ドラゴンは眠らない




魔導戦隊ジンガイジャー 後



日が暮れかけ、眩しい西日が駅前商店街の惨状を照らし出していた。
それを、リチャードは眺めていた。ジンガインは街中に突っ立っていて、合体解除されずにそのままになっている。
操縦されていない巨大ロボというものは、結構間抜けだ。何をするでもなく、ただぼんやりと虚空を見つめている。
生乾きのスライムが至るところにこびり付いた、爆発の跡が残る駅前広場では、正義の味方と怪人が休んでいた。
どちらも元の姿に戻っていたが、自爆したレオナルドとフィリオラは服も髪も煤けてしまっていて、哀れだった。
騒ぐだけ騒いで気が済んだのか、フローレンスは幸せそうな顔で、ジンガインを恍惚とした眼差しで見つめている。
駅舎の階段で腰掛けているダニエルは、彼女の暴走を止められなかったことを後悔し、軽く自己嫌悪していた。
フィフィリアンヌは、己が破壊した書店から買い上げた大量の本を積み重ねていて、黙々と読み漁っている。
普段の量に戻った伯爵は、未だに芋焼酎の瓶に入れられており、居心地が悪いのかごぼごぼと泡立っていた。
ギルディオスはと言えば、呆けていた。フローレンスの暴走ぶりに当てられたのか、ぼんやりと座り込んでいる。
なんとも、気の抜けたラストシーンである。リチャードは、傍らにいるキャロルを見下ろし、肩を竦めてみせた。

「この分だと、ジンガイピンクの出番はないと思っていいね」

「そうですね」

キャロルは不満げに、手の中のジンガイフォンを見つめていた。どうやら、六人目の戦士の参戦はなさそうだ。
どうせなら、一度ぐらいは変身してみたかった。適当なザコぐらいは倒したかったな、と内心で呟いた。
キャロルは残念に思いながらも、ジンガイフォンをエプロンのポケットに入れてから、駅前広場を見渡した。
疲れ果てている両陣営から離れた場所で、ヴェイパーが膝を抱えていて、それをブラッドが慰めている。
どうしたのだろう、と思ってキャロルが彼らの元に近付くと、ヴェイパーは大きな体を縮めて項垂れている。

「ヴェイパーさん、どうかしたの?」

キャロルはしゃがみ、ヴェイパーの肩に手を触れているブラッドに向いた。ブラッドは、苦笑いする。

「うん、それがね」

「でっかく、なりたかった」

ヴェイパーは膝を抱えている腕に力を込め、ぎち、と軋ませた。ふるふると、大きな肩を震わせている。

「う゛ぇいぱー、ろぼっと、なのに、きょだいか、できなかった。ぱわーあっぷも、へんけいも、できなかったぁ」

「フローレンス姉ちゃんが、見せ場を全部取っちゃったからなぁ」

ブラッドはヴェイパーの頭を、子供にするように撫でてやった。ヴェイパーは、悲しげな声を漏らす。

「ふろーれんす、の、きもちも、わかる。たのしいの、わかる。でも、う゛ぇいぱー、きょだいか、したかった」

「よしよし」

ブラッドは、ヴェイパーの頭を何度も撫でた。ヴェイパーは声を殺して、すんすんと小さく泣いている。
大柄でずんぐりとしたロボットが泣く姿は、ある意味では可愛らしいが、彼の心境を思うとそうは言えない。
キャロルはヴェイパーに同情しつつ、そっとしておこう、と思って二人に背を向け、リチャードに目をやった。
すると、リチャードは駅舎の上を見上げていた。キャロルもそれに倣ってそちらを見上げると、人影があった。
駅ビルの上に腰掛けて、竜の翼を折り畳んでいる青年、キースだった。彼も、リチャードを見下ろしている。
その表情は険悪で、決して穏やかとは言い難い。対するリチャードは、普段通りの落ち着いた顔をしている。
キースは立ち上がると、翼を広げて羽ばたかせ、リチャードの前に着地した。姿勢を直し、魔法の杖を構える。

