純情戦士ミラキュルン




最終話 純情ハートは世界を救う! ミラキュルンよ、永遠に!



 それから、一ヶ月半後。
 秋は一段と深まって、空の色は高くなり風も乾いている。日々慌ただしく動いている間に、年末も近付いていた。 これから、何はなくとも忙しい時期が始まる。年末調整や決算はもちろん、収支報告して確定申告もしなければ。 代表取締役である以上、目を通さなければならない書類は山のようにあるが、処理しなければ新年は訪れない。 社会人一年目にして代表取締役であった去年は右も左も解らなかったが、今年も大して変わらないことだろう。 また四天王の手を焼かせてしまいそうだな、と己の勉強不足を恥じ入りながら、大神は美花の後ろ姿を見上げた。 大神の視線に気付いた美花は振り返ると、はにかんだ笑顔を見せてから、出来上がった昼食を盛り付けていた。

「うおお、待ってましたぁ!」

 大神よりも先に歓声を上げたのは、社宅住まいのユナイタスだった。

「すみませんねぇ総統、毎度毎度御世話になっちゃって!」

 ユナイタスの隣に座っているムカデッドも同調し、へらへらと笑っている。

「俺は世話するつもりはないんだが」

 大神が不愉快げに片耳を曲げると、美花は狭いテーブルの上に四人分の昼食を並べていった。

「でも、こんなに喜んでもらえるのなら、私も作り甲斐があるよ」

「二人共、とっとと食生活を改善しろ。でもって、俺の土曜の楽しみを邪魔するな」

 大神がぼやくと、ユナイタスが言い返した。

「そりゃないっすよー総統、それもこれもジャールの給料が冴えないのが悪いっすよ」

「そうですよそうですよ。せめてもうちょっと時給を上げてくれるか、ボーナスを出すかしてくれたら、俺とゆーちゃんは 総統と美花ちゃんの逢瀬を邪魔しなくなるんですがね」

 ぎちぎちと顎を鳴らしながらムカデッドがにじり寄ってきたので、大神はムカデッドを押し返した。

「無理を言うんじゃない。セイントセイバーの一件で出た被害を補填するだけで手一杯だって、社内報で伝えてあるだろうが。 社宅の家賃は普通のアパートに比べれば三割は安いし、諸経費を差っ引いても手元には七八万は残る計算になるんだから、 その金で自炊でも何でもすればいいじゃないか」

「毎日毎日重労働なんですよ、俺ら。自炊なんかする余力はありませんってば」

 ねー、なー、と顔を見合わせて頷き合ったユナイタスとムカデッドに、美花は笑いを噛み殺した。

「じゃ、これからも多めに作ろうかな。大事な社員に倒れられちゃ、大神君の生活も維持出来なくなるもん」

「おお、さすがは我らが正義の味方! 解ってらっしゃるなぁ!」

 ムカデッドが大袈裟に美花を褒めて腰を浮かせたので、大神はムカデッドを押さえ付けた。

「なんでもいいから早く食べろ! ぐだぐだ喋っている間に冷めるじゃないか!」

 二人はまだまだ喋り足りないようだったが、箸を取って頂きますと言ってから、美花の作った昼食を食べ始めた。 カレーの一件以来、社宅住まいのユナイタスとムカデッドは味を占めてしまい、美花が来た日には押しかけてくる。 大神の勤務日の都合上、美花が大神の部屋を訪れるのは土曜日なので、二人は出掛けずに待機しているのだ。 正直言って鬱陶しいが、段々慣れてきてしまった。しかし、美花との時間を邪魔されるのだけはどうにも頂けない。 その上、美花がムカデッドとユナイタスとすっかり仲良くなってしまったので余計に追い返しづらい状況になった。
 ユナイタスとムカデッドは、美花の作った豚丼とけんちん汁を綺麗に平らげると、終始騒がしく部屋を出ていった。 バッハハーイ、と時代遅れも甚だしい挨拶をして二人は自室に戻った。中身があるようでない二人の会話が壁を 擦り抜けて聞こえてきたので、大神は食後の緑茶を啜りながら耳を伏せた。四人分の食器を片付けて洗ってから、 テーブルに戻った美花は少し冷めた自分の緑茶を飲んだ。

