※ 注意! ※

これは「ドラゴンは眠らない」の番外編ですが、現代日本が舞台になっています。
ドラ眠キャラ達を戦隊ヒーローと悪役に分けた、特撮ヒーローパロディになっています。
そういうお遊びが苦手な方は、ご遠慮下さいませ。






ドラゴンは眠らない




魔導戦隊ジンガイジャー 前



いつの世にも、どの世界にも、悪い奴というのはいるものである。
そして、ここにも。君の世界を脅かそうとする邪悪なる存在が、君の背後に、忍び寄ってきている。
だが、心配することはない。どこにだって悪い奴がいるように、どこにだって、正義の味方も存在する。
君の明日を守るため、世界とご近所の平和を守るため、今日も彼らは戦い続ける!


その名は、魔導戦隊ジンガイジャー!


古代より伝わる魔法を導き、人ならざる力で人の世を守り、人でないが人である彼らは、君達よい子の味方だ。
苦しい時、辛い時、正義の力が必要な時、悪い奴に困らされている時は、迷わず彼らを呼んでくれたまえ。

ジンガイダイヤル 0120 *** *** (午前九時から午後六時まで)




そんな、映画の宣伝と見紛うほどのポスターが貼られた自動販売機の側面を、見上げている姿があった。
両手には革製の通学カバンを持ち、ローファーを履いたつま先を揃え、紺色のプリーツスカートは膝上丈だ。
紺色のセーラー服の上にピーチ色のカーディガンを羽織った、短いツノの生えた少女は、顔をしかめている。

「…ド派手ですねぇ」

「派手だな」

セーラー服姿の少女の背後で、茶色のコートを着た背の高い男が腕を組んでいた。

「剥がして回るか、これ?」

「命令もされていないのにそんなことしたら、またお仕置きされちゃいます。だから、やりません」

セーラー服姿の少女が歩き出すと、コート姿の男は彼女に続いた。

「それもそうだな。ここに来るまでに貼ってあったものをざっと数えてみたら、二十カ所以上貼り付けてあったから、それを探すだけでも手間だ。さっさと帰るぞ、フィリオラ」

「レオさん。ジンガイダイヤル、電話してみます? フリーダイヤルですからお金は掛かりませんよ」

セーラー服姿の少女、フィリオラは二つに結んだ長い髪を揺らし、ちょっと首をかしげながら背後の彼を見上げた。
コート姿の男、レオナルドは嫌そうな顔をした。フィリオラの傍を通り過ぎ、コートの裾を翻しながら歩いていく。

「馬鹿なことを言うな。逆探知でもされたらどうするんだ。固定電話はもとい、携帯であろうとも、その発信源を探知するのは簡単なことなんだぞ。そんなことをしたら、連中にオレらの居場所が見つかってしまうじゃないか」

「えー、でも、ただの音声テープかもしれませんよ? リカちゃん電話みたいな」

フィリオラはレオナルドに並ぼうとしたが、歩幅も速度も違うので間隔が空いてしまい、追いかける恰好になった。
レオナルドはちらりとフィリオラを見ると、少しばかり歩調を緩め、彼女との距離が開いてしまわないようにした。
あまり距離を開けると置いて行ってしまうし、うっかり離れてしまっては、フィリオラが悲しそうな顔をするのだ。
それでなくても、フィリオラはすぐに泣いてしまうのだから、つまらないことでいちいち泣かせてしまいたくはない。
レオナルドとの距離が狭まったフィリオラは、その手を掴んだ。レオナルドは一瞬ぎくりとしたが、表情を固める。

