純情戦士ミラキュルン




第二話 暗黒総統ヴェアヴォルフの野望!



 そして、土曜日。
 大神は暗黒総統ヴェアヴォルフに変身し、三日間の実戦訓練を終えたダンゴロンを伴って駅前広場に向かった。 補佐役のパンツァーを含めた三人は、午後五時十五分頃から純情戦士ミラキュルンの到着を待ち侘びていた。 駅前を行き交う人々は、時折三人を見やるが特に気にすることはなく、それぞれの家路を辿っていった。噴水の傍に 立てられている時計の長針がじりじりと動き、午後五時二十五分を過ぎた頃、倒すべき敵が現れた。

「どうも、お待たせしました!」

 前回とは違い、駅の西口から出てきた純情戦士ミラキュルンは、三人の前に駆け寄ってきた。

「私、部活はしてないんですけど、委員会があって……。すみません、待ちましたか?」

「大丈夫だ、充分間に合っている。決闘を始める前に、一つ聞いて良いか?」

 ヴェアヴォルフは、パスケースと通学カバンを持ったままの正義の味方を見下ろした。

「君はその格好で電車に乗ってきたのか?」

「まっまさかぁ!」

 ミラキュルンは慌てて手を横に振り、パスケースを通学カバンに押し込んだ。

「駅のトイレで変身してきたに決まってるじゃないですかぁ、こんな格好で乗ったら他の皆さんに迷惑ですよ!」

 ミラキュルンは通学カバンを少し離れた位置に置いてから、身構えた。

「じゃ、始めて下さい」

「では」

 ヴェアヴォルフは咳払いしてから、マントを翻して右手を突き出した。

「行け、鋼の砲弾、ダンゴロンよ! ミラキュルンを圧殺してしまうのだ!」

「必殺、メガトンシェル!」

 ダンゴロンは全ての足を引っ込めて丸くなると、回転を加え、ミラキュルン目掛けて唸りを上げて飛び出した。 これこそが、分厚い外骨格を持つダンゴロンの一撃必殺の技であり、パンツァーと共に訓練を重ねた技だった。

「え、あ、うわわっ!」

 ミラキュルンは前回同様に及び腰だったが、踏み止まり、右の拳を固めて振りかぶった。

「でぇやっ!」

 白いグローブに包まれた小さな拳が高速回転する巨大な球体に接すると、弾かれたのはダンゴロンの方だった。 思い掛けない衝撃を受けた漆黒の球体は、何度かバウンドしてレンガ状の舗装に転げ、街路樹にぶつかった。 だが、ダンゴロンは起き上がることはなく、丸めていた体を広げて無数の足も一つ残らず動きを止めてしまった。
 どう見ても、ダンゴロンは気絶している。だが、どう見てもミラキュルンのパンチには腰が入っていなかった。 ブーツはヒールなので踏ん張りが効かないだろうし、拳の固め方も危なっかしく、右肘も少しばかり曲がっていた。 なのに、鋼の砲弾の異名を持つ怪人が昏倒している。ヴェアヴォルフはそれが信じがたく、二度見してしまった。