「こうなっちゃうと、引っ越しづらいね」

「全くだよ。社員が増えてきたから、社宅は開けるべきなんだが」

 大神は板張りの壁に背を預け、胡座を掻いた。

「うちの所有する物件に丁度良いのがあるから、今年中には引っ越そうと思っていたんだけど、あんなに懐かれちゃなぁ。 だけど、切りの良いところで突き放さないと後が面倒だ」

「だね」

 美花はマグカップをテーブルに置くと、身を乗り出した。

「大神君。そっち、行ってもいい?」

「拒む理由があると思うか?」

 大神もテーブルにマグカップを置くと、美花は照れ笑いを浮かべながら這い寄り、大神の膝の上に体を収めた。

「大神君、冬毛に生え替わったから前よりもっとモッフモフだぁ」

「どうぞ御自由に」

 大神はくすぐったいのと可笑しいのとで笑いながら美花を抱き寄せると、美花は大神の胸に頭を擦り寄せた。 シャツを着ていても、大神の体毛の深さは充分感じられる。特に美花が気に入っているのが、胸の辺りである。 背中はまだ傷が残っているし、尻尾は敏感すぎるし、腕は体毛のすぐ下が筋肉なので、感触が違うのだそうだ。 会うたびに盛大にモフられている大神本人には全く理解出来ないこだわりだが、美花に寄れば全部違うらしい。

「んー……」

 美花は大神の腕の中で身を捩ると、大神にしがみ付いた。

「大神君、今、何時?」

「午後一時二十三分」

 大神が壁掛け時計を見上げて答えると、美花は不満げにぼやいた。

「こうしていられるのも、もうちょっとだけかぁ。残念だなぁ」

「ちょっと立場が変わるだけじゃないか。それに、会うことには変わりないんだから」

「そうだけど、でも」

 美花は腕を外すと、上目に大神を見上げた。

「やっぱり寂しい」

「そんな顔するな。ますます世界征服したくなっちまう」

 大神は拗ねた顔の美花を撫でてから、顔を上げさせた。

「じゃあ、私はもっと頑張って大神君を倒すね。世界征服なんてする必要がないくらい、平和にしてやるんだから」

 唇を離してから言い返した美花に、大神はにやけた。

「それはどうかな。やれるもんならやってみろ、美花」

「うぁ」 

 途端に美花は赤面して、俯いてしまった。下の名前で呼び捨てにされることに、まだ慣れていないからだ。 大神もまだ少しばかり気恥ずかしいのだが、美花の方が何倍も恥ずかしそうなので、つい言ってしまいたくなる。 紅潮した顔を見せたくないのか、美花は力一杯大神に抱き付いてくるので、それがまた可愛くて顔が緩んでくる。 分厚い体毛さえなかったら、美花の鼓動が肌に伝わってきたことだろう。今ばかりは、それが残念でたまらない。 恥ずかしがって嫌がる美花の顔を上げさせ、大神が出来る限りの深いキスをしてやると、美花はへたり込んだ。 こんな調子で戦えるのか、と自分でしておきながら不安が過ぎった大神は、美花が落ち着くまで抱き締めていた。 鼻をくすぐる柔らかな匂いと、手応えは軽いが計り知れないパワーを秘めた体を支えながら、大神は胸に誓った。
 大事な美花を戦わせすぎないためにも、いつか必ず世界征服を成し遂げてみせる。




