南海インベーダーズ




侵略者的脱出劇



 先制攻撃を仕掛けてきたのは、波号だった。
 体格が急激に成長したせいで無惨に破けた服の上から戦闘員から借りた迷彩服を羽織った、紀乃と全く同じ顔 をした少女は慣れた動作でサイコキネシスを放った。逃げ水が煌めくほど熱したアスファルトが目に見えない凶器に 断ち切られ、破片が散る。波号は呆気なく厚いアスファルトを引き剥がすと、紀乃に向けて放り投げてきた。紀乃は それを受け止めては余計な力を使うと判断して飛び退き、海上に浮かんだ。波号も躊躇いなく空中に飛び出すと、 今度は滑走路の構造物だった鉄骨を引き抜いて強烈な速度で投擲してきた。まともに喰らっていては切りがない、 と紀乃はサイコキネシスの盾を生み、出力を弱めにして弾力性を作り、鉄骨の洗礼を受け流した。受けてばかり では戦いにならないので攻撃に転じようとするが、自分と同じ顔となるとやりづらくて敵わず、紀乃はほんの少し動き が鈍った。その僅かな躊躇いの間を逃さず、波号は追撃に掛かった。

「せっかく東京に来たのに、なんにもしないで帰るなんてつまんない!」

 波号は紀乃と同じ声を発し、ガードレールを破壊して先端を凹ませ、巨大な槍を作り上げた。

「渋谷、新宿、原宿、どうせならディズニーランドにも行きたい!」

 波号はぎしぎしと軋むガードレールを一息に引き抜き、ヘビのようにうねらせながら紀乃に突っ込ませた。

「なのに、世の中全部が私の敵!」

「やかましいっ!」

 紀乃はガードレールのヘビを弾いて海に投げ落としてから、工事現場のありそうな埋め立て地に向かった。

「だから、誰がどうなろうがどうでもいい! 皆が私を嫌いになるなら、私も皆を嫌いになってやる!」

 すかさず波号は追い、海面が波打つほど加速した。

「黙れパチモン!」

 ほぼ平行して飛ぶ波号に叫び返した紀乃は、小松の脳入りクーラーボックスを落とさないように持ち直した。

「お父さんだってお母さんだって、私のことを放っておいた! 政府の連中に捕まったのに助けようともしなかった!  学校の友達だって、私のことを化け物だと思っているはずだ! 仲が良かったあの子も、部活の皆も、塾の友達 も、誰も彼もが私を怖がっている! 会いたいのに、帰りたいのに、私は化け物じゃないのに!」

 海水の弾幕を撒き散らしながら叫ぶ波号に、紀乃は凝固した水の弾丸を避けながら言い返した。

「そんなこと、今更言われなくても知ってんだから!」

「キモいのだらけの島で暮らすのは退屈すぎ! だけど、東京に来たら来たで攻撃される!」

「……うん、それは尤もだけど」

 前半は大いに同意する。紀乃は若干速度を落としかけたが、踏み止まった。波号に海に叩き込まれてしまっては、 呂号から奪い取ったメタルファッションがびしょ濡れになってしまう。レザージャケットの下はノーブラなので心許 ないし、服が濡れては集中力が減退してしまうし、クーラーボックスが壊れてしまっては小松の脳が東京湾の藻屑と 化してしまう。紀乃は急激に高度を下げて海面すれすれを飛行し、上下を反転させて波号が無節操に解放している サイコキネシスの感覚を自分の感覚に絡め取った。波号は紀乃をまるっきりコピーしているので、感覚の出し方も 紀乃と全く同じだ。誰にも教えていないが、感覚を広げても捉え方が少しだけ甘いウィークポイントがある。それは、 視界が及ばない後頭部の中心だ。そこに精神の触手を突っ込むと、波号の速度が緩んだ。

「ふぁっ!?」

「お喋りはこれにて終了!」

 目を見開いて硬直した波号の目の前に急上昇した紀乃は、波号を思い切り海面に叩き込んだ。

「それと、あんたがコピーした情報はちょっと古いよ。私はゾゾや皆のことがキモいとは思うけど、あの島での暮らし は退屈じゃないよ。毎日毎日やることは尽きないし、いくらでも遊べるし、ガニガニだっているもの。だから、あんたが 言ったのは私の本音じゃない。あんたが私の真似をして言った、あんた自身の本音だよ」