「え?」

「あっ……」

 ミラキュルン本人も驚いているらしく、ダンゴロンと右の拳を見比べた。

「本気……じゃなかったんだけどな……」

「あれで!?」

 ヴェアヴォルフが仰け反ると、ミラキュルンは困惑気味に頷いた。

「あ、はい。怪人さんとの戦いはお兄ちゃんとの訓練とは加減が違うから、とりあえず調べようって思って、 あの怪人さんを殴ってみたんですけど、そしたら」

「……若旦那。こいつぁ、ぶつけて手の内を調べるどころじゃなさそうだぜ」

 パンツァーが不安げに声を落としたので、ヴェアヴォルフは頬を引きつらせた。

「あっ、案ずるな、パンツァー! 怪人はまだまだいる! これで勝ったと思うなよ、ミラキュルン!」

「えっと、それじゃ、今日はもうお終いなんですか?」

 ミラキュルンが尋ねてきたので、パンツァーは後頭部を押さえた。

「生憎、続きは出来そうにねぇよ。怪人がああなっちゃあ、戦おうにも戦えねぇからよ」

「そうですか……。本気で戦おうって思っていたのに、ちょっと残念だなぁ」

 ミラキュルンは右手を振って軽い痛みを振り払ってから、二人を見上げた。

「でも、そういうことなら仕方ないですよね。じゃ、また来週もこの時間に」

「あ、ああ……」

 ヴェアヴォルフが力なく答えると、ミラキュルンは通学カバンを肩に掛け、一礼した。

「では、失礼します」

「また来週……」

 ヴェアヴォルフは彼女の後ろ姿に手を振っていたが、マントを靡かせた背が見えなくなると、肩を落とした。

「とりあえず、俺達も帰ろう」

「それがええでしょうな。まずはあいつを起こしてやらねぇと」

 パンツァーは街路樹の真下で気絶しているダンゴロンに近付くと、鋼の拳でその頭を小突いた。

「生きてるかい、ダンゴロン?」

「う、うぅ……」

 低く呻いたダンゴロンは、短い触覚を動かし、無数の足を蠢かせて頭を起こした。

「なんですか、あれ……? ていうか、俺、何がどうなったんですか……?」

「俺にも良く解らん。だが、お前の敗北は決して無駄にはしない」

 ダンゴロンを抱えて起こしたヴェアヴォルフは、パンツァーの手を借りてダンゴロンを背負った。

「痛みはないか?」

「大丈夫です。頭はまだじんじんしますけど、どこも痛くありません。すみません、総統、俺なんかを」

 ヴェアヴォルフの背の上からダンゴロンが答えたので、ヴェアヴォルフは彼を背負い直して歩き出した。

「気にするな。俺に出来ることはこれぐらいだからな。明日はゆっくり体を休めるといい」

「なぁに、一度や二度の敗北で挫けるようだったら、悪の秘密結社なんかとっくの昔に畳んでらぁな」

 元気出せよ、とパンツァーがダンゴロンの丸まった背を叩くと、ダンゴロンは触覚を下げた。

「すみません、パンツァーさん。せっかく訓練を付けてもらったのに、あんな様で」

「いいってことよ。俺も久々に体を動かせて楽しかったからな」

 パンツァーはからからと笑い、ヴェアヴォルフの背からずり落ちかけたダンゴロンの丸まった背を支えた。 背面部に掴み所がないため、ヴェアヴォルフは手袋を填めた両手が滑りそうになったが、なんとか掴み直した。
 総統など、戦いもしないで傍観しているだけだ。ヴェアヴォルフも部下達も同じ怪人なのに、立場だけが違う。 実戦経験がほとんどないのだから、指揮を執るのもいい加減で、ミラキュルンを追い詰める作戦も思い付かない。 だから、結局は現場で怪人の実力だけに頼ることになってしまい、総統とは名ばかりの傍観者になってしまった。
 このままではダメだ。闇雲に怪人をぶつけていくだけでは、ミラキュルンを倒すどころか戦い慣れさせてしまう。 ミラキュルンはヴェアヴォルフ以上に実戦経験が無く、探り探りで戦っているので、畳み掛けるなら今しかない。 だから、ろくな戦法を持たない彼女が立ち向かえないような、特殊なタイプの怪人を引き合わせていくべきだろう。 本社に帰ったら、社員名簿を一から見直さなければ。そして、今度は一週間掛けて戦略を入念に練っていこう。 あの女子高生に声を掛けて、名前を聞き出し、アドレスも聞き出し、正面切って男女交際を申し込むためにも。
 世界征服しなければ。




 翌日は、当然ながら日曜日だった。
 シフトの都合上平日休みが多い大神は、いつもと変わらず出勤していつも通りコンビニのレジに立っていた。 平日とは客層の違う客を捌き、商品を補充し、店内清掃をし、伝票を処理しながら、合間合間に考え込んでいた。 ミラキュルンを倒す方法を考えているはずが、気が付けば意識が逸れ、彼女に声を掛ける術を考えてしまった。 そのたびに思考を振り払って考え直そうとするものの、大神の思考回路はあの女子高生に支配されてしまった。
 今し方入店してきた客に機械的に挨拶をした大神は、そろそろレジに並びそうな気配がある客に気を向けた。 そして、入ってきた客の姿を目で追うと、赤いチェックのマキシ丈のワンピースを着た少女がこちらを窺っていた。 一瞬呆気に取られたが、再度見直した。制服ではないのですぐに解らなかったが、間違いなくあの女子高生だ。 雑材のトートバッグを肩に掛け、グラディエーターサンダルを履いてお洒落をしていたが、化粧気は相変わらず薄かった。
 学校に用事でもあったのだろうか、いや、だとしたらなんで私服なんだ。制服じゃなくても可愛いものは可愛い。 彼女を視認した途端にそれだけのことを考えてしまった大神は、すぐに意識を戻し、レジに来た客の相手をした。 その客が店を出ていくと、半端な時間帯なので客の少なかった店内にはその女子高生と大神だけになった。 彼女は少し迷っていたようだったが、相変わらず控えめな足取りで近付いてくると、レジの前で立ち止まった。 大神は何をどう言ったものかと考えたが、上手い言葉が出てこなかったので、数秒間だが重たい沈黙が流れた。

