純情戦士ミラキュルン




最終話 純情ハートは世界を救う! ミラキュルンよ、永遠に!



 五分後。
 毎週の駅前広場の決闘と同じく呆れるほどあっさり勝負が付き、ヴェアヴォルフは己の失策を悔やんだ。 総勢二十七体の怪人達は、皆、ミラキュルンからパンチやキックを一発受けただけで昏倒して倒れ伏していた。 正に死屍累々で、至る所で怪人がひっくり返って呻いている。その中心で、ミラキュルンはぱんぱんと手を払い、 これまたいつも通りに一息吐いてから、ミラキュルンは事の次第を傍観していたヴェアヴォルフに向いた。

「さあて!」

「いやいやいやいや、ちょっと待て!」

 ヴェアヴォルフは両手を広げてミラキュルンを押し止めてから、後退りたい気持ちを必死に堪えた。

「貴様は俺と一緒に戦ったんだから、ちょっとは疲れているんじゃないのか、そうだろう!?」

「ううん、全然」

 ミラキュルンは小さな拳を手のひらに叩き付け、ヴェアヴォルフを見上げた。

「そりゃ、相手がヒーローだったから結構ぶっ飛ばしたけど、まだまだイケるんだから」

「体力ゲージで言うと、どの辺だ?」

「んー、そうだなぁ。まだ五分の四ぐらいは残っているかな?」

「貴様は化け物か」

 中身は美花だと解っていてもそう思えてならず、ヴェアヴォルフは内心青ざめた。だが、こちらの体力は限界だ。 二度目のセイントセイバー戦で必殺技を乱発したせいで、温存していた気力も消耗してしまい、戦う余力はない。

「ヴェアヴォルフさんさえ良ければ戦っても良いけど、どうする?」

 悪気の欠片もないミラキュルンに、ヴェアヴォルフはしばらく考え込んだ。

「少し時間をくれ」

 斜面の上からは、期待と不安の混じった顔のツヴァイヴォルフと四天王、そしてカメリーと七瀬が見下ろしていた。 カメリーはともかくとして七瀬がこの場にいる理由が解らなかったが、そのせいで尚更やりづらいと思ってしまった。 七瀬だけはヒーローでも怪人でもない、ただの人外だ。怪人相手なら醜態を見せても平気だが、一般人となると。

「あ、七瀬! どうしてここにいるの? ていうか、なんで制服なの? 今日は日曜日なのに」

 七瀬の存在に気付いたミラキュルンが手を振ると、七瀬はカメリーを抱えて飛び、ミラキュルンの前に降りた。

「ま、色々とね。面白いもの見せてもらっちゃったよ」

 七瀬はカメリーを荒っぽく放り投げてから、羽根を折り畳んで収納し、外骨格を閉じた。

「んで、そっちはどうなの?」

「戦いのこと?」

「違う違う。大神君だよ。ちったぁ進展した?」

 七瀬が戦うべきか否か悩んでいるヴェアヴォルフを指すと、カメリーはにたにたと笑った。

「若旦那には、しっかりしてもらわなきゃ困るのよ。俺の上司になるんだからさぁん」

「それじゃ、カメリーさんはジャールに入るんですか?」

 ミラキュルンに問われ、カメリーは頷いた。

「そうともよ。まだ雇ってもらえるかどうかは解らないけど、まあ、大丈夫っしょ。そしたらよろしくねん」

「こちらこそ。戦う時が来たら、全力で戦いますからね」

 ミラキュルンは意気込み、両の拳を握った。七瀬はまだ悩んでいるヴェアヴォルフに苛立ち、顎を開いた。

「だぁあーもうっ!」

 ずかずかと歩み寄った七瀬はヴェアヴォルフの襟首を掴み、力任せに引っ張った。

「あんたは総統だろうが! さくっと決断しろや苛々する! んで、戦うの、戦わないの、どっちなんだよ!」

「うげっ」

 喉が絞まったヴェアヴォルフが噎せると、七瀬はヴェアヴォルフをミラキュルンの前に放り出した。 いきなりそんなことをされても困ってしまう。ヴェアヴォルフは襟元を広げて息を整え、ミラキュルンと向き合った。 ミラキュルンもまた戸惑っているのか、ハートのゴーグルを左右に揺らしては視線を向けるべきか迷っている。
 戦うのは容易い。しかし、ヴェアヴォルフは限界で対するミラキュルンは絶好調で、暖気が済んだ程度だ。 たとえ負けても、今、戦えば暗黒総統としての立場は強まるだろう。だが、戦わなければ傷は浅くて済むだろう。 しかし、引き下がってしまってはジャールの名が廃る。ヴェアヴォルフは迷いと躊躇いを振り払い、戦いを挑んだ。

