ドラゴンは眠らない




魔導戦隊ジンガイジャー 後



その頃。書店の中では、三人が戦っていた。
ギルディオスはバスタードソードを、ぎちり、と持ち直し、首に絡み付いて邪魔な白いマフラーを背中に放った。
甲冑の背後に立っているヴェイパーは、肘から先を切り離しており、拳を突き出した姿勢で止まっていた。
その直線上にある本棚が、抉られていた。週刊誌や漫画雑誌を積み重ねていた棚は上半分を抉られ、倒れた。
ヴェイパーのロケットパンチによって千切れた雑誌の破片が、はらはらと舞い上がり、紙吹雪のようだった。
その紙吹雪の向こうでは、フィフィリアンヌが平積みにされている新刊本の上に立ち、片手を差し出していた。
小さな白い手のひらが掲げられた寸前で、ヴェイパーのロケットパンチは制止され、空中に固定されていた。
ヴェイパーは肘から先が取れた腕を引き、ロケットパンチを引き戻すと、がしゅっ、と肘に接続して蒸気を出す。

「…ぐ」

「貴様程度の拳が、私に当たるとでも思ったのか?」

フィフィリアンヌは身を屈め、足元にあったハードカバーの本を手にした。ベストセラーになっている恋愛小説だ。
彼女はそれをぺらりと捲り、数ページを送った。適当なページを開いてそこに手を翳すと、魔法を唱えた。

「大いなる大地より生まれし木々の子よ、我が声を聞き、我が心を受け、我が下僕となれ!」

恋愛小説をフィフィリアンヌの手のひらが叩くと同時に、その背後にあった本棚から全ての本が溢れ出した。
洪水のようにこぼれ落ちた大量の本は、書店の床を全て埋め尽くした後、一塊になって這いずってきた。
それはフィフィリアンヌの傍までやってくると、ばさばさと紙を鳴らしながら形を変えていき、人型になった。
色とりどりの表紙や様々な文字が印刷されたページが固まり、頭や手足を作り上げ、その形が明確になった。
それは、ギルディオスだった。ギルディオスが反射的に身構えると、フィフィリアンヌは本を閉じ、振り翳す。

「さあ、壊してしまえ!」

紙製のギルディオスは背中に手を回し、やはり紙製のバスタードソードを抜いて構え、戦闘態勢を取った。
すると、何を思ったのか、紙製のギルディオスはくるっと身を反転させて、奧にあるコーナーに駆けていった。
紙製のギルディオスは、文庫本コーナーの隣にあるライトノベルコーナーにやってくると、剣を振り上げた。
そして、勢い良く振り下ろした。紙の刃が、アニメっぽい表紙絵の文庫本を潰し、破り、破壊していく。
フィフィリアンヌは、それを気分良さそうに見ていた。紙製のギルディオスは、無言で破壊を繰り返している。
ギルディオスは絶え間なく続く紙の破れる音を聞きながら、黒いレザーの服を着た竜の少女に振り向いた。

「あのよぅ、フィル」

「なんだ」

フィフィリアンヌは、鬱陶しそうにギルディオスに目を向けた。ギルディオスは、紙製の自分を指す。

「あれ、何やってんだ?」

「決まっている。悪事だ」

フィフィリアンヌは、平坦に言い返した。ギルディオスは訳が解らず、戸惑ってしまう。

「いや、だからよ。なんで、あいつをオレ達と戦わせねぇんだ?」

「うん。ふつう、は、ああいう、ざこを、ひーろーに、ぶつける」

もっともだと言わんばかりに、ヴェイパーが頷いた。フィフィリアンヌは、ふん、と息を漏らす。

「貴様らとやりあったところで、私が勝つに決まっている。そんなことはいつでも出来るではないか」

「や、だからさ。あいつは、何をしたくて、本をぶった切ってるんだ?」

ギルディオスは、再度彼女に尋ねた。フィフィリアンヌは、面倒そうに答えた。

「だから、悪事だ。キースの言うなんかムカつくの対象を、破壊しているだけに過ぎん。私は、ああいうキラキラした表紙の本はどうにも気に食わんのだ。読んでみれば面白いものもあるのだが、その表紙がまず嫌いなのだ。活字という素晴らしくも美しいものを包み、その本の印象を決めてしまう表紙を、あんな薄っぺらなものにしているのが特に気に食わん。そんな漫画みたいな絵が似合う物語であれば、最初から漫画かアニメで作れば良いではないか」

