南海インベーダーズ




生体兵器的軍事演習



 人型軍用機の視界は広いが、内部空間は狭い。
 山吹は愛機の胸部装甲に収まり、両手足に接している操作ユニットの調整を行っていた。ただ組み直すだけでも、 セッティングが大きく変わってしまう。もちろん、変異体管理局の人型軍用機整備班の腕が悪いわけではなく、 むしろ彼らの有能さには平伏してしまう。現時点では、山吹以外の人型軍用機の搭乗者は存在していない。理由は 至って簡単で、稼働中の機内温度が最大で六十度まで上がってしまうからだ。本来、人型軍用機は人間を内部に 入れて動かすようには設計されておらず、伊号のように遠隔操作で戦闘を行うために実戦配備された兵器なのだ。 山吹が大柄なサイボーグボディを収めている操縦席も日々改良を加えられているそうだが、操縦している方としては 今一つ実感が湧かない。先日、東京湾に突如現れた肉塊絡みの戦闘を行った時も、過熱しすぎて防護服がまるで 役に立たなかった。人型軍用機に搭乗するためにこれでもかと断熱材を挟んだ積層装甲を持ってしても、長時間 高温の中にいては身が持たない。おかげで、部品交換の頻度は上がるばかりだ。いつか脳が煮えてしまうのでは、 と機内温度とは裏腹に冷や冷やしながら、山吹は円筒状のマニュピレーターツールに差し込んでいる両腕を引いて 身構え、同様に両足の尖端に触れるペダルを浅く踏んで人型軍用機のつま先を下げた。
 傍らに立つのは電影であり、対峙するのは波号だった。電影と山吹機を見ただけで怯えてしまっている波号は、 秋葉に縋ってまた泣き出していた。秋葉のタイトスカートを千切れんばかりに握り締めて、子供らしく丸っこい頬には 幾筋もの涙の跡が残り、ケーブルを通じて人型軍用機の集音装置から直接聴覚器官に流れ込んでくる泣き声には 心が痛んでくる。電影は早々に気後れしてしまったらしく、山吹機よりも一歩身を引いた。

「ジョージー、こんなの良くないんさー。電影、はーちゃんとは戦えんさー」

 大きな肩を竦めた電影を、山吹機は小突いた。

『そんなこと言っていられるのも今のうちっすよ、今のうち。むーちゃん、よろしくっすー』

 山吹機が合図を送ると、秋葉は頷き、タイトスカートを渾身の力で掴んでいる波号を指を剥がした。波号は更なる 不安に襲われて秋葉に駆け寄ろうとするが、秋葉が制服の内ポケットから取り出した小さな鍵を見て硬直した。

「うえぇ……」

 また泣き言を漏らしかけた波号の口に、秋葉は数粒の錠剤を押し込み、飲み下させた。

「これより、波号の能力解放、及び演習を開始する」

 ごめんね、と小さく付け加えてから、秋葉は波号のゴーグルとヘッドギアを硬く繋ぎ合わせている鍵穴に鍵を差し、 回した。かちり、とゴーグルとヘッドギアの間で金属音が鳴り、重たい器具に締め付けられていた波号の頭が自由を 取り戻して後頭部で乱れた髪が揺れた。日の光をまともに受けたからだろう、幼い瞳は大きく見開かれ、瞳孔もまた 丸く広がっていた。秋葉は波号のゴーグルとヘッドギアを抱えると、パンプスが脱げかけそうなほどの勢いで観覧席 まで駆け出した。ざあ、と一陣の風が雑草を波打たせ、波号の汗ばんだ背中に貼り付いていたシャツワンピースが 揺れ、ボブカットよりも少々長い髪が舞い上がった。ぎこちない動作で振り向いた波号は、浅く速い呼吸をしながら、 電影と山吹機を両目に捉えた。途端に波号の青ざめた唇が歪み、背を折り曲げたかと思うと、シャツワンピースを 破って金属の固まりが飛び出した。ピンク色の布の切れ端を引っ掛けている円筒状の物体は少女の体格を遙かに 超える質量を持ち、人型軍用機の背部装甲に備わっているバックパックに酷似していた。波号はミリタリーグリーンの バックパックに押し潰されそうになり、地面に膝を付いた。舌を出して喘ぎ、脂汗が顎を伝い落ちる。波号は爪が 剥がれかねない力で地面を引っ掻きながら、悲鳴にも似た音を出しながら息を吸い、叫んだ。

