南海インベーダーズ




生体兵器的軍事演習



 東富士演習場。
 その名の通り、富士山麓の東に位置する広大な演習場である。4.597ヘクタールもの規模を誇り、毎年のように 陸上自衛隊が大規模な公開演習を行っている場所であり、本州の演習場の中では最大級だ。霊山でもある休火山が 威圧的に演習場を見下ろし、夏場なので山頂部の雪は溶けて消えている。遠くには無数の遺体が眠っているで あろう樹海を望み、そこかしこに残る陸上自衛隊の演習の痕跡が嫌でも緊張感を掻き立てる。
 全員、五体満足で帰れればいいのだが。そう思いながら、山吹丈二は演習場の一角に着陸したCH-47・チヌーク から下り、革靴で雑草を踏み締めた。回転が鈍り始めたローターからは風が吹き付け、制服の裾を忙しなく翻した。 いつもは緩めがちなネクタイも締め付けているので、心なしか息苦しい。喉など当の昔に失っているので、気持ちの 問題ではあったが。チヌークの後部ハッチから伸びたタラップが地面に接すると、万能車椅子のキャタピラを甲高く 軋ませながら伊号が下りてきた。それに続き、エレキギターを片時も手放さない呂号、秋葉の手を握り締めている 波号と続いてきた。伊号はロボットアームを使って防音用ヘッドフォンを剥ぎ取り、ぞんざいに山吹目掛けて投げ、 見渡す限り草しかない演習場を見やって舌打ちした。

「てか、何だよここ。マジ広いだけでなんにもねーし」

「演習場だから当然だ」

 呂号は防音用ヘッドフォンを外した途端に自前のヘッドフォンを被り、MP3プレイヤーの電源を入れた。

「むーちゃん、私達、ここで何をするの?」

 波号は不安げに呟き、ゴーグルの下から秋葉を見上げてきた。秋葉は波号の乱れた髪を整え、答えた。

「今回、私達は軍事演習を行う。日頃の訓練の成果を見せる意味もある」

「でもって、各方面へのショーでもあるんすよねー」

 山吹は演習場を見渡し、現地で組み上げられている愛機と電影に視線を止めた。

「甲型、乙型の生体兵器は諸外国には公表されてないんすけど、活躍が派手すぎて隠しようがないのが現状なんす よね。もちろん、他の国もミュータントやインベーダーに関する情報は欲しがっているし、ともすればインベーダー共を 言いくるめて自国の傭兵として扱う危険性もあるんすよ。でもって、生体兵器について理解していないくせに外交の カードとして切ろうとする政治家先生もおられるしで、国内でも立場が危ういんすよ。幸い、この間の一件で電影と 人型軍用機は世間にも活躍を認められたし、政治家先生方も必要性も認識して下さったんすけど、まーだまだ甘い んすよ、これが。ミルクココアに生クリーム乗っけてチョコチップ散らして更にチョコレートソースを掛けたみたいな?  てぇわけっすから、これから俺らは一仕事するんすよ、一仕事」

「回りくどいのよね。簡潔に言ってくれないかしら、山吹ちゃん」

 ブーツのヒールを鳴らしながらタラップを下りてきた芙蓉は、防音用ヘッドフォンを液体と化して草むらに投げた。

「しかしなんだ、その喩え。聞いているだけで頭が痛くなるぜ」

 最後にチヌークを下りた虎鉄は、ヘルメットの上から被っていた防音用ヘッドフォンを鋼鉄化させ、握り潰した。

「実際問題、頭が痛い」

 秋葉は虎鉄と芙蓉を見据え、山吹の話を続けた。

「あなた方が実働部隊に加わったことによって、以前より疑問視されていた、甲型、乙型生体兵器の運用に対する 政府見解が昏迷し始めた。伊号、呂号、波号は、形は違えど遠隔操作にて攻撃を行う生体兵器であり、肉体での 直接攻撃は行っていない。しかし、虎鉄、芙蓉、両名は接触することによって能力を発揮するミュータントであって、 外見もまた人間体である。人型軍用機を肉体として行動する電影に対してはそれほど懸念は抱かれていないが、 あなた方は違う。人間に近い外見を維持しているために、同じく人間に近い外見を維持しているインベーダーへの 攻撃は不当ではないかという意見が持ち上がっている」

「乙型一号を相手にすると拙いってのか?」

 虎鉄が返すと、秋葉は頷いた。

「彼女は外見こそどこまでも人間だが、能力は大量破壊兵器に匹敵する。よって、人権は適応されないとの意見が 大多数だが、彼女もまた人間扱いすべきだという意見が少数の国会議員から出ている。我が国は民主主義国家で ある以上、少数意見も取り入れなければならない。私達変異体管理局は、陸、海、空、の自衛隊の協力を得て国防 に従事しているが、母体は厚生労働省。故に、人として扱うか否かの線引きが上手く行えていない」

