純情戦士ミラキュルン




第二十九話 死力を尽くせ! 打倒・神聖騎士セイントセイバー!



「野々宮さん!」

 続いて落下したヴェアヴォルフはミラキュルンの本名を呼びながら、地面に埋もれた彼女に駆け寄った。

「だい、じょうぶ」

 ミラキュルンは両腕を突っ張って土に埋もれた顔を出すと、気丈に立ち上がった。

「これくらい、なんてことないんだから」

 そうは言うものの、ミラキュルンのダメージは大きかった。バトルスーツは所々が焦げ、薄く煙を上げている。 バトルマスクにもゴーグル部分に小さなヒビが走り、マントも端が焼き切れていて、足取りはおぼつかなかった。 大丈夫と言われても、信じられるわけがない。ヴェアヴォルフは彼女を背で庇い、セイントセイバーと睨み合った。
 ジャール側が優勢だったのは束の間だった。円陣を組んでいた怪人達は、その形のままで全員倒れている。 斜面の上に立つツヴァイヴォルフが戦場に飛び降りようとしたが、パンツァーの太い腕に押さえ込まれた。弟の顔は 動揺に歪んでいて、青い軍服の下から垂れ下がっている尻尾は弱々しく丸まって股の間に入っていた。

「貴様らと私の致命的な違いを教えてやろう」

 セイントセイバーは聖剣を突き出し、ヴェアヴォルフとミラキュルンを指し示した。

「それは、才能だ」

「下らんことを」

 今、言うことではないだろう。ヴェアヴォルフが毒突くと、セイントセイバーは嘲笑った。

「下らない? 下らないのは貴様の方だろうが、ヴェアヴォルフ。甘ったれた思考しか持たないヒーローごっこの 小娘を味方に付けたところで、勝機どころか敗因を増やすだけに過ぎないことがまだ解らないのか。盾としては役に立つ かもしれんが、それ以上の価値はない。私に勝ちたければ、そんなものは捨てておけ。勝てるわけはないが」

「確かに、あなたには才能はある」

 苛立ちに牙を剥いたヴェアヴォルフを押さえ、ミラキュルンは前に出た。

「八月の終わりにテレビ中継で見た時に比べれば、格段に強くなっている。必殺技の出し方も、剣の操り方も、体の 捌き方も、ずば抜けてセンスが良い。けれど、足りないものがある」

「ほう? 言ってみろ」

 セイントセイバーがからかうような調子で聞き返すと、ミラキュルンはバトルスーツを再生してから拳を固めた。

「それは、気合いと根性と基礎体力!」

 ミラキュルンはブーツのつま先で軟らかな土を抉り、駆け出すと、セイントセイバーに素手で殴りかかっていった。 小さな拳が素早く繰り出されるがセイントセイバーには掠りもせず、反対に聖剣で斬り付けられそうになった。 しかし、ミラキュルンは微塵も怯まずに攻撃を続けていたので、ヴェアヴォルフは意を決して彼女の元に向かった。

「援護する!」

「ありがとう!」

 ミラキュルンは攻撃の手を緩めずに頷いてから一旦身を引き、ヴェアヴォルフと並んでから殴りかかった。 ヴェアヴォルフはミラキュルンと戦闘訓練を共にしたこともなければ、拳を交えたのは昨日の午前中が初めてだ。 攻撃のタイミングを合わせ、ミラキュルンの呼吸を乱さないようにと努めるが予想以上に彼女の動作は速かった。 体格の違いなのだろう、ヴェアヴォルフが一発パンチを出す間に、ミラキュルンはパンチに続いてキックも放った。 パンチを出して身を捻れば腰も曲げて回転を加えたキックに転じて、分厚い装甲の隙間を狙って手刀も繰り出す。 小柄故に一発の打撃に重みが出ない分、手数を増やしているのだ。だが、並大抵の努力で出来るものではない。
 ずっと、美花はか弱いのだと思っていた。すぐ泣いて、及び腰で、大神に話しかけることすら怯えていた。 だが、そうではないのだ。心が打たれ弱い分、美花はミラキュルンとしての力を磨き上げ、実力を得ていたのだ。 ヴェアヴォルフはミラキュルンの攻撃に隙を与えないようにセイントセイバーを攻め立てながら、笑みを浮かべた。 そうだと知ると、尚更心が奪われてしまう。美花は、ミラキュルンは、強さに溺れない気高さを持っているのだから。

「ふっ!」

 吐息と共に拳を放ったミラキュルンは、セイントセイバーが仰け反った瞬間に腰を落とし、下段で足を振った。 足払いを受けたセイントセイバーは足下を掬われ、よろけた隙にヴェアヴォルフが頭部を鷲掴みし、押し倒した。