「おぐぇあああああああっ!」

 苦痛と混乱、恐怖と渇望。十歳の少女が出すにしては痛々しすぎる叫声を放って、波号は変化した。だが、今回は これまでとは少しパターンが違っていた。波号の真下の地面が抉れていないのに、波号の肉体には変身に必要な 質量が結合していった。地面が割れて砕けた戦車が迫り出し、砲身が曲がった戦闘装甲車が隙間から引き摺り 出され、真っ二つに切断された武装ヘリコプターが、波号に吸収されていく。

『え、あ……?』

 変身能力の一環の吸収能力が成長している。山吹機が戸惑うと、物質結合と巨大化を終えた波号が直立した。

「えへ、えへへへへへへ」

「は、はーちゃん……なんさー?」

 電影が恐る恐る声を掛けると、人型軍用機と化した波号は顔を上げた。

「うん!」

 快活に頷いた人型軍用機は、完全な女性型だった。実用一点張りで武骨なフォルムの頭部は全体的に柔らかい 曲線で作られ、マスクの顎が細く丸くなり、後頭部にはリボンに似たアンテナが付いている。それどころか胸もあり、 腰も細く、太股のラインには妙な色気がある。外装の色もミリタリーグリーンではなく、生身の波号が着ていたシャツ ワンピースに近い明るいピンク色だった。

「わあ、凄い凄い! 全部じゃないけど、思った通りに変身出来たぁ! 頭も変じゃなーい! ねえ、むーちゃん!  さっきのお薬が効いたんだよね? ねー!」

 波号が観客席に手を振ると、秋葉が答えた。

「その通り。けれど、今は演習中。よって、演習に集中すべき」

「はーい、解った。それじゃ、頑張っちゃうぞー!」

 波号はぴょんと軽く飛び跳ねてから、ハイヒールのようなかかとで草と土を抉り、全長五メートルの機体を軽やかに 飛び出させた。事の流れを理解し切れていない電影と山吹機は一瞬対処に遅れ、次の瞬間には波号の両腕に 首を薙ぎ払われて倒されていた。衝撃と震動が同時に訪れ、ケーブル接続によってサイボーグボディの視界と連動 している全画面モニターにノイズが走った。仰向けのまま素早く仰ぎ見ると、波号の背中が見えた。が、その背中に あるバックパックには、人型軍用機には有り得ない装備が付いていた。つい今し方目にしたばかりの、ガニガニの ハネによく似た四枚の羽だった。生き物のように蠢くケーブルが根本に絡み付き、透き通ったガラスのようなハネが 虹色に煌めく。波号は二人が起き上がるのを待たず、駆け出してきた。

「わぁいわぁい、妖精さんになっちゃったー!」

 年相応の歓声を上げた波号はハネを揺らし、体を浮かせた。なんとか身を起こした電影の喉に波号の膝が入り、 頸部の外装が呆気なく叩き割られて破片が飛び散った。再び転げ回った電影は、漏電する喉を押さえる。

「な……なん、なんさー? はーちゃんは電影とジョージーをコピーしてああなったてんなら、外装の強度も同規格の はずじゃないんさー?」

『むーちゃんがはーちゃんに何を飲ませたのかは知らないっすけど、分が悪いのは確かっすね』

 元より手加減するつもりはないが、小手調べはここまでだ。山吹機は右腕の外装を開いて飛び出しナイフを出し、 澄ましたポーズで立っている波号に向けた。波号は子供らしい仕草で首を傾げてナイフを構える山吹機を見たが、 おもむろに地面に腕を突っ込んだ。掘り返すのかと思いきや、地面は先程芙蓉がしたように柔らかく波打ち、地中 からは破損した74式戦車が引き摺り出された。波号は泥にまみれた戦車を簡単に破壊すると、キャタピラを外して 両腕に持つと山吹機に向けてきた。山吹機が間合いを計っていると、波号は急かしてきた。

「ほうら、早く早くぅ。遊ぼうよぉ、丈二君」

 人型軍用機の肉体、ガニガニのハネだけでなく、芙蓉の能力までもを備えている。

『どうなっても知らないっすからね!』

 山吹機は左腕の外装を開いてスタンガンも出し、駆け出した。波号は浮かれた様子で駆け出し、一直線に山吹機 との距離を狭めていく。山吹機は腰を捻って勢いを付け、擦れ違いざまに飛び出しナイフを打ち込んだ。が、その刃は 波号が右腕に装備したキャタピラに挟まれ、これもまた呆気なくへし折られた。山吹機は右腕を引いてスタンガンを 波号に押し付けようとするが、波号は細身の腕を生かして山吹機の左腕に絡み付けると、関節を曲げて肩関節の 根元から破損させた。ずるり、とケーブルが引き摺り出されて千切れ、機械油の飛沫がメインカメラに掛かる。