「来い、ミラキュルン! 悪の神髄を見せてくれる!」

「ああ、やっぱりそうなっちゃうかぁ!」

 そうは言いながらも、ミラキュルンの声はどことなく弾んでいた。七瀬はカメリーに連れられて、二人から離れた。 二人の姿が遠のいたのを確認してからミラキュルンはヴェアヴォルフに殴りかかり、素早く的確な拳を繰り出した。

「あのね、大神君!」

「なっ、なんだ!」

 こんな時に話しかけるな、と回避しながらヴェアヴォルフが聞き返すと、ミラキュルンは懐に滑り込んできた。

「私、大神君に伝えたいことがあるの!」

 と、言いながら、ミラキュルンはヴェアヴォルフをアッパーで吹き飛ばした。

「ぐぇあっ!?」

 後頭部から落下したヴェアヴォルフが呻くが、ミラキュルンの勢いは止まらなかった。

「あのね、私、ずっと前から!」

 強烈なかかと落としがヴェアヴォルフの顔面目掛けて振り下ろされそうになり、ヴェアヴォルフは飛び退いた。

「大神君が好きなのぉおおおおっ!」

 かかと落としから繋がる動きでローキックを出し、ヴェアヴォルフの足を弾いたミラキュルンは、その足を抱えた。

「うぐおっ!?」

 ヴェアヴォルフに受け身を取る暇すら与えず、ミラキュルンはヴェアヴォルフをしなやかに背負い投げした。

「だからね、大神君。その、大神君さえ良かったら」

「……タンマ」

 派手に地面に叩き付けられたヴェアヴォルフが起き上がりながら制止すると、ミラキュルンはきょとんとした。

「え? なんで?」

「なんでってそりゃ、殴られたり蹴られたり投げられたりしてりゃ、俺が話すに話せないっていうか……」

 ヴェアヴォルフが口元を引きつらせると、ミラキュルンは恥じ入った。

「あ、ごめんなさい。私、その、なんていうか、変身して戦っていると言いたいことが言えるから、つい」

「気持ちは解るが、これ以上やられるのはきついぞ」

 ヴェアヴォルフが立ち上がると、ミラキュルンは身を縮めた。

「ごめんなさい」

「だから、今度は俺の番だ!」

 ヴェアヴォルフはミラキュルンが顔を上げる前に拳を繰り出し、そのバトルマスクを突き上げた。

「俺も、ずっとずっと言いたかった!」

 うぐっ、とミラキュルンが仰け反った隙を狙い、ヴェアヴォルフは跳躍して上段の回し蹴りを二発喰らわせた。

「でも、言えなかったんだ! 見ての通り、俺達は敵同士だからだ!」

 肩と胸に蹴りを受けてよろめいたミラキュルンに、ヴェアヴォルフは掴み掛かった。

「だけど、もう、そんなのはどうでもいいっ!」

 うひゃあっ、と驚いたミラキュルンを頭上に担いだヴェアヴォルフは、渾身の力で斜面に投げ飛ばした。

「俺は野々宮さんが好きだぁああああっ!」

「わっ、私もぉっ!」

 斜面に衝突する寸前で着地して態勢を変えたミラキュルンは、ヴェアヴォルフに向かって自身を弾き出した。

「大神君が好きぃいいいいっ!」

 矢のように迫るミラキュルンとそれを待ち受けていたヴェアヴォルフは、見事なクロスカウンターを決めた。 互いの拳に吹っ飛ばされた二人は砂煙を上げながら転がるが、すぐさま起き上がり、殴り合いに戻っていった。 離れた位置で二人の戦いを傍観していた七瀬は呆れが突き抜けて笑い出すと、カメリーもまた笑い転げていた。 言っていることは普通の両思いっぽいのに、やっていることがおかしい。愛情表現として根本的に間違っている。 ツヴァイヴォルフと四天王と目を覚ましたジャールの怪人達は、皆が皆、ぽかんとして戦いを見ていた。それが当然の 反応である。憎悪をぶつけ合うために殴り合うならともかく、恋と愛をぶつけるために殴り合うとは。
