南海インベーダーズ




御三家御前会合 前



 人質在中。
 そんな奇妙なラベルを貼られた箱を見つけたのは、小松とミーコだった。原油の濾過装置に改造した灯台で給油 をした後、朝の試運転を兼ねた散歩にと出掛けた砂浜に、見慣れない物体が転がっていた。波打ち際に半分ほど 沈んでいて、合金製の箱にはべったりと白い砂が貼り付いていた。そこかしこにある落下痕から察するに、恐らく、 この箱は上空から砂浜に投げ落とされたのだろう。角が少々歪んでいるが、中身は零れ出しておらず、シリンダーが 差し込まれている上に厳重に溶接されている蓋に隙間は一ミリもない。小松は右腕を伸ばしてマニュピレーターで 箱を摘み上げると、小松の操縦席の屋根に座っていたミーコが身を乗り出して覗き込んだ。

「建ちゃん、これ何かな、かな、かな、かな?」

 好奇心のままに手を伸ばしたミーコが箱を引っぱたくと、ごん、と内側で何かが動いた。

「何かしらのブツが入っているのは確かだが、開けてみないことには解らんな」

 小松は内容物の重量を確かめようと、上下に振ってみた。すると、箱の中でごっとんごっとんと大きな異物が激しく 上下し、箱全体が震動した。ミーコは中身が余程気になるのか、目を輝かせる。

「爆発する? する? する? するぅー?」

「したら困るだろう。だが、その様子はないな。しかし、こいつは一体何なんだ?」

 小松は半球状の頭部をぐるりと一回転させ、ミーコは操縦席の上でびょんびょんと飛び跳ねた。

「解らない、ない、ない、なぁーい! でも、なんか面白そう、そう、そうそうそうー!」

「ひとまず持って帰ってみるか。で、処分を決めよう」

 小松はマニュピレーターで謎の箱を挟んだまま、方向転換して廃校に向かった。ミーコは小松の操縦席の上から よじ登り、多目的作業腕の肩装甲に腰掛け、両足をぶらぶらさせながら笑った。

「面白かったらいいねー、ねー、ねー、ねー」

「そうだな」

 小松も中身は気になっていたが、ミーコとの時間を終わらせるのが惜しかったので、六本足を動かす速度は若干 遅めだった。爽やかな潮風に髪を靡かせるミーコは笑顔を絶やさず、思い付いた言葉を並べ立てるだけのその場 限りの歌を歌っている。メロディーは基本的に同じだが、歌詞が毎回違っている。その時目にしているもの、その時の 感情などをミーコの中途半端で幼稚な語彙で言い表すだけのものだ。今日の歌は、今し方見つけた箱の中身に ついての想像を巡らせているのか、ひたすら期待に溢れていた。
 六本足を一つずつ動かし、シリンダーを上下させ、黒い排気を噴きつつ、小松は歩いた。朝の散歩に出たばかり の頃は静まっていた廃校も、皆が起き出したからか、ざわめきが聞こえ始めた。彼らの話し声に混じって流れてくる ギターの旋律は朝に相応しい音量と音程で、生活の一部と化していた。今朝の呂号の選曲は、小松でも聞き覚えの ある曲、レッド・ツェッペリンの天国への階段だった。寝起きで腹筋に力が入らないのか、流暢な英語の歌詞はなく、 インストゥルメンタルだがそれもまた味わい深い。呂号が来てくれたおかげで、それまでは良さが解らなかった音楽 の良さが爪の先ほどだが解ったような気がする。ミーコは歌を止めると、呂号の演奏に聞き入った。