 高く上がった水柱が崩れると、迷彩服姿の少女が海面に浮いてきた。波号はサイコキネシスで体を引き上げるが、 衝撃を受けたせいで集中力が途切れたらしく、紀乃の元まで浮上出来なかった。

「私の……本音?」

 海水を吐き出して咳き込んだ波号は、涙目になりながら紀乃を見上げてきた。

「そう、本音。言いたいことがあるんなら、変身していない時に自分の口でちゃんと言ったら?」

 紀乃はひょいと肩を竦めてから、波号に背を向けて飛び出した。

「待って、ねえ待って! 私を置いていかないで!」

 波号の切実な声が背に掛けられ、紀乃は一瞬良心の呵責に駆られたが、相手は政府が飼っている大事な大事な 甲型生体兵器だ。どうせ、すぐに変異体管理局から助けも来るし、サイコキネシスが使えるのだから溺れ死ぬ心配は ない。今、大事なのは、小松の新しい機体を見つけて奪うことだ。波号の哀れっぽい言葉に同情して引き返したり してしまっては、またあの白い地下牢に逆戻りだ。それに、早く事を進めなければ、小松の生命維持の制限時間が 迫ってくる。十二時間と言えば長いようにも思えるが、今の紀乃ではマッハに近い速度で空を飛ぶのは不可能だ。 勾玉を奪われてからというもの、力の底上げが出来なくなっている。物も動かせるし、空も飛べるし、戦えるのだが、 あまりパワーを出しては息切れしてしまう。実際、波号とほんの少し交戦しただけで頭の奥に疲労の固まりを感じ、 感覚を広げられる範囲も狭まっているような感じがする。思い出してみれば、紀乃の超能力がまともになったのは、 あの勾玉を身に付けるようになってからだ。きっと、あれはミュータントに何かしらの効果を与える物体だったのだ。 そうだと解っていれば捜し出して取り戻しておくべきだった、と後悔したが、もう手遅れだった。脱獄してから時間が 経過したことで変異体管理局側の戦闘配備も整い、武装ヘリコプターが何機も発進していた。波号を回収するために 海面でホバリングしている機体もあり、山吹丈二らしき声が指示を飛ばしているのが聞こえる。

「急がなきゃ」

 紀乃は東京湾に面した臨海副都心に目線を走らせ、羽田空港の滑走路拡張工事現場を見つけた。注視すると、 小松が使っていたものと似たようなタイプの人型多脚重機も作業している。変異体管理局から避難命令が出された らしく、作業員達が急いで引き上げているのが見えた。また邪魔されては困るので武装ヘリコプターの銃器を狙って 海水をぶちまけてから、紀乃は最加速して工事現場に突っ込んだ。減速する余裕がなかったのでピンヒールが地面を 噛みすぎて塗装が剥げ、砂埃を大量に含んだ風が吹き抜けた。紀乃が砂埃を払いながら顔を上げると、作業員 達は悲鳴を上げて我先にと逃げ出していった。皆、日に焼けた屈強な男達なのに、自分達の子供のような年齢の 少女に怯えて逃げ惑う様は滑稽でもあり、どこか微笑ましい光景だった。

「そんなに怖がらなくても、取って食いやしないのになぁ」

 ねえ小松さん、と箱の中の小松に話し掛けながら、紀乃は手近な人型多脚重機の操縦席に乗り込んだ。

「うぐぅっ!?」

 途端に機械油臭さと泥臭さと男臭さが襲い掛かり、紀乃は噎せ返った。今し方まで作業員が閉じこもって 汗水垂らして働いていたわけだから、当然ながら汗やら何やらが分泌される。多少は換気装置は付いているだろうが、 機械熱が籠もり、ほとんど遮蔽物のない埋め立て地での直射日光を浴びていたわけで、鼻につんと来る男臭さは 程良く過熱されて立ち込めている。サウナも同然の操縦席に小松の脳入りクーラーボックスを入れては、小松の 脳はとろとろのシチューになりそうな気がしたが、機体を選んでいる余裕はない。紀乃は操縦席のドアを閉めると、 その上に仁王立ちして人型多脚重機を浮かび上がらせ、武装ヘリコプターの一団と向き合った。