「それじゃ、さっさと帰って作戦会議と行きましょう、レオさん」

フィリオラはにこにこしながら、レオナルドに体を寄せた。

「その後に、一緒に出掛けましょう。昨日、高校の帰りがけにおいしいケーキ屋さんを見つけたんですよ」

「ということは、お前はそこのケーキを喰ったのか?」

「あ、でも、一つだけですよ? だって、部活の後ってお腹が空くじゃないですか」

レオナルドは上機嫌なフィリオラの笑顔が可愛らしくて、顔が緩んでしまいそうになったが、気を張り詰めていた。
手を握っている、彼女の小さな手が温かくて柔らかい。レオナルドはその手が離れてしまわないように、握った。
フィリオラはそれに気付いたのか、ちょっと照れくさそうにした。だがすぐに、昨日見つけたケーキ屋の話を始めた。
昨日食べたのはイチゴのミルフィーユだったけど、本当は白桃のタルトもモカのエクレアも気になっていた、などと。
人通りの多い駅前商店街を抜けて、狭い路地へと入っていく二人の後ろ姿を、遠くから見つめている姿があった。
飼いネコの行方を捜す張り紙が貼られた電信柱の影に、赤いジャケットを羽織った大柄な甲冑が身を隠していた。
その背後には、金髪をポニーテールにした長身で胸の大きい女が立っており、黄色のジャケットを着ていた。
一見すればスタジアムジャンパーのようなそれは、色は違うが二人ともデザインが同じで、胸元にプリントがある。
JINGAIJYA、と角張った黒い文字で書かれており、傍目から見れば、相当おかしなデザインのジャケットだった。
金髪の女は、僅かに緑が混ざった青い瞳を二人の過ぎ去った方向に向けていたが、羨ましげに息を零した。

「いいなぁ、ミルフィーユかぁ」

「ていうか…」

大柄な甲冑は電柱から体を出し、がっくりと項垂れた。

「オレら、なーにしてんだよ…」

「うかかかかかかかかっ」

突然、頭上から甲高い声が響いてきた。見上げると、あまり高さのない電柱の上に銀色の骸骨が膝を付いている。
その肩には、やはり二人と同じデザインのジャケットが引っ掛けられていて、彼の着ているものは緑色だった。

「何ッテソォーリャーア、趣味の悪ィ尾行に決まってンダァーローゥウウウウウウウ?」

「オレだって、やりたかねぇよ、こんなこと。ていうか、びったり貼り付いて追い回したところで、あの二人が変身して悪事を始めるたぁ限らねぇと思うんだけどなぁ…」

甲冑は電柱にもたれると、腕を組む。電柱から飛び降りた銀色の骸骨は、甲冑の前に着地した。

「うけけけけけけけけ。どうせナァーラァーアアア、オイラが襲って変身サセチマオウジャネェカァアアアア!」

「するな、んなこと。それこそヒーローらしくねぇ」

甲冑は頭を振り、ニワトリのトサカに似た赤い頭飾りを揺らした。金髪の女は、切なげに眉を下げる。

「あーもう、フィオちゃんの思念読んじゃったせいで甘いもん食べたくって仕方なくなってきたぁー」

「というか…」

彼らから離れた位置にいた、黒いジャケットを着た褐色の肌の男が、二人の入っていった路地を指した。

「さっさとあの二人を追ったらどうなんですか、隊長。思い切り見失ってますよ」

「副隊長ー、ケーキ奢ってー」

「人の話を聞け」

金髪の女が甘えたような声を出したので、黒いジャケットの男は呆れた。どうにもこうにも、まとまりがない。
甲冑、ギルディオスは電柱から背を外した。がしゃがしゃと重たい足音を立てながら、歩き出した。

「まぁいい、今日のところは帰るぞ。あいつらが何かしらしでかさない限り、オレ達は動けねぇ」

「しかしですね」

黒いジャケットの男は納得が行かないのか、口元を曲げている。ギルディオスは、彼に向けて手を振る。

「むやみやたらに戦って街を破壊しまくる方が、怪人よりも余程悪ぃぜ。とっとと帰るぞ、ダニー」

「うくくくくくくくく。オイラとシーチャァアアアア、人でも街でもブッ壊シテェンダケェドナァアアアア」

甲高い笑い声を発した銀色の骸骨、アルゼンタムは立ち上がると、ギルディオスの後に続いて歩き出した。
背中を曲げた変な姿勢で歩いているので、上体が揺れ、骨だけの腕の先に付いた大きな手がぶらぶらしている。
黒いジャケットの男、ダニエルはそれがいやに気になった。背中を蹴り飛ばして、姿勢を正してやりたい。
だが、今はそんなことをしている場合ではない。早々に秘密基地へ帰って、司令官に今日の報告をしなくては。
ダニエルが歩き出そうとすると、ぐいっと袖が掴まれた。振り返ると、金髪の女、フローレンスが掴んでいる。