「だぁあっ!」

 セイントセイバーは後頭部を叩き付けられたが、怯まずに足を曲げ、ヴェアヴォルフの懐に膝を入れた。

「このっ!」

 セイントセイバーはヴェアヴォルフを蹴りで薙ぎ払ってから、俊敏に起き上がるが、ミラキュルンの拳が迫った。

「ミラキュアライズ!」

 ミラキュルンが叫びを上げるとセイントセイバーは防御姿勢を取ったが、ミラキュルンは構えなかった。

「なんてっ、出すわけないでしょ!」

 聖剣ごと殴り付けたミラキュルンは彼の顔面に刀身を激突させ、空中で前転してその肩に両足で蹴りを加えた。

「お父さんが言っていた。お母さんも、お兄ちゃんも言っていた」

 ずしゃり、と泥溜まりに靴底を擦らせて着地したミラキュルンは、すぐさま振り返った。

「必殺技なんて、そんなものに頼るのは素人だって。消耗が激しいし、隙が大きいし、見た目の割には効果が出ないし、 何より無意味! ヒーローを名乗るんだったら、己の体一つで勝負するべきだってね!」

「そうだな、俺も必殺技の使いどころは特に念入りに教えられたよ!」

 ヴェアヴォルフは顔面に激突した聖剣を下げたセイントセイバーに駆け寄り、聖剣を蹴り飛ばした。

「安易に使えば、それだけ近接戦闘で弱くなるってこともな!」

 かぁん、と甲高い金属音を立てて聖剣が高々と舞い上がり、空中で回転した。

「そしてっ!」

 ミラキュルンは聖剣に追い縋ろうと飛ぼうとしたセイントセイバーのマントを掴み、引き摺り倒した。

「長物に頼りすぎるなってこともね!」

「があっ!?」

 泥溜まりに顔面から倒れ伏したセイントセイバーの足を掴み、ミラキュルンは鮮やかに背負い投げをした。

「だから、戦いで最後に物を言うのは!」

「気合いと根性、ついでに自分の体力なんだよぉおおおっ!」

 しなやかに振り下ろされたセイントセイバーに、ヴェアヴォルフは渾身の力でアッパーを喰らわせた。

「ぐぇあああっ!?」

 地面に叩き付けられる前に仰け反り、吹き飛ばされたセイントセイバーを、ミラキュルンは思い切り放り投げた。 衝撃に次ぐ衝撃で対応が遅れたのか、セイントセイバーは姿勢を戻すことすらせずに斜面に真っ直ぐ突っ込んだ。 粉塵と岩の破片が飛び散り、銀色の姿は没した。ミラキュルンは砂に汚れた両手を払って、ふう、と一息吐いた。 ヴェアヴォルフは手袋の手の甲で口元を拭って、粉塵が晴れるのを待ちつつセイントセイバーの様子を注視した。

「……すげぇ」

 斜面の上から戦闘を凝視していたツヴァイヴォルフが漏らすと、パンツァーが笑った。

「若旦那はガタイはデカいが素早いし、何より筋がいいからなぁ。ヒーローに追っつけて当然よ」

「だ、だって、セイントセイバーは、さっき怪人達を一撃で倒したじゃん? なのに、ぶっ飛ばしてるって何?」

 興奮を隠しきれないツヴァイヴォルフに、アラーニャの糸で引き上げられて戻ってきたレピデュルスが答えた。

「若旦那とミラキュルンは、セイントセイバーの弱点を突いたのでございます」

「弱点ってあれ? 野々宮の兄貴が言ってた、セイントセイバーにはスタミナと根性と度胸がないってやつ?」

 昨日の病室での会話を思い出したツヴァイヴォルフが返すと、アラーニャは八つの目を瞬かせた。

「そうよぉん。芽依子ちゃんが中に入っていた時のセイントセイバーはそうでもなかったんだけどぉ、セイントセイバー 本人の戦いは大したことないのよぉ。レピさんだってぇ、芽依子ちゃんに散々やられていたから真っ二つにされちゃっただけでぇ、 無傷だったら避けられた攻撃だったのよぉ。前にファルちゃんが他の悪の組織に聞き込みに行った時にぃ、セイントセイバーが どんな戦闘スタイルなのかも聞いたしぃ、どういう内容だったかも聞いてあったのよぉ。それでぇ、芽依子ちゃんにも聞いてぇ、 セイントセイバー本人の戦闘がどれか割り出してから見直してみたのよぉ」

