南海インベーダーズ




生体兵器的軍事演習



 携帯電話を閉じた瞬間、山吹は脱力して膝を曲げそうになった。
 これまで生きてきた中で、これほど緊張したことはあっただろうか。頭だけになって三途の川を渡り掛けていた時 よりも、余程心身のエネルギーを消耗した。普段、テレビや新聞などで顔を目にしている政治家に頭を下げて回り、 東富士演習場で情報収集と解析の準備を整えていた研究部の職員達と要点だけを掻い摘んで話し合い、変異体 管理局と連絡を取って幹部職員との折り合いを付け、最終的に対インベーダー作戦を取り仕切っている主任である 一ノ瀬真波と事細かに話し合い、なんとか事を収めることが出来た。いっそのことインベーダーの誰かに都心部を 襲撃してもらい、演習を中止にして実戦配備に移行した方が遙かに簡単だった。本番の前から疲れ果てた山吹を 秋葉は慰めてくれたので、そのおかげで山吹はその場に座り込まずに済んでいた。
 演習場を一目で見渡せる観覧席の雛壇には、竜ヶ崎全司郎と交流が深い政治家、高級官僚、厚生労働省大臣、 軍需産業を任されている企業の重役が揃っていた。彼らは生体兵器の演習を観覧するのは初めてではないので、 慣れた様子で事前に配付された資料を捲っているが、雛壇の左側の面々は違っていた。生体兵器の実戦配備に 反対している国会議員、胡散臭い人権団体と太い繋がりを持つ有力者、などである。彼らはいかにして粗を探すか ということに心血を注いでいるらしく、真波が完璧に仕上げた資料を舐めるように読んでいた。いつもであればボロを 出さないようにと伊号らに言い付けるのだが、今回は演習の目的が違う。存分にボロを出し、常人とミュータントの 違いを見せつけるための派手な見世物だ。だから、何も言わなかったが、良い結果が出るとは限らない。だが、 生体兵器達に立ち振る舞いを言い含めている時間はない。なるようになるしかないのだ。
 諸々の話し合いの結果、演習の対戦相手は変更された。研究部が望むデータが取れ、政治家達の都合に合い、 生体兵器達の意見を汲んだ末、伊号の対戦相手は虎鉄と芙蓉、呂号の対戦相手はガニガニ、波号の対戦相手は 電影と山吹が搭乗する人型軍用機となった。最初に戦うのは、一瞬にして数十億もの血税を無駄にする傍迷惑な 能力の持ち主である伊号と、見た目も能力も特異な夫婦、虎鉄と芙蓉である。
 73式装甲車の上に万能車椅子を留めている伊号の目の前に、大量の兵器が控えていた。砲弾の装填を終えた 90式戦車が十五台も将棋のコマのように整然と並び、その両脇には74式戦車が左右含めて三十台、89式戦闘 装甲車が十二台、両脇には多連装式ロケットシステム・マルスがあり、離発着が可能な状態の武装ヘリコプターも 少し離れた位置で待機している。その様はまるで、女王に準ずる鋼の従者達のようでもあった。そして、機械を自在に 操る女王の如き甲型生体兵器、伊号は気怠げな顔で戦場となる広場を見下ろしていた。対する虎鉄と芙蓉は、 伊号の射程範囲からほんの少し離れた位置で待機していた。二人の手には武器はなく、丸腰も同然だが、彼らは その体と能力こそが最悪の武器だ。そして、それを見せつけるのが今日の任務だ。
 演習開始を知らせる空砲が鳴り、伊号の瞼が上がった。途端に十五台の90式戦車がエンジンを轟かせ、黒煙が 吹き上がった。キャタピラで雑草を喰い千切りながら、鋼の獣は虎鉄と芙蓉に向けて進んでいく。だが、虎鉄と芙蓉は 微動だにせず、向かい来る戦車の一団と向き合っていた。戦車が吐き出すガソリン臭い黒煙を浴びながら、伊号は 僅かに目を配らせた。すると、女王の寵愛を受けて目覚めた89式戦闘装甲車が五台も急発進し、90式戦車の 後方に突っ込んでいった。中に人間が乗っていないがために遠慮なくアクセルを全開にした89式戦闘装甲車は、 そのまま90式戦車に激突するかと思われたが、戦車の後部とバンパーが接触する寸前で前輪を高く持ち上げて、 ウィリーの態勢に突入した。重量級の装甲車では有り得ない態勢になった89式戦闘装甲車の背後に同型の車両が 迫り、けたたましい金属音を撒き散らしながら衝突すると、ウィリーしていた89式戦闘装甲車は90式戦車の上に 乗り上げた。そして、全てのタイヤから煙が発するほど加速した89式戦闘装甲車は、無謀にも90式戦車の前方に 巨体を踊らせた。直後、90式戦車は44口径の砲門から砲弾を射出し、89式戦闘装甲車ごと砲弾を放った。目標は、 無論、虎鉄と芙蓉の二人だった。伊号が何かしらの電子的な細工を施したのか、貫通力が鈍った砲弾を車内に 持ったまま、側面を殴打されたように抉られた89式戦闘装甲車は回転しながら落下していく。衝撃でタンクから 漏れたガソリンが所構わず飛び散り、炎の雨が草むらを焦がしている。熱量と質量の固まりが地面に突き刺さり、 虎鉄と芙蓉の姿が89式戦闘装甲車の下に消えると、観覧席からはどよめきと失望の声が漏れた。