「そんなんマジどうでもいいし。てか、インベーダーなんて人間扱いするわけねーし?」

 長話が鬱陶しくなったのか、伊号はロボットアームの尖端を振って虫を払うような仕草をした。

「現場に出ていない人間の意見などどうでもいい」

 山吹と秋葉の話は雑音でしかない呂号は、MP3プレイヤーの音量を上げた。

「てぇことは、私達がいかにブッ飛んでいるかってことをお偉いさんに見せつければいいのよね?」

 芙蓉は艶やかに輝く全身スーツを溶かし、虎鉄の腰に下半身を絡み付かせた。

「要約すればそうっすけど、その加減ってのが難しいんすよ、加減ってのが」

 山吹は頭部の積層装甲をがりがりと掻き、両耳に当たるアンテナを曲げた。

「や、やだなぁ……」

 波号は秋葉の陰に隠れ、紺のタイトスカートを握り締めた。

「やー、やぁっと動けるようになったんさー! バラバラにされた時はどうなることかと思ったんさー!」

 盛大に足音を立てながら駆け寄ってきた電影は、真っ先に秋葉に近付いた。

「アキハー! なんくるないさー?」

「大丈夫、問題はない」

「ひゃうっ」

 秋葉が電影に答えると、その背後で電影の大きさに驚いた波号がしゃがみ込んだ。電影は波号と初対面なので、 興味津々で覗き込んできた。だが、波号にはそれが一層怖いらしく、秋葉のストッキングに包まれた太股に縋って 涙目になってしまった。両膝を曲げて屈んだ電影は右腕を伸ばし、マニュピレーターの尖端で波号を突いた。

「イナグー、なんくるないさー。電影、電影ってんさー。怖がらんでもいいさー、アキハーと同士なんさー」

「やぁだぁー!」

 いきなり触られて尚更恐怖を増した波号は後退り、とうとう泣き出した。電影は驚き、仰け反った。

「な? な? な?」

「てか、ビビってんのにそれはマジねーし。てか最低すぎだし」

 伊号が電影を一瞥すると、電影は頭部に過電流が走り、デコピンを受けたかのような姿勢で後退った。

「あっが!」

「はーちゃんは、まだ電影に慣れてないんすよ。まあ、慣れたとしても、一週間も経てばまた怖がられるっすけど」

 山吹が電影の足を叩いて慰めると、電影は過電流が走った部分を押さえながら姿勢を元に戻した。

「ジョージーの言ってること、電影、よく解らんさー」

「解らないのはお前だ。僕達はお前なんかよりも遙かに優秀な大量破壊兵器だ。みだりに触れるな。次は壊す」

 呂号がエレキギターを振り上げて電影を指すと、電影は両手を上げた。

「イッチーもロッキーも、そんな怒らねーらんでさー! 電影、はーちゃんと同士になろうと思っただけさー!」

「……なぜこいつは僕の忌まわしき愛称を知っている」

 エレキギターを向けたまま、呂号が訝ると、山吹が挙手した。

「あー、それについては俺が原因っす、原因。電影はほら、沖縄訛りじゃないっすか。だから、普通に喋るだけでも 語尾が伸びるんすよ、語尾が。だから、そっちの方が呼びやすいかなーって思って教えたんす」

「てか、マジ気が抜けるし。ロボなのになんで超訛ってんだよ、しかも沖縄!」

 マジ意味不明すぎだし、と、伊号が不満げに眉を吊り上げると、電影は照れた。

「電影、よく解らねーらんど、そういうモノなんさー」

「普通はもうちょっと格好良いものよね、ロボットって」

 ねえ、と芙蓉が夫に同意を求めると、虎鉄はヘルメットの顎の辺りを親指で擦った。

「普通はな。こいつは元々珪素生物だから、その辺も含めて俺らの理解を超えているんだろうさ」

 生体兵器達の頭上に、複数のチヌークのローター音を伴った巨大な影が差し掛かった。真っ先に見上げたのが 呂号であり、続いて皆が顔を上げた。陸上自衛隊、と、迷彩柄の外装に書き記された二機がぶら下げているのは、 チヌークに匹敵する大きさの物体だった。地引き網を思わせる網の中で巨体を縮めている巨大生物は、網の隙間 から飛び出しているヒゲの尖端を不安げに動かしている。それが緩やかに草原に着陸すると、網の両端が外され、 しなりながら地面を叩いた。二機のチヌークは離れた位置に着陸すると、自衛官達を吐き出した。

「ガニー!」

 真っ先に駆け出したのは、電影だった。が、途中で立ち止まって皆の元に駆け戻ってくると、辺りを見回してから、 チヌークの中に置かれていた呂号のアンプを引っ張り出し、ついでに秋葉を持ち上げて左肩に載せた。