「近頃はラノベ原作のアニメとか漫画が多いぜ」

ギルディオスの言葉に、フィフィリアンヌは細い眉を吊り上げる。

「それとこれとは別だ。やはり貴様はニワトリ頭だな、ギルディオス。第一、それでは順番が逆だろうが。私は、ああいった絵を表紙にしているくせに小説だと言い張っていることが気に食わんのだ」

「それじゃ、フィルはどんな本だったら許せるんだよ?」

「やはり古典か、翻訳物だ。この島国の言葉も悪くないのだが、言い回しはあちらの方が好きなのだ」

「あ、それ」

ふと、ヴェイパーはフィフィリアンヌの足元を指した。フィフィリアンヌは、編み上げブーツを履いた足を上げる。

「なんだ」

ヒールの痕が、ハードカバーの表紙にくっきりと付いていた。それは、近頃映画化されたファンタジー小説だった。
映画化に合わせて需要が増える、と見込んだ出版社が出した新装板というもので、平積みにされていた。
ギルディオスは、そのファンタジー小説のタイトルを見て、フィフィリアンヌが気に入っていたのを思い出した。
世界観がどうの設定がどうの登場人物が小物が、と細々としたことまで語られたことを、よく覚えている。
フィフィリアンヌを見てみると、彼女は明らかに動揺していた。好きな作家の本を、足蹴にしてしまったからだ。
本の上から慎重に下りたフィフィリアンヌは、ライトノベルコーナーを破壊している紙製の甲冑に手を向ける。

「力の戒めより解かれ、彼の者のあるがままに」

すると、紙製のギルディオスはぐにゃりと崩れ、元の本に戻ってばさばさと落下し、その場に山と積まれた。
フィフィリアンヌは苦々しげにしながら、踏み付けていた本を取り、その表紙に付いた己の足跡を払った。
だが、多少のことでは土も砂も取れず、スライムの染みもある。フィフィリアンヌは、その本を胸に抱えた。

「…私の負けだ」

「は?」

ギルディオスが声を裏返すと、フィフィリアンヌは目を伏せる。

「憂さを晴らすのに気を取られて、愛する作家の本を踏み付けていたことに気付けなかったのだ」

「だから、どういう理屈でお前の負けなんだよ?」

ギルディオスは物悲しげなフィフィリアンヌを覗き込んだが、フィフィリアンヌはもう答えてくれなかった。
ヴェイパーと顔を見合わせてみたが、彼も訳が解らないようだ。だが、彼女が戦意を喪失したのは違いない。
これでいいのかと思いながらも、ギルディオスには、フィフィリアンヌの心境が解らないこともなかった。
自分がかなり大事に思っているものを、無意識にとはいえ蔑ろにしてしまったのは、心苦しいことだ。
フィフィリアンヌはファンタジー小説の本を平積みに戻してから、あとで買い上げてやろう、と小さく呟いた。
顔を上げて表情を元に戻すと、ギルディオスとヴェイパーの脇を通り過ぎ、商店街の通りまで出ていった。