 双方の攻撃が相殺されたため、盛大に吹っ飛んだミラキュルンが転げると、ヴェアヴォルフもまた転げていった。 必殺技には及ばないが、戦闘時に発生するエネルギー同士が炸裂したせいで、起きた粉塵が舞い上がっていた。 崖から吹き下ろされた風でその粉塵が晴れると、ミラキュルンは立ち上がるがヴェアヴォルフは膝を付いていた。

「……ぐ」

 立ち上がれない悔しさでヴェアヴォルフが唸ると、ミラキュルンは肩で息をしながら、手でハートを作った。

「好き、好き、大好き! だから、大神君、私の全部を受け取って!」

「やっ、やめろぉおおおっ! それだけは洒落にならない!」

 直線上にいるヴェアヴォルフが慌てふためくが、ミラキュルンは構わずにピンクでハートのビームを発射した。

「初恋乙女の胸キュンエナジー! 浄めのラブシャワー! ミラキュアラァアアアアイズッ!」

「溜めるなぁああああっ! 威力が増すじゃ……」

 ないかぁっ、と言い切る前に、ヴェアヴォルフの目前に通常時の十倍もあるハートビームが襲い掛かった。 避ける間もなく直撃し、ヴェアヴォルフが紙切れのように吹き飛ばされるとハートの爆風とピンクの爆煙が起きた。 見た目は冗談のようだが、威力は本物だ。抉れた斜面に背を埋めたヴェアヴォルフは脱力し、ずるりと座り込んだ。 吹き飛んだおかげでダメージは軽減されたが、被害は甚大だ。背中の傷が開いたのか、生温いものが広がった。 だが、原因はミラキュアライズだけではないだろう。傷が治りきっていないのに、無理に無理を重ねたからせいだ。 馬鹿馬鹿しいほど綺麗に出来上がったハート型の穴から抜け出したヴェアヴォルフの前に、彼女が舞い降りた。

「大神君」

 ミラキュルンはヴェアヴォルフの前に屈み、もじもじした。

「えっと、その」

「超痛かった。死ぬかと思った」

 真顔でヴェアヴォルフが答えると、ミラキュルンは慌てた。

「あ、えっと、ごめんなさい」

「でも、おかげで充分伝わったよ。野々宮さんの気持ちは」

 痛いことは痛いが、辛くはない。ヴェアヴォルフが笑うと、ミラキュルンははしゃいだ。

「本当?」

「だから、俺と付き合って下さい」

「はい!」

 ミラキュルンが即座に頷くと、ヴェアヴォルフはそのバトルマスクに触れた。

「これ、邪魔だな」

「あ、じゃあ……」

 ミラキュルンがバトルマスクを解除し、素顔を晒すと、ヴェアヴォルフに引き寄せられた。

「んっ!?」

 ミラキュルン、もとい、美花はヴェアヴォルフに唇を塞がれて目を丸め、そのまま身動き出来なくなってしまった。 人間のそれとは違って皮膚の硬い唇が重ねられ、泥が付いた柔らかい体毛が肌に触れ、太い牙がその下にある。 肩を掴んでいる手には力が入っているようで抜かれていて、美花の唇に押し付けられている口も同様だった。 強引なようでいて、緊張しきっている。美花はどうするべきか迷いそうになったが、躊躇いを捨て、腕を伸ばした。 ヴェアヴォルフの首に腕を回して抱き付くと、背に回された手に力が入り、美花を折り曲げんばかりに迫ってきた。