「でや改めて、ガニー、電影とアキハーさー!」

 大股に走った電影は、ものの十数秒で巨大生物が着陸した場所まで辿り着いた。秋葉を載せて呂号のアンプを 持つ左手を引き気味にしてから、自衛官達が輸送用の網を外すのを待った。編み目に覆われている青黒い外骨格は 狭苦しげに縮められ、鋏脚にはゴム製のシートが巻き付けられ、ヒゲの尖端にもゴムカバーが掛けられていて、 網の内側にもビニールシートが張られ、帯電体質である彼に触れてしまった人間達が無用な被害を被らないように 徹底的に気を遣われていた。網とビニールシートが剥がされると、丸まっていたヤシガニが顔を上げた。

「はいさい、ガニー? ガンジューねぇさー?」

 電影が腰を曲げて顔を近寄せると、体長十メートル近いヤシガニはヒゲを立ててみせた。

「基地からここまででーじ遠かったんさー。電影なんて、バラバラにされて運ばれたんさー」

 電影が繋ぎ合わせたばかりの左腕を曲げてみせると、ガニガニはちょっと驚いて触角をぴんと立てた。

「あー、心配せんでもええんさー。電影、どっこも悪くないんさー。むしろ、前より調子がいいぐらいさー」

 すると、ガニガニは安心したように触角を左右に振った。

「ガニガニ。電圧は能力適応範囲内か」

 秋葉が尋ねると、ガニガニは外骨格を擦り合わせながら網の上から這い出した。鋏脚を開いてゴムシートを容易く 引き千切ると、こつん、と鋏脚の尖端で地面を小突いてみた。衝撃と共に放電された電流が雑草の間を駆け抜け、 空気中に青白い光が散った。ガニガニは、こちん、と顎を軽く叩き合わせると、体内に蓄電されていた生体電流を 全ての足と全ての関節と全ての筋肉に行き渡らせた。分厚く青黒い外骨格の隙間で関節膜が痙攣し、体液が熱し、 変形に伴う若干の苦痛が無意識に顎を開かせる。腹部に連なる気門から息を吐き出しながら、ガニガニは巨体を 人型に組み替えていった。背部の外骨格がずり上がって縮み、丸い腹部が背部に迫り上がり、鋏脚の根本の位置が 動いて肩と化し、足の根本が割れて人間のような二本足が現れ、普段の足は脛に当たる部分で折り畳まれた。 最後に頭の位置が上がると、ガニガニは、がちん、と顎を閉じて二本足で直立した。

「うり、ガニー」

 電影がアンプを差し出すと、ガニガニは両の鋏脚を上げて慎重に受け取ると、ヒゲの尖端からゴムカバーを剥がして アンプに接触させた。高音と低音が混じるノイズがしばらく漏れていたが、それが止まると、声がした。

『ありがとう、電影、秋葉さん。これがあれば、僕は楽にお喋り出来る』

「生体電流接触による意思の疎通は対象者の心身に危険が及ぶと判断し、今後、全面禁止とする」

 秋葉がガニガニを見上げると、ガニガニはヒゲの片方を下げた。

『うん、そうだね。あの時はごめんなさい、僕、誰かに話を聞いてもらいたくて焦っていたから……』

「おいこら巨大生物」

 珍しく息を上げながら駆け寄ってきた呂号は、エレキギターを担ぎ、ガニガニと向き合った。

「僕のアンプをすぐさま返せ。それは僕のためにチューンナップされた専用機だ。お前如きが触れる資格はない」

「ロッキー。アンプの代用品であれば、自衛隊によって輸送済み。そして、広域音波発生器は演習のために所定の 位置に配備されている。よって、不満を示す理由が解らない」

 電影の肩の上から秋葉が言うと、呂号はゴーグルの下で眉根を曲げた。

「それとこれとは関係ない。僕のものを他人に使われることはたまらなく気色悪いんだ。しかもこんな化け物に」

『ごめんなさい、ロッキー。でも、僕は皆と違って喉がないから、音を出す機械がないと喋れないんだ。後でちゃんと 返すから、今だけ貸してくれないかな。壊さないし、汚さないし』

 ガニガニは長いヒゲを下げ、複眼も心なしか俯かせた。

「……こいつまで僕をロッキー呼ばわりなのか」

 呂号がぼやくと、秋葉が平坦に言った。

「甲型、乙型と言えども、生体兵器同士。よって、愛称で呼び合うべきと判断した」

「じゃー何、あたしらもカニの化け物を愛称で呼べっての? マジ最悪だし」

 呂号を追ってきた伊号は万能車椅子のキャタピラを止め、さも嫌そうにガニガニを見上げた。

「むーちゃん、いなくなっちゃやだよぉ」

 山吹に手を引かれながらやってきた波号は、ぐずぐずと泣きじゃくってた。山吹は波号を軽々と抱き上げて背中を ぽんぽんと叩いてやりながら、気まずげに俯くガニガニと伊号と呂号を見やった。

