ドラゴンは眠らない




魂の在処



フローレンスは、横たわっていた。


頭が痛い。腕が痛い。足が痛い。腹が痛い。胸が痛い。肩が、背中が、顔が、全てが、痛くて痛くてたまらない。
全身が熱を持っていて、殴られたばかりの場所がずきずきと痛む。どこもかしこも、痣となったのは間違いない。
いつも、そうだ。血が出ないように殴ってくるが、確実に痛む場所に傷を与えて、呻き声すら出させないのだ。
頬に触れている地面が冷たくて、心地良かった。付近の草むらからは、涼やかな虫の鳴き声が、聞こえていた。
そして、彼らの声も。なんだこれは、なんだなんだ、喰えるのか喰えないのか、喰われるのか喰われないのか。
ぎちぎちぎちぎちぎちぎち。きちきちきちきちきち。ぎち、きち。甲高く金属質な、単調な言葉の数々だった。
それが、ただでさえ痛い頭の中に反響し、フローレンスは顔を歪めて耳を塞ぎ、背中を丸めて縮こまった。
うるさい、うるさい、黙れ、黙れ、黙れ。なんでいつもこうなるんだ、聴きたくもない声ばかりを聞いてしまうんだ。
先程も、そうだった。母親の元に来ていた男が思っていたことを口にしたら、母親とその男から殴られたのだ。
軽薄な顔付きながら体だけは逞しいその男は、母親を口説いていたようだったが、その本心は別にあった。
狭い家にある財産の置き場所を見つけたくてたまらない、早くこんな女を捨ててしまいたい、との声が聞こえた。
フローレンスは、それを母親に言った。このままではこの家の財産が奪われてしまう、父親が困ると思ったからだ。
だが、言った途端、母親から殴られた。この人がそんなことを考えるはずがないでしょ、このほら吹き娘が。
そして、男も殴ってきた。そうだ、何を聞いたんだ、どうせ気のせいだろう、嘘を吐くな、いつもいつもいつも。
嘘じゃない、本当なんだと繰り返したら、余計に殴られてしまった。そのうちに男が帰り、父親が家に帰ってきた。
母親は父親に言った。この子はまたどうしようもない嘘を吐いて、だからお仕置きしたの、どうせ明日には治るわ。
父親は、何も言わなかった。部屋の隅でうずくまるフローレンスを摘み上げ、外に放り投げると、扉を閉めた。
扉が閉められても、二人の声は聞こえる。声ではない声が、音ではない音が、頭の芯に直接染み入ってくる。
あんな気味の悪い化け物、産むんじゃなかった。あれさえいなければ、ここを出て、あの人と一緒にいられるのに。
この女、いつか殺してやる。今日も男を連れ込みやがって。この色情狂め。あの化け物も、一緒に殺してやろうか。
フローレンスは、二人の声に混じる強烈な憎しみと殺意を感じ、震えた。痛みも相まって、吐き気を催した。
だが、何も出なかった。昨日の夜から何も食べていないから、胃液すら残っておらず、力のない咳だけが出た。
母親と父親の声は、止まない。粗末な家の中からは物音は何も聞こえないが、音のない声は延々と続いていた。
いつからだろう、こうなってしまったのは。フローレンスが幼かった頃は、まだ、二人は笑い合っていたのに。
それが、いつからかおかしくなった。働いても働いても家が楽にならないから、その苛立ちを、溜め込んだのだ。
母親はその捌け口を男に、父親は更に溜め込んで殺意へと。いつか、必ず、どちらかがどちらかを殺すだろう。
フローレンスは、熱を持った頭のまま、そんなことを考えていた。眠気は起きるが、痛みのせいで眠れなかった。
地面から見上げた夜空には、綺麗な星々が瞬いていた。