「ふはははははははっ、さらばだ!」

 紀乃はテンションが上がりすぎた末に特撮番組の悪役臭いセリフを吐いてから、武装ヘリコプター部隊を空中に 硬直させた。一機ずつドッグファイトをしていては、たとえ勾玉があっても精神力が足りなくなる。それに、今はマッハに 近い速度が出せないのだから、ミサイルで狙い撃ちされては叩き落とす手間が出来てしまう。小松の新しい体となる 人型多脚重機を浮かび上がらせた紀乃は、その重量と質量に負けないように気を張り、忌部島を目指した。
 無性に、ゾゾの料理が懐かしかった。




 ひどいなんてものではなかった。
 山吹はデスクに山積みになった始末書と各方面への報告書を見るのも嫌になり、顔を覆ってため息を吐くような つもりで吸排気口から強めに排気した。引き出しを開けると、三日前の戦闘後に秋葉に渡すつもりで買っておいたが 形が崩れてしまった指輪が入った箱が押し込まれていた。領収書は乱雑な自室の奥から出てきたので、買った店に 持っていけば交換してもらえるのだろうが、この三日間は紀乃への取り調べなどで忙しく、海上基地から出る暇も なかった。そして、今後一ヶ月もそんな暇はないだろう。山吹は錯覚ではあるが頭痛を感じ、崩れ落ちた。

「うぼぁー……」

「丈二君」

 山吹の隣のデスクに座る秋葉は、淡々と書類を捌いていた。

「なんすか、むーちゃん」

 山吹が恐る恐る顔を上げると、秋葉は選り分けた書類の束を山吹のデスクに置いた。

「これは丈二君の署名が必要」

「了解っすー」

 山吹は秋葉から書類を受け取ってから、しょげた。

「それと、悪いんすけど、あの大事な話をするのは延期してもいいっすか? なんかもう、ダメダメ過ぎて……」

「予想の範疇。だから、問題はない」

「ああ、そうっすか」

 心底情けなくなりながら、山吹は秋葉の時が並ぶ書類に署名していった。

「てか、俺らは万全の態勢で乙型一号と寄生体一号を隔離したはずなんすけどねー」

「原因は電磁手錠の設計ミスね。耐水性能を上げることに気を向けすぎて、耐電性能を上げるのを怠ったのよ」

 二人から少し離れたデスクで、同じように書類の山と向き合っている真波が言った。

「寄生体一号のバッテリーから電圧を下げなかったのも手落ちね。寄生体一号の生命維持に不可欠だから、という ことでガソリンを抜くだけに止めておいたけど、今度からはバッテリーも外さないとダメね。それと、乙型一号に自殺の 危険性がないからとの判断で与えた下着も、結局は脱獄の手助けになってしまった。だけど、収穫はあったわ」

 真波は椅子を回して二人に向き、コピー用紙にプリントされた写真を見せた。

「これよ」

「それって、乙型一号から押収した勾玉っすか?」

 山吹が赤い勾玉のペンダントが映る写真を指すと、秋葉は一度瞬きをした。

「単なる宝飾品ではないのですか?」

「情報が正しければ、これもミュータントの一種なのよ。SFなんかでお馴染みの珪素生物といったところね。それが 本当なら、こちらの味方に付けられるかもしれないわ。山吹君が搭乗した人型軍用機も、その珪素生物を内蔵して 自立稼働させることを前提として設計されていたのよ。だから、今後はその珪素生物を組み込んだ人型軍用機と、 私の直属の部下を中心とした部隊編成で対インベーダー作戦を展開する予定よ」