「えーとね、これはね、イッチーの!」

 山吹機の左腕を投げ捨ててから、波号は山吹機の頭を小突いた。途端に、山吹は山吹機の制御を失った。生身の 脳と直結している制御用コンピューターにも過負荷が掛かり、山吹のサイボーグボディはシャットダウンされた。

『ぐぇっ!?』

「私ね、あの子嫌いなの。だって、でっかいし、怖いし、嫌だって言っているのに近くに来るし」

 波号は人差し指を立て、電影を指した。山吹機はそれに従って身を反転させ、左肩から漏電しながら歩き出した。 山吹は必死に自機の制御を取り戻そうとするが、波号の遠隔操作を跳ね返せない。せめてもの妨害を行おうにも、 サイボーグボディも自由が利かなくなっている。その間にも山吹機は、首を破損したために行動不能に陥った電影に 向かっていく。ナイフが折れた右腕が電影の頭部を鷲掴みにし、強く押さえ、頸椎に当たるシャフトを折った。

「あっがぁ!」

 電影の絶叫が上がるが、辛うじて繋がっていたケーブルが千切れると、だらりと四肢を投げ出した。

「やっちゃえやっちゃえー!」

 波号が楽しげに飛び跳ねると、山吹機は電影の頭部を地面に叩き付けた。ゴーグルが砕けてカメラが露出して、 内部の広角レンズも割れ、各種センサーが破損して基盤が割れる。頭蓋骨とでも言うべき頭部のメインフレームも 曲がり、予備電源用のバッテリー液が脳漿のようにどろりと流れ出す。山吹機の行動はそれだけに止まらず、今度は 電影の胸部装甲にまで手を掛けた。分厚い積層装甲に太い指が挟まり、嫌な軋みを立てながら剥がされていく。 このままでは、波号は電影の中枢回路である勾玉を破壊しかねない。でたらめに動き回る自機が生み出す遠心力 で気を失いそうになるのを意地で堪えながら、山吹は補助AIに接続して緊急避難回路のコマンドを呼び出し、偽物の 体の制御を取り戻すべく急いだ。ユーザー認証、パスワード、パスワード、脳波認識、個人識別を全て完了した時 には、山吹機は電影の胸部装甲を全て剥ぎ取り、勾玉の収まるブラックボックスに手を掛けていた。最早、一刻の 猶与もない。内蔵バッテリーの電圧と各関節の動作確認を終え、山吹はサイボーグボディを再起動させた。

「うぉあああああああああっ!」

 マニュピレーターツールから右腕と左腕を抜いた山吹は、頸椎に差し込んでいるケーブルも一度に引っこ抜くと、 両足もマニュピレーターツールから引っこ抜き、出せる限りのパワーを出して胸部装甲を蹴破った。気密パッキンが 剥がれてしなり、蝶番が弾け飛び、ロック用のシリンダーが折れ、胸部装甲自体もくの字に曲がった。これぞ科学の 粋を集めたサイボーグの力、と内心で自画自賛しながら、山吹は防護服から上がる煙を纏いながら落下し、電影の ブラックボックスの真上に飛び降りた。今正に鋼の拳が振り下ろされる、という瞬間、山吹は電影のブラックボックス と機体を繋いでいるケーブルを無理矢理千切って摘出し、転げ出た。直後、電影の胸部は山吹機の拳に貫かれ、 バッテリー液と機械油が噴き上がった。山吹は電影のブラックボックスを脇に抱え、自機越しに波号と対峙した。

「はーちゃん、仲間を殺す気っすか?」

「そんなの、私の仲間じゃないもん。イッチーとロッキーだけだよ。乙型なんてインベーダーと同じものだし、どいつも こいつも役に立たないでしょ? だから、いらないもん」