「さっさと来んか! 貴様らの合体技でレオナルドを吹っ飛ばしてもらわんことには、話が前に進まん!」

「なんか、よく、わからないけど。う゛ぇいぱー、と、たいちょう、かったの?」

ヴェイパーは悠長な足取りで、フィフィリアンヌの後に続いて書店を出た。ギルディオスもそれに続く。

「まぁ、たぶんな。フィルが自滅したみてぇなもんだし、勝ち方としちゃ良くないけどな」

フィフィリアンヌの翼を持った背が、駅前広場に向かっていった。その歩調はいやに速く、足音もせわしない。
ヒールに慣れていないのか時折転びそうになっているが、すぐに姿勢を戻して、真っ直ぐに歩いていった。
ギルディオスはその姿に、なんとなく笑ってしまった。要するに、敗北を認めたのが気恥ずかしいのだろう。
何も恥ずかしがることもねぇのになぁ、と思いながら、ギルディオスは商店街を歩き、仲間達を集めていった。
ブラッドとひたすら話し込んでいたフローレンス、酒屋で馬鹿笑いをしていたアルゼンタムを、引っ張っていく。
駅前広場にやってくると、ロータリー近くの縁石にダニエルとレオナルドが座っていて、仲良く喫煙していた。
ギルディオスがやってくると、ダニエルは吸いかけの煙草をレオナルドの携帯灰皿に押し込み、火を消した。

「終わりましたか、隊長」

立ち上がったダニエルに、ギルディオスは頷いた。レオナルドは携帯灰皿を装甲の下に押し込み、立ち上がる。

「さあて、派手に吹っ飛ぶとするかな」

「そろそろ終わりですかー?」

商店街の奥の方から、スカートを翻しながら駆けてきたフィリオラは、あ、と言って再び変身して姿を変えた。
アルゼンタムは手にしていたスライム入りの芋焼酎の瓶を、ぞんさいに投げ、フィフィリアンヌに渡した。

「うけけけけけけけ。殺しちゃイネェーカラァー、安心シィヤガレェエエエエエ」

「いっそのこと、殺してくれても良かったのだが」

フィフィリアンヌが平然と言い放つと、芋焼酎の瓶の中で赤紫のスライムが暴れた。

「なんということを言うのであるか、フィフィリアンヌ! 貴君は、この世に二つと存在していない、素晴らしくも麗しい我が輩が尊くはないのかね!」

「とにかく、話を前に進めよう」

レオナルドはマントを翻して剣を抜き、一列に並んだジンガイジャー達に向くと、フィリオラもそちらに向いた。
ジンガイジャー達は、揃いの武器、ジンガイブレードとは違ったそれぞれの専用武器をどこからか出していた。
キャノン砲やビームガンなどを武器を合体させて、ジンガイバズーカなる大型武器にして、ギルディオスが担いだ。
彼の左右に二人ずつ分かれて屈んでいるジンガイジャー達は、こちらを見据えていて、発射の準備を整えていた。
レオナルドは、渋々ジンガイバズーカの直線上に立つと、剣を横に構えて防御の姿勢になってから、叫んだ。

「さあ来い、ジンガイジャー!」

「スーパー魔導鉱石、活性率百二十パーセント! 魔力ドライブ完了! ジンガイバズーカ、セットアップ!」

ギルディオスは、ジンガイバズーカの照準をレオナルドに合わせた。心苦しいが、撃たなければ事が終わらない。
引き金を押し込んでから、他の四人と合わせた動きで、発射する先を手で示した。



「ハイパーシュート!」



ジンガイバズーカの砲口よりもかなり太いビームが発射され、レオナルドに向かって、一直線に飛んできた。
レオナルドは防御の姿勢を解き、潔く受けた。ビームの太さに見合った激しい衝撃と熱が、全身に訪れた。
ビームの照射を終えたギルディオスは、ジンガイバズーカを上向け、四人と同じ動きでレオナルドに背を向けた。
直後、爆発音が轟いた。レオナルドの着ていた装甲と似た色の、赤い煙が飛び散り、爆風が抜けていった。
爆発が落ち着いてから、フィリオラは爆心地に駆け寄った。砕けたアスファルトの上に、彼が座り込んでいる。

「…死ぬかと思った」

「それじゃ、次は私の番ですね。レオさん、ゆっくり休んでいて下さいね」

フィリオラは、レオナルドにくるりと背を向けた。レオナルドは、爆発による熱が残る装甲を緩め、外した。
自分自身の熱ならまだ我慢出来るのだが、これは外からの熱だ。念力発火能力者といえど、熱いものは熱い。
フィリオラは辺りを見回していたが、駅ビルの上に人影を見つけた。屋上に立っているキースに、手を振る。