「副隊長」

「なんだ」

ダニエルがやる気なく返すと、フローレンスは瞳を潤ませて懇願した。

「ケーキ奢って?」

「…お前なぁ」

ダニエルが呆れ果てると、フローレンスは頬を張ってむくれた。

「だって、あたし、財布忘れてきちゃったんだもん。副隊長なら持ってるでしょ、お金」

「それはそうだが」

「だからさ、買っていこうよ。リチャード司令とキャロルちゃんへのお土産にもなるしさー、ねー?」

フローレンスは、ダニエルの腕にぴったりと体を寄せた。ダニエルは腕に接した彼女の胸に、戸惑う。

「しかし、だな」

「たまにはいいじゃん、ねー?」

更に身を寄せてきたフローレンスに、ダニエルは思わず顔を伏せた。照れと緊張と戸惑いで、固まってしまった。
すると、二人の背後に重量のある足音と震動が伝わってきた。ダニエルがそちらに向くと、巨体の影があった。
それは、全体的に丸っこい、身長二メートル以上はあろうかという、ずんぐりとした人型のロボットだった。
その肩には、これまた同じデザインの青いジャケットが引っかけられていて、今にもずり落ちそうになっていた。

「ふくたいちょう、ふろーれんす。けーき、かうの?」

「あたしは食べたいんだけどさー、副隊長、その気にならないみたいで」

フローレンスは残念そうにしながら、巨体のロボット、ヴェイパーを見上げる。

「ヴェイパーからも頼んでよ」

「うん。う゛ぇいぱーも、たべたい」

ヴェイパーは、フローレンスにしがみ付かれているダニエルを見下ろす。

「…今日だけだぞ」

渋々、ダニエルはポケットを探って財布を取り出した。うわぁい、とフローレンスはダニエルにしがみ付く。

「ありがとー副隊長ー! これで全国一千万のお子様は副隊長の虜でジンガイブラックのフィギュアもなりきりトイもサポートメカも馬鹿売れでスポンサーはウハウハだぁー!」

「わーい」

抑揚のない歓声を上げたヴェイパーは、照れのせいで動きのぎこちないダニエルの後に続いて歩き出した。
その間にも、フローレンスは喋り続けている。どんなケーキが食べたいか、矢継ぎ早に並べ立てている。
ダニエルはどれだけケーキを買わされるか考えただけでうんざりしたが、決して悪い気分ではなかった。
好きな相手に喜んでもらえることは、やはり嬉しい。腕に押し付けられた胸の感触も、悪いものではない。
ダニエルはやれる限り表情を緩ませないようにしながら、駅前商店街にある洋菓子店へと向かっていった。
その結果、三人が秘密基地に戻る時間は大幅に遅れた。




正義の味方、ジンガイジャーの秘密基地は地下にある。
その上には古くからの邸宅、ヴァトラスの屋敷があり、一見すればその地下がハイテクまみれだとは解らない。
基地の入り口は、玄関から入ってすぐにある作りつけの姿見で、秘密の合い言葉を言えばその鏡が開いてくれる。
その合い言葉は、戦女神のご加護の元に、だが、関係者の声紋のみを登録しているので部外者では開かない。
そして、彼ら、ジンガイジャーはその地下秘密基地にいた。白い壁と白い床で出来た、司令室に集まっていた。
司令室の壁の一面は全てモニターになっており、その前にオペレーター席と指揮官の座る席が並んでいた。
コンソールや小型モニターの並ぶオペレーター席には、黒いメイド服を着た赤毛の少女が腰掛けていた。

「お帰りなさい、皆さん」

説明しよう! 彼女の名はキャロル・サンダース、ジンガイジャーのオペレーター兼屋敷のメイドである。
基本的には屋敷から出ることはないが、いざとなれば変身することが出来、六人目の戦士となれるのである。
だが、それはあくまでも緊急用であり、普段はジンガイジャー司令官の手によって封印されているんだ。