「ま、無理にとは言わないっすけど、親しみはあった方がいいっすよ、親しみは」

「それ以前に、俺達は全員コードネームじゃねぇか。愛称もクソもあるかよ」

 虎鉄は芙蓉を絡み付かせたまま、軽い足取りで歩いてきた。芙蓉は夫の肩に腕を回し、顔を寄せる。

「それと、親しみと馴れ合いは違うのよね。いつ死ぬかも解らない相手と馴れ合ったって、面倒臭いだけなのよね」

「僕はお前達のことは心の底から好かないがその意見については全面的に同意する」

 呂号は一息に言い切ると、ガニガニに背を向け、ピンヒールを草に埋めながら歩き出した。

「山吹監督官。僕はこの化け物と戦う。否定は受け付けない。蒸発させてやる」

「ちょいタンマっすよ、ロッキー。そりゃ困るっすよ、模擬線の組み合わせは俺らが会議してとっくの昔に」

 波号を抱えたまま山吹が呂号に追い縋るが、呂号は振り返りもせずに戦闘区域に向けて歩き続ける。

「実戦では誰が何と戦うかなど解らない。実戦では能力の組み合わせの善し悪しを決めている余裕などない。甲型 生体兵器は地上のいかなる兵器よりも優秀であることを知らしめるべきだ。だから僕はあの化け物と戦う」

「そう言われても、こっちにも準備ってものが!」

 山吹は呂号を引き留めようとするも、腕の中から波号が落ちかけたので、足を止めた。その間にも呂号との間隔は 広がっていき、レザージャケットを羽織った背中はアンプがセッティングされた特設ステージに入っていった。少し 出歩いただけでどこに何があるのかが解る辺り、相変わらず高性能な耳だと感心する一方、山吹は、これで演習の 編成を練り直さなければならなくなる、と、嘆息した。真波と秋葉と山吹だけでなく、政府側の人間、変異体管理局の 研究部が話し合って決めたことなのだから、そう簡単に変えるわけにはいかない。演習の目的は生体兵器の実力を 各方面に見せつけるだけでなく、生体兵器同士をぶつけて能力の幅を引き出すためでもあり、ミュータントの情報を 採取し、今後の研究に生かすためでもあるのだ。それを些細なことで変えられてしまっては困る。だが、伊号共々 気難しい呂号の機嫌を取るのは容易ではない。この場に局長である竜ヶ崎全司郎がいてくれれば、すぐさま呂号を 宥めてくれるのだろうが、竜ヶ崎は体の都合で変異体管理局からは全く外に出ないので頼ろうにも頼れない。

「ねえ、田村ちゃん。私達って、誰と誰が戦うことになっていたの?」

 にゅるりと電影の機体を這い上がった芙蓉は、秋葉の傍に立った。秋葉は芙蓉に向き、答えた。

「対戦カードは、伊号対電影と丈二君、呂号対虎鉄と芙蓉、波号対ガニガニ、との決定が下っている」

「在り来たりで退屈だな。俺達のも変えてくれよ、その方が遙かにエキサイティングなデータが取れるぜ」

 虎鉄は太い腕を組み、ヘルメットの下で低く笑った。伊号は唯一動く首を仰け反らせ、げらげらと笑った。

「てか、そうじゃねーとマジ面白くねーし! 面白くもねー戦いなんてやりたくもねーし!」

 ぎゃははははははははは、との伊号の哄笑を浴びながら、山吹はマスクの下で口元をひん曲げているような心境 に陥った。すると、電影が近付いてきて、波号は体を丸めて山吹にしがみついてしまった。電影は波号に何度となく 謝りながら、右肩の上から秋葉を下ろして地面に立たせた。秋葉は波号を慰めてから、山吹に対戦を変更するべき だと持ち掛けてきた。だが、今から変更するとなると、東富士演習場に到着しつつある各方面のお偉方に、きちんと 話を通さなければならない。彼らにもスケジュールがあり、その合間で演習を見に来ているのだから、影響が出ては 不都合が生じかねない。上と下にどうやって話を通すべきか、通らなかったらどうしようか、こうなったら腹を括って 無理を通して道理をぶっ壊せ、と、ごちゃごちゃを考え込みながら、山吹は波号を秋葉に渡した。生体兵器達の意見を 取り入れつつ、研究部が望むデータ収集が可能で、お偉方のスケジュールに響かないプログラムを生身の脳と機械の 脳の両方で思案し、山吹は中間管理職の面倒臭さを嫌になるほど味わった。
 親方日の丸の正義の味方は、楽ではない。





 


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