「キースさん、ここですー! お願いしますー!」

駅ビルの上にいるキースは、魔法の杖を持っていた。古代中国の服に似た魔導服の、長い裾が揺れている。
キースは自身の身長ほどもある魔法の杖を掲げ、横にした。先端に填め込まれている魔導鉱石が、輝く。
その光が範囲を増すと、キースは杖の先をフィリオラに向けた。そして、青白い光を一気に放出した。

「我がダークドラゴンパワーを受け、邪竜の下僕よ、新たな力を授かるがいい!」

「ひゃう!」

キースの放った光を受けたフィリオラは、一瞬、浮き上がった。光は強くなり、その影を潰してしまうほどになる。
レオナルドは至近距離でその光を見たため、視界が白けた。更に光が強さを増したので、目を閉じ、顔を背ける。
その光が収まったので目を開くと、駅ビルも付近のビルも圧倒する大きさとなった彼女が、宙に浮いていた。
全長三十メートル近くあり、見上げても顔は見えず、見えているのはほっそりとした足と、その付け根と、そして。
それ以上は見てはいけないと思い、レオナルドは慌てて顔を逸らしたが、フィリオラは股を閉じて顔を覆った。

「うあぁああん…」

「すぐに移動する、だから泣くな、お願いだから!」

レオナルドは爆発の衝撃で体が痛かったが、そんなことを気にしている場合ではないと思い、立ち上がった。
全速力で走って商店街のアーケードに飛び込むと、背後で、ずん、と体を揺さぶるほどの震動が起きた。
振り返ると、フィリオラの足が下ろされていた。若草色の硬いウロコに覆われていて、骨張った竜の足だ。
すると、不意に含み笑いがした。フローレンスはジンガイフォンを開くと、怪しげに笑いながら歩み出てきた。

「あたしの出番が来たってことね」

「でもよ、フローレンス。合体ロボを呼び出すのは、リーダーの役目なんじゃ」

ギルディオスはフローレンスに言ったが、フローレンスはそれを無視し、ジンガイフォンに叫んだ。

「カッモォーンッ、ジンガイメカァアアアアア!」

途端に、エンジン音やら駆動音やらが響いてきた。折り畳まれるように、商店街のアーケードが縮んでいく。
こんな仕掛けも作っていたのか、とダニエルは感心するやら呆れるやらで、次第に見える空を見上げていた。
青い空を背景に、巨大なドラゴンの少女が立っている。恥ずかしいのか、眉を下げて身を縮め、頬を染めている。
すると、空の果てから巨大な赤いものが飛んできた。それは飛行機でも戦闘機でもなく、赤い機械の鳥だった。

「レッドフェニックス!」

フローレンスが名を呼ぶと、その赤い鳥は一声鳴いた。

「ブルータンク!」

キャタピラを軋ませながら、巨大な青いドリル戦車が商店街に横付けした。

「グリーンバット!」

レッドフェニックスとは反対方向から飛んできた緑色のメカコウモリが、ぎしゃあ、と鳴き喚いた。

「ブラックジャガー!」

駅ビルの上に飛び降りた、真っ黒なメカジャガーが咆える。フローレンスは、ジンガイフォンを真上に向ける。

「そして、最後はこのあたしの!」

真上から降ってきた、金色に輝く巨大なメカライオンが、商店街を覆い尽くすように着地した。

「ゴールドレオン!」

「ちょっと待てぇフローレンス!」

思わず、ダニエルは叫んでしまった。ギルディオスを指しながら、彼女に詰め寄る。

「お前のメカがライオンで隊長のメカが鳥ということは、お前がセンターを取るつもりだな!?」

「悪い?」

悪気なく笑うフローレンスに、ダニエルは声を荒げる。

「当たり前だろうが! 合体ロボのセンターは、リーダーがするものと決まっているだろう! しかも、なぜ色が金色なんだ! お前の色は黄色だろうが、黄色! 同系色だからとかいう言い訳は認めんぞ!」