「リチャード・ヴァトラス! 僕はまだ負けちゃいない!」

「勝負は見えていると思うんだけどねぇ。君の手下達はジンガイジャーに大敗して、士気なんてもうないし」

それに、とリチャードはジンガインを仰ぎ見た。

「こちらには、趣味の悪いメカの寄せ集めだけど巨大ロボもあるし、メイドで普通の人間だけど六人目もいる」

リチャードは人の良い笑みに、嫌味なものを混ぜた。

「さっさと降伏した方が身のためだと思うよ、キース・ドラグーン?」

「そういえば」

ハードカバーの分厚い小説を読んでいたフィフィリアンヌは、顔を上げると、対峙している二人を見やる。

「貴様らは、なぜ私達を使って戦い合っていたのだ? その辺りの理由を、知らないのだが」

「そういえば、そうですねぇ」

道路脇の縁石で、レオナルドと隣り合って座っていたフィリオラが、飲みかけの缶のレモンティーを下ろした。

「いきなりダークドラグーンにされて、訳も解らないうちに小父様達と戦う羽目になっちゃって、あんまりにも忙しくて慌ただしかったものですから、聞いたことはありませんでしたね。レオさんは知ってますか?」

「いや、聞いたことはないな。オレも、状況に付いていくだけで精一杯だったから」

レオナルドは缶のブラックコーヒーを飲み干すと、その缶を足元に置いた。本の山の上で、伯爵が蠢いた。

「うむ、そうであるな。我が輩も、あまりにも楽しくて清々しくて気持ちの良い、悪事三昧の日常に浮かれていたために、キースのその辺りのことを尋ねたことはなかったのである」