少しだけ、眠った気がした。
だが、すぐに目を覚ました。フローレンスは痛みに呻きながらも体を起こしてみたが、辺りはまだ真っ暗だった。
先が見えないが、どこに何があるかはなんとなく解る。音ではない音が、声ではない声が、聞こえてくるからだ。
投げ捨てられた時に擦ってしまった膝に、鋭い痛みが走った。その痛みで微睡みが消え、すっかり目が覚めた。
フローレンスは、よろけながらも立ち上がった。自分の荒い息が虫の音を掻き消すが、彼らの声は消えない。
なんだなんだどうしたどうした、あれはなんだなんだ、あれはあれは、喰うのか喰われるのか、喰われたくない。
虫なんか食べないよ、とフローレンスが内心で呟くと、虫達は黙った。フローレンスの周囲だけ、静かになった。
このまま外にいたら寒い、家の中に入ろう。と、フローレンスは扉に手を掛けたが、取っ手を回しても、開かない。
鍵が、掛かっていた。何度引いてみても動かず、叩いてみても誰も起きては来ず、声を出してみても同じだった。

「あ…」

フローレンスは手を放し、身を引いた。扉の中から漏れてきた、両親の声ではない声が、頭の中を貫いていった。
うるさい、邪魔だ、消えろ。この役立たず。その声は今までのどの声よりも強く、頭がじんじんするほどだった。
無性に悲しくなって、フローレンスは泣きそうになった。だが、泣いたらもっと邪険にされる、と思って我慢した。
もう一度、扉を叩いてみた。だが、両親の声は変わらず、頭はもっと痛くなる。フローレンスは、扉から離れた。
このまま、ここにいてはいけない。きっと、殺されてしまう。フローレンスは痣で痛む足に力を入れ、駆け出した。
ただ、ひたすら、走った。




当てもなく走るうちに、街の外に出ていた。
疲れ果てた体を引き摺り、見たこともない道を歩いた。走りたかったが、走れるほどの力は残っていなかった。
人や馬車が通るのだろう、地面は固く踏み固められている。夜露でしっとりと濡れていて、滑りそうになる。
草を踏んだら転んでしまうから、踏まないようにしながら、進んだ。日が昇ってきたのか、東の空が明るい。
フローレンスは、足を止めて空を見上げた。星々の散らばる広大な藍色が、ほんの僅かずつだが薄らいでいる。
まともに見たのは、初めてだ。朝早くから仕事に行かされる時に、急いで走りながら、目の端だけで見ていた。
少しでも仕事に遅れると怒られるし、殴られてしまうから、足を止めて朝日を見たことなんて一度もなかった。
ごちゃごちゃした街並みの向こうから、山並みの間から、光り輝くものが昇り始め、鮮やかな光線が溢れ出す。
日が山の陰から出てくると、光が広がり始めた。草木の葉が日光を跳ね返し、星々は薄らぎ、空は青紫になる。

「わぁ…」

色を失っていたものが、全て、色を得る。世界は塗り替えられ、吹き付けてくる風も少しずつ温くなっている。
とても、綺麗だった。フローレンスは朝日を見つめていたが、日光が強すぎて、目が痛くなってきてしまった。
出来ることなら朝日から目を離したくなかったが、目を擦りながら下に向けた。すると、草の間に何かがあった。
朝日の欠片を浴びていて、輝いていた。なんだろう、と草を掻き分けると、地面に大振りな石が転がっていた。
空よりも深く、水よりも濃い青の結晶だった。原石のまま加工されていないのか、表面は粗かったが、綺麗だ。
物珍しさで、フローレンスは石を拾い上げた。子供の両手には余る大きさの、立派すぎるほど立派な石だ。
今まで、こんなものは見たことがなかった。石の美しさに魅入られながら、一体これは何なのだろう、と思った。
フローレンスはその場に立ったまま、石を見つめていた。すると、また、頭の中に音ではない声が聞こえてきた。
きみは、だれ。その声は、今までの声とは違って優しかった。柔らかな手で触れてくるような、感覚がある。