「この俺も、舐められたもんだな」

 燃え盛る89式戦闘装甲車を片手で受け止めた虎鉄は、車体を更に頑丈な鋼鉄へと変えていった。

「ええ、全くなのよね」

 とぷん、ちゃぷん、と、溶かした肉体の中に破片を通り抜けさせながら、芙蓉はくすくすと笑った。

「別に舐めたわけじゃねーし。こいつらの動作を確かめてみただけだし。てか、どいつもこいつもレスポンスが鈍すぎ だし。役に立つのは数台しかねーし。つか、廃棄手前のばっかり寄越しやがって、これじゃ戦いにならねーし」

 伊号は不満を零しながら、目を据わらせた。

「おいおい。機械の性能を限界まで引き出すのが、お前の能力じゃなかったのか?」

 89式戦闘装甲車を投げ捨てた虎鉄が肩を竦めると、芙蓉はその鉄塊に絡み付いて瞬時に液状化させた。

「愚痴っている暇があったら、さっさと戦いましょ? 退屈なのよねっ!」

 液状化させた89式戦闘装甲車に液状化させた肉体を同化させた芙蓉は、にゅるり、と透き通った渦を作り上げ、 それを一旦引っ込めてから、ヘビが飛び出すような動作で跳躍した。一息で数十メートルもの高さに跳ね上がった 芙蓉を見上げた伊号は、すかさず武装ヘリコプターを離陸させて突っ込ませるも、芙蓉は液状化した体を膜のように 柔らかく広げて武装ヘリコプターを柔らかく包み込んだ。薄く澄んだレンズのような芙蓉の体内に突っ込んだ武装 ヘリコプターは、俊敏に回転させていたローターが溶かされて停止する。空対空ミサイルの尖端もが芙蓉の膜に 没し、吸収されるかと思われた瞬間、空対空ミサイルから閃光が走って爆砕した。当然、爆心地である芙蓉自身も 粉々に砕けて飛沫となり、周囲一体に雨粒のように飛び散った。前半分が溶けかけた武装ヘリコプターが落下して 破損し、炎上し始めると、虎鉄は大した動揺もせずに歩み出してきた。

「やるじゃないか」

「てか、あんなん、やり方もやられ方も普通すぎだし。だから、マジつまんね」

 伊号は芙蓉の行く末を気にすることもなく、90式戦車の一団を呼び寄せた。単独で戦場を行軍する虎鉄に向け、 最前線の一台が発砲すると、発射の衝撃で砲身ごと巨体が前後にスライドし、排気ガスが勢い良く噴出した。着弾 地点である虎鉄は、またも動じずに立っていた。右肩付近に着弾したらしく、そこを中心にして足元の地面が抉れ、 彼が常日頃身に付けているライダースジャケットも多少は裂けたが、ヘルメットは素肌と同様に無傷だった。続いて 二発目が発射されて着弾するも、虎鉄はリアクションもせずに歩いてくる。三発目、四発目、五発目、と同じ結果に 終わり、伊号は苛立ちを感じ始めて舌打ちした。戦車の群れの中から何事もなかったかのようにやってきた虎鉄は、 手近な90式戦車のキャタピラを素手で掴んで引き剥がして行動不能に陥らせてから、その上に飛び乗った。