「小父様達の方は?」

フィリオラに問われたギルディオスは、少々間を置いてから、ああ、と返した。

「オレも、よく解んねぇ。オレらも、気付いたらこうなってた」

「考えてミィータラヨォオオオオオ、オイラ達ィ、別に敵同士になるほど仲悪くネェヨナァアアアア?」

ロータリー傍のバス停の屋根の上で、アルゼンタムが甲高い声を上げると、ダニエルが皆を見渡した。

「まぁ、そうだな。本来、私達はそれほど折り合いは悪くない。ごく一部を除いてだが、敵対関係ではないはずだ」

「別にどうでもいいじゃん、そんなことぉ。巨大ロボ動かすの楽しいんだからさぁ」

興味なさそうに、フローレンスが唇を尖らせる。ブラッドは、首を捻る。

「良くないと思うけどなぁ、オレも。どっちも理由がなくて戦ってたー、なんてことだったら最悪じゃんか」

「理由はあるよ」

リチャードはキースが突き付けている魔法の杖を押しやってから、ねぇ、とキースに向き直る。

「ああ、ある」

キースは苛立っていて、整った眉を吊り上げている。リチャードは、申し訳なさそうにする。

「ただねぇ、その理由ってのが本当にどうしようもなくて」

「どうしようもないわけがあるか! 僕は、お前のせいでどれだけ悔しい思いをしたか解っているのか!」

キースはリチャードの胸倉を掴まんばかりの勢いで詰め寄ると、鋭い牙を剥いた。



「お前がふっかつのじゅもんを書いた紙を捨てたせいで、僕はドラゴンクエストUをクリア出来ないんだ!」



キースは、更に叫び続ける。

「お前のせいで、僕は寸止めがずっと続いている! ラスボス手前でセーブしたまま、もう一ヶ月になるんだ!」

「何、妥当な報復だよ」

間を詰めてくるキースとの間を開き、リチャードは細めていた目を開き、にやりとした。

「大体、君がいけないんだ。昇竜拳ハメでガードクラッシュ狙いの戦いばかりを、僕に仕掛けるから」

「それはお前の腕がないからだ。ハメられる方が悪いんだ」

開き直ったキースに、リチャードはむっとする。

「今時、ハメて勝つなんて悔しくないのかい。それに、君は昇竜拳ばかり出すけど、それしか出せないの?」

「ベガでばかり戦うお前にだけは言われたくないな。サイコクラッシャーばかり出すんじゃない!」

「いいじゃないの、使用出来るんだから。キース、君の方こそ豪鬼の性能に頼りすぎだ」

「別にいいじゃないか、豪鬼はリュウよりも強いんだから。それと、待ちガイルもいい加減にやめてくれ」

キースは次第に不機嫌になってきて、口元を歪めた。二人の会話の内容に、レオナルドは呆れ返っていた。
その中身もそうなのだが、まず、戦いを起こした理由が低レベル過ぎて、どんな反応をするべきか解らない。
つまり、リチャードがキースのプレイしていたドラゴンクエストUのふっかつのじゅもんを捨てたのが原因なのだ。
そしてリチャードが捨てた原因は、ストリートファイターUでキースにハメられて負けたから、というもののようだ。
どちらも、程度が低すぎる。レオナルドの隣では、フィリオラが顔を伏せて、怒るべきか泣くべきか迷っている。
リチャードとキースは、まだ言い争っている。八十年代の小学生のような内容の、文句の応酬をしていた。
君が悪いお前が悪い、とお互いに原因をなすりつけ合っていて、見苦しいことこの上なく、かなり情けない。
レオナルドは、徐々に怒りが込み上がってきた。たかがゲームのことで、他人を巻き込んでいいはずがない。
二人とも殴り飛ばしてやろうと立ち上がったレオナルドは、商店街の通りから誰かが駆けてくるのに気付いた。
屈託のないにこにことした笑顔を浮かべた栗色の髪の女性で、エプロンを翻し、手を大きく振り回している。

「らーみあーん! ぶらっどぉー!」

「ジョー! 私を迎えに来てくれたのかい?」

その女性の姿を見た途端、アルゼンタムは落ち着いた声を発した。バス停の上から飛び降りると、駆け寄る。
説明しよう! アルゼンタムの本来の姿は、ラミアン・ブラドールという吸血鬼であり、とってもキザなんだ。
普段はアルゼンタムとして動いているが、愛しの妻、ジョセフィーヌと接する時だけラミアンに戻るのである。
アルゼンタムではなくラミアンとなった銀色の骸骨は、思い切り抱き付いてきた妻を抱き締め、撫でた。

「道に迷わなかったかい?」

「だいじょーぶ! ジンガインがあったから! ジンガインがあれば、そこにラミアンがいるから!」

ラミアンの妻でありブラッドの母である女性、ジョセフィーヌはにこにこ笑いながら、ジンガインを指した。
説明しよう! 彼女の名はジョセフィーヌ・ブラドール、鋭敏な予知能力を持った、サイキックなのだ。
ラミアンが生身であった頃に出会い、彼との間にブラッドをもうけたが、ある事情で行方不明になっていた。
だが、ごく最近になってラミアンとブラッドの元へ戻り、現在は明るく楽しい家庭を守るお母さんになった。
知能は五歳程度のままで止まっているが、それは、何もかもを視てしまう予知能力から自分を守るためなのだ。
ジョセフィーヌはしばしの間ラミアンに撫でられていたが、顔を上げると、銀色の骸骨の仮面を見上げた。

「あのね、ラミアン、ジョー、いいものもってきたの!」

「ほう、それはどんなものなんだい?」

ラミアンがジョセフィーヌに尋ねると、ジョセフィーヌはラミアンから離れ、エプロンのポケットを探った。

「えっと、えっとね」

ジョセフィーヌはごそごそとやっていたが、紙切れを取り出した。

「はい、どーぞ」

「ああ、ありがとう」

ラミアンは紙を受け取り、鋭い指先で紙を切り裂かないように気を付けながら、紙切れを開いていった。
それは、あまり大きさのないメモ用紙で、その中央には神経質な文字でびっしりと言葉が書かれていた。

「ずさわ、がしへ、へじたそ、すらぶ、まやほ、ちさひめ?」

ラミアンはその一節を読み上げたが、意味が解らずに首を捻った。

「何かの暗号か、或いは呪文か、はたまた魔法言語の訳か。しかし、私の知る中には、このような魔法など…」

「僕のふっかつのじゅもんだ!」

キースは、すぐさまラミアンに振り返った。ジョセフィーヌは、得意げに胸を反らす。

「うん、そうだよ。ドラゴンのお兄ちゃんの、だいじなものだよ。ジョーね、これがないとみんながたいへんなことになるのがみえたから、これ、もってきたの」

「…だったら、もう少し早く出したまえ、ジョー。おかげで、私達はとんでもない目に遭ったのだから」

ラミアンががっくりと肩を落とすと、ジョセフィーヌは情けなさそうにした。

「だって、それがだいじだってことをよちしたの、けさだったんだもん。ジョーがみたのは、きょうのことだもん。それをひろったときには、なにがなんだかわからなくて、おもしろそうだなーっておもったからひろっただけなんだもん」

