純情戦士ミラキュルン




最終話 純情ハートは世界を救う! ミラキュルンよ、永遠に!



 愛する人は、広いようで狭い世界の中心だ。
 手の届く場所にいて、笑顔を向ければ笑顔が戻り、触れ合えば温もりが伝わり、思いを注げば思いが返ってくる。 その存在は、それまで知らなかった感情の振り幅を広げてくれて、心の柔らかさも言葉の無力さを教えてくれる。 片思いでは終わらずに思いが通じ合い、愛し合うようになれば、尚更だ。地球の、いや、宇宙の軸と化してしまう。
 そんな相手に否定されるのは、喩えようもなく辛い。ヴェアヴォルフはミラキュルンから浴びせられた罵倒を思い出した。 土曜日の戦闘で、未練を断ち切るために大神剣司が死んだと言うとミラキュルンは怒りをぶつけた。 大神剣司を思い遣っている言葉ではあったが、同時にヴェアヴォルフを否定し、蔑み、憎悪する言葉でもあった。 ヴェアヴォルフと大神剣司は同一ではあるが、均一ではない。故に、ヴェアヴォルフの内で大神剣司は苦しんだ。 それを知っているから、余計に義兄の痛みがトレース出来る。名護は、動揺と悲しみと戸惑いを全て顔に出していた。 弓子は、弟であるヴェアヴォルフが今まで見たこともないほどの怒りを露わにして愛する夫と対峙していた。

「……僕は、何も間違えていない」

 名護はバトルスーツでも阻めなかったダメージが及んだ腕を押さえ、怒りに震える弓子を見つめた。

「僕は弓ちゃんを守るために強くなった、ヒーローになったんだ。なのに、どうしてそんなことを言うんだ?」

「そんなの、いらない!」

 弓子は髪を振り乱し、オオカミの耳と尻尾をぴんと立てた。

「私は刀一郎さんがいればそれで良かったのに、どうして剣ちゃんや鋭ちゃんや皆を傷付けるの!?」

「奴らは怪人だ! 世界征服を企んでいる! そんな連中がいるから、弓ちゃんはうちの家族から差別されて!」

「剣ちゃんも鋭ちゃんも四天王の皆も怪人の皆も、私の大事な家族だよ! そんなこと言わないで!」

「どうしてだよ! 奴らが全ての元凶じゃないか!」

「どうしてどうしてどうしてって、私の方がどうしてだよ!」

 弓子は嗚咽混じりに声を上げながら、名護に激情をぶつけた。

「そんなに怪人が嫌いなら、どうして私と結婚したの!? 好きだって言ってくれたの!? 可愛がってくれたの!?  だけど、それは全部嘘だってことだよね! だって、刀一郎さんは怪人が嫌いなんだから! 知ってるもん、刀一郎さんが 芽依子ちゃんをいじめてたこと!」

 ぜいぜいと呼吸を荒げた弓子は、声が嗄れるほど叫んだ。

「芽依子ちゃんはね、誰にも言わなかったけど、私は知ってるんだよ! ずっと家にいたからだよ! 芽依子ちゃんは メイドさんだけど、やっぱり大事な家族なんだよ! でも、刀一郎さんも大好きなんだよ! だから、どっちの味方をしたら いいのか解らなかったけど、お姉さんみたいなことが出来たらいいなぁって思って一緒に買い物に出掛けたりしたんだよ!  なのに、刀一郎さんは嫌味ばっかり言って! 芽依子ちゃんは泣かないんじゃないんだよ、泣けないだけなんだよ! レピデュルスと お爺ちゃんが育てた本物のメイドさんだから!」

 袖で乱暴に顔を拭ってから、弓子は牙を剥いて叫び続けた。

「刀一郎さんは頭も良いし、仕事も出来るし、変身したらちゃんと強かったよ! でも、だからって、芽依子ちゃんをいじめて いいわけないじゃない! 刀一郎さんの家族が私を差別するのが嫌だって言うんなら、どうして芽依子ちゃんを差別するの!  意味が解らないよ!」