 ビルごとオフィスを破壊された悪の秘密結社ジャールは、市内の別のビルに移転した。
 もちろん、大神家が所有している物件だったが、同じく被害を受けた雑居ビルのテナントの移転費用も負担した。 修理することも検討されたが、会社とテナントをそっくり移転した方がビルを修理するより出費が少なかったのだ。 雑居ビルを解体した後は、また新たなビルを建ててテナントを入れるつもりだ。立地条件は悪くない土地だからだ。
 大神は自転車を止め、新社屋となった雑居ビルの前に止まった。駅から少し遠くなったが、ビルは大きくなった。 新社屋に選ばれたビルが建造されたのは平成十年代だったので、外壁は少し色褪せたが見た目は新しい。 ビルの最上階である五階のワンフロアを借り切ったので、大神はホールでエレベーターに乗ると、五階に昇った。 フロア自体も広く、以前の社屋の二倍はあった。当初は余るのではと危惧したが、引っ越してみるとそうでもない。 悪の秘密結社ジャール、との社名が入ったドアを開けて入ると、以前と同じ配置の机で四天王が仕事をしていた。 それに加え、二つの机が増えていた。一方は暗黒参謀ツヴァイヴォルフの机だが、もう一方は新入社員のものだ。

「あ、剣ちゃん! 暗黒総統だけあって、社長出勤だね」

 その新入社員の机の傍にいた弓子が振り返り、大神に向いた。 

「姉さん。何か用?」

 大神が弓子を出迎えると、その背後の机から名護が顔を出した。

「定期検診の帰りなんだよ。僕は構わないって言ったんだけど、お弁当箱を持って帰るって聞かなくて」

「なるほど。それで、今日のはどうで、だった?」

 敬語を使いそうになって言い直した大神に、名護の向かい側の机に足を投げ出している鋭太が笑った。

「もうマジすっげぇの。姉貴の料理にしちゃ綺麗すぎて、信じらねーっつーか。つか、芽依子と野々宮の兄貴ってマジ凄ぇ、 姉貴にまともな料理を作らせちまうなんて。やっぱりヒーローはマジ違うし」

「そこ、笑うところじゃなくて褒めるところでしょ。ついでに鋭ちゃん、お行儀悪い!」

 むくれた弓子が鋭太の足を引っぱたくと、鋭太は渋々両足を下ろした。

「んだよ」

「そりゃ良かった。それで、姉さんの方はどう?」

 大神が弓子に尋ねると、弓子は自慢げに笑んだ。

「経過は順調だってさ! まだ目立ってこないけど、しっかり育ってるよ!」

「して、若旦那。今日の決闘で戦う怪人ですが」

 レピデュルスが大神の傍にやってきたので、大神はレピデュルスに向き直った。

「ああ、そうだな」

「ですが、今日、その怪人が身内の不幸で帰郷せざるを得なくなってしまいまして。ですので、代わりの怪人を選ぼうと したのですが、予定が空いている怪人がおりませんでしたので、早急に手配する必要がございます」

 レピデュルスは完璧に再生した左腕で胸を押さえて首を横に振ると、ヒゲに似た形状の外骨格が細かく揺れた。 ユナイタスとムカデッドはどうなんだ、と大神はちらりと思ったが、あの二人は社規に従った休みを取っただけだ。 どうしたものか、と大神は悩みながらレピデュルスを見直した。彼の外骨格は、惚れ惚れするほど綺麗に治った。 セイントセイバーとの戦闘で左腕を失い、上半身を下半身を両断され、レイピアも折られたが、全て再生している。 ちなみに、レイピアはレピデュルスの体の一部だ。尻尾として生えてくる外骨格を折り、武器にしているのである。 無論、怪人外科の黒川究明医師の腕も良いのだが、レピデュルス本人の再生能力が凄まじかったおかげである。 最終決戦を終えてから病院に戻ったレピデュルスは、体を休めながら外骨格を形成する物質を食べに食べた。 何度も脱皮を行い、腹部の傷と上腕まで砕かれた左腕を再生させ、何事もなかったかのような顔で仕事に戻っている。

「となると、選択の余地はねえなぁ」

 椅子を軋ませながら振り向いたパンツァーもまた、修復されて以前の姿を取り戻したが、一つ変化があった。 それは、背部の砲塔に付けられた紫のクモのペインティングだった。表面に描いただけの絵ではなく、砲塔の外装を 作る際に注文して外装にクモのモールドを付けてもらい、紫の塗料を流し込んだのだ。そのモデルは、当然アラーニャだ。 二人は分別を持っているので社内では表立った行動は取らないが、外では違うのだろう。