「遅かったねぇ、三人共。寄り道をするんだったら、先に連絡を入れてくれたらどうなんだい」

指揮官の座る席には、薄茶の髪と瞳を持った目の細い長身の男が、長い足を組んで座り込んでいた。
説明しよう! 彼の名はリチャード・ヴァトラス、魔導戦隊ジンガイジャーに命令を下す、彼らの司令官だ。
表の顔は魔法を研究する学者でヴァトラス家の主人だが、その実態は謎に包まれている部分が多いんだ。
物腰は柔らかいが言うことはきつく、手厳しい部分もあるが、根は悪い人間ではないので安心するんだぞ。

「オレら、揃いの電話持ってんだからさぁ。そういうときに使わないで、いつ使うってんだよ」

大柄な甲冑、ギルディオスは派手な携帯電話を軽く投げ、手の中に落とした。変身ツール、ジンガイフォンだ。
説明しよう! 彼の名はギルディオス・ヴァトラス、ジンガイジャーのリーダーで、ジンガイレッドに変身する。
五百年前に死んだがフィフィリアンヌの手によって改造され、甲冑になってしまった、中世時代の重剣士だ。
頼れる熱いリーダーだが、単純なのが玉に瑕だ。彼の持つバスタードソードは、一撃で鉄骨を切り倒せるぞ。

「うけけけけけけけ。ンーナコォトヨリィイイイイ、さっさと血ィ啜りに行こうゼェエエエエエ!」

うかかかかかかっ、と銀色の骸骨、アルゼンタムは仮面を付けた顔を逸らし、がくがくと体を揺らしている。
説明しよう! 彼の名はアルゼンタム、ジンガイグリーンに変身する、イカしてイカれた人造魔導兵器だ。
生前は吸血鬼だったが機械人形に改造されてしまい、その影響で理性が吹き飛び、クレイジーな性格になった。
スピードはナンバーワンだが、命令に背いてばかりいる。人間の血が大好物だが、今はトマトで我慢している。

「てき、いない、から、たたかい、できないよ。むちゃ、いわない」

丸っこいロボット、ヴェイパーはアルゼンタムを見下ろすと、首の関節を軋ませながらゆっくりと横に振った。
説明しよう! 彼の名はヴェイパー、ジンガイブルーに変身する、蒸気機関式のローテクでレトロなロボットだ。
フローレンスのテレパシーで操縦されて戦うことが多いが、自我があるので自分の意思でもちゃんと戦える。
圧倒的なパワーと必殺のロケットパンチで、どんな敵でもねじ伏せるが、素直で純朴な気のいいロボットだぞ。

「まー、そんなことより、さっさとケーキ食べちゃいましょうよ。一杯買ってきましたから」

金髪の女、フローレンスはにこにこ笑いながら、両手に抱えていた洋菓子店の名が入った箱を掲げてみせた。
説明しよう! 彼女の名はフローレンス・アイゼン、ジンガイイエローに変身する、テレパシストの元軍人だ。
以前はダニエルと共に軍の特殊部隊で戦っていたが、リチャードによって引き抜かれ、ジンガイイエローとなった。
テレパシーで相手の心を読めるが、普段は封じているぞ。優秀な魔導技師でもあり、ジンガイメカのメカニックだ。

「ナマモノですからね。今日中に食べないと痛んでしまいます」

褐色の肌の大柄な男、ダニエルは渋い顔をしていた。なんだかんだで、相当な数のケーキを買わされたからだ。
説明しよう! 彼の名はダニエル・ファイガー、ジンガイブラックに変身する、ジンガイジャーのサブリーダーだ。
フローレンスと同じくサイキックだが、ダニエルの持っている能力はサイコキネシスで、あらゆるものを破壊出来る。
冷徹で生真面目な、根っからの軍人気質だが、可愛いネコと恋人であるフローレンスにだけは弱いんだぞ。

