純情戦士ミラキュルン




第三話 息詰まる戦い! 水面下の攻防!



 だが、苛立ちは更に増大した。
 ミラキュルンは河川敷で仁王立ちし、幅広で緩い流れの川で腹を見せて浮かぶテッポウウオ怪人を睨んだ。 テッポウウオ怪人、スナイプから浴びせられた超高圧水鉄砲で、ミラキュルンは頭から足元まで濡れていた。 水鉄砲自体は拳で弾けたので無傷だったが、全身が濡れたおかげで通学カバンにまで引っ掛かってしまった。 スナイプは、その直後にボディーブローを喰らわせて動きが鈍ったところに頭部に打撃を加えて昏倒させた。 それでなくても、場所を移されたことに苛々している。河川敷からでは、お目当てのケーキショップは遠くなる。
 いつも通りに駅前広場に向かうと、ヴェアヴォルフとファルコが待ち構えていて、河川敷に行けと言ってきた。 理由を聞くと、二人は懇切丁寧に説明してきてくれた。そして、怪人が既に河川敷で待機しているとも言った。 ヒーローにすべて手の内を明かすのは悪としてどうかとは思うが、それがジャールの性分なのだから仕方ない。 平常時にミラキュルンなら彼らの必死さと戦いへの執着心に少し感じ入っていただろうが、今ばかりは違った。

「……ああもう」

 ミラキュルンは固めた拳をそのままに、耳を伏せているヴェアヴォルフと伏し目がちのファルコに振り返った。

「なんでわざわざ遠いところに連れてくるんですか!」

「解ってくれ、ミラキュルン。スナイプが全力を発揮するためには、水が不可欠だったのだ」

 ヴェアヴォルフは体面を保つ努力をしたが、スナイプを瞬殺されたので語気はかなり弱っていた。

「そんなこと、私の知ったことじゃありませんよ! 帰りにケーキを買っていこうと思ったのに、ここからだと 遠回りになっちゃうんですよ! 新作のレモンムースとか、レアチーズケーキとか、ピーチタルトとか、食べたい ケーキが一杯あったんですよ! あのお店のはおいしいからすぐに捌けちゃうし、夕方に仕上がってきたケーキも 大半がなくなっちゃうんです! それなのに、ああ、もう!」

 ミラキュルンはヴェアヴォルフを力一杯指し、金切り声を張り上げた。

「駅前南口のスイートベリーですからね!」

「知ってるか、ファルコ?」

 ヴェアヴォルフが小声でファルコに尋ねると、ファルコは答えた。

「もちろん知ってますぜ。アラーニャもお気に入りの店なんでさぁ」

「あー、あそこか。俺は入ったことないな。ケーキは自分で買うほど好きじゃないから」

 ヴェアヴォルフは駅前南口の可愛らしい店舗を思い出してから、ミラキュルンに目線を戻した。

「知らなくても構いませんけどね。悪の秘密結社に買い占められたら困りますから」

 ミラキュルンは通学カバンを肩に掛け、ずかずかと歩き出した。

「では、私はこれで!」

「ま、待ってくれ!」

「なんですか、まだ何かあるんですか」

 ミラキュルンは怒りを剥き出しにしながら、呼び止めたヴェアヴォルフに振り返った。

「あ、ああ……」

 あるような、ないような。ヴェアヴォルフは呼び止めてから、口籠もってしまった。

「あるならさっさとして下さい。売れ残りがあるかもしれないから、スイートベリーに早く行きたいんですよ」

 ミラキュルンは腕を組み、つま先で地面を叩いた。表情は見えなくても、その苛立ちの凄まじさは伝わった。

「うん、今、思い出すから」

 ヴェアヴォルフは川面で気絶しているスナイプを横目に窺ってから、怒りの漲るミラキュルンに視線を戻した。 肩から提げた通学カバンからして、ミラキュルンは美花と同年代だろう。通学先は違うだろうが。生憎、ヴェアヴォルフには 男子高校生の弟はいても女子高生の友人はいない。だから、美花の件の相談出来そうなのは彼女だけだ。