「そしたら、どの戦いも背中から一撃か必殺技でドカーンでねぇ。面白みもクソもねぇ戦いでごぜぇやした」

 ファルコは崖下を見下ろし、砕けた岩石に埋もれたセイントセイバーを見下ろした。

「つまり、あいつぁ、近接戦闘が下手なんでさぁ。聖剣を振り回して必殺技を出しまくるっちゅうことは、懐に入られることを 怖がっている証拠でさぁ。でもって、ヒットアンドアウェイの戦法を取るっちゅうことは体力がねぇって言っているようなもんで。 確かに、ヒーローとしちゃ致命的でさぁな」

「てぇことは、この戦いは大神君と美花の勝ちだね」

 唐突に誰でもない声が聞こえたので、全員が身構えると、頭上の枝に人型テントウムシの少女が座っていた。

「おいっす」

「て、天童?」

 天童七瀬の姿にツヴァイヴォルフが戸惑うと、その背後からカメリーが顔を出した。

「俺もいるのよん」

「何しに来やがった、カメレオン野郎! てめぇが芽依子をそそのかしたんじゃねぇか!」

 パンツァーが主砲の照準をカメリーに合わせると、カメリーは両目をぎょろぎょろと動かしながら両手を上げた。

「ちょ、ちょっと待ってよぉ、俺はただ商売しただけだっての。そんな物騒なモン、向けることないでしょうに」

「正義と悪の戦いがどんなのか、知っておくべきかと思ってね」

 七瀬は枝から飛び降りると、採石場の戦いを見下ろした。

「それに、ちょっとした約束をしちゃったし」

「なんだよそれ」

 ツヴァイヴォルフが片耳を曲げると、七瀬は爪先でカメリーを示した。

「バカメレオンと結婚してやろうかと思って」

「はぁあああっ!?」

 唐突を越えて無節操な展開にツヴァイヴォルフが絶叫すると、七瀬は触角を曲げた。

「そりゃ、高校卒業してからだよ? じゃないと踏ん切りが悪いし。それに、このバカメレオン、放っておくと何するか 解らないじゃん? 今回のことみたいにさ」

「だからって、即結婚ってマジおかしくね? 有り得なくね?」

 驚きすぎたツヴァイヴォルフが挙動不審になると、七瀬はきちきちと顎を鳴らした。

「そんなにキョドるなっての。即結婚ってわけじゃないし。条件付きだし」

「ジャールに就職しないと、結婚してくれないって言うのよ」

 カメリーは七瀬の肩に馴れ馴れしく腕を回したが、強かに弾かれたので後退った。

「だからね、俺としても、若旦那には勝ってもらわなきゃ困るのよ。じゃないと、七瀬が俺のモノにならないの」

「天童、発情期でも始まったのと違う?」

 ツヴァイヴォルフが半笑いになると、七瀬は爪先で顎を擦った。

「そういうわけじゃないんだけど、まあ、収まりの良いところに落ち着こうって思ってさ」

「あらぁん、七ちゃん」

 アラーニャは七瀬に擦り寄り、七瀬の外骨格を細い足先でついっと撫でた。

「いっそのことぉ、七ちゃんもジャールに来てくれてもいいのよぉ? その方がぁ、きっと楽しくなるわぁん」

「世界征服はともかくとして、就職先としては悪くないかもしれませんね。考えておきますよ、久仁恵叔母さん」

 七瀬がアラーニャに笑い返したので、ツヴァイヴォルフは片耳を曲げた。

「何だよ、天童とアラーニャって親戚?」

「そうだよ。でも、久仁恵叔母さんが四天王だったとはねー。んで、久仁恵叔母さんの好きな人ってどれですか?」

 アラーニャが四天王の男三人を見渡すと、アラーニャは四本の足先で顔を覆って身を捩った。

「いやぁん七ちゃんったぁら、そんなにストレートに聞かないでぇん」

「んで、鋭太、ぶっちゃけどれなの?」

 アラーニャから聞き出すことを諦めた七瀬がツヴァイヴォルフに問うと、ツヴァイヴォルフはパンツァーを指した。

「たぶんパンツァーかなぁ。なんか知らねーけど、べったべたしてたんだよ」

「坊っちゃま、そいつぁ今話すことじゃねぇだろうがぁっ! 戦いに関係ねぇどころか、その、なんつうか!」

 単眼を点滅させて慌てふためいたパンツァーに、ファルコは笑いを噛み殺した。

「結婚するならとっととしてやった方がいいですぜ、パンツァー。お互いにいい歳なんでやんすから」

「そうとも。若旦那よりも早い方が良いのではないのか?」

 レピデュルスにも茶化され、パンツァーは過熱して関節の隙間から蒸気を噴出した。

「お、お前らなぁ……」

「いいじゃないの、愛が世界を回すのよ。ねえ七瀬?」