「そうよねぇん。私達はあの戦いでボロ負けしちゃったしぃ、当分は戦闘には出られないわぁん」

 アラーニャは縫合の跡すら見えない細い足をしなやかに揺らしながら、パソコンのキーボードを軽やかに打った。 外骨格の色艶は良くなっていて、心なしか鮮やかになっている。彼女もまた、傷を治すために脱皮を行ったからだ。 おかげで見た目が若々しくなって、以前から持ち合わせていた妖しさが増長され、怪人としての迫力も同様だった。 セイントセイバー戦で踏ん切りが付いてからは、パンツァーとの関係も地道だが着実に進展しているようだ。

「ちゅうことは、結論は一つっきゃねぇですぜ」

 くぇえ、と笑ったファルコは、風切り羽が蘇った翼を振った。負傷部分を再生させた際に生え替わったのだ。 だが、それは入院治療だけでは出来ることではない。ピジョンレディこと、野々宮鳩子のお見舞いの功労である。 彼女はヒーローの中でも突出した再生能力を持っているので、ファルコの病床に通ってその翼を癒やし続けた。 あまりに頻度が高いのでパワーイーグルこと野々宮鷹男に勘繰られた時もあったが、もちろん何も起きていない。 友達としての心情はあるが、それ以上にはならない。お互いに、子供の頃の美しい思い出を大事にしたいからだ。

「ま、そういうことだし」

 鋭太は青い軍帽を指に引っ掛け、くるくると回した。その机には、仕事の書類ではなくノートが広がっていた。 相変わらず落書きだらけで書き漏らしもあるが美花や七瀬の注釈が付いているので、使い物になっているらしい。 戦いを終えた後、鋭太なりに思うところがあったらしく、暗黒参謀ツヴァイヴォルフは当面は休業すると申し出た。 だが、自分の机だけは残しておいてくれと言った。家ではどうにも集中出来ないので、会社で勉強したいのだ、と。 会社の方が集中出来ないのではないかと大神は思ったし、その理屈は解らなかったが、意気込みだけは解った。 そのおかげで、定期テストの順位は底辺から僅かに上がってきたらしい。何事もやらないよりはマシだ、ということだ。

「そんじゃ、多数決で決定っちゅうことね」

 何の前触れもなく天井から上下逆さまに垂れ下がってきたカメリーが姿を現し、べろりと長い舌を伸ばした。

「普通に入ってきてくれよ。でもって、いちいち姿を消すな」

 大神はカメリーを天井から引き摺り下ろすと、カメリーはぎょろぎょろと両目を動かした。

「何よ、ちょっとは面白がってくれてもいいじゃない。俺の擬態能力の凄さを褒めてくれてもいいのよん」

「なんだったら、お前に決闘に出てもらってもいいんだぞ、カメリー」

 大神がカメリーを指すと、カメリーは両手を上げた。

「そいつぁ勘弁してちょうだいな、若旦那。俺はね、怪人の勧誘とジャールの噂の流布に忙しいんだからさぁん」

「なんで普通に業界誌の出版社に話題を持ち込まないかな。その方が健全で効率も良いじゃないか」

 大神が訝ると、カメリーは笑いを零した。

「評判ってぇのはね、流れていくうちに膨れ上がるのよ。その方が、社員の入りもいいんじゃなくて?」

 表情の窺えない顔に笑顔らしきものを浮かべ、ステロタイプなチンピラスタイルのカメリーは肩を揺さぶった。 美花の友人である七瀬に押し切られる形で採用し、名前だけの広報係に収めたが、予想外に成果を上げている。 試しに社内報を作らせてみたところ、妙にセンスが良く、文章も無駄がないのに的確で、社員達の評判は上々だ。 それだけでなく、情報屋としての商売を行うために作り上げた人脈と情報筋を使ってジャールの噂を広げている。 その内容は、ヴェアヴォルフがセイントセイバーに勝利した、というのが主で、ミラキュルンの話題は掠りもしない。 つまり、目立つ部分だけを誇張して広めているのだ。卑怯な手だが、噂を聞いてジャールを訪れる怪人も少なくない。