「だったら、普通じゃない戦い方をしようぜ」

 虎鉄は発射の余熱を帯びている90式戦車の砲身を掴むと、指を食い込ませ、ねじ曲げた。

「へー。どんなん?」

 無感動に伊号が呟くと、虎鉄は腰を捻って砲身ごと90式戦車の上部を剥ぎ取り、肩に担いだ。

「こういうことだ」

 戦車達のキャタピラの下で、地面が波打った。雑草が原型を失って溶解を始め、伊号の配下の戦車達は地面に キャタピラを噛ませようとするが、水飛沫ならぬ泥飛沫が散るばかりで移動出来なかった。一台、また一台と地中に 没していくが、虎鉄が仁王立ちしている90式戦車の付近だけは何事も起きていなかった。

「ちったぁ面白味があるし」

 楽しげに頬を歪めた伊号は、タイヤを空回りさせている89式戦闘装甲車の一団とキャタピラが溶け始めた74式 戦車の一団に目をやり、脳波を送った。それまでは溶けた地中から脱そうとしていた彼らは、急に動きを止めると、 タイヤもキャタピラも逆回転させ始めた。石と草と泥飛沫を散らしながら地中を目指す戦闘車両達は、上向けていた 砲塔を半回転させて地中に突っ込ませると、遠慮なく発砲した。発射の瞬間に生じた衝撃破で地面に大きな半球が 出来るも、すぐに液状化に浸食されて元に戻る。続いて二発、三発、四発、五発、と発射していくが、その度に一台 が犠牲になった。中には反動で液状化した地面から脱する機体もあったが、横転した後に腹を見せて行動不能に なり、そのうちに緩やかに溶けていった。哀れな装甲車と戦車の上を、90式戦車の砲塔を背負った虎鉄は身軽に 飛び跳ねていく。その進行方向には伊号はおらず、その両脇に配備されたマルスが出番を待ち侘びていた。さすがに あれを固まらせられたら厄介だ、と、伊号が虎鉄を目で追うが、虎鉄は一足早くマルスの元に到着していた。

「さて、伊号。こいつがお前の切り札か?」

 虎鉄は運転席の屋根に載り、マルスのミサイルに触れて鋼鉄化させると、砲塔を振り下ろして叩き割った。

「だったら何だってんだよ」

 伊号はもう一台のマルスに脳波を送って虎鉄に照準を据えたが、駆動音が耳に届かなかった。もう一台のマルスも また、戦車達と同じく地中に没しかけている最中だった。波打つ地面が集約して澄み切った水が浮上すると、元の 姿を取り戻した芙蓉は、滑らかな全身スーツを煌めかせながら、マルスの上に腰掛けた。

「えい」

 芙蓉は指先でマルスに装填済みのミサイルを小突くと、全てのミサイルがでろりと溶解し、車両を汚した。

「はぁい、これでゲームセットなのよね。これだけのものがあるのに、やることが地味なのよね」

「んなわけねーし。砲塔の角度とライフリングが作る回転と地面の粘度を考えて発射すりゃ、どうにでもなるし」

 伊号は一度瞬きし、二人から目を逸らした。左右のマルスの下にかすかな震動が起き、地面全体が再び波打つ。 虎鉄と芙蓉が異変を察して飛び退くと、溶解した地中を駆け抜けてきた74式戦車の砲弾が着弾し、左右のマルスは ほぼ同時に爆砕した。続いて地中に没しかけている戦闘車両同士が撃ち合いを始め、次々に爆砕する。硝煙と 破片と爆音は止まるところを知らず、幾重にも黒煙が噴き上がる。それが十数回も続くと、芙蓉は側頭部を押さえて 座り込み、鮮やかな口紅に彩られた唇を苦しげにねじ曲げた。