「弓ちゃん……」

 名護は二の句を継げず、伸ばしかけた手をだらりと落とした。

「私とあなたの致命的な違いを教えてあげる」

 号泣する弓子を庇ったミラキュルンは、戦闘態勢を崩さなかった。

「あなたは、怪人もヒーローも突き詰めれば同じだってことを知らないのよ!」

「馬鹿を言うな、崇高なヒーローがあんな連中と同じなものか」

 名護が嘲笑を浮かべると、ミラキュルンは首を横に振った。

「何も違わない。世界征服だって、成し遂げられればそれが正義になるもの。ヴェアヴォルフさんの、いいえ、大神君の 気持ちを知ると、余計にそう思う。怪人の皆さんは倒されることを知っていても、私みたいなへっぽこが相手でも、全力で 立ち向かってくる。力を出しすぎると爆死することも知っているのに、明日も仕事があるのに、真っ向から向かってくるの。 それがどんなに凄いことか、どうして解らないの?」

「そんなに奴らの肩を持つなら、いっそお前も怪人になればいいじゃないか!」

「あなたに言われるまでもなく、私は怪人と同じだよ。力の使い方がちょっと違うだけで、大神君やジャールの皆さんと 変わらない。だけど、私は怪人にはなれないし、なるつもりもない。大神君や怪人の皆さんが目指す世界征服が方向を間違えたら 困るから、ジャールがひどいことを始めたら困るから、本当に助けたい人を助けられなかったら嫌だから、私はヒーローを続ける。 正しいことが何なのか、しっかり弁えた上でね」

「僕の正義が正しくないとでも言うのか?」

 名護はミラキュルンに詰め寄り、倒れた怪人達をぐるりと見渡した。

「見てみろ、この光景を! 僕は怪人を倒し、弓ちゃんを守った、それは正義以外の何者でもないだろう!」

「弓子さんを泣かせたのはあなただってこと、まだ解ろうとしないの?」

 名護の襟首を掴んだミラキュルンは、躊躇いもなく持ち上げて名護の足元を浮かせた。

「人の大事なものを踏みにじって、傷付けて、否定して、蔑むなんて、あなたにヒーローを名乗る資格はない!」

「俺の言いたいことを全部言うつもりか?」

 ヴェアヴォルフがミラキュルンの背後に寄ると、ミラキュルンは名護を放してヴェアヴォルフに振り向いた。

「あ、ごめんなさい」

「セイントセイバーを倒すのは、俺の役割じゃないか」

 ヴェアヴォルフは泥の付いた手袋を填め直し、拳を固めた。

「僕はまだ、諦めたりはしない!」

 名護はヴェアヴォルフから逃げるように駆け出すと、聖剣を拾い、柄を握り締めた。

「ここで諦めたら、僕がしてきたことが無駄になる! 馬鹿にするなよ、僕にはまだ戦う力が残っているんだ!」

 だが、聖剣は持ち上がらなかった。名護は泥に埋まった刀身を引き抜こうとするが、粘り着いたように外れない。 というより、聖剣自体の重量に腕力が敵わないのだ。変身しようとするものの、バトルスーツは装備されなかった。 名護は革靴とスラックスを泥まみれにしながら、声を嗄らして喚いた。

「なんでだぁあああっ! なんで僕の言うことを聞かない、お前は僕の道具じゃないか!」

 泥の貼り付いた刀身を剥がそうとするが、逆に手から滑り落ちてしまい、名護は泥に膝を埋めた。

「どうして僕の思うようにいかないんだ! お前も、こいつらも、弓ちゃんも! 僕が正しくないって言うのか!」

「正しいけど、正しくないんだよ」

 涙を拭った弓子は、名護に近付いて屈んだ。

「刀一郎さんのやったことは、刀一郎さんにとっては正しいけど、私や剣ちゃんにとっては正しくなかったの」

「それが、僕の正義なんだ!」

 名護は意地でも立ち上がろうとしたが、やはり聖剣は持ち上がらず、泥溜まりに座り込んだ。

「頼む、カラドボルグ! お前だけが僕の味方だ! お前が僕の分身なら、その力を全て寄越せぇえええっ!」

 セイントセイバーとして振る舞っていた時とも大神家の前で見せていた顔とも懸け離れた形相で、名護は叫んだ。 髪を振り乱し、感情という感情を剥き出しにして、聖剣を握り締めて震える膝と力んだ腕を伸ばそうと必死だった。 弓子は名護を止めようと手を伸ばすが、名護は弓子の手を振り払い、歯を食い縛りながら聖剣を引き剥がした。