「上手だね、ね、ね、ね」

「ああ」

 小松は短く返事をし、足を止めた。呂号の演奏に聴き入っているミーコの邪魔をするまいとエンジンの出力を低下 させてから、頭部を半回転させて、海を見下ろす崖に単眼を据えた。ピントを合わせてそれを注視すると、なんとも いえない充足感が機体の内部に染みてくる。人型多脚重機に匂いを感じ取れる器官がないことが残念だと思った のは、ここ最近のことだ。それまでは珪素生物的な感覚で物事を捉えていたため、人間的な感覚の極みである五感 は思い出すだけでも腹が立つほど鬱陶しかったが、今にして思えば、頭部を切り落として人型多脚重機と脳を癒着 させたのは勿体なかった。五感さえあったなら、ミーコと協力して完成させた真新しいログハウスに立ち込める木の 匂いも、木材のざらつきも、コンクリートの堅さも、窓から滑り込む潮風の滑らかさも、日差しの熱っぽさも、この島 では無用の長物だが作らずにはいられなかった暖炉に火を入れた時の煙たさも、全て感じ取れたはずなのに。
 集落から近いようでいて遠い岬から、ログハウスは海原を見下ろしていた。夏の盛りの日、小松がミーコの機嫌を 取ろうとして作ったログハウスは当のミーコによって破壊し尽くされたが、その後、少しずつだが造り直していった。 木材を切り出すところから始め、暖炉のためのレンガも焼き、コンクリートにヒビが走った土台も修復し、半分ほど 完成したところでミーコが一度溶けた後に女王寄生虫を伴って再生したので、それからは二人で一緒になって日々 の仕事の合間を縫って造っていった。大なり小なりの紆余曲折を経て、先日、完成に漕ぎ着けた。
 ミーコは姉だ。腹違いの姉だ。ただの従姉妹でも幼馴染みでもない、姉だ。山吹丈二に並々ならぬ殺意を抱くほど ミーコに恋い焦がれたのは、小松は本能的にミーコが姉だと知っていたからだろう。血を分けた存在だから、他人に 奪われたくない。半分だけだが血が繋がっているから、通じ合いたいと願わずにはいられない。忌まわしい血の 臭いを感じ取っていたから、狂おしく焦がれずにはいられなかったのだ。まともな姉弟として産まれていたならば、と 考えたことは一度や二度ではないが、結果は変わらなかっただろう。小松は小松で、ミーコはミーコなのだから。
 呂号の演奏が終わったのを見計らい、小松は再び歩き出した。ゾゾの植物だらけの奇怪な研究室が収まっている 古い民家と夏の盛りを過ぎても作物が実る畑の間を通り、緩やかな坂を昇って、廃校に戻った。建て直したばかり なので、それを廃校というのはいかがなものか、と、小松は思わないでもなかったが、外見は校舎だが生徒が一人 もいないのだから学校として成り立っていない。だから、廃校と言う他はないのだ。自分に問い掛けた疑問に自分で 答えを出しながら、小松は校庭に入り、朝食の支度が調いつつある居間兼食堂の教室に近付いた。
 窓の中では、ゾゾと紀乃が動き回っていた。人数が増えたため、小松が在り合わせの資材で造ったテーブルには 別のテーブルがくっつけられ、椅子も増えている。その上には人数分の食器が並び、七輪で焼かれたばかりの干物 が湯気を昇らせ、炊きたての白飯が艶々と光り、鍋の中には一煮立ちした味噌汁がたっぷりと入っている。箱膳に 取り分けられているのは翠の分で、こちらにはドクダミ茶の急須も付いている。紀乃はサイコキネシスで箸立てから 八膳の箸を浮かび上がらせると、器用に食器の前に並べていった。両手に厚手の鍋つかみを填めて味噌汁の鍋を 抱えたゾゾは、テーブルに置いた鍋敷きの上に載せた。居間兼食堂の引き戸が開き、相も変わらず空中浮遊して いるフンドシが入ってきた。忌部次郎である。

「やあ、おはよう」

 忌部はゾゾと紀乃と、窓の外にいる小松とミーコに挨拶してから、翠の分の箱膳を抱えた。

「おはよう、忌部さん。昨日の夜、戦闘機みたいなのが来てたね。でも、ちょっと感じが違ったかな?」

 茶碗に白飯を盛りながら紀乃が首を傾げると、忌部は昨夜の記憶を辿り、答えた。

「ありゃ哨戒機だな。まあ、いつものことだから気にするな。連中に空爆出来る権限はない」

 忌部は翠が暮らす地下室に向かうため、勝手口を開き、小松とミーコがいる校庭に出てきた。

「とすると、こいつは何なんだ? その哨戒機が落としていったものだとしか思えないんだが」

 小松が件の箱を忌部に差し出すと、忌部はそれを見上げたらしく、薄い影の屈折が若干変わった。

「なんだそりゃ」

「解らないからお前に聞いているんだ。爆発でもするのか?」

「爆発するの、るの、るの、るの?」

 ミーコはぐいっと上半身を伸ばし、期待しながら忌部を見下ろす。忌部は箱と二人を見比べていたが、答えた。

「それはさっき言ったはずだ、連中にこの島を空爆出来る権限はないんだ。良からぬモノを廃棄したり、物資を投下 したり、ってなことも許可されていない。だから、単純に考えれば哨戒機の落とし物じゃないのか?」