「とりあえず、オチは付いたってことでいいね」

それじゃ帰ろう、とリチャードが歩き出そうとしたので、レオナルドは兄に駆け寄って襟元を掴んだ。

「ちょっと待て兄貴。それでいいと思っているのか!」

「ま、まぁ、詳しい話は基地に帰ってゆっくりとしようじゃないか、レオ」

レオナルドに詰め寄られたリチャードは、曖昧な笑みを浮かべると顔を逸らし、両手を翳して弟を制した。
逃げ腰のリチャードに顔を寄せたレオナルドは、溜まりに溜まった苛立ちを吐き出すように、文句をぶつける。

「そういうことを言う司令官はな、基地に帰って話をした試しがないんだ!」

「なんだかんだで、レオもちょっとは楽しんでいたじゃないか」

はぐらかそうとするリチャードに、レオナルドは迫る。

「どこがだ! 兄貴が変なことしたせいで、オレ達はキースの野郎にいいように遊ばれて、変な恰好をさせられて、日常生活に支障を来して、仕事にまで影響したんだぞ! 楽しいわけがあるかぁ!」

「よい子のみんなは、他人のふっかつのじゅもんを捨てたり、昇竜拳ハメで削り勝ちばっかりしたり、その挙げ句にお友達と本気でケンカしちゃったり、勢い余ってご町内で戦争始めちゃいけないよ。リチャードお兄さんとの約束だ」

「誤魔化すんじゃねぇ! 三十越えてるくせに、何がお兄さんだ!」

レオナルドはリチャードの頭をがくがくと揺さぶりながら、この馬鹿兄貴があっ、と激しく言い散らしている。
その口調はどんどん荒くなってきて、まるで不良学生のような言い回しになり、彼の怒りの強さが感じられた。
フィリオラは、レオナルドの勢いに飲まれてしまい、リチャードとキースに対する怒りが引っ込んでしまった。
他の面々もそのようで、呆気に取られている。フィリオラは、冷め切った目をしているフィフィリアンヌに気付いた。
積み重ねた大量の本と共にベンチに座っているフィフィリアンヌは、ちらりとフィリオラを見たが、目を外した。

「もう、呆れてものが言えんのだ」

「です、ね…」

フィリオラは、引きつった笑みを作った。レオナルドは激昂していて、リチャードはへらへらと笑っている。
その二人の傍では、放置同然の状態となってしまったキースが、かなり不満げな顔をして仁王立ちしている。
フィリオラは、心の底から思った。何をやっているんだろう、なんでこんなことのために戦っちゃったんだろう、と。
辺りには、レオナルドの罵声が響いている。一度爆死したはずなのに、怒りによって体力が戻ってきたようだ。
フィリオラは、やけに疲れてしまった。戦闘をしたせいもあるし、今日は色々なことがありすぎて、気力が尽きた。
うつらうつらとしているうちに、眠ってしまった。




後日。両陣営は、魔法喫茶ルーロンに入り浸っていた。
それというのも、やることがなくなったからだ。お互いにお互い、これ以上戦う意味はない、と判断した結果だ。
ジンガイジャーの司令官リチャードとダークドラグーンの首領キースは、かなりあっさりと仲直りをした。
キースは無事にドラゴンクエストUをクリアすることが出来たし、リチャードもハメから脱する術を覚えた。
町内も、両陣営による戦闘が起きないので平和な日常を取り戻したのだが、両陣営はそうはいかなかった。
自治体を始め、地元警察、PTA、教育委員会からこっぴどく叱られた。もう二度と戦いなんかするな、と。
壊しに壊した駅前商店街の修復のために賠償請求をされ、ジンガインも差し押さえられ、武装も全て奪われた。
ジンガイフォンだけは辛うじて残すことが出来たが、変身機能は解除され、今ではただの派手な携帯電話だ。
だが、そこはリチャードのやることなので、やろうと思えば、変身機能を簡単に復活出来るようになっている。
そんなこんなで、戦闘から解放された正義の味方と悪の秘密結社は、以前のような友人同士として接していた。
魔法喫茶ルーロンの裏庭にあるオープン席では、三十センチ以上あるパフェを、フィリオラが食べていた。
その向かい側で、レオナルドがげんなりしていた。見ているだけで、こちらの腹まで重たくなりそうだった。