「そうだぁっ、出てこい!」

 あらゆる筋肉の力を振り絞り、泥を噛まない革靴を滑らせながら、名護は聖剣を地面から持ち上げた。

「変身!」

 力を入れすぎて鬱血した指で柄を握り、膝で聖剣を支えながら名護が叫ぶと、聖剣は泥の隙間から光を放った。 付着した泥と砂を蒸発させて光の粒に変えた聖剣は自身もまた光と化して溶けると、名護の体を覆い尽くした。 光が爆ぜてから現れた騎士の様相は、先程とは少し違っていた。銀色の鎧は輝きが鈍り、傷だらけだった。それは まるで、名護の心中を剥き出しにしたかのようだった。バトルマスクも半端で、ヘルムだけでマスクもマントもないが、 付属物がないおかげで立ち姿は堂に入っていた。

「刀一郎さん、もういいよ、剣ちゃんと戦わないでよぉ!」

 弓子は再び変身した夫の腕を掴むが、名護、もとい、セイントセイバーは弓子の手を外させた。

「弓ちゃん。僕を止めないでくれ。僕はヴェアヴォルフを、いや、剣司君を倒さなきゃならない」

「どうして? そこまでする必要なんて、どこにもないじゃない!」

 弓子がまた泣きそうになると、セイントセイバーは傷の付いたヘルムを押さえ、口元を歪めた。

「このままじゃ収まりが付かないんだ。弓ちゃんを泣かせて、怒らせて、寂しがらせてまでしたことの意味がなくなってしまう。 僕は僕の正義を貫きたいんだ!」

「そんなことしなくても、充分なのにぃ……」

 弓子は肩を震わせ、項垂れた。セイントセイバーはミラキュルンを手招き、妻を託した。

「これから僕は、徹底的に暴れる。だから、弓ちゃんを守っていてくれ。君のことも殴り付けたいが、僕の目下の敵は怪人だ。 余計な力は使いたくないんでね」

「つくづくあなたは自分勝手だ。でも、弓子さんはちゃんと守るけどね」

 ミラキュルンはバトルマスクの下で眉根を顰めたが、夫を追おうとする弓子を押さえた。

「姉さんの前だからって格好付けようとすると、痛い目を見るぞ?」

 ヴェアヴォルフは軍帽を被り直し、セイントセイバーと向かい合った。

「戦う前に言っておこう! 僕が勝ったら、ジャールは倒産させろ!」

「ならば、俺が勝ったら、貴様は俺の配下に下ってもらおう! 我らが受けた屈辱を倍にして返してやる!」

 ヴェアヴォルフは柔らかくなった土を蹴り、身を躍らせた。セイントセイバーもまた飛び出したが、一拍遅かった。 それは、鎧の重さによるものだった。聖剣を犠牲にしてバトルスーツを成したとはいえ、やはり無理があった。 バトルスーツを強引に纏ったせいで、ヒーローとして戦うために不可欠な身体能力増強に力が及ばなかったのだ。 ヴェアヴォルフはセイントセイバーを捉えると、すぐさま拳を繰り出して胸と腹に打撃を加え、最後に蹴りを放った。 先程の戦闘ですっかり体が暖まったので、着実に体重を載せた攻撃でありながら流れるような動きを出せていた。 背中の傷は痛んでいるはずなのだが、戦闘に次ぐ戦闘で脳内に溢れ出したアドレナリンが誤魔化してくれていた。 ヴェアヴォルフは蹴りを加えてから頭部を殴り付けようとしたが、その拳を受け止めたセイントセイバーは殴りかかってきた。 しかし、リーチが足りず、鼻先にも届かなかった。その一瞬の動揺を逃さず、ヴェアヴォルフは彼の腕を捻った。

「ぐぇっ!」

 強引に肘関節を曲げられた痛みにセイントセイバーが呻くが、ヴェアヴォルフは攻撃を緩めなかった。

「来たれ、破局の時よ! カタストローフェシュラァアアアアクッ!」

 セイントセイバーの腕を解放した次の瞬間に頭部を掴み、地面に押し倒したヴェアヴォルフは必殺技を放った。 直後、凄まじい衝撃波が発生して、地面に押し込まれたセイントセイバーの頭部を中心に地面が円形に抉れた。

