーに当てて爆発させた。 「我が名はロックガー! 必殺、マグネティックテープ!」 カメラ怪人、ロックガーは頭部のケースを開いてビデオテープを出し、セイントセイバーをテープで拘束した。 「我が名はナクトシュネッケ! 必殺、ええと、そうだ、アシッドストーム!」 ナメクジ怪人、ナクトシュネッケは強酸の粘液の雨を降らせ、セイントセイバーの装甲を溶かした。 「我が名はユナイタス! 必殺、その辺の重機と合体ー!」 ナノマシン怪人、ユナイタスは放置されていたショベルカーと合体し、アームでセイントセイバーを叩き潰した。 「我が名はムカデッド! 必殺、センチピードスラッシュ!」 ムカデ怪人、ムカデッドは長い両腕を伸ばし、側面に付いた無数の足でセイントセイバーを薙ぎ払った。 「我が名はカガミラー! 必殺、リフレクトビーム!」 鏡怪人、カガミラーは太陽光を集めて反射した強力な熱光線をセイントセイバーに注いだ。 「我が名はデゴイチ! 必殺、コールアタック!」 機関車怪人、デゴイチは背負っていた石炭のコンテナを投げ、落下と同時に発砲して爆発させた。 「我が名はブレイクハンマー! 必殺、デストロイクラッシュ!」 ハンマー怪人、ブレイクハンマーは円筒状の頭部を振り下ろし、セイントセイバーに打撃を与えた。 「我が名はアンタレス! 必殺、マーダーポイズン!」 サソリ怪人、アンタレスは長い尻尾を振り、猛毒の詰まった毒液の針をセイントセイバーに刺した。 「我が名はシャッパー! 必殺、パートリッジパンチ!」 シャコ怪人、シャッパーは強固な外骨格に包まれたハサミを繰り出し、セイントセイバーにパンチを浴びせた。 「我が名はベンダー! 必殺、普段は絶対に当たらないスロットが今日に限って大当たり!」 自動販売機怪人、ベンダーは腹部の取り出し口から大量の缶を射出し、セイントセイバーに浴びせかけた。 「我が名はポーキュパイン! 必殺、サウザンドスパイク!」 ハリセンボン怪人、ポーキュパインは体を膨らませて針を尖らせ、セイントセイバーに体当たりした。 「我が名はスポアッシュ! 必殺、スポアレイン!」 毒キノコ怪人、スポアッシュは傘を開き、大量の毒胞子をセイントセイバーに降り注いだ。 「我が名はノイザー! 必殺、クレイジーサウンドブラスター!」 ラジカセ怪人、ノイザーは両手足のスピーカーを鳴らし、衝撃波を伴った音波をセイントセイバーに発射した。 「我が名はドグラス! 必殺、スーパー土器土器ミサイル!」 土偶怪人、ドグラスは地中から吸い上げた土で巨大なミサイルを生成し、セイントセイバーに命中させた。 「我が名はフレイムスローラー! 必殺、ストレージデリート!」 火炎放射器怪人、フレイムスローラーはノズルから猛烈な炎を発射し、セイントセイバーを燃やした。 「我が名はスクイッド! 必殺、ブラックボム!」 イカ怪人、スクイッドはイカスミを凝結させた爆弾を投下し、セイントセイバーを真っ黒く染めた。 「我が名はスパイラー! 必殺、ペネトレイトドリル!」 ドリル怪人、スパイラーは巨大なドリルを突き出し、セイントセイバーの装甲に穴を開けた。 「我が名はディグモール! 必殺、近隣住民に説明もなしに掘削作業!」 モグラ怪人、ディグモールは両腕を思い切り地面に突き刺すと、セイントセイバーの足元に土が吹き上がった。 「我が名はヘドロン! 必殺、ポリューション!」 ヘドロ怪人、ヘドロンは化学物質満載の汚水を発射して、セイントセイバーの全身を汚した。 「我が名はアーケロン! 必殺、タートルプレス!」 古代カメ怪人、アーケロンは仰向けに倒れ込み、巨大な甲羅でセイントセイバーを下敷きにした。 「はーっはっはっはっはっはっは!」 怪人全員の攻撃が終わると、崖の上でツヴァイヴォルフがこれ見よがしに高笑いした。 「どうだマジ凄ぇし、つかマジ勝てるし! さすがは俺様、マジ参謀すぎ!」 「ええと、つまり、どういう作戦なんだ?」 