「いいじゃん別にぃー」

フローレンスはダニエルに背を向けると、ジンガイフォンに耳を当てた。

「あ、キャロルちゃん? ファイナルフュージョンの承認とプログラムドライブ、お願いねー」

「それはもう、戦隊物ではないぞ」

ダニエルが渋い顔をすると、フローレンスはあっけらかんと返した。

「いいじゃん別に。同じロボットなんだから、ちょっとぐらい混ぜたって平気でしょ」

「良くないぞ、絶対に良くないぞ。この上で勇者王なんか混ぜたら、化学反応を起こしてしまいそうじゃないか」

ダニエルはかなり不可解な気分だった。同じヒーローものとはいえ、特撮とアニメでは方向性からしてまず違う。
どうにかしてフローレンスの暴走を収めたいと思ったが、他の三人はフローレンスの勢いに飲まれている。
元々、三人とも人間ではないので表情が見えないが、彼女の突っ走りっぷりにぽかんとしているようだった。
無理もない。特撮ヒーローのノリや概念は彼らにも解るかもしれないが、メカオタクのノリは解らなくて当然だ。
フローレンスの場合、特撮もアニメもなんでもこい、というような燃え方なので、かなり凄まじいものがある。
ダニエルは、思った。どうせなら、ギャレオンもどきにフュージョンしてからファイナルフュージョンしろ、と。
そうしてくれないと、なんだか気持ちが悪いではないか。




ジンガイジャー秘密基地の司令室では、プログラムドライブの準備が完了していた。
リチャードは合体承認のための手順を済ませてから、隣のオペレーター席で意気込んでいるキャロルに向いた。
キャロルは、赤い光が点滅している四角いボタンの上に拳を振り下ろす真似をしては、位置を確かめている。
その表情はとても楽しげで、うきうきしている。リチャードは立ち上がると、彼女の背後からボタンを見下ろす。

「キャロル。君、やってみたかったの?」

「ちょっとだけですけど。だって、気持ちよさそうじゃありませんか」

キャロルは少し照れくさそうにしたが、呼吸を整えた。小さな拳を、振り上げる。

「プログラムゥーッ!」

そして、その拳をボタンに叩き込み、プラスチックカバーを割った。

「ドラァーイブッ!」

司令室の真正面のモニターの一面に、合体プログラムドライブ完了を示す画面が映り、音と共に点滅している。
リチャードは苦笑いしながら、モニターを見ていた。巨大ロボを、フローレンスに任せたのはいけなかった。
戦隊物なんだから戦隊物に相応しいものを作ってくれるのかと思っていたが、その中身はごった煮だった。
まず、メカのバランスからしておかしかった。フェニックス、ライオン、ジャガー、まではまだ理解出来る。
だが、なぜそこで戦車が登場するのだ。そしてなぜ、アルゼンタムのメカはコウモリなのに緑色なのだろう。
ブルータンク、すなわちヴェイパーのメカはまだ説明は付くのだが、だからといって戦車にする必要はない。
他のメカが動物系なのだから、ヴェイパーのメカもメカ動物にして統一してしまった方が、バランスが取れる。
そして、グリーンバットだ。確かに、コウモリのモチーフカラーに相応しい黒は既にジャガーに使われている。
だが、だからと言って、素直にアルゼンタムのカラーと同じグリーンにしてしまうことはないだろう、と思った。
リチャードはフローレンスのメカのセンスに色々と言いたいことはあったが、言わないことにしておいた。
言い始めたら、切りがないからだ。




ジンガイメカは、合体を始めるためにフィールドを展開した。
ダニエルは腑に落ちない部分が大量にあったが、それを言うよりも前に、彼女はメカに搭乗してしまった。
仕方ないので、ダニエルも己のメカであるブラックジャガーに、空間移動魔法を用いたワープで乗り込んだ。
他の三人もそれぞれのメカに搭乗したので、商店街に残っているのはレオナルドとブラッドだけになっていた。
商店街に跨っていたゴールドレオンは空中に浮き上がると、エコーの掛かったフローレンスの声が響いた。