「次! 迸れ、悪の業火よ! ベーゼフォイアァアアアアアッ!」

 セイントセイバーが起き上がる間も与えず、ヴェアヴォルフは更に必殺技を放ち、黒と紫の炎で火達磨にした。

「そして! 受けよ、真の破壊を! ヴァールゲヴァルトォオオオオッ!」

 両の拳を握り合わせて最大限の力を込め、ヴェアヴォルフがセイントセイバーの胸部に叩き付けた。

「うげぁああっ!」

 先程以上の衝撃波が生じて暴風を起こし、セイントセイバーの胸部装甲が歪み、円形の抉れも更に深くなった。

「……必殺技の使いどころってのは、こういう時なんだよ」

 痺れの残る両手を解き、ヴェアヴォルフは口元から太い牙を覗かせた。

「圧倒的な優位に立ち、勝利を確信した瞬間に、一気に攻め立てるための手段だ。だから、必殺技なんだ」

「ぅ、ぐぁ……」

 抉られた胸部装甲に触れながらセイントセイバーは身を起こすが、露出した口元は切れ、血が顎を伝っていた。

「まだ、やる気か?」

 ヴェアヴォルフがアリ地獄のような円形の抉れに沈んだ義兄を見下ろすと、セイントセイバーは立ち上がった。

「無論だ! 僕の正しさを証明するためにも、負けられないんだ!」

「面白い。受けて立とう!」

 ヴェアヴォルフが一笑すると、セイントセイバーは穴の底を蹴って飛び上がり、ヴェアヴォルフの元に戻った。 セイントセイバーは果敢に拳を繰り出すが、必殺技のダメージが抜けていないのかスピードは格段に落ちていた。 足元もふらついていて、踏み込みも甘い。それを見逃すはずもなく、ヴェアヴォルフは衰えぬ腕力で打撃を続けた。 セイントセイバーはそれを防ぐことすらせずに挑んでくるが拳は届く前に弾かれ、容易く足元を崩されて倒された。 こうなると、最早戦いとは言い難かったが、ヴェアヴォルフとの戦いを望んだのは他でもないセイントセイバーだ。
 そして、最後の一撃となるアッパーを喰らったセイントセイバーは、高々と宙を舞った。戦闘に次ぐ戦闘で どろどろになった土に後頭部を擦りながら落下し、両手足を投げ出して倒れて動かなくなった。ヴェアヴォルフは 速く浅い呼吸を整えてからセイントセイバーに歩み寄ると、総統らしい顔で義兄を見下ろした。

「敗北を認めろ、セイントセイバー! 貴様が生き残る術はそれしかないのだ!」

「まだだ、まだ、僕は……」

 セイントセイバーは起き上がろうとするが指の一本にも余力はなく、バトルスーツも解除されて消え失せた。

「ヒーローは引き際も肝心ですよ?」

 軍帽を外して素に戻ったヴェアヴォルフは、再び素顔を晒した義兄の傍に屈んだ。

「刀一郎さんがやろうとしたことは、まあそんなには間違っちゃいませんよ。ただ、やり方が悪すぎたんです。 姉さんを守りたいって気持ちも解るし、怪人を根絶すれば人間側の価値観も変わるかもしれませんけど、それで姉さんが 喜びますかね。むしろ、刀一郎さんが帰ってこなくなったー、って泣いて喚いて大変ですよ。姉さんの世界の平和を望むんなら、 まずはちゃんとうちに帰ってきて下さい。でないと、変身していなくてもぶん殴りますよ?」

「とーいちろーさぁあああんっ!」

 ミラキュルンの制止を振り切った弓子は、わあわあと泣きながら名護の傍に駆け寄ってきた。

「剣ちゃんの馬鹿ぁ、あんなに必殺技出すことないじゃない、ひどいよ剣ちゃん!」

「いや、なんか調子出ちゃって」

 ヴェアヴォルフが苦笑すると、弓子は名護を引っ張り上げ、膝の上に頭を載せさせた。

「もうやだよ、こんなのやだよ。正義とか悪とかヒーローとか怪人とか、そういうのはどうでもいいから、とにかく帰ってきて。 じゃないと、じゃないと、本当に嫌いになっちゃうから」

「それは、困るな」

 負け続けてプライドが完全に折れた名護が掠れた声で呟くと、弓子は名護の手を取り、下腹部に導いた。

「それで、あのね、二ヶ月だって」

「何が?」

 名護が聞き返すと、弓子は笑顔を浮かべようとしたが泣き笑いになっただけだった。

「赤ちゃん」

「ずっと具合が悪いし、来るものが来ないし、もしかしたらって思って調べてみたら陽性だったんだ。それで、病院に 行ったら二ヶ月だって言われたの。でも、刀一郎さんが帰ってこなかったから言い出せなくて、それに、刀一郎さんがヒーローに なってあんなことをしてたから、余計に……。喜んでもらえないんじゃないかなぁ、って」