「誰?」

フローレンスが辺りを見回すと、また、声がした。きみの、ての、なか。フローレンスは、石を見下ろした。

「これの中に、いるの?」

 いる。

「でも、石、だよ? とっても綺麗だけど、石だよ? 生き物じゃないよ?」

 いし。だけど、こころ、ある。

「どうして?」

 わからない。だけど、ずっと、むかしから、いる。うまれたら、ここに、いた。

「あなたの名前は?」

 わからない。しらないから。

「そうなの」

 きみの、なまえは。

「フローレンス」

フローレンスが名乗ると、石から伝わってくる声がもっと柔らかくなった。

 いい、おと。いい、なまえ。

「ありがとう」

褒められたので、フローレンスは嬉しくなった。石はかなり重たく、手が辛くなってきたので、座ることにした。
草の上に直に座り、エプロンドレスの膝の上に置いた。薄汚れたエプロンで、石の表面を擦って汚れを取った。

 ありがとう。

礼を言われ、フローレンスはますます嬉しくなった。怒鳴られることは多いが、感謝されたことは少ない。

「大したことじゃないよ」

勝手に頬が緩んでいき、胸の辺りが熱くなる。この声と話していると、頭の痛みは薄れ、次第に楽になってきた。
体中にある痣はまだ痛んでいたが、一番酷い痛みを発していた頭が楽になったので、大分まともになっていた。
この人はとても温かい。石だけど、人間から聞こえてくる声よりも、ずっと心地良い。フローレンスは、石を抱いた。
石の内側から零れる声が止み、代わりに体温に似たものが流れ出したが、それは頭の中だけで感じ取っていた。
手のひらを載せた青い石の表面は相変わらず冷たかったが、それでも、フローレンスにとっては彼は温かかった。
その温もりが心地良くて、つい、うとうとした。頭痛が消えた安堵と、走り続けた疲れが、全身に溜まっていた。
目を閉じて、草の中に倒れ込んだ。土と草の青い匂いがする中に寝転がったフローレンスは、眠気に身を任せた。
石から感じられる温もりが、心中にまで広がってきていた。体中の痛みが和らいだような、そんな気分になる。
この心地良さを感じたまま死ねたなら、どれだけ楽になるだろう。死ねば頭の中の声からも、解放されるのだから。
あの、痺れるような痛みと頭痛を生じさせる声は、両親だけでなく、近所の子供や他の大人達からも聞いていた。
ろくに服を持たないせいで、いつも汚れた服を着ているフローレンスを蔑み、嫌悪する声がいつも聞こえた。
中には、フローレンスと共に遊んでくれた子供からの声もあった。だが、彼らは、外見は仲良くしてくれた。
フローレンスが仕事で稼いだ僅かな金や食糧を奪う機会を窺うために、表面上は、友達として接しているのだ。
あの男と、同じだ。人間は皆、裏と表があるのだ。顔は笑っていても、その実は負の感情が渦巻いているのだ。
もう、そんな声を聞きたくない。何も、感じていたくない。そう思いながら、フローレンスは眠りに落ちていった。
朝日が昇り切り、夜の闇が消え失せた頃、道の先に並ぶ影があった。彼らは、いずれも、軍服に身を固めていた。
先頭に立つ者は、異様な姿をしていた。時代遅れの大柄な全身鎧で、背中には巨大な剣を載せている。
肩には軍服を引っ掛けているが、その色は暗い赤で一般の軍人とは違っている。肩の勲章は、少佐だった。
流線形の隙間が上下に空いたヘルムが、朝日を跳ねた。その頭に付いている、赤い頭飾りはトサカに似ていた。
彼の脇に立っているのは、同じく暗い赤の軍服を着た、黒人の青年だった。軍帽を深く被って、目を隠している。