「んじゃ、頑張ってきてね! 未来のお父さん!」

 弓子が名護の手を取ると、名護は半笑いで承諾した。

「そこまで言われちゃ戦うしかないな」

「期待してるよ、刀一郎さん」

 大神が笑みを向けると、名護は引き出しから黒い剣の柄を取り出した。

「だったら、悪の秘密結社ジャールの新幹部、暗黒騎士ベーゼリッターの出撃と行こうか」

 名護は黒い剣の柄を握り、口元を上向けた。その表情は、以前に比べれば晴れやかで穏やかだった。 神聖騎士セイントセイバーとして怪人達を倒し続けていた時は、弓子の前であっても険しい表情を浮かべていた。 仕事のストレスと正義の味方としての負担は思いの外大きかったらしく、ジャールに入社してからは険が取れた。 それまで勤めていた会社を辞めてジャールに転職したのも、ジャールで働くことが弓子を本当の意味で守ることであり、 怪人を理解する近道になるから、だそうだ。そして、名護はセイントロザリオに変わる変身アイテムである、刃のない 暗黒の剣、フェアデルベンを手に入れた。ちなみにヴォルフガングの遺品である。

「じゃあ、俺も変身してこよう」

 大神は更衣室に向かいながら、意気込んだ。

「首を洗って待っていろ、ミラキュルン! 今日こそは貴様を倒してくれる!」

 更衣室に入った大神は高揚する気持ちを持て余しながら自身のロッカーを開け、赤い軍服を身に付けた。 そこかしこに美花の残り香があり、鋭敏な聴覚に滑り込んでくる。余韻に浸っていたかったが、理性で振り切った。 本音を言えば、大神もあのまま美花を抱き締めていたかったが、世界征服への野望を滞らせるわけに行かない。 それに、世界征服してしまえば美花といつでもいくらでもいちゃつける。そう思えば、煩悩に煽られた野心が滾る。 軍服を全て身に付けて暗黒総統ヴェアヴォルフに変身した大神、もとい、ヴェアヴォルフは意味もなく高笑いした。
 悪役とは、まず形から入るものだ。




 午後五時三十分。駅前広場。
 そして、いつものように、ヴェアヴォルフはミラキュルンを待ち受けた。傍に控えるのは闇に染まった騎士だ。 名護、もとい、暗黒騎士ベーゼリッターは、セイントセイバーのデザインを残しつつもかなり邪悪な外見になった。 セイントセイバーは銀色一色でシンプルだったのだが、ベーゼリッターは漆黒の装甲に紫のラインが付いている。 ヘルムの形状もいかにも悪役で、猛獣の牙を思わせるデザインになり、マスクにも牙のようなモールドがあった。 そして、ベーゼリッターが手にしている剣は、カラドボルグの外見を引き継いでいるが、美しいほどの闇色である。 ドイツ語で堕落を意味する名の暗黒剣フェアデルベンは、ヒーローから怪人側に来た名護にこそ相応しい武器だ。

「お待たせ!」

 明るい声と共に降りてきたのは、ピンクでハートのヒーロー、純情戦士ミラキュルンだった。

「待ち兼ねたぞ、ミラキュルン!」

 ヴェアヴォルフはマントを広げながらミラキュルンを指すと、彼女の携帯電話が鳴った。

「あ、ちょっとごめん」

 ミラキュルンは二人に断ってから、バトルスーツの下から携帯電話を取り出した。

「あ、お兄ちゃん? 芽依子さんはもう帰ったんだ。うん、そっかぁ。うん、解った。それじゃ、今日の夕飯のデザートは お兄ちゃんと芽依子さんの合作のケーキだね。楽しみ。それで、お父さんとお母さんはどこに行ったの? え? 銀河の外周部?  明後日には帰ってくるんだね。用事はないの? そっか、じゃあ切るね。戦いがあるから」

 通話を切ったミラキュルンに、ヴェアヴォルフは両耳を伏せた。

「相変わらず、貴様の兄は変なタイミングで電話を掛けてくるんだな」

「お父さんとお母さんが急用が出来たから、その連絡だったの。なんでも、何年か前に助けた外宇宙の珪素生命体の 人達から救難信号を受け取ったから、助けに行くんだって。恒星間ワープを使うから、月曜日の夜までには片を付けて 帰ってくるみたい。四天王と飲みに行くことになっているから、だってさ」