「ところでよ」

ギルディオスはフローレンスから受け取ったケーキの箱をキャロルに渡しながら、首をかしげた。

「なんなんだ? この、説明しよう、ってのは。地の文なのに、たまに口語になっちまってるし」

「あ、それはね。戦隊物のお約束。ナレーションが全部説明してくれるんですよ、設定とかを」

リチャードはキッチンへ向かうキャロルに、僕はコーヒーね、と言ってからギルディオスに向いた。

「戦隊物は仮面ライダーよりも対象年齢が低いから、親切なんですよ」

「ダァーケドォー、超超超ウザッテェゼェエエエエエエ」

アルゼンタムが、仮面を被った顔を突き出した。ダニエルは、やりにくそうにしている。

「しかも、別に説明しなくても良いことまで説明しているようだしな」

「いいじゃない、それぐらい。僕は気にしないなぁ」

リチャードは、五人が集まっている司令室中央のテーブルまでやってくると、椅子を引いて腰掛けた。

「そりゃ、あなたは余計なことまで説明されなかったからな。気にはならないだろう」

ダニエルはなんだか腑に落ちなかったが、これ以上言わないことにした。あまり深く考えると、深みに填ってしまう。
しばらくすると、キャロルが戻ってきた。ケーキの載った皿と、ティーカップと二つのポットを盆に載せている。
それをテーブルへと置くと、ティーカップをそれぞれの前に並べていき、ティーポットの蓋を開けて中身を確かめた。
紅茶の葉は開いていて、香りの良い湯気が昇る。キャロルは、その紅茶をリチャード以外のカップに注いだ。
紅茶を注ぎ終えてから、リチャードの前のカップにはコーヒーを注ぎ、そして各自の前にフォークを並べていった。
キャロルは、盆の上に載っている様々なケーキを眺めていたが、ジンガイジャーの隊員達を見回して尋ねた。

「あの、皆さん、どれがいいですか?」

フローレンスとダニエルが買ってきたケーキは、見事に全部ばらばらだった。そして、やけに数が多かった。
この場にいる人数は七人なのだが、ケーキの数は十個もあった。キャロルは、どれを誰に渡そうか迷っていた。
ケーキの種類は、レアチーズケーキ、ガトーショコラ、フルーツの載ったカスタードプリン、オレンジのババロア、
ブルーベリーのタルト、イチゴのミルフィーユ、抹茶のロールケーキ、ティラミス、アップルパイ、そして。
実に可愛らしい、ネコの顔が描かれたドーム型のケーキ。キャロルは、ネコのケーキを迷わずダニエルに渡した。

「はいどうぞ、ダニーさん」

「解りやすいもん買うなぁ」

ギルディオスは半笑いになってしまった。ダニエルはネコのケーキを手元に置き、椅子を引いて座った。

「あまりにも可愛かったもので、つい」

「あたし、アップルパイとババロアー」

フローレンスは身を乗り出すと、その二つを取り、座った。ギルディオスは椅子に座ると、手を横に振る。

「あー、オレはいいや。甘いの、そんなに得意じゃねぇし」

「オイラもイィラネェーゼェエエエエエエ。テェイウカァー、オイラが喰うのは血ィダケナンダヨォオオオオオ!」

アルゼンタムは椅子を引っ張り出すと、がしゃりと乱暴に腰掛けた。

「それじゃ、う゛ぇいぱー、ふたりの、もらう」

わーい、とヴェイパーは、イチゴのミルフィーユとガトーショコラとプリンを取った。

「んじゃあ、僕はこれね」

円形のティラミスを取ったリチャードは、真剣な顔で盆を見つめているキャロルに振り向く。

「迷うくらいだったら、欲しいのは全部食べちゃえば?」

「で、でも」

キャロルは余った三つのケーキを見比べ、目線を彷徨わせる。

「三つも食べたら、太っちゃいます」

「いいじゃん、それぐらい。ちょっと訓練すれば、体重なんてすぐに元に戻るって」

フローレンスは、アップルパイに隙間なく載っているリンゴの甘煮をフォークで切り、口の中に入れた。
リチャードは盆の上からスプーンを取ると、ティラミスの端を崩して食べてから、ダニエルを指す。