 しれっと言ってのけた波号に、山吹は内心で歯噛みした。確かに、乙型生体兵器はインベーダーとなる可能性が 高いミュータントばかりだが、変異体管理局に所属している以上は生体兵器には変わりない。仲間意識が薄いのは 伊号と呂号だけかと思っていたが、波号も例外ではなかったらしい。これまで、秋葉と一緒に情操教育を施してきた つもりだったが、一週間過ぎるごとに記憶が消えてしまうのでは無駄だったようだ。

「邪魔するなら、丈二君も壊しちゃうよ? 私からむーちゃんを横取りするからだよ」

 波号は装備していたキャタピラを外して、細身の腕を挙げた。破損し切った電影から漏電していた電流が、地面を 這って波号に到達すると、その指先に集中する。青白い電流が絡み付いた指先は柔らかなピンクから鈍色の鋼鉄 へと変化し、通電率が一気に跳ね上がる。四枚のハネが開くと、滑らかな表面が円形に歪み、四基のスピーカーが 出来上がり、それもまた鋼鉄と化した。ガニガニの電撃に呂号の音波と来ては、山吹もだが丸裸同然の電影では 堪え切れまい。だが、逃げる猶予を与えてくれるとは思いがたい。ここは腹を決めて戦うべきか、と、山吹は両腕に 内蔵している武器を展開するべく外装を開きかけると、波号のハネと指先から鋼鉄の色合いが失せた。

「あれぇ?」

 きょとんとした波号が自分の手を見ると、その手が崩れて壊れ、ハネも外れた。続いてバックパックが落下すると、 単なる鉄塊に戻った。泥人形に水を浴びせたかのように、波号の全身から金属と土の破片が零れ出していき、 波号はそれを止めようと自分自身を抱きかかえるが、その両腕は肩ごと崩れて落下した。両足が折れ、腰が潰れ、 胸が割れ、肩が外れ、頭が落ちる。一通りの崩壊が止まると、原形を止めているのは、全身が汚し尽くされた波号 だけとなった。変身した際に衣服が一つ残らず破れているので、全裸であったが、どこもかしこも土色なので素肌の 色は見えなかった。だが、立ち上がることはなく、座り込んだまま動かない。呆然と目を見開いて口を半開きにし、 細い手足がびくびくと痙攣している。すると、小さな電子音が聞こえ、秋葉がストップウォッチを止めた。

「三分十二秒。及第点」

 どうやら、波号に飲ませた錠剤は実験段階らしい。そうならそうと先に言ってくれ、と山吹は言いかけたが、波号 の状態が見るからに悪そうなのと強制終了させられた電影の容態も心配なので、山吹は強引な再起動のせいで 制御が不完全な体を引き摺りながら、研究部医療班のテントに向かった。
 観覧席からは、政治家と政府関係者と軍需業者のやり取りが聞こえてくる。甲型生体兵器が圧倒的な優勢だった からか、そちらの感想が多かったが、乙型生体兵器であるミュータントを有効活用するべきだとの声も少なくはなく、 技術開発のために何人か貸してくれとも言っていた。だが、秋葉は最重要機密だと言って受け流して、この演習の 要点である甲型生体兵器の有効性を簡潔かつ明瞭に説明し、乙型生体兵器と同系統のインベーダーの特異性を 強調して説明した。反対派の面々は本当に波号の能力を見くびっていたらしく、青ざめて腰が引けている者もいた。 ミュータント擁護派だと言い張っている人権団体の代表格の政治家に至っては文句も意見も言えないらしく、資料を 握り潰して押し黙っていた。化け物と戦うのは、化け物でなければならないと理解してくれたようだ。
 これで納得してくれなければ、視察と銘打って戦場に引っ張り出してやればいい。インベーダー による襲撃に巻き込まれてしまえば、嫌でも生体兵器の必要性を認識するに違いない。そして、我が身を守るため に存分に金を流してくれるはずだ。山吹は焼け焦げた防護服の前を開いて熱を逃がしながら、黙々と歩いた。
 研究部のテントが、やけに遠く感じた。




 仮眠から覚めると、サイボーグボディの機能は回復していた。
 見慣れた天井と雑然とした自室、そして私服姿の彼女。チヌークに揺られながら変異体管理局に戻ってきたことは 覚えているが、微調整を兼ねた治療を受けている合間の記憶は曖昧だ。疲労困憊している脳髄では、どれほど 高度なセンサーを備えていても情報を掴み切れないからだ。脇腹から伸びたケーブルはコンセントに差し込まれ、 一定の電圧で電気が流し込まれてくる。山吹が少し首を動かすと、机に向かっていた秋葉が振り向いた。