「ただの落とし物にしては変だぞ」

 小松は箱を忌部の目の前に置くと、忌部は小型のコンテナに似た合金製の箱を眺めたが、顔を上げた。

「確かに。だが、そいつを開ける前に朝飯を食おうじゃないか。寝起きは腹が減って仕方ないんだよ」

「それについてはもっともだ」

 小松が頷くと、ミーコは両手を高く掲げてはしゃいだ。

「お腹空いた、いた、いた、いた、いたー!」

 忌部は二人の脇を通り過ぎ、校庭の隅に生えている巨木に向かった。地面が四角く区切られている木製の蓋の 前で立ち止まり、箱膳を抱えたまま蓋を足で押すと、分厚い蓋が迫り上がってきた。ゾゾに寄れば、木製の蓋の中に 刺激に応じた反射運動を行う筋肉と神経に酷似した植物由来の生体組織を埋め込んだ、とのことだが、単純に 便利なのでその辺のことに差して興味はない。階段を下って地下室に入ると、ホタルブクロに似た花が淡く青白い 光を灯し、外気よりも湿り気は多いが酸素量は充分な空気が流れてきた。日光を遮断する作用を持ったすだれ 状の植物を払って奥に進むと、翠は既に布団を上げていて、着物も着込んでいた。

「御兄様、おはようございます」

「おはよう、翠」

 忌部が箱膳を置くと、翠は両手を重ねた。

「まあ、今朝はお魚ですのね。良い香りがいたしますわ」

「グルクンの干物だそうだ。食べ終わった頃に取りに来るよ」

「はい、御兄様。綺麗に平らげてお待ちしておりますわ」

 翠は笑みを浮かべ、頷いた。忌部は目に見えなくても構わずに笑みを返してから、翠の地下室を後にした。鉄骨 やコンクリートの代わりに木の根が張り巡らされた地下室から出て居間兼食堂に戻ると、他の面々が揃っていた。 呂号は食卓に付く直前までエレキギターを抱えていたが、食事時にはさすがに手放さなければならないので、壁に 立て掛けていた。甚平は付けっぱなしになっていたテレビをぼんやりと見ていたが、情報統制がきついよなぁ、との 毎度の感想を零していた。それについては忌部も異論はなく、居間兼食堂に入り、テレビを横目に言った。

「これから先はもっときつくなるさ。だが、俺達には何の関係もない」

 忌部が自分の席に座ると、甚平は太く長い尻尾を横にして、椅子に半分だけ尻を載せた。

「あ、うん、そうだけど。でも、なんか、こう、変?」

「お前達が変なのは今に始まったことじゃない。何を今更」

 この生活に慣れてきた呂号は、甚平の隣に座り、音源であるテレビに顔を向けた。

「変って言えば、ここ最近、インベーダー特集が増えてきたよね。ワイドショーも特番も」

 番組改編期だね、と言いながら紀乃が座ると、ゾゾはその向かい側に座った。

「実に解りやすいプロパガンダですよねぇ。私達がいかに人畜無害であるかを知らしめるのであれば、何の文句の 付けようもないのですが、クソ野郎と政府がそんなことをしてくれるはずもありません。近々、大事を起こすつもりで いるのでしょうね。でなければ、これまでは隠蔽に徹してきたインベーダー絡みの情報を、テレビという情報操作に 打って付けの情報媒体で知らしめる意味がありません。警戒する必要がありそうですね」