「ダニーさんがケーキを買ってきてくれるなんて、そうそうあるもんじゃないんだぞ? 食べておかなきゃ」

「あ、じゃあ…」

キャロルはリチャードの隣に座ると、抹茶のロールケーキを取った。

「最初はこれで、次はタルトで、最後にレアチーズケーキにします。チーズのが一番好きなんですよ」

「結局全部喰うのかよ」

ギルディオスは少々呆れながら、頬杖を付いた。アルゼンタムはテーブルの上に足を載せ、がしゃりと組んだ。

「お気楽なコッタァゼェエエエエエ」

全くだ、とギルディオスは思いながら、キャロルの淹れた紅茶を啜った。口がマスクでも、なぜか飲めるのだ。
隣では、アルゼンタムが紅茶を一気に流し込んでいる。血でないから不満なのか、アー、と変な声を漏らしている。
ヴェイパーは立ったままで、大きな体に似合わない小さなケーキを丁寧に食べていて、じっくりと味わっている。
本来は無機物であるギルディオスらが食事を行える理由としては、ジンガイジャーになったからなのである。
ジンガイジャー隊員達がジンガイジャーに変身するためのツール、ジンガイフォンに、その秘密があるのだ。
ジンガイフォンに込められた魔導エネルギーをジンガイスーツに変換するための、スーパー魔導鉱石のおかげだ。
古代の魔法と現代の科学技術を合わせて加工されたスーパー魔導鉱石は、どんな物質でも思うがままなのだ。
変身するごとに魔導エネルギーを浴び続けたギルディオスらは、スーパー魔導鉱石の影響で肉体が変化した。
肉体は無機物でもその内部は生命体という超進化生命体、ネオ魔導兵器として生まれ変わったのである。
といっても、生前の肉体を取り戻したというわけではないので、出来ることは限られてしまっているのだが。
ギルディオスは、キャロルに自分のケーキを食べさせてにやけているリチャードを見たが、目線を外した。
この分だと、作戦会議が始まるのはずっと後だろう。リチャードがその気にならないと、始まらないのだ。
ストレートのままで紅茶を啜り、豊かな香りを味わいながら、今日尾行していた二人に思いを馳せていた。
今頃あいつらもケーキ喰ってるのかな、と。




その頃。街外れの古びた洋館は、月明かりに照らされていた。
今にも崩れてしまいそうな塀の内側には雑草が生い茂っていて、壁にはツタが這い回り、窓は割れている。
その洋館にも、地下室があった。リビングにある洋服ダンスの底を開いて、飛び込んだ先にある部屋だ。
地下室の床一面には、魔法陣が描いてある。壁には燭台が造り付けられ、いくつものロウソクが揺れている。
部屋の奥は一段上がっていて、その上には豪奢な椅子があり、ツノと翼を持った青年が尊大に座っていた。
長い足を組んで頬杖を付き、ロウソクの炎で横長のメガネのレンズが光っており、目の表情が窺えなかった。
彼の傍らに立つのは、黒いレザーのジャケットと同じく黒のタイトスカート、編み上げブーツを履いた少女だった。
青年と同じくツノが生えていて、背中にはドラゴンの小さな翼がある。不機嫌そうに、細い眉を吊り上げている。
二人が見下ろす先、一段下の床では二人が膝を付いていた。フィリオラとレオナルドだが、恰好が変だった。
フィリオラは、黒いレザーのノースリーブのタイトなワンピースに、やはり黒のロングブーツを履いている。
片膝を上げてもう一方の膝を付いているので、ただでさえ短いスカートがずり上がり、中が覗いていた。
フィリオラはそれが気になって仕方ないのか、裾を直そうとしているが、スカートに長さがないので無駄だった。
その隣のレオナルドは、仰々しい外見の赤い甲冑を着込んでいて、背中にはダークレッドのマントがある。
竜のツノに似た飾りが付いた兜の下で目を伏せているが、時折隣のフィリオラに向けてはすぐに逸らしていた。