「なぁ、フィリオラ」

「ふぁい?」

フィリオラはスプーンを銜えたまま、返事をした。レオナルドは手元の灰皿に、煙草の灰を落とす。

「お前の体は糖分で出来ているのか」

「基本は蛋白質と水分だと思いますけど。一応は人間なので」

きょとんとしたフィリオラに、レオナルドはやる気が失せた。パフェに夢中なので、皮肉が通じなかったらしい。
フィリオラは、またダブルベリーパフェの続きを食べ始めた。パフェグラスの中で、赤と紫が層になっている。
イチゴアイスとブルーベリーアイス、二種類のピューレ、コーンフレーク、生クリームなどが積み重ねられている。
レオナルドは逆円錐のパフェグラス越しに、幸せそうな顔をしてパフェを食べているフィリオラを見ていた。
口の端に、食べ損ねたクリームが付いている。レオナルドは手を伸ばすと、彼女の口の端のクリームを拭った。

「あ」

う、とフィリオラは身を下げようとしたが、レオナルドの手はフィリオラの頬を押さえた。

「なんか、前より丸っこくなったぞ」

「だって、おいしいんですもん」

フィリオラは気恥ずかしげに頬を染め、目を伏せた。レオナルドは、その表情が愛らしくてにやけた。

「まぁ、多少は肉が付いた方がいいかもしれんな。それでなくても、お前の体には肉がないんだ。少しぐらいは付いてくれた方が、オレとしては楽しい」

「…うぅ」

フィリオラは頬を包んでいる彼の手の熱さを感じ、俯いた。テーブルがなければ、引き寄せられているだろう。
レオナルドは手の下の柔らかな頬が熱を帯びたのを感じ、名残惜しく思いながらも手を外し、指先を舐めた。
やはり、甘ったるかった。こんなものを腹一杯に食べてばかりいれば、いくらフィリオラでも太るはずだ。
レオナルドは舌の先に残る甘みを味わいつつ、フィリオラを窺うと、フィリオラはすっかり真っ赤になっていた。

「何が恥ずかしいんだ」

「なんとなく…」

フィリオラは、自分でも戸惑うほど照れていた。いつも、彼としていることに比べたら、なんでもないはずだ。
なのに、気恥ずかしくて仕方ない。何が恥ずかしいのか解らないが、とにかく恥ずかしくて、俯いてしまった。
レオナルドが、溶けるぞ、と言っているが、顔を上げられなかった。恥ずかしいのと、嬉しいのが混ざっていた。
もう、戦わなくていい。変身して無駄に肌を晒すこともなくなり、こうしてレオナルドとの日常も戻ってきた。
その嬉しさが、急に沸き上がってきた。戦いが終わった直後は慌ただしくて、感じられていなかっただけだ。
フィリオラはおどおどと目線を彷徨わせていたが、この嬉しさを示したくなり、どう示すべきか必死に考えた。
そして、目の前のパフェを見据えた。手にしていた細長いスプーンを中に突っ込んで中身を掬うと、差し出した。

「はい、レオさん」

「なんだ?」

訝しげなレオナルドに、フィリオラはスプーンを彼の目の前に突き付ける。

「いえ、ですから、その、なんとなく」

「なんとなくじゃ解らんぞ」

レオナルドは面積の狭いスプーンに盛られたアイスとブルーベリーピューレと、彼女を見比べた。

「えと、ですから、その、ええと」

フィリオラはしどろもどろになっていたが、ふにゃりと表情を緩めた。

「なんか、嬉しいんです。だから、どうぞ」

「ますます解らん」

レオナルドは、スプーンを口に入れた。溶けかけたアイスと甘酸っぱいピューレを、飲み下す。

「甘ったるい」

やりづらそうに眉間をしかめたレオナルドに、フィリオラは少し悪いことをした気がしたが、椅子に座り直した。
後で、もう一度やり直そう。もっと、ちゃんとした方法で、平和になって嬉しいのだと彼に教えなくては。
そう思いながら、フィリオラは再びパフェに取り掛かった。溶けかけたアイスが柔らかく、容易く掬い取れた。
二人のいるオープン席を店内の席から見ていたブラッドは、たまらなくなって顔を背け、変な笑みを作った。

「見てる方が甘ったるいよ」

店内では、かつての敵同士が言葉を交わしていた。キースとリチャードは、ひたすらゲーム談義をしている。
だが、その内容は年代が古く、ブラッドが知らないゲーム機やソフトの話題ばかりで、まるで解らなかった。
スーパーファミコンまでは解るのだが、