「やぁん……」

「芙蓉の生体組織ごと地面を焼き尽くすつもりだな、調子付きやがって!」

 虎鉄は腹立たしげに吐き捨ててから、拳を地面に叩き付けた。その拳を中心にして地面が変色していき、溶けた 草はその姿を維持して硬直し、波打つ地面は波紋を保ったまま金属の海と化し、爆発を起こしかけていた戦闘車両も 爆発の原因である弾薬とガソリンごと鋼鉄化し、演習場に鈍色が広がっていった。全ての戦闘車両を沈黙させた 虎鉄は肩を怒らせながら深く息を吐き、立ち上がって伊号に振り返った瞬間、液状化も鋼鉄化も免れていた二機目の 武装ヘリコプターが襲い掛かった。激しく回転するローターが芙蓉を真っ二つに切断し、虎鉄の脇腹に食い込むが、 虎鉄は両足を踏ん張って武装ヘリコプターを受け止めると、ヘルメットの下で怒声を上げながら放り投げた。

「どぉらあああああっ!」

 不安定な弧を描きながら、武装ヘリコプターは金属と化した地面に頭からめり込んで砕け散った。散乱した部品と ガソリンが燃え、金属が溶ける匂いも混じった。芙蓉は半分になった体を繋ぎ合わせてから、地中を溶かすために 分裂させていた生体組織を肉体に戻したが、過熱によるダメージが至る所に残っているために立てなくなった。

「ちょっとは、やるのよねぇ」

「……だな」

 ローターを叩き込まれた脇腹を押さえ、虎鉄は膝を付くまいと踏ん張るが、打撃の余韻は全身を痺れさせていた。 それを見下ろしていた伊号は、これといって感想もないらしく、やる気なく目を伏せて残存車両を空回りさせていた。 これ以上やると今後の任務に支障を来すことはさすがに理解しているらしく、虎鉄と芙蓉を無益に攻め立てることは なかったが、辛うじて地上に残っていた74式戦車は地面に沈みかけている車両をでたらめに踏み潰して回り、地中 から回収すれば今後も使えそうな車両すらも壊されていった。山吹は伊号を止めるタイミングを見計らいながら、 観覧席に振り返った。お偉方が囁き合う言葉を聞き取ると、即物的な破壊力を持つが運用コストが掛かりすぎる伊号 より、単体でも充分な戦闘能力が期待出来る虎鉄と芙蓉の話題が多かった。だが、虎鉄と芙蓉の能力による影響は 甚大であり、溶かすにしても固まらせるにしても、修復するのはかなりの手間が掛かる。それも踏まえた話し合いが 背後で行われており、その結論によっては今後の変異体管理局への資金供給が滞ってしまいかねない。しかし、 山吹はそういった営業トークは得意ではないし、弁の立つ政治家を言いくるめられるとは到底思えない。秋葉は、と 関係者席にゴーグルを向けると、秋葉の腹の辺りに波号が思い切りしがみついていた。知らない人間ばかりいるのと、 伊号と虎鉄と芙蓉の盛大な戦闘に怯えているようで、これでは手を貸してくれと言う方が気が引けてしまう。

「おい、山吹」

 疲弊した芙蓉を抱えて観覧席に近付いてきた虎鉄は、ひび割れたバイザーを上げて山吹を見やった。

「ちょいと手を貸してくれないか。芙蓉もだが、俺も傷を塞がなきゃならない」

「でも、俺はこっちにいなきゃならないんすよ。それに、治療だったら、研究部の医療班がいるじゃないっすか」

「俺もお前みたいな若造には頼りたくないが、仕方ないんだよ。田村、山吹を借りていくぞ、いいな」

 虎鉄は秋葉に向くと、秋葉は波号を宥めながら山吹を見上げた。

「この場は私に任せて。だから、丈二君、虎鉄の要求の通りにすべき。生体兵器の修繕も任務の一環」

「了解っすー」

 秋葉に言われては仕方ない、と山吹は観覧席から飛び降りると、虎鉄の負傷を目にしてぎょっとした。遠目からでは 解りづらかったが、近くで見ると、虎鉄もまた凄まじく被害を受けていた。至近距離から戦車の砲弾を浴びたために ライダースジャケットにはいくつもの大穴が開き、レザーは焼き切れ、金属製のボタンは溶けている。鋼鉄の素肌も クモの巣状のヒビが走り、細かな鋼鉄の破片が零れ落ちそうになっていた。ヘルメットにも裂け目が出来ていたが、 バイザーの下に隠れた顔の表情までは覗けなかった。不安に駆られた山吹は、虎鉄に詰め寄った。