「そんなに気になるなら、正面に回って見たらどうだ。良い眺めだぞ」

青年の隣の竜の少女、フィフィリアンヌが言うと、レオナルドはぎくりと肩を震わせた。

「だ、だがな!」

「ぱっ、パンツ見ないで下さいよぉ!」

フィリオラは半泣きになりながら、床にぺたっと座ってスカートを押さえ、その中を隠した。

「ま、前から気になっていたんですけど、このボディコンみたいな服に意味はあるんでしょうか…」

「悪役の女幹部は派手な恰好をする。それが戦隊物のお約束だろう?」

竜の青年、キースはにたりと笑った。フィリオラは肩を縮めながら、レオナルドに目をやる。

「じゃあ、レオさんのこの恰好はなんなんですか? ちょっと、カッコ良いですけど」

「彼も怪人だからね。怪人らしい恰好といえば、ごてごてした装甲なんだよ」

そして、とキースは傍らの幼い姉を見、うっとりと目を細めた。

「悪の秘密結社の首領は、美しくも残酷な女幹部をはべらせているものなのさ」

「理解出来ん。が、この恰好はなかなか面白い」

フィフィリアンヌは楽しげな弟を横目に見てから、自分の恰好を見下ろした。フィリオラは赤面し、顔を伏せる。

「わたし、は、その…あんまり…。恥ずかしいんですもん」

「貴様はどうだ、レオナルド」

フィフィリアンヌに話を振られたレオナルドは、戸惑ってしまった。フィリオラに、そっと目を向けてみた。
フィリオラは、ハードな恰好に似合わない気弱な表情をしていて、困り果てた様子で眉を下げている。
滑らかで頼りない肩と白い太股がばっちり露出していて、レオナルドは思わずそれを凝視してしまった。

「いいん…じゃないのか?」

レオナルドは彼女から顔を背けると、赤い装甲の付いた手袋を填めた手で、緩んでしまった口元を隠した。
その反応にフィリオラは、うぅ、と力なく呻いた。肘まである黒い手袋を填めた腕で、体の前を隠す。

「レオさんのスケベ…」

「さて」

キースは、顔を背け合っている二人を見比べていたが、言った。

「いつまでもラブラブバカップルやってないで、僕に今日の悪事の報告をしたらどうなんだい?」

「あ、ああ、そうでしたね、そうですよね」

フィリオラは気を取り直し、姿勢を正した。正面に座っているキースにかしずいてから、彼を見上げる。

「ご報告いたします。本日、私は数学の授業をすっぽかしてまいりました」

「…それは、悪事なのか?」

レオナルドが変な顔をすると、フィリオラはむっとした。

「私的には悪いことです。だって、授業をサボるのって悪いじゃないですか、先生に」

「まぁ、それはそうなんだが。結果として、その被害を被るのは自分だけなんだから悪事とは言えないような…」

レオナルドは首をかしげていたが、フィリオラと同じようにキースを見上げた。

「申し訳ございません。本日は事件捜査に終始しておりましたので、悪事を行えておりません」

「レオナルド。君は自分がどういう存在か解っているのかい?」

キースが不満げにすると、レオナルドはさも馬鹿馬鹿しげに一笑した。

「そちらこそ、オレの本職をお忘れですか。オレは警察官ですから、事件捜査をするのが仕事なんです。それを放り出せば、まぁ悪事になるっちゃなるんですが、それではオレの気が済みません。犯罪者を見過ごせませんから」

「へぇ」

キースは、傍らのフィフィリアンヌに、瞳孔が縦長の赤い瞳を向けた。

「だってさ、姉さん。警察官としては結構だけど、悪役としてはいけないなぁ。どんなお仕置きにする?」

「そうだな…」

フィフィリアンヌは竜族の証である赤い瞳に狡猾な光を宿し、唇の端をほんの少し上向けた。

「二十四時間、フィリオラとイチャイチャを禁ずる」

「え、あ、ええっ!?」

すると、レオナルドではなくフィリオラが声を上げた。レオナルドはかなり情けなさそうに、項垂れた。

「…なんて罰だ」

「はっはっはっはっはっはっはっは!」

唐突に、低い声の笑い声が響いた。四人の視線はその音源、奧のテーブルの上にあったフラスコに向いた。
フラスコの中に満ちている赤紫の粘液が、ごぼごぼと泡立った。フラスコから迫り出てくると、膨れ上がる。
跳ねるようにフラスコから脱した粘液は一気に体積を増すと、人間のような形になり、どちゃっと着地した。
赤紫のスライム人間は、べちゃべちゃと粘っこい足音を立てながらやってくると、キースの前に膝を付く。