「いよっしゃあああああ!」

ゴールドレオンが合体用フィールドの中心にやってくると、彼女は再度叫んだ。

「ファイナルフュージョン!」

フィールドの中で、ジンガイメカは合体した。合体が終わるとフィールドが消え、巨大ロボの姿が露わになる。

「超人外合体! ジン、ガインッ!」

巨大ロボ、ジンガインはフィリオラの前でポーズを決めた。両の拳を固めて突き出し、背中の翼を広げた。
説明しよう! ジンガイン、それは、五体のジンガイメカが超人外合体した、ハイパー巨大魔導兵器である。
火炎放射と爆撃を得意とするメカフェニックス、レッドフェニックスが背部を成し、空を駆ける翼となる。
ドリルを高速回転させて行う突進攻撃が得意な巨大ドリル戦車、ブルータンクが右腕を成し、強力な拳となる。
音もなく忍び寄り敵の生命エネルギーを奪うメカバット、グリーンバットが左腕を成し、素早い攻撃を繰り出す。
必殺のダブルクローとジャガーファングを持つメカジャガー、ブラックジャガーが両足を成し、巨体を支える。
そして、最も火力に優れた金色のメカライオン、ゴールドレオンが胸部となり、ジンガインを成し上げている。
普段はジンガイジャー秘密基地の地下深くに隠されているが、呼び出されると空間移動魔法でワープするぞ。
フィリオラは、妙な顔をした。ジンガインは、ぱっと見た感じでも、かなりバランスが悪いように思えた。
胴体と胸部を成しているゴールドレオンと、その両足となっているブラックジャガーはいいのだが、他が悪い。
右腕のブルータンクがやたらとごついのに対し、左腕のグリーンバットが華奢なので、アンバランスだった。
背中と翼を成しているレッドフェニックスの強烈な存在感があるおかげで、なんとか見られるものになっていた。
そのロボットフェイスも、実に中途半端だった。ライオンのタテガミがモチーフらしいのだが、耳に翼まである。
上半分がヒューマンフェイスっぽく、鼻筋もあれば瞳もあるのだが、下半分がマスクで、やけに顎が太かった。
強そうなんだか弱そうなんだかよく解らない巨大ロボ、ジンガインは背中に手を回すと、なぜかギターを出した。

「あたしの歌を聞けぇーっい!」

そして、フローレンスの熱唱が始まった。



  GOGO!ジンガイン!   作詞作曲 フローレンス・アイゼン(ジンガイイエロー)


  空を抜け 地を走り 海を越え やってきたぜ GO GO 僕らのジンガイン!
  鋼のボディは無敵のボディ やれるもんならやってみろ 勝てるもんなら勝ってみろ
  炎の化身赤き不死鳥 鉄の猛獣青き戦車 生き血を啜る緑の翼 光の勇者金の獅子 夜を駆ける黒き豹
  五つの魂 一つに重ね さあ今こそ超人外合体だ!  
  どんなにすっごい悪だって どんなにでっかい闇だって こいつの前では敵じゃないぜ 
  最強の剣 ジンガリバー 魔導斬りだぜ ズ バ バ バ バ バ バ

  ジンジンガイン ジンガイン 魔法の力と科学のパワー (Wow Wow Wow)
  ジンジンガイン ジンガイン 地球を守る正義のロボット (oh oh oh)
  ジン ジン ジン ジン ジンガイン! GO GO GO GO GO!

  ジンガイン!(Fire!)



「最高、だっぜぇえーい!」

自分の歌に合わせてギターを掻き鳴らしていたジンガイン、いや、フローレンスは気分良さそうに叫んだ。
フィリオラは、どういう反応をするべきか全く解らず、ただ呆気に取られてその場に突っ立っていた。
歌の内容もさることながら、フローレンスの突き抜けるようなテンションの高さに、すっかり気圧されていた。