「ダニー」

甲冑に名を呼ばれ、青年は顔を上げた。

「隊長。あれですか」

「間違いねぇ。外見も年齢も、エリックの報告通りだ。お前の方はどうだ?」

ギルディオスは、草むらに横たわる少女を示した。青年、ダニエルは目を細めて、異能の力を感じ取った。

「感じていますよ、先程から。今は眠っているので出力は低いですが、相当な感度の精神感応能力の持ち主です」

「みてぇだな。近付いただけで、魂がちょいと熱してきちまったぜ」

ギルディオスは、銀色の厚い胸に手を当てた。その奧の、魂を封じ込めた魔導鉱石が少し熱を持っている。

「だが…それだけじゃねぇみてぇだ」

「私の方は、何も異変を感じていませんが。別段問題がないのであれば、少女の回収を行いましょう」

ダニエルはギルディオスの脇を抜け、前に出た。ギルディオスは、がりがりとヘルムを引っ掻いた。

「保護って言えよ、せめて」

「この時点では、回収です。まだ、我々の仲間にはなっていないのですから」

ダニエルは軍帽の鍔を指先で上げ、両手の手袋を填め直した。ぎゅっ、と指先まできっちり詰めて、一度握る。
視線を、少女に据えた。伸び放題の雑草の間で、長い金髪を散らばらせた幼い少女が、身を丸めて眠っている。
ダニエルは少女に向けて手を差し出し、手のひらを上に向けると、指先を曲げた。少女の体が、僅かに揺れる。
そのまま手を曲げていくと、見えない手に操られるかのように、少女の体は徐々に上昇し、草むらから脱した。
胸を反らしながら浮かび上がった少女の胸元から、荒く割られた魔導鉱石の原石が現れ、空中に漂っていた。
深い青の石は、己の重量でくるくると回転している。ギルディオスはその石を見つめていたが、納得した。

「ああ、あいつか」

「魔導兵器の核か何かですか?」

ダニエルがギルディオスに問うと、ギルディオスは草を掻き分けて少女の元へ向かった。

「違ぇよ、天然物だ。きっと、あの石に魔力が溜まってたから、オレの方の石が反応しちまったんだろうぜ」

「では、敵ではないということですね」

ダニエルは、少女を抱えて魔導鉱石を回収したギルディオスの背を見上げた。甲冑は、青年に振り向く。

「まぁ、そうだろうよ。詳しいことは基地に帰ってから調べようぜ、ダニー。オレらの仕事じゃねぇしな」

ギルディオスは青い魔導鉱石の原石を、ダニエルに放り投げた。ダニエルは手は伸ばさず、視線だけを向けた。
視線に縫い付けられたように、石は宙で動きを止めた。ダニエルの視線が下がると、独りでに彼の手に入った。
ギルディオスは、ダニエルが魔導鉱石を回収したのを確認してから、抱きかかえている少女を見下ろした。
エプロンドレスが小さいのか、袖は短く、丈が足りていない。スカートは裾が泥に汚れ、草の汁が付いている。
綺麗な色合いの金髪も、土と泥に汚れてしまっている。頬は青ざめているが、所々が赤く腫れ上がっていた。
裾から出た細い足にも、同じような痣がある。寝顔はとても苦しげで、今にも泣き出してしまいそうだった。
ギルディオスは、少女の頬を拭った。腫れ上がった部分に触れたせいで、痛んでしまったのか、眉根が歪んだ。

「う」

小さく呻いた少女は、身動きした。何度か瞬きしてから、腫れぼったい瞼を開いた。

「よう。起きたか?」

ギルディオスが少女に声を掛けると、少女はギルディオスの軍服に気付き、びくりとした。

「ぐ、軍人さん!」

「大丈夫だ、何もしやしねぇ。だから、落ち着け」

な、とギルディオスは声色を柔らかくした。少女は動揺しているようで、目線を彷徨わせている。

「お前、名前、なんて言うんだ?」

「…あの人は?」

少女は少し怯えながら、甲冑を見上げた。あの石から感じていたものが失せて、また頭痛が起きそうだった。
ギルディオスはすぐにそれがなんであるかを察し、ダニエルを指した。少女も、彼の指した先に顔を向けた。