 勾玉の写真を自分の手元に戻し、真波は書類を捌く作業に戻った。 

「……え? それじゃ、イッチー達はどうなるんすかってどぅわっ!?」

 山吹が身を乗り出しすぎて椅子から転げ落ちると、秋葉も腰を浮かせた。

「あの子達は、まだ活動限界を迎えていません。その判断は早急ではありませんか、主任」

「決めたのは私じゃなくて、局長よ」

 真波は冷めたコーヒーを啜ったが、顔をしかめてマグカップを押しやった。

「今日の戦いを見たでしょう? 伊号も呂号も波号も、防衛戦には向いているけど実戦はまるでダメなの。だから、 今度は近接戦闘に長けた生体兵器を配備するのよ。山吹君だって管理職なんだし、この前みたいな大立ち回りは 何度も許可するわけにはいかないわ。再訓練しようにも、あの子達はろくに言うことを効かないし」

「でも、それじゃ、あの子達が可哀想じゃないっすか? 局長だって冷たいっすよ、あんなに可愛がってんのに」

 床から起き上がった山吹が真波に詰め寄るが、真波は山吹に目もくれずに書類にボールペンを走らせた。

「可愛がっているから、手元に置いておきたいんでしょう。で、危ないことは私とその部下に任せて、自分は可愛い 女の子と安全な場所で悠々と過ごす。なかなか素敵なお考えじゃない」

「あの人、何を考えてんだか解らないっすね」

 頭部の外装をがりがりと引っ掻きながら、山吹は倒れた椅子を起こして自分のデスクに戻った。

「全くね」

 真波は短く言い捨ててから、冷め切ったコーヒーを入れ替えるために給湯室へと向かった。オフィスに残っているのは 山吹ら三人だけで、真波のヒールの足音が響き渡った。秋葉も立ち上がると、西日が差し込まなくなったので ロールカーテンを引き上げた。紀乃の脱出劇は未だに尾を引いており、海上基地は視界が白むほどの光量でライトが 灯っていた。特に明るく照らされているのは、紀乃の能力をコピーした波号が破壊した滑走路で、当然だが使用 禁止になっていた。行政、民間、マスコミ、市民などから掛かってきた電話が鳴りっぱなしだったが、夜になると少し は落ち着いた。紀乃が人型多脚重機を奪取した羽田空港の工事現場にはテレビクルーが入っているらしく、撮影用 の照明が目立ち、ヘリコプターの羽音が鳴りやまなかった。臨海副都心は薄い闇に包まれ、仮初めの静けさを得て いる。伊号は一撃で倒された悔しさで荒れ、呂号は私服を奪い取られた腹立たしさをエレキギターにぶつけ、波号は 海中に叩き落とされたショックで寝込んでしまった。体勢を立て直すためにかなり時間が掛かりそうなので、真波の 直属部隊が配備されれば防衛に隙間を作らずに済むだろうし、これまで酷使されてきた三人の少女達にも余暇を 与えてやれるだろうが、三人の少女達から御株を奪うようで気が引けてしまった。
 だが、山吹は所詮は中間管理職だ。上がそうだと決めたら下との折り合いを測るしかない。秋葉が淹れてくれた 二杯目のコーヒーを眠気覚ましに呷った山吹は、目の前の現実と立ち向かうために書類と戦った。
 今夜は長くなりそうだ。




 柔らかく炊けた白飯、魚の味が出ている味噌汁、程良い塩気の漬け物、南国らしい料理の数々。
 それらを全て食べ終えた紀乃はドクダミ茶を啜り、全身の力を抜くように息を吐いた。椅子の背もたれからずるり と背中を落とし、足を投げ出した。安堵のあまりに涙が出てきそうになってしまったが、今はそれすらも嬉しかった。 向かい側には忌部らしきフンドシと甚平が座っていたが、二人は箸を止めていた。それもそのはず、皿に山盛りに なっていたゾゾの手料理は粗方食べ尽くされていたからだ。残っているのは野菜ばかりで、食べづらい硬い部分が 皿の端に選り分けられていた。甚平は紀乃に意見するべきかどうか迷ってから、残った野菜を食べた。