「丈二君、起きた?」

「むーちゃん、そろそろ休んだらどうっすか。俺がへばっちまったせいで、むーちゃんの仕事量を増やしちゃったのは 悪かったっすけど、あんまり根を詰めると明日に響くっすよ」

 山吹がベッドから起き上がると、山吹の机でノートパソコンを広げていた秋葉は微笑んだ。

「大丈夫、問題はない。もう少しでレポートが完成する。それが終われば、丈二君の傍で眠る」

「政治家の先生方はなかなかの好感触だったっすけど、本当にあれで良かったんすかねぇ。特にはーちゃんのは」

「それについても問題はない。皆、はーちゃんの能力の汎用性を高く評価した。虎鉄と芙蓉の模擬戦闘を行ったことに より、ミュータントと人間の差も充分に認知された。反対派の政治家や議員も、次回の国会では生体兵器容認派に 回ってくれるはず。容認派に転じる代償として、シモの接待も要求されてしまったが」

「またっすか。んで、今度は誰が目を付けられたんすか?」

「三人共。相変わらずイッチーが人気だが、芙蓉にもお伺いを立ててくれと言われた。無論、却下したが」

「それが当たり前っすよ。で、どんな出来っすか?」

 ケーブルが抜けないようにしながら山吹が立ち上がると、秋葉は椅子を引いた。

「それなり。明日、もう一度見直してから主任に提出する」

 山吹は身を屈め、ノートパソコンの画面を覗き込んだ。秋葉らしい簡潔で明瞭な文章が綴られ、今日の出来事を 事細かに書き記していた。研究部から上がってきた生体兵器達のデータも交えられ、興味深い内容になっている。 机の向かい側にある窓の外は既に薄暗くなり、臨海副都心は眩い光を放っている。そして、いつものように滑走路 から哨戒機が発進し、轟音と共に襲ってきた衝撃破が窓と壁をびりびりと鳴らした。

「はーちゃんに飲ませた薬ってのは、変身能力の幅を広げるための薬だったんすね」

 山吹は画面をスクロールして波号に投薬された錠剤の成分表を見たが、薬学に関しては素人なので効用は一切 解らなかった。だが、これらが波号に影響し、あの恐るべき力を生み出したのは事実だ。制限時間が短かったのは、 波号の体力面の問題が大きいようだったが、薬の成分を強くしすぎては波号の生命維持に関わるので効用は 軽減してあったらしい。おかげで山吹も電影も生き延びられたが、長期戦になればどうなっていたことか。

「あれ?」

 更に画面をスクロールした山吹は、呂号に関するレポートのページを注視した。

「ロッキーの能力値って、こんなに低かったっすか? 脳波活性と能力発現率も、なんか、全体的に低いような」

「演習では問題はなかったように見られたが、このままでは、呂号の能力値は平均値を割りかねない」

 秋葉は呂号のレポートを見、複雑な顔をした。山吹は身を引き、がりがりと頭部の外装を引っ掻いた。

「じゃあ、ロッキーは廃棄されるってことっすか。局長も主任もそうなることを予見していたから、ガニガニを生体兵器と して採用する許可を出したんすかねぇ……」

「恐らく」

 秋葉は感情を交えずに呟いたが、眼差しは僅かに震えていた。山吹は秋葉の肩に手を置いたが、掛ける言葉は 見つからなかった。また一機、戦闘機が偵察に向かい、赤い信号灯が点滅しながら遠のいていった。
 生体兵器は、いずれ活動限界を迎える。いかなる兵器も消耗して退役するように、彼女達も同じ道を辿る。若さで 底上げ出来ていた能力も、成長に伴って減退していく。山吹と秋葉は甲型生体兵器達に施された生体改造手術の 内容は教えられていないが、人間離れした能力を発揮するミュータントの脳に手を加えてしまえば、能力の寿命が 縮まってしまう理由はなんとなく想像が付く。美しい風景の中に芸術家がモニュメントを建てたところで、調和どころか 双方が反発する。だが、インベーダーに対抗するためには不可欠な措置であり、呂号もそれを納得して生体改造 手術を受けた。廃棄処分されるのは国防の機密を守るために必要だが、しかし、それを受け入れてしまえば人間の 根幹が腐ってしまうような気がしてならない。山吹はにわかに畏怖し、秋葉を抱き締めた。
 人でないのは、どちらだ。





 


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