「あ、あの」

 彼女が口を開くと、大神は戸惑ってしまった。

「あ、ああ、はい、なんでしょうか!」

「この前はすみませんでした……」

 緊張するあまりに今にも泣き出しそうな彼女に、大神はますます戸惑った。

「いえ、あんなの全然大したことないですから! だから、気にしないで下さい!」

 もしかして、それを言うためだけに店に来たのか。いやまさか、そんなことは、と大神は期待と不安が巡った。

「えっと、それと、この前、お釣りを忘れちゃって、それで……」

 彼女は言いづらそうに目を伏せ、俯いていった。

「あ、あれですか!」

 確かにそんなことがあった。すぐに思い出した大神は、バックヤードに駆け戻った。

「ちょっと待っていて下さい、本当にちょっとですから!」

 なんでそんなに念を押しているんだ、必死すぎじゃないか俺は、と自嘲しつつ、大神は自分のロッカーを開けた。 彼女が取り忘れたお釣りは六十二円だが、レジに置いておくと他のバイトがくすねるかもしれないと思ったからだ。 バイト仲間を信用していないわけではないが、万が一ということもある。その六十二円とレシートを握り、レジに戻ると、 その前では少し不安げな表情の彼女が待っていた。大神はレジ台に、レシートと小銭を置いた。大神が金額を確認する ように促すと、彼女はレシートの内容と金額を確かめてから財布を出して小銭を入れた。

「お手数掛けて、申し訳ありません」

 彼女が深々と礼をしたので、大神はにやけてしまいそうになったが表情を取り繕った。

「いえ、そんなことはありませんよ。またの御利用をお待ちしております」

「あの、それで」

 彼女が恐る恐る顔を上げたので、大神は聞き返した。

「何か御用でしょうか?」

「ちょ、ちょっと、待って下さいね」

 彼女は大神を制し、肩を上下させて深呼吸を繰り返し、一際大きく吸ってから大神に向き直った。

「あの!」

「はい」

「あの、ですから、その」

 上手く言えない自分が歯痒いのか、彼女は口籠もっていたが、意を決して語気を強めた。

「良かったらでいいんですけど、本当に本当に本当に良かったらでいいんですけど、その、私と!」

 だが、そこで気合いが途切れたのか、彼女はみるみるうちに赤面して項垂れた。

「お友達に、なって、くれ、ませんか」

 限界まで緊張しているのか、彼女の語尾は切なく震えていた。やべぇ可愛いどうしよう、と大神は顔を押さえた。 言動の一つ一つが初々しくてぎこちなく、いちいち頼りないが、それがまたどうしようもなく庇護欲をそそってくる。 またもや沈黙が流れたが、今度は甘ったるい感情に打ち震えている大神が黙り込んでしまったのが原因だった。

「あのぉ」

 大神が答えないので不安に駆られたのか、彼女が糸のように細い声を掛けてきた。

「あ、ああ、すみません!」

 大神は自分でもわざとらしく思うほど明るい態度を作り、答えた。

「そんなこと、いいに決まってるじゃないですか!」

「あっ、ありがとうございます、大神君!」

 と、彼女は言い切ってから、先程以上に赤面した。どうやら、緊張しすぎて呼び方を間違えたらしい。

「ごめんなさい……。ずっと年上なのに、そんな……」

「ああ、いえ、別に」

 むしろその方が親しみがあって良い、と言いかけて、大神は飲み込んだ。そこまで言うと言いすぎだからだ。 あくまでも、大神は店員の一人なのだ。いきなり欲望を剥き出しにした言葉を連ねては、引かれてしまうだろう。 この流れなら、彼女の名を尋ねない方が不自然だ。そうだ、そうに決まっている、と大神は開き直って尋ねた。

「それで、君の名前は」

「市立高校二年C組の、のっ野々宮美花です! えと、あと、これがメルアドとケー番なんで!」

 彼女は声を裏返して言い切ると、大神の手にハート型に折られたメモ用紙を押し込み、駆け出した。

「しぃっ、失礼しましたぁっ!」

「……ありがとうございました」

 しばらく呆気に取られたが、大神は徐々に嬉しさが込み上がってきた。もしかして、これはもしかするのでは。 ハート型に折られたメモ用紙を一刻も早く開きたかったが、勤務中なので帰宅後の楽しみに取っておくことにした。 メモ用紙を制服のポケットに入れてから、大神は思い切り力を入れて拳を固め、世界征服への決意を新たにした。
 彼女の名前は聞けた。アドレスも手に入れた。最初の目的は果たしたが、次なる目的が頭をもたげてきたのだ。 もちろん、友達で終わらせるわけにはいかない。だから、彼女をデートに誘い、思いを伝え、彼女になってもらおう。 そのためには、次こそは純情戦士ミラキュルンを倒して勝利を掴み、世界の全てを悪の色に染め上げてしまおう。
 思う存分デートをするために。





 


09 5/27