「て、てか、虎鉄さんも充分ヤバいっすよ。さっさと傷口塞がないと、ボロって崩れちゃいそうっすよ?」

「だから、お前の手を借りるんじゃないか。この場で工業用のガスバーナーを扱えそうな体をしているのは、不本意だが お前しかいなかったんだ。医療班には事前に言って持ってきてもらっていたんだが、まさかあのクソガキがここまで 俺を痛め付けてくれるとは思ってもみなかったんだ」

「いや、バーナーって。どんだけワイルドなんすか、虎鉄さんは」

 足早に歩き出した虎鉄を追うため、山吹は来賓に一言断ってから、彼に連れ立って歩き出した。

「俺はそういうモノだ。薬を塗って包帯を巻く代わりに火を使う、それだけのことだ」

「あー、そうっすね。了解っすー」

 山吹は敬礼すると、虎鉄を追い越して駆け出した。変異体管理局の研究部が設営したテントに駆け込み、白衣姿の 職員達に虎鉄と芙蓉の容態を説明すると、彼らは手早く準備を整えてくれた。生体組織と水分を消耗した芙蓉の 補填のため、大量の純水、高蛋白栄養剤、ミネラルの混合栄養剤がベッドの傍に並び、工業用のガスバーナーも 用意された。虎鉄は雑草を蹴散らしながらテントに入ると、芙蓉をベッドに優しく横たえ、職員達の手で水や蛋白質 を投与されたのを確認してから、最早本来の用途を成していないライダースジャケットを脱ぎ捨てた。背筋が分厚く 盛り上がった背中からは過熱による煙が漂い、ひび割れが脊椎と骨盤までもを割っていた。全身が鋼鉄と化しては いるが、体液は柔軟さを保っているらしく、ひび割れから露出した血管から粘り気のある赤黒い血液が垂れていた。 ライダースパンツのベルトも緩めてから、虎鉄はガスバーナーを山吹に投げて寄越した。

「背中、塞いでおいてくれないか。前は手が回るが、後ろとなるとな」

「でも、ただ溶かして塞ぐだけじゃ、血管と神経が繋がらないんじゃないっすか?」

「繋がりが悪いところがあったら、後で芙蓉に溶かして繋いでもらえばいいだけだ。俺とあいつは、持ちつ持たれつで 生きてきたんだよ。芙蓉が溶けすぎたら俺が固めて、俺が固まりすぎたら芙蓉が溶かす。俺がいないとあいつは 生きていけないし、あいつがいなければ俺も生きていけない」

「そりゃごもっともっすけど、頭の方は大丈夫なんすか? メットもヒビ入っているっすよ?」

 と、山吹が自分のゴーグルを指すと、虎鉄は一笑した。

「頭の方は心配しなくて良い。ここばっかりは、芙蓉でも溶かせないぐらいに硬いんだ」

「そうっすか」

 山吹はそれが比喩なのか真実なのか解りかねたが、虎鉄の傷は放っておけないので、ガスバーナーを点火して 鋼鉄の体の傷口に青い炎を当てた。轟音と共に噴出される炎に触れた傷口は真っ赤に熱してとろりと溶け、割れ目を 塞いでいくが、治療と言うよりも鉄工所の作業と言うべき光景だった。脊椎と骨盤の損傷も塞ぎながら、伊号の身を 案じてもいた。乙型一号、斎子紀乃との戦闘に比べると脳を酷使していないが、それでも負担が掛かっていない はずはない。職員の誰かが投薬しているだろうが、以前ほど効果は出ていないだろう。だが、あまり薬を強くすると 活動限界を早々に迎えてしまい、今度こそ役に立たなくなる。インベーダーとの攻防戦はこれからも続くのだから、 広域戦闘を得意とする伊号と呂号が廃棄処分されては困る。その辺もちゃんと考えておかなきゃなあ、と、山吹は ぼんやりと考えながら、虎鉄の上半身のひび割れを赤く溶かしては塞いでいった。
 なんとなく、高校の技術家庭の授業を思い出してしまった。





 


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