「そこは文句を言えよ、甚平。年上なんだから」

 彼のあまりの気の弱さに忌部が呆れると、甚平は尖った歯でがりぼりとパパイヤを噛み砕いた。

「あ、う、いえ、でも、僕は普通に食べられるっていうかで……」

「脱獄して暴れ回ったから腹が減っているのは解るが、普通はここまで喰わんだろ。それと、いい加減に着替えろ。 呂号がいるみたいで落ち着かないんだ」

 仕方なく、忌部は皿の端に残った野菜に箸を付けた。

「だって、まだお風呂が沸いてないんだもーん」

 紀乃はレザージャケットのファスナーを下ろし、ノーブラの胸が露出しない程度に広げた。単純に暑苦しいからだ。 忌部と甚平は少し気まずげに視線を逸らして、夕食に集中することで紀乃から意識を外した。紀乃は手首に巻いた ごついビスのブレスレットを外してテーブルに置き、物凄く暑苦しかったピンヒールのブーツのファスナーも下ろし、 汗ばんだ素足を引っこ抜いた。メタルファッションは通気性もなければ吸汗性もなく、日常生活を送るには最悪だ。 見た目がどれほど良くとも、機能性がなければ意味がない。
 一暴れして小松の新しい機体を引き摺って帰ってくるのは大変だった。何せ、直線距離でも一千五百キロ以上も 離れているのだから、マッハ単位まで加速出来ないとその分時間が掛かり、サイコキネシスを放出している時間も 長引いてしまう。ガス欠に陥りかけた瞬間も一度や二度ではなかったが、ゾゾのおいしい御飯が待っていると思うと 気合いが入った。不純かつ単純な動機だが、その方が却って効果が出たりするものだ。あの後、変異体管理局が どうなったかは、ニュースが教えてくれるだろう。報道規制が掛けられているだろうが、概要さえ解ってしまえば後は 特に気にならない。すると、こつん、と窓にヒゲの先端が当たり、ガニガニが覗き込んできた。

「そんなに心配しなくても、もうどこにも行ったりしないって」

 紀乃はテーブルから離れ、窓を開けてガニガニに身を乗り出し、その外骨格を撫でた。

「よしよし、良い子良い子」

 こち、とガニガニは一際小さく顎を鳴らし、複眼に紀乃を映した。巨大な体格を縮められるだけ縮め、首を傾げる かのように体を捻っている。大きさこそ大違いだが、その様は足元から人間を見上げてくる仔ネコのようで、紀乃は 思わず頬を緩め、軽く体を浮かばせて窓から出るとガニガニの頭部にしがみついた。

「あーもうっ、可愛いんだからぁん」

 かちこちこち、とガニガニは嬉しそうにまた顎を鳴らし、紀乃を抱えるかのように鋏脚を持ち上げた。

「楽しそうですねぇ、紀乃さん」

 校庭の奥から恨みがましく呟いたのは、機械油まみれになったゾゾだった。紀乃はガニガニから離れずにゾゾに 目をやると、ガニガニは紀乃を離してなるものかと言わんばかりに後退した。

「私は小松さんの脳と基盤の接続と機体のセッティングとその他諸々で忙しいというのに、そちらはなんてラブラブで イッチャイチャなんでしょうねぇ……」

 機械油に汚れた両手を見、ゾゾはほうっとため息を吐いた。

「で、小松さんは大丈夫なの?」

 ガニガニの甲羅に座った紀乃が尋ねると、ゾゾは農作業用のエプロンで手を拭った。

「ええ、それはもう。私の作った培養液ですから、そう簡単には死にませんよ。あの方も大切な実験台ですしね」

「きゃひほはははははははははっ!」

 唐突にあの奇声が響き渡って、どこからともなく出現したミーコが復活途中の小松の回りをぐるぐると走り回った。 相変わらず突拍子もない行動だったが、嬉しそうなのは伝わった。ミーコの内側には、小松の従姉である宮本都子 なる女性の残滓が残っているのかもしれない。だが、ミーコは寄生虫がみっちりと詰まっているし、脳もまた同様 で、宮本都子の顔をした別人だ。彼女が宮本都子であった頃を知る小松からしてみれば、さぞかし複雑な心境だろう が、二人はある意味では幸せなのかもしれない。紀乃はガニガニの甲羅に寝そべり、満天の星空を仰いだ。
 少なくとも、今、紀乃は幸せだ。





 


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