 弓子は円陣の形のまま倒れている怪人達を見渡し、切なげに声色を落とした。

「そんなわけないじゃないか!」

 名護は身を起こそうとしたが、全身の痛みに襲われてまた横たわり、弓子を見上げた。

「じゃあ、尚更早く帰ってこないとだね。弓ちゃんとその子のためにも」

「……うん」

 弓子は今度こそちゃんと笑おうとしたが、嬉しさよりもこれまでの寂しさが勝り、表情は歪んだだけだった。

「ごめんね、弓ちゃん」

 他に言うべき言葉がいくらでもあっただろうが、上手い言葉が出てこなかったため、名護は在り来たりに謝った。 ヴェアヴォルフにひとしきり殴り付けられて出来た唇の端と頬の傷が痛み、口の中も切れたらしく、鉄の味がする。 中途半端なバトルスーツで必殺技を受け続けたからだろう、骨という骨が軋み、筋肉という筋肉が熱を持っている。 だが、不思議と清々しい気分だった。こんなに自分を晒け出して言いたいことを言ったのは久し振りだからだろう。 やはり鈍痛を持った頭の下にある太股からは弓子の体温が滲み、鉄と泥の匂いに混じって彼女の匂いも感じた。 時折降ってくる暖かな雫と何度となく呼ばれる名に、名護は全身に熱く滾っていた正義という名のエゴが氷解した。
 戦って、戦って、戦って、怪人を滅ぼし、名護、もとい、セイントセイバーは世界で最も正しい者となるはずだった。 弓子を幸せにするためには誰を蔑ろにしても構わない、と思い、芽依子を利用したが、今となっては後悔しきりだ。 決して泣かせたくなかった弓子が名護の起こした戦いのせいで泣いていて、寂しさで参ってしまっていたのだから。 そして、芽依子に対する評価も変わった。名護の代わりに戦った芽依子は、今回のような苦痛に耐えてきたのだ。 それだけでなく、その状態で大神邸の仕事もこなしていた。簡単に許してもらえるとは思わないが、誠意を持って謝ろう。 芽依子にも、大神家にも、悪いことをした。名護は憑き物が落ちたように己の過ちを受け入れ、言った。

「剣司君」

 名護はセイントロザリオを取り出し、軍帽を被り直したヴェアヴォルフに投げた。

「ようやく解った。どうやら、僕はヒーローには向いていないらしい」

「どうせ気付くんなら、せめて人的被害を出す前に気付いてほしかったですけどね」

 セイントロザリオを受け取ったヴェアヴォルフは毒突いてから、セイントロザリオを一息で握り潰した。

「これで、セイントセイバーは完全に倒した。ということはつまり、悪の秘密結社ジャールの勝利なのだ!」

 セイントロザリオを握り潰した右手を掲げてヴェアヴォルフが宣言すると、二十七体の怪人が勝ち鬨を上げた。 誰かが叫んだ、総統、の一言で怪人達の発する野太くい声が幾重にも連なった総統コールが巻き起こった。 その中心に仁王立ちするヴェアヴォルフはひたすら高笑いしていて、赤い軍服は泥まみれだったが誇らしげだ。 会心の笑みを浮かべるヴェアヴォルフの横顔にミラキュルンも嬉しくなったが、邪魔してはいけないと去ろうとした。

「待てぇい!」

 ミラキュルンが飛び立とうとすると、ヴェアヴォルフが鋭く声を上げた。

「え?」

 きょとんとしたミラキュルンが止まると、ヴェアヴォルフは悪役らしい顔でミラキュルンを指していた。

「セイントセイバーを倒した今、我らの敵は貴様ただ一人! 覚悟しろミラキュルン、今日が貴様の最期だ!」

「えぇー……?」

 ミラキュルンが立ち止まると、一斉に怪人達が駆け出してきた。もちろん、弓子と名護の周囲は避けている。 ヴェアヴォルフの高笑いは止まらない。勝利の勢いを失う前に畳み掛ける気なのか、怪人達は臨戦態勢だ。 戦うつもりは全くなかったのだが、こうなっては仕方ない。ミラキュルンは軽々と跳躍し、怪人達の目の前に出た。 セイントセイバー戦でかなり酷使したが疲労は蓄積していない拳を握り、胸を張った。

「全員まとめて掛かってきなさい!」

 そして、総攻撃の第二弾が始まった。





 


09 10/27