怪人達の攻撃が終わったのを見計らい、ヴェアヴォルフは俯せに埋まったセイントセイバーの様子を窺った。 「見ての通りの作戦だと思うけど……」 大丈夫かなぁ、とミラキュルンが全身黒焦げで泥まみれのセイントセイバーを不安げに窺った。 「てか、これで俺らの勝利はマジ確定だし」 ツヴァイヴォルフがけらけらと笑っていると、律儀にもレピデュルスが説明してくれた。 「つまり、坊っちゃまが思い付きになった作戦は、我らが同胞を私めの能力で石化させ、ディグモールの能力で 地中に埋没させ、セイントセイバーが現れるであろう地点の周囲に円陣を組む形で配置したのでございます。そして、 若旦那とミラキュルン、セイントセイバーが現れたら、ドグラスのミサイルを地中に放って全員を出現させ、私めが石化を 解除し、全方位を塞いだ状態で一斉攻撃を仕掛ける作戦だったのでございます。ちなみに、お三方の出現位置については、 ロックガーのビデオ早送りによる未来予測で予測した次第でございます」 「お前は悪魔か」 弟の思い付きの凄まじさに呆れたヴェアヴォルフは、セイントセイバーに同情してしまいそうになった。 「でも、これで終わるとは思えない。皆、油断しないで!」 ミラキュルンは怪人達を見渡すが、皆、自身のやるべき事を成し遂げた達成感から雰囲気は緩んでいた。 中には、セイントセイバーから目を離して隣の怪人と談笑している者もおり、戦闘中らしからぬことになっていた。 ツヴァイヴォルフは笑うばかりで部下に指示も出さないが、四天王はセイントセイバーから目を離していなかった。 弟の慢心ぶりに不安を抱きつつ、ヴェアヴォルフはセイントセイバーからは目を離さなかった。 銀色の甲冑に似たバトルスーツは面影もないほど焼け焦げて汚れていたが、その焦げが剥がれ落ちた。 泥が大量に付着した右手を挙げて聖剣を握り締めると、土が蒸発して消え去り、攻撃を受ける前の姿が蘇った。 「……それで勝ったつもりか?」 惜しみない憎悪を滾らせたセイントセイバーは、両膝を伸ばし、背筋を伸ばした。 「聖水よ、我を浄めたまえ! アスペルシオ!」 聖剣を突き上げてセイントセイバーが叫ぶと、清浄な光を放つ水が降り、バトルスーツの傷も汚れも消えた。 「穢らわしき者達よ、今こそ神の御許に導かれん! エクソシズム!」 セイントセイバーが聖剣を横たえて腰を下ろしたが、その動作は通常攻撃に比べるとワンテンポ重たかった。 ヴェアヴォルフが異変を察して部下に指示を出しかけたが、ミラキュルンはヴェアヴォルフを抱えて急浮上した。直後、 閃光が走った。尋常ではない光量を放つ聖剣を横に一回転させたセイントセイバーは、その光で二十七体の怪人を 薙ぎ払った。一瞬の出来事にヴェアヴォルフが唖然としていると、セイントセイバーは退避した二人を見上げた。 「その勘の良さは褒めてやろう、ミラキュルン。だが!」 セイントセイバーは聖剣を横たえ、ずしゃりと強く踏み込んだ。 「貴様らでは、私を倒すことなど不可能だ!」 白銀の切っ先が十字を切ると、空中に質量を伴った幻影が生み出された。巨大な十字架だった。 「セイントクロス!」 雄々しい掛け声と共に、光の十字架がミラキュルンとヴェアヴォルフへ撃ち出された。距離は五六メートルしかなく、 避ける間もなければ、凌ぐ間もない。ヴェアヴォルフが衝撃を覚悟して顔を歪めると、腰に回された腕が解けた。 体が宙に浮かんだと知った時には、目の前に白いマントを翻した背中が立ちはだかって細い両腕を広げていた。 ヴェアヴォルフは彼女の名を呼んだが、凄まじい爆音と衝撃はに掻き消され、自分の耳にすら届かずに失せた。 セイントクロスは、一撃で悪の組織のアジトを壊滅させるほどの威力を持った、セイントセイバー最強の必殺技だ。 その必殺技を防御姿勢を取らずに正面から受け止めたミラキュルンは、ヴェアヴォルフの視界から落ちていった。 だが、ヴェアヴォルフが伸ばした手は、ミラキュルンには届かなかった。 09 10/24 |