「でもでもでも、結構面白いよ? よ? よ? デタラメばっかりだもん、もん、もーん」

 居間兼食堂に入ってきたミーコは、盆に載っている自分と小松の分の朝食を抱え、また外に出た。

「ネットに氾濫している情報と比較してみたいところだが、この島には無線LANもなきゃ携帯の中継基地もなきゃ、 肝心のパソコンも携帯もないからな。あるのはちゃちな無線機ぐらいだ。それがちょっと残念だな」

 忌部が箸を取ると、ゾゾが音頭を取った。

「その辺についての議論は後にして、まずは朝御飯を頂きましょう」

 皆で声を合わせ、頂きます、と言ってから、それぞれの朝食を食べ始めた。近頃では呂号も小声だが言ってくれる ようになった。グルクンの干物は炭火で程良く焦げ、一夜干しなので箸を入れただけで容易く身が解れる。最盛期を 過ぎても尚収穫出来るナスは酢醤油に浸されていて、きつすぎない酸味と塩気に箸が進む。味噌汁の具は定番で あるハリセンボンで、淡泊な白身と味噌が実に良く合う。昨夜のメインディッシュだったラフテーも一晩経ったことで 一層味が深まり、朝食には若干重めだが、とろりとした甘辛の脂身は炊きたての白飯に合わないわけがなかった。 それらを一通り食べ終えてから、箸休めとしてパパイヤの漬け物を囓りつつ、忌部は件の箱に目をやった。

「ところで、紀乃。あれ、ちょっと見てみてくれないか」

「うん?」

 最後のラフテーに箸を付けた紀乃は、忌部の透けた指が指した方向にある箱を見、感覚を広げた。

「んー……」

 柔らかく煮付けられたラフテーを噛み締めながら、箱の中身を感じ取った紀乃は、また首を傾げた。

「なんだろ、あれ。中身はあるんだけど、箱の板に鉛かなんかが入っているらしくてよく見えない。で、その中身が 時々動いているみたいで、ごそごそした感じもする。でも、生き物っぽくないなぁ。硬いし、重たいし、機械臭い」

「開ければ良いだけの話だ」

 早々に食べ終えて食器を重ねた呂号は、ドクダミ茶を傾けていた。

「あ、でも、その、開けて変なモノが入っていたら、困るっていうか、処理しきれないっていうか」

 甚平が戸惑うと、小松は多目的作業腕で火山を指した。

「どうにもならないブツだったら、火山の火口に放り込めばいい。一瞬で処分出来る」

「でもでもでも、そんなことしたら、ら、ら、ら、彼がお腹壊さない? ない? ない?」

 ミーコが苦笑すると、ゾゾがもっともらしく頷いた。

「そうですよそうですよ。彼がどうにかなってしまったら、それこそ大事です。宇宙に打ち上げてしまえばいいのです」

「で、誰が開ける? このまま開けずにいたら、シュレディンガーのネコが箱の中で腐っちまうぞ」

 忌部が二膳目の白飯を盛った茶碗で皆を示すと、呂号以外が顔を見合わせた。

「最初はグー!」

 紀乃が掛け声と共に手を挙げると、呂号を除いた全員でじゃんけんを繰り返した。最初に勝ち抜けたのはゾゾ、 次に抜けたのは小松、その次はミーコ、その次は甚平となって、最終的に残ったのは忌部と紀乃になった。紀乃は いやに真剣な顔をして手を選んでから出したが、忌部の出したパーに負けた。ちなみに忌部のチョキは、味噌汁 の鍋から上がる湯気を纏っていたので、比較的見分けやすい状態だった。

「言い出しっぺが負けるのはよくあることだ。とにかく開けてみろ」

 小松が箱を指すと、ミーコがにこにこした。

「中身は何かな、かな、かな、かなー? 面白かったらいいなー、なー、なー!」

「ええい、ままよ!」

 紀乃は開け放たれた窓から手を突き出し、サイコキネシスを一気に放って金属製の箱の蓋を引き剥がした。硬く 溶接されていた蓋が弾け飛ぶと紙のように丸まり、校庭の上空を漂ってから落下した。紀乃が感覚で感じた通り、 箱の内側は分厚く、一メートル四方あるかないかという程度の容積しかなかった。一番近くにいた小松が箱の中身 を見下ろすと、人型の物体が四肢を縛られて押し込められていた。それは、山吹丈二だった。