「いい加減にしないか!」

ダニエルの声がすると、ジンガインの制御が彼に奪われたのか、ジンガインはギターを背中に戻した。

「えー、だってぇ!」

拗ねるようなフローレンスの声。そして、悲痛なダニエルの声。

「せめて真面目にやってくれ、フローレンス! それで、今のは攻撃だったんだろうな!」

「違うよー、ただの歌だよ。音撃だったら、ギター突き立てて掻き鳴らしてるってぇ。雷電激震、って」

フローレンスの声は、笑い気味だった。すると、ジンガインは額を押さえ、ダニエルの声で呟いた。

「お前という奴は…」

「なんて横暴なんだ…」

商店街の通りに突っ立っていたブラッドは、口元を引きつらせた。レオナルドもそんな心境だった。

「無茶苦茶にも程があるぞ」

「えー、と」

内側で口論をしているジンガインに、フィリオラは困惑してしまった。

「皆さんは、私と戦うんじゃないんですか?」

「すまん、ちょっと待っててくれ、フィオ」

ギルディオスの声を出したジンガインは、両腕をだらりと下げた。ダニエルとフローレンスの口論は続いている。
二番も歌わせて、だの、これ以上お前の暴走を許してなるものか、だの、ひっきりなしに文句を言い合っている。
そのまま、五分ほど時間が経過した。微動だにしない巨大ロボと巨大少女を、ブラッドは、ただ見上げていた。
期待していた展開から懸け離れた展開になってきたので、面白みを感じなくなり、興味が失せてしまった。
巨大化したフィリオラとジンガインが、拳と拳、技と技でぶつかり合い、激闘をするのだと思っていたのだ。
だが、一向にその激闘が始まる気配がない。ブラッドはげんなりしながら、傍らのレオナルドを見上げた。

「ねぇ、レオさん。オレ、ビデオを早送りしたい気分なんだけど」

「ああ、オレもだ」

レオナルドは、巨大化するのはオレの方が良かったかな、と思った。考えてみれば、一般的にはそうなるものだ。
戦隊ヒーローの合体必殺技で爆死した怪人を、再生させるついでに巨大化させ、そして戦うのが普通の流れだ。
それを、うっかり別々に分けてしまった。キースが、それぞれの見せ場は増えた方がいいだろう、と言ったせいだ。
キースの考えも解らないでもないのだが、それではヒーローものとしては、少しばかり違和感のある展開になる。
きっと、キースは戦隊物のセオリーをあまり知らないのだろう。知っていたら、こんな展開にはしないはずだ。
更に五分ほど経過して、ようやく動きがあった。ジンガインの中で話し合いが付いたのか、ジンガインが構えた。
ジンガイメカそれぞれの武器を合体させた巨大な剣、ジンガリバーを両手で握り、剣先をフィリオラに向ける。

「ジンガイパワー、レベルマックス!」

五人の声が、重なった。ジンガインはジンガリバーを横に構えると、背中のフェニックスの翼を全開にした。
翼の隙間から出したブースターから炎を噴き出し、急激に加速すると、フィリオラとの間を一気に詰めた。

「ジンガリバーッ!」

フィリオラとの擦れ違い様、ジンガインはジンガリバーを振り抜いた。フィリオラの体が、ぐらりと揺らぐ。
ジンガインは道路に足を擦らせて勢いを止め、剣を下ろしてフィリオラに背を向けた途端、彼女が爆発した。



「魔導斬り!」



レオナルドの爆発とは比べものにならないほど激しい爆風が吹き抜け、ジンガインはゆっくりと腕を下ろした。
辺りには、静寂が戻った。あれだけ内側が騒がしかったジンガインも、すっかり落ち着きを取り戻している。
レオナルドはアスファルトの砕けた駅前広場に出ると、二回目の爆心地に向かい、その付近を見回した。
すると、一際黒い跡が残る場所に、小柄な影が倒れていた。レオナルドが近寄ると、彼女はむくっと起きた。

「…死ぬかと思いました」

「これでも着てろ」

レオナルドは、爆発のせいで全体的に煤けてしまったフィリオラに、自分のマントを頭から被せてやった。
フィリオラはレオナルドのダークレッドのマントを羽織り、胸の前で掻き合わせ、差し出された手を取った。
レオナルドに立ち上がらせてもらってから、空を仰いだ。巨大だが不格好なロボットが、仁王立ちしている。
それを見ていると、フィリオラは心底安堵した。巨大ロボに負けたのだから、これでようやく終わる、と。
これ以上、こんな馬鹿げたことを続けたくはなかった。





 


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