「すまん、ファルコ。スナイプを連れて先に引き上げてくれ」

 ヴェアヴォルフが気絶したままのスナイプを示すと、ファルコはクチバシを開いた。

「そりゃなんでですかい」

「えぇ、えぇっと、今後の戦いのためだ!」

「無茶だけはしないで下せぇな、若旦那」

 ファルコは訝しげだったが、ヴェアヴォルフの命令通りにスナイプを抱えて翼を広げると、飛び去っていった。 ファルコの巻き起こした風が吹き抜けて砂埃が舞い上がると、ヴェアヴォルフとミラキュルンのマントが翻った。 初めてミラキュルンと真正面から向かい合ったヴェアヴォルフは、何を話したものか、とまたも悩んでしまった。 相談したいと思ったのは確かだが、相手はミラキュルンだ。今し方も怪人と戦っていた、ジャールの敵なのだ。

「で?」

 苛立ちすぎたせいで少女らしからぬ威圧感を得たミラキュルンは、ヒールで地面を抉った。

「話すことがあるなら、さっさと話して下さいよ。でないと、ヴェアヴォルフさんも本気で殴っちゃいますよ」

「それは勘弁してくれ」

 コンビニ店員は客商売だから、と内心で付け加えてから、ヴェアヴォルフは言葉を選びながら言った。

「ミラキュルン、貴様は高校生だよな?」

「そうですけどそれが何か」

「やっぱり、友達とメール交換とかするんだろう?」

「今時、メールしない高校生がいると思いますか?」

「それで、だな。どういう話題でやり取りしているんだ?」

「内容なんてあってないようなものですけど。今何してる、とか、誰それと遊んでた、とか」

「そんなものなのか?」

「後はクラスの連絡事項とか、遊ぶ日取りとか、電話じゃちょっと言いづらいこととか、面白い写メとかですかね」

「後者はともかく、前者は通信料の無駄としか思えないな」

「ケンカ売ってるんですか?」

「ああ、いや、違う違う!」

 ヴェアヴォルフは慌てて否定してから、言い直した。

「要するに、雑談なんだな?」

「それ以外の何があると思います?」

「ありがとう、参考になった」

 それなら、なんとかなりそうだ。ヴェアヴォルフは活路を見出せた嬉しさで、少しばかり口元を緩めた。

「なんでもいいですけど、早く解放してくれませんか? でないと」

「解った解った、俺達の負けだ。だが、次こそは抹殺してくれる、覚悟しておけ純情戦士ミラキュルン!」

 ヴェアヴォルフが締めのセリフを叫ぶと、ミラキュルンは力強く地面を蹴り、浮上した。

「覚悟するのはそっちですからね! 何度来たって、一発KOしてやりますからね!」

 ミラキュルンはぷいっと顔を背けると白いマントをはためかせながら、先述通り駅前に向かって飛び去った。 ヴェアヴォルフは彼女の背を見送り、安堵した。考えてみれば、自分の高校時代も大体そんな感じだった。 考えすぎることはなかったのだ、とヴェアヴォルフは赤い軍服の襟元を開き、内ポケットから携帯電話を出した。 意を決し、推敲を重ねすぎて暗記しそうになった挨拶と連絡の短いメールを美花のメールアドレスへと送信した。

「賽は投げられた!」

 携帯電話を握り締め、ヴェアヴォルフは尻尾を振り回した。

「世界はいずれ我が膝下にひれ伏すのだ! ふははははははははははは!」

 どうにでもなってしまえ。そんな気分になったヴェアヴォルフは、悪っぽいことを口走りながら駆け出した。 動かずにいると恥ずかしくて息が詰まりそうだったし、自分の文章が美花の元に届いたかと思うと照れ臭すぎる。 これで、美花がまたコンビニに来てくれればいいのだが。そうでないと、寂しすぎて日常が色褪せてしまうからだ。
 メールの中だけでなく、野々宮さん、と声に出して呼びたい。そして、あの優しい声で、大神君、と呼ばれたい。 大神君。その響きだけでも甘酸っぱくて身悶えしそうになったが、なんとか我慢してヴェアヴォルフは走り続けた。 訳の解らない衝動が全身に湧いてきて、走っていなければ別方向にエネルギーが向かってしまいそうだからだ。
 これが恋なのだ。