「おうっ!?」

 さすがに驚いた小松が仰け反ると、ミーコがきょとんとした。

「山吹君じゃない、ない、ない、なーい」

「……えぇ?」

 それは嘘だろう、と思いつつ、校庭に出た忌部が箱を覗き込むと、二人の言葉の通りのフルサイボーグの青年が 詰め込まれていた。変異体管理局の制服を着たままで、局員証も首から下げられ、武装している様子もないので、 恐らく、いきなりこの中に押し込まれたのだろう。変異体管理局が、いや、一ノ瀬真波がどんな作戦を立てたのか は想像したくもないが、ろくでもないのは確かだ。ともかく様子を見なければ、と忌部が恐る恐る手を伸ばすと、山吹が 急に顔を上げ、ごとごとと箱を揺らして身動きしながら叫んだ。

「箱の中は見ちゃダメっすよー、彼岸に引き摺られちゃうっすから! 手足あるっすかー、ハラワタもあるっすかー、 ていうか俺にはもうどっちもないっすよねー! ひどく羨ましくなるような男も傍にいないっすよねー! 言おうか 言うまいか迷ったけど、やっぱり、ほうって言っとくんだったっすー! 誰にも言わないで下さいまし、とかー!」

「生憎、俺はその元ネタは知らん」

 忌部は山吹の喚く言葉を無視しながら、箱の底を見ると、山吹を拘束している鎖も見事に溶接されていた。

「えらく厳重に梱包されていたようだな」

 忌部の体を透かして箱の中を見た小松が言うと、ミーコは小松から飛び降り、山吹を軽く叩いた。

「山吹君、大丈夫、じょぶ、じょぶ、じょーぶー?」

「聞きたいことは山ほどあるが、なんでお前が箱に詰められて忌部島に投下されたんだ?」

 忌部が率直な疑問を山吹にぶつけると、山吹はマスクフェイスを上げ、弱々しい声を発した。

「それ、純然たる被害者の俺に聞くんすか?」

「他に誰がいる」

 小松が剣呑に返すと、山吹は首を縮めた。

「そりゃあまあ、そうっすけど……。でも、俺にもさっぱり訳が解らないんすよ。いやマジでマジで。昨日、いつも通り に退勤しようと思ったら主任に呼び止められて、体の機能を遠隔操作で停止させられて。あ、でも、あれはイッチー って感じじゃなかったっすね。それはまあ置いておいて。で、意識はあっても体の自由が利かなくなっちゃった俺は 見ての通り、箱の中のサイボーグとして空輸された結果、いきなり投下されたんすよ。まあ、今はオートリカバリーの おかげで制御系統は元通りになっているんすけど、腕が伸ばせないからパワーが出なくて鎖が千切れないんすよ。 いくら俺が簡単に死なないからっつっても、こりゃないっすよー。てか、主任の目的って一体何なんすかね?」

 ねえ、と忌部らに聞き返してきた山吹に、忌部は口元を曲げた。

「それこそ俺に質問するな。主任の考えが解らないのは、今に始まったことじゃない」

「とりあえず、ここから出してくれないっすか? 窮屈すぎて精神的な意味で窒息しそうなんすけど、いやホント」

「そんなことを言っているが、どうする?」 

 忌部が朝食を終えたばかりの面々と窓越しに向き直ると、呂号が発言した。

「事の次第が判明するまでそのままにしておいたらどうだ。それが得策だ」

 その意見に異論は出なかった。忌部もそれで良いと判断したので、紀乃に手伝ってもらい、箱詰めの山吹丈二を 居間兼食堂へと運び込むことにした。捕虜というよりも荷物扱いされてしまった山吹は、忌部に不平不満をぶつけて きたが、それはお互い様だろう。忌部もついこの前に変異体管理局から切り捨てられた上インベーダー扱いされた のだから、理由も解らずに変異体隔離特区に放り込まれた山吹の扱いが多少悪くとも文句を言える立場ではない のではないか、と、忌部がとつとつと語ってやると、山吹は良心の呵責に苛まれたのか少し大人しくなった。
 以前であれば、同情の一つでもしてやっただろうが。





 


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