「んうぅー!」

 上体を反らされてさすがに苦しくなった美花が唸ると、ヴェアヴォルフはようやく美花を離した。

「あぁもう、全部可愛い! 好きだぁー!」

「うぁー……」

 凄まじい羞恥心に襲われた美花はヴェアヴォルフの胸に頭を埋め、赤面した顔を隠した。

「俺が怪人で、野々宮さんがヒーローで、ぐだぐだ悩んじゃったけど、結局はそれで良かったんだ」

 美花を抱き締めてその柔らかさと温もりを確かめながら、ヴェアヴォルフは破顔した。

「敵同士じゃなかったら、こんなに素直になれなかっただろうから」

「うん」

 美花は小さく答え、汚れきった軍服を握り締めた。

「ヒーローじゃなかったら、大神君のことが好きだなんて、一生言えなかった」

「浸っているところを悪いんだが、剣司君」

 その声に二人が顔を上げると、手近な怪人の肩を借りて立っている名護が弓子を指していた。

「我々は撤収してもいいかな? 弓ちゃんの体も心配だし、僕も色々と限界だ」

「そう、いえば……」

 吹っ切れたせいかどっと疲れが出たヴェアヴォルフは美花を抱き締めていた腕を外し、背を伝う血に触れた。

「ヤバいのは、俺もだな。この分だと、縫合もすっかり外れちまったんじゃないかな」

「うぁ、あ、それって」

 美花が涙目になったので、ヴェアヴォルフは痛みと疲労に負けそうになったが意地で笑い返した。

「野々宮さんのせいじゃない。最後まで戦うって決めたのは俺自身だ。だから、気にしなくてもいい」

 今にも泣き出しそうな美花の髪を優しく撫でて、ヴェアヴォルフはありもしない余裕を作った。

「全部終わった。だから、今度こそデートしよう。そして、また、戦おう」

「……うん」

 美花は頷くが、ヴェアヴォルフは意識を保つことが出来ず、がくんと頭を落とした。

「わぁっ、大神君、大神君! たぶん死なないと思うけど一応言うね、死なないで!」

 堪えきれなくなって泣き出した美花がヴェアヴォルフを揺さぶると、肩を叩かれ、振り返ると怪人が立っていた。

「後は俺達にお任せ下さい、うちの大事な総統を死なせやしませんよ」

 それは、ブルドーズだった。彼がヴェアヴォルフを抱え上げると、テンタクラーが触手で支えてきた。

「ミラキュルンちゃんもゆっくり休んでよ。俺達のために戦ってくれてありがとう、でも、明日からはまた敵同士だ」

「四天王の旦那方も坊っちゃまもですからね! 俺達の生活を支えるために、きっちり養生して下さいね!」

 デゴイチが蒸気を噴き上げながら崖の上の幹部怪人を見上げると、レピデュルスは笑みを零した。

「無論だ。戦うことは片腕でも出来るが、事務仕事となると両腕が揃っていなければ捗らないからな」

「セイントセイバーに勝ったって同業者に知れたら、仕事が増えそうだからな。休みが取れるうちに取っておくさ」

 パンツァーが鉄板を巻いた腹部を叩くと、アラーニャはパンツァーにしなだれかかった。

「皆もちゃあんと休むのよぉ。テンション高いからってぇ、飲みに行くんじゃないわよぉ。傷口開いちゃうからぁ」

「若旦那のこと、よろしく頼みやしたぜ。俺らの代わりにしっかりやっておくんなせぇ」

 ファルコは崖下の怪人達に翼を振ってから、あからさまに不機嫌な顔のツヴァイヴォルフに声を掛けた。

「ああも見せつけられちまうと、諦めるしかありやせんねぇ、坊っちゃま」

「うっせー。てか、俺は野々宮のこと、好きでもなんでもねーし」

 ツヴァイヴォルフは口ではそう言うものの、尻尾は情けなく丸まっていた。思った以上に応えていたからだ。 兄と美花の関係がそうだとは知っていたし、そうなるものだと解っていても、ほんの少し感じた恋心の残滓が痛む。 けれど、嫉妬心は欠片も湧かず、兄と美花がくっついた安堵感の方が強かった。所詮、その程度の恋だったのだ。
 移動形態である蒸気機関車へと変形したデゴイチは、変形と同時に拡張した体内に怪人達を乗り込ませた。 ヴェアヴォルフと弓子と名護が乗ったことを確認してから、デゴイチは汽笛を一発鳴らし、動輪を回して発進した。 ツヴァイヴォルフと四天王、ミラキュルンと七瀬とカメリーはその場に取り残されたが、頭上から声が掛けられた。