「あの石なら、オレの部下が持っている。だから、心配すんな。で、名前はなんていうんだ?」

「フローレンス・アイゼン」

フローレンスが呟くと、ギルディオスはその頭を荒っぽく撫でた。

「そうか、よろしくな、フローレンス。オレはギルディオス・ヴァトラス、共和国軍の少佐だ」

「んっ」

ギルディオスの手付きの荒さに、フローレンスは戸惑った。だが、痛いわけではなく、むしろ優しいと感じた。
その手が、止まった。なんだろうと目を上げると、ギルディオスは、フローレンスを真っ直ぐ見下ろしていた。
ヘルムなので表情は解らないはずだが、その感情は伝わってきた。体に接している厚い胸の奧が、熱かった。
その熱の中には、あの声に似たものが混じっていたが、決して嫌悪などではなく、それとは対極の感情だった。
あの石から感じたものと似ていたが、それよりもずっと強く、熱を帯びていて、炎の傍にいるような感覚だ。

「安心しな、フローレンス」

ギルディオスは、フローレンスの青い瞳を見つめた。少女から流れ出てくる思念は、どれも不安に震えている。
見知らぬ甲冑と軍服姿の男にも怯えているが、それ以上に、自分の体に傷を付けた相手が来ることに怯えている。
ギルディオスは思念を感じることは出来るが、読み取るほどの力は持っていないので、映像までは解らない。
だが、その合間にある言葉を感じることは出来る。またお母さんとお父さんに殴られる、だから、早く帰らなきゃ。
軍隊に連れて行かれたら、もっと怒られる。殴られる。早く家に帰って仕事に行かないと、また、痛い目に遭う。
逃げなきゃダメだ、逃げなきゃ、家に帰らなきゃ。でも、帰りたくない。帰ったら、また、きっとぶたれるんだ。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。フローレンスの思念は次第に力を失い、少女の目元には涙が溜まった。
ギルディオスは指先で、その目元を拭ってやった。冷ややかな金属の指に、フローレンスの涙の体温が移った。

「オレは、お前を殴ったりしねぇ。痛い思いは、させねぇよ」

フローレンスの体を支えるギルディオスの太い腕に、力が込められる。

「不安だったろうな、怖かったろうな」

不意に、張り詰めていた緊張が緩み、フローレンスはぼろぼろと涙を落とした。意思に反して、流れ出す。

「逃げなくていいんだぜ。もう、大丈夫だ」

フローレンスは、ギルディオスの腕から脱してしまいたかったが、出来なくなっていた。温かくて、たまらない。
早く家に帰らないと、母親と父親のために働かないと、そうは思うが体が言うことを聞かず、涙は止まらない。
いつしか、声を上げて泣き出していた。ギルディオスの大きな手はフローレンスを、優しく、丁寧に、撫でていた。
今までに感じたことのないものを、次々に感じる。柔らかいけど確かな、大きいけど深い、不思議な感情だった。
この人は人間じゃない。でも、人間よりもずっと、いい人だ。フローレンスは泣き喚きながら、そう思っていた。
感じながら、本当にいいのだろうか、と躊躇いが生じた。こんな、どうしようもない子供に、この温もりは不要だ。
嬉しい。だけど、申し訳ない。こんなにいいものをもらっても、何一つ、返せるものなんて持っていないのだから。
やっぱり、逃げてしまえば良かった。そうすれば、こんな思いをしなくて済んだんだ。そう思うと、更に泣けた。
ギルディオスは、盛大に泣き声を上げるフローレンスを支えながら、ダニエルを窺った。彼は、至って平静だった。
両手を後ろで組み、待機している。ギルディオスは彼の落ち着きぶりが少し不満だったが、まぁいいか、と思った。
ダニエルは、そういう男だ。骨の髄まで軍に染まっているので、任務と名が付けば、冷徹に行動して任務をこなす。
確かにフローレンスの保護は任務だが、暗殺や戦闘ではないので、そこまで気を張るほどのものではないと思う。
これから彼女は仲間になるのだから、少しは親しくしてもいいだろう、とは思うが、ダニエルはそう思わないようだ。
あくまでも、任務は任務か。ギルディオスは彼の態度にちょっと肩を竦めたが、それでもダニエルは無反応だった。
やれやれ、とギルディオスはダニエルから目を外した。フローレンスの泣き声は、まだ止みそうになかった。
石の中の彼は、その声を、聞いていた。







06 9/4