「なんと不甲斐ないことであるか。こんなことでは、いつまでたってもジンガイジャー共を倒せないのであるぞ」

「ほう。伯爵、貴様には何かいい手があると言うのか?」

フィフィリアンヌは、興味はなかったがとりあえず訊いてみた。スライム人間、伯爵は立ち上がる。

「はっはっはっはっはっはっは! この我が輩に掛かれば、どんな輩であろうとも敵ではないのである!」

「その言葉、忘れないでくれよ」

キースに見下ろされ、伯爵はもう一度笑った。笑うたびに、柔らかな体がぶるぶると震える。

「はっはっはっはっはっはっは! この粘液怪人ゲルシュタイン・スライマスこそ、至上最強の害悪なのである!」

伯爵は水っぽい足跡を残しながら通気口の下へと向かうと、目も鼻もない顔に口を作り、不気味に笑む。

「それでは、行ってくるのである。せいぜい、我が輩の凱旋を期待しておるが良いぞ!」

「貴様が害悪であることは認めるが、貴様などに期待したところで何の意味もない」

フィフィリアンヌがそう返すと、伯爵はくるりと背を向けた。

「貴君のような冷血オオトカゲに期待されたところで、嬉しいどころか嫌なだけであるぞ」

とぉっ、と伯爵は妙な掛け声を上げて跳躍して通気口に飛び込むと、ずるずるとその中に体を突っ込んでいった。
赤紫の粘液は吸い込まれるように消え、通気口のダクト内で何かが動いている音が続き、そのうち遠ざかった。
伯爵のものと思しき高笑いも遠のき、聞こえなくなった。フィフィリアンヌはそれを確認し、二人を見下ろす。

「さて。そろそろ、ケーキを買ってきてくれないか」

「てことは、作戦会議はこれで終わりですね? あ、じゃあ、早く行きましょう」

ケーキ屋さんの閉店時間は七時なんですよ、と言いながら、フィリオラは白い薄手のコートを羽織った。

「なんだ、隠してしまうのか」

いやに残念そうなレオナルドに、フィリオラは頬を染めて口元を曲げる。

「だってぇ…」

「まぁいい。さっさと買いに行ってこい、レオナルド。お前がいなければ、フィリオラは道に迷ってしまうからな」

フィフィリアンヌは段から飛び降りると、ブーツのヒールを鳴らしながら部屋の出口に向かって歩いていった。
椅子から立ち上がったキースは、縮めていた翼を伸ばすと、装甲を外しているレオナルドを見下ろした。

「あ、僕はモンブランね」

「私はコーヒー味以外のものならなんでもいい」

扉に手を掛けたフィフィリアンヌがレオナルドに振り向くと、レオナルドは渋い顔をする。

「オレはパシリですか」

「お金は私が出しますから、道案内だけお願いしますね、レオさん」

フィリオラは胸の前で両手を重ね、ちょっと首をかしげた。レオナルドは、仕方なさそうにする。

「どうせ荷物持ちにもなるんだろうがな」

装甲を全て脱いだレオナルドは、フィリオラと同じようにコートを羽織ると、彼女と連れ立って扉に向かった。

「バカップルの二人。道中で抱き合ったりキスしたりべたべたしたり屋外でやっちゃったりしないように」

地下室から出ようとした二人の背に、キースが言った。途端にレオナルドは振り向き、声を荒げた。

「それぐらい弁えている!」

ええいもう、とレオナルドはフィリオラを引っ張って部屋の外へ出、乱暴に扉を閉め、足早に階段を昇っていった。
待って下さいよぉ、と追い縋るフィリオラの声と、どうしてこんな馬鹿なことを、といきりたつレオナルドの声がする。
それらが聞こえなくなると、地下室は静まった。外からの音も聞こえてこないので、じんとした静寂が訪れた。
キースはロウソクの明かりに横顔を照らされながら、メガネを直した。手の下で、口元をにぃっと広げた。
伯爵の立てた作戦が成功するとは思えないが、ジンガイジャー達にある程度のダメージは与えられるだろう。
そして、あの男にも。キースはじりじりと沸き起こってきた怒りを笑みに混ぜ、あらぬ方向を睨み付けた。

「僕の怒りを思い知るがいい。どれだけ自分がひどいことをしたか、解らせてやろうじゃないか」

薄い唇の下から覗いた牙が、ぎらりと輝いた。



「リチャード・ヴァトラス!」







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