 楽しげに肩を揺らしたカメリーに近寄られ、七瀬はその鼻先を爪で小突いた。

「大口叩くんだったら、私を発情させてみろよ」

「お安い御用よん」

 カメリーは七瀬に顔を寄せようとしたが、何かに反応して中断し、首をぐいっと曲げて崖下を見下ろした。 戦況に変化が起きたのだ。カメリーに続いて四天王も崖下を見下ろしたので、ツヴァイヴォルフと七瀬も倣った。
 セイントセイバーが力尽きたからか、セイントセイバーが作り出していたバリアー、サンクチュアリが消えていた。 セイントセイバーが下敷きになっている岩石の山に変化はなかったが、プレハブ小屋のドアが内側から開いた。 そこから顔を出したのは、寝間着姿の弓子だった。事の次第を知っているカメリー以外は、皆、困惑した。 弓子は円陣の形に倒れた怪人達とヴェアヴォルフとミラキュルンを見回していたが、岩石の山を見て青ざめた。

「刀一郎さあんっ!」

 我に返った弓子は、夫の名を呼びながら駆け出した。

「姉さん! 近付いちゃいけない!」

 ヴェアヴォルフが弓子を引き留めると、弓子は泣き叫びながら暴れた。

「離してよ剣ちゃん、刀一郎さんなんだよ、この人は刀一郎さんなんだよ! なんで助けちゃいけないの!」

「刀一郎さんが、セイントセイバーだったのか」

 腑に落ちる点も多いが、なぜ、彼が。ヴェアヴォルフが重たく漏らすと、弓子は弟の手を振り払って駆け出した。 

「刀一郎さあーんっ! 嫌、死なないで、なんでこんなことしたの!」

 弓子はセイントセイバーの上に重なる岩をどかそうとしたが、びくともしなかった。

「どうして? ねえ、どうして!? 返事してよ、刀一郎さん! なんで剣ちゃん達と戦ったの、ねえ!」

「姉さん!」

 弓子を抱き留めて岩石の山から引き離したヴェアヴォルフは、少し躊躇ったが話した。

「刀一郎さんは、いや、セイントセイバーは、俺達ジャールを潰そうとしたんだ! 芽依子さんは利用され、四天王も倒され、 鋭太も襲われた! だから、俺はジャールを守るために戦ったんだ!」

「ジャールを……? なんで?」

「俺には解らない、だけど」

「ああ、やっぱり、刀一郎さんは私のことが嫌いなんだぁっ! 役立たずだから、人間でも怪人でもないから!」

 弓子は膝を折り、弟の腕に縋って泣き崩れた。

「好きだって思っていたのは私だけだったの? 私じゃダメだったの? それとも、他にもっといい人がいたの?」

「ごめんなさい。でも、こうするしか、方法はなかったんです」

 居たたまれなくなったミラキュルンが弓子に近付くと、弓子はミラキュルンの腕を握り締め、肩を震わせた。

「もう、嫌ぁ……。こんなのばっかり……。これじゃ、きっと、刀一郎さんは……」

 弓子はもう一方の手で腹部を押さえ、項垂れた。ミラキュルンは弓子を宥めようとしたが、異変に気付いた。 ヴェアヴォルフが弓子を抱き上げて岩石の山から遠ざかると、ミラキュルンは二人と岩石の間に入って身構えた。 大量に積み重なっていた岩石が盛り上がり、吹き飛ばされるように崩壊すると、砂埃に汚れた銀色の騎士が 立ち上がり、聖剣の名を呼んで手中に収めた。

「触るな」

 聖剣を引き摺ったセイントセイバーは、余力を振り絞って跳躍した。

「貴様らの手でぇっ、僕の弓ちゃんを穢すなぁあああああ!」

 聖剣が翻り、光を跳ねる。ダメージが蓄積したせいでバトルスーツが解除されたことを知らずに、騎士は飛んだ。 素手では鋼鉄よりも重たい聖剣を振り下ろしたセイントセイバー、もとい、名護はミラキュルンに受け止められた。 ミラキュルンの手を塞いだ聖剣を捨てた名護はヴェアヴォルフに掴み掛かろうとしたが、弓子が弟の腕を脱した。 弓子は名護とヴェアヴォルフの間に立ちはだかって両腕を広げると、涙を散らしながら引きつった叫びを上げた。

「刀一郎さんなんて、嫌いだぁっ!」

 姉の背と、その先に立ち尽くした義兄。そして、正義の味方である思い人。ヴェアヴォルフは、三人を一直線に見た。 姉は必死の形相で名護を睨み付け、名護は呆然とし、ミラキュルンは所在をなくした聖剣を握り締めていた。 そしてヴェアヴォルフは、セイントセイバーを倒しただけでは戦いは終わらないのだと悟り、両の拳に力を込めた。
 この戦いは、これからが本番だ。





 


09 10/25