 翌日。大神は、ぼんやりしながらレジに立っていた。
 だが、原因は前回とは異なった。前回同様に寝不足ではあるのだが、嬉しすぎて良く眠れなかったからである。 それもこれも、美花からメールが返ってきたからだ。大神の味気ないメールに、絵文字を多く使って答えてくれた。 絵文字が多ければ多いほど脈がある、とアラーニャから聞いたことがあるので、きっと嫌われていないのだろう。 その上、美花のメールは一通ではない。大神がメールを送った後、美花が眠るまでの間に何度も交換したのだ。 夕飯は何を食べた、これから風呂に入る、おやすみなさい、とその程度のものだったが、充分すぎる内容だった。
 大神はレジに消耗してきた備品を補充しながら、無意識にばさばさと動く尻尾に気付いて片耳を下げた。 嬉しいのは解るが、感情が出すぎだ。大神は尻尾を押さえたが、尻尾は別の生き物のように動き続けていた。 仕方ないので尻尾を押さえるのを諦め、大神はレジの備品補充を終えてから、品出しをするためにレジを出た。 両開きのドアが開いてアラームが鳴ったので顔を上げると、どことなく顔が緩んでいる美花が店内に入ってきた。

「いらっしゃいませ!」

 大神はすぐさま立ち上がり、挨拶した。

「こんにちは」

 シフォンのワンピースにロールアップのジーンズを履いた美花は、大神に近付き、はにかんだ。

「ここのところ、お店に来られなくてごめんなさい。あんなことしちゃったから、その、恥ずかしくて」

「いや、いいですよ。俺は全然気にしてませんから」

 この一週間の苦悩が一瞬で吹き飛んだ大神は、だらしなく笑った。

「それで、その……」

 美花は肩から掛けていたトートバッグを開けると、紙袋を取り出した。

「良かったら、これ、食べてみて下さい」

 美花の差し出した淡いピンクの紙袋には、スイートベリー、との店名が印刷されていた。

「マドレーヌです。とってもおいしいから、大神君にも食べてほしいなって思って。あの、迷惑だったら」

「いやあ全然!」

 大神は即座に否定し、丁重に紙袋を受け取った。

「ありがとうございます、野々宮さん!」

「はい」

 美花は頬を赤らめて躊躇いがちに頷き、上目に大神を見上げてきた。

「これからも、よろしくお願いします。大神君」

「こちらこそ」

 大神は笑みを返してから、レジに客が近付いていることに気付き、美花に言った。

「それじゃ、また来て下さいね。いつでもお待ちしていますから」

「はい!」

 美花は喜びに満ちた笑顔で答えると、大神に一礼し、コンビニを後にした。

「ありがとうございました」

 大神は美花を見送ってから、急いでレジに戻り、美花と会話している間に待たされていた客の会計を行った。 レジが空くと、大神はすぐさま更衣室に戻って美花が渡してくれたマドレーヌを丁重にリュックサックに入れた。 ミラキュルンが執着していた店と同じ店のものだが、きっと偶然だろう。彼女達は、同年代の少女なのだから。
 ミラキュルンには負けてしまったが、意見は聞いてみるものだ。だが、あんなことは最初で最後にしなければ。 それ以前に、世界征服を阻む憎き敵だ。美花と付き合うためには、ミラキュルンを倒して世界征服しなければ。 そして、考え得る全ての野望を果たすのだ。大神は先程以上に動いてしまう尻尾に辟易しつつもにやけた。
 次は、どんな怪人を仕向けてやろうか。





 


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