「貴様の両親も相変わらずのオーバースペックだな」

 ヴェアヴォルフが感心半分呆れ半分で言うと、ミラキュルンは携帯電話をバトルスーツの下に入れた。

「お兄ちゃんと芽依子ちゃんもすっかりラブラブになっちゃって。見てる方が恥ずかしくなっちゃう」

「人のことは言えないと思うが……」

 ヴェアヴォルフは自分の行動を思い出して羞恥に顔を歪めると、ミラキュルンも思い出したらしく俯いた。 確かに、マッハマンこと野々宮速人とナイトメアこと内藤芽依子の進展ぶりは、少々目に余るものがある。 速人と芽依子は根が真面目で勤勉なので、仕事と勉学には恋愛は持ち込まないが、離れてしまえば別である。 といっても、あからさまにいちゃつくわけではない。速人はあまり素直ではないので、遠回しに褒めたりのろける。 そして、芽依子も重症で、事ある事に速人を引き合いに出しては自分で照れてしまい、一人で悶え苦しんでいる。 微笑ましいと言えば微笑ましいが、ヴェアヴォルフもミラキュルンも毎日のようにその光景を目にせざるを得ない。 けれど、付き合いたてで恋愛全開の思考回路なのは二人も同じなので、文句を言えないのが困りどころである。 それに、芽依子はこれまでの出来事で苦しみを乗り越えてきたのだから、甘い幸せに浸ることは許されるべきだ。

「ま、まぁ、それはそれとしてだ!」

 ヴェアヴォルフは妙な空気を仕切り直すため、両腕を大きく広げてそれらしい格好を付けた。

「先の戦いでは、この俺の力で神聖騎士セイントセイバーを闇に葬り去ったが、貴様という障害がある限り、我らの野望は 成し遂げられない! だが、しかし! 我らには新たな戦力が加わった! その名も!」

「悪の秘密結社ジャールが新幹部、暗黒騎士ベーゼリッターとは、この私のことだ!」

 すかさずベーゼリッターが暗黒剣を掲げると、ミラキュルンは身構えた。

「まっ、まさか、中の人はセイントセイバーだったりしちゃうの!? 見た目がそのまんまだし、名前も!」

「ふははははははは、そのまさかだ! どうだ恐れ入ったか、いかに優れたヒーローであろうとも、この俺の邪心と野望に 染められてしまうのだぁああっ!」

 ヴェアヴォルフが勝ち誇ると、ミラキュルンはぎちりと拳を固めた。

「だったら、余計に負けられない!」

「行くぞミラキュルン、暗黒剣フェアデルベンの切れ味、とくと味わうがいい!」

 ベーゼリッターが駆け出すと、ミラキュルンはヒールでレンガ状の舗装を蹴り、飛び出した。

「どこからでも掛かってきなさい!」

 ベーゼリッターは迷いのない動きで暗黒剣を振り翳してミラキュルンを攻めるが、ミラキュルンは怯まない。 純情聖剣ミラキュルーレを出すことなく、拳だけで暗黒剣を弾いては距離を保ち、的確にダメージを与えている。 対するベーゼリッターは不用意に必殺技を撃たずにフェアデルベンだけで凌ごうとしているが、確実にミラキュルンが 押していた。義兄の勝利を願いながら、ヴェアヴォルフは戦いを眺めた。
 戦っても戦っても負けることは、必勝を望まれるヒーローとは違った苦悩はあるが勝利への欲望が高まる。 そして、戦いが辛ければ辛いほど、負けることが多ければ多いほど、世界征服への野望は確固たるものとなる。
 怪人に明日はない。だから、己の手で掴み取るしかない。


 正義と悪の戦いは終わらない。
 そこに、愛する人と守るべき世界がある限り。


 全ての正義と全ての悪に栄光あれ!






THE END.....




09 10/28


あとがき