「やあ、諸君っ! 我らの助けは必要かなっ、必要だろうそうだろうっ!」

 パワーイーグルとピジョンレディ、そしてマッハマンとナイトメアだった。

「美花だけじゃ手が足りないと思って来てみたら、案の定じゃない? あんまり無理しちゃダメよ、隼ちゃん」

 ピジョンレディは斜面の上に近付くと、ファルコを後ろから抱えて浮かび上がった。

「手間掛けて悪ぃな、ピジョンレディ。いや、鳩ちゃん」

「俺は別に来なくて良いって言ったんだが、来ちゃったものはどうしようもない」

 マッハマンは不本意さを剥き出しにしていたが、レピデュルスに手を伸ばした。

「それに、下手なことをされて傷が開いたら困るからな。俺じゃなくて、内藤が」

「そういうことにしておこう」

 マッハマンの手を取り、レピデュルスは一笑した。

「ティーゲルッ! そうか、こちらの御婦人がお前の思い人かっ! ならば一緒に運んでやろうっ!」

 とうっ、とパワーイーグルは威勢良く着地すると、パンツァーを左腕に、アラーニャを右腕で抱えて持ち上げた。

「いやぁん、強引ねぇん」

 アラーニャが身を捩ると、パンツァーは気恥ずかしげに単眼を押さえた。

「ちったぁ落ち着きを持てよ、いい歳してんだからよ」

「参りましょう、坊っちゃま」

 ナイトメアがツヴァイヴォルフに手を差し伸べるが、ツヴァイヴォルフはその手を取らずに顔を背けた。

「つか、何来てんだよ。お前の方が余程疲れてんだろうが。てか、俺の傷なんて、大したことねーし」

「御安心なさいませ。坊っちゃまにも、いずれ出会いがございます」

「そういうことじゃねーし!」

「それとも、裏切り者ではお嫌でございますか?」

「そういうことでもねーし」 

 ツヴァイヴォルフは渋々視線を戻し、ナイトメアの手を取った。

「今日だけだからな!」

「承知しております」

 ナイトメアは微笑むと、ツヴァイヴォルフを抱え上げた。

「というわけで、美花っ! 我々は彼らを送り届けてくるっ! お前とそのお友達は自力で帰ってこられるなっ!」

 パワーイーグルが地上の美花に叫ぶと、美花は答えた。

「うん、大丈夫! バス停まで歩けばいいから! お父さん達も気を付けてね!」

「では、さらばだあっ! 我が家でまた会おうっ!」

 パワーイーグルが飛び出すと、他の面々もそれに続き、市立総合病院を目指して飛び去った。美花は両親らを 見送るとバトルスーツを解除して涙を拭うと、縋るように七瀬に駆け寄った。

「七瀬ぇー……」

「よしよし、頑張った」

 七瀬に慰められ、美花は緊張の糸が途切れてへたり込みそうになった。

「言えた、言えたよ、大神君に好きだって言えたよぉー……」

「偉い偉い。キスしたんだから、その後は一発ヤるだけだね」

「な、なんでそうなるの?」

 美花がぎょっとすると、七瀬は顎を開いてにやにやした。

「でも、大神君のことだから婚前交渉はしないかな? 何にせよ、おめでとう。恋にも戦いにも勝利したんだから」

「だけど、気は抜かないでよん。俺が味方に入るんだもん、ジャールはもっともっと強くなっちゃうんだから」

 カメリーの伸ばした舌が美花に近付いたが、七瀬が弾き飛ばしたので、カメリーは慌てて舌を引っ込めた。 何すんのよ痛いじゃないの、あんたこと何してんだ未来の上司の彼女に、と、カメリーと七瀬は言い合い始めた。 だが、美花の耳には届かなかった。唇に残る、ヴェアヴォルフの、いや、大神の感触と嬉しさが強すぎたからだ。 自分のものではない唇とその下にある太い牙、鼻先をくすぐる体毛、抱き締められた腕の太さと分厚く深い体毛。 あれだけ戦ったのに、まだ戦えそうだ。美花は崖に付いたハート型の大穴を見上げ、手をハート型にして撃った。 変身していないので撃てるわけがないと思ったのだが、ハート型の穴の上に一回り大きいハートが出来上がった。 これ以上破壊してはいけない、と美花は両手をきつく組み合わせ、痛みを生じるほど高鳴る胸を押さえた。
 やっと、正義の味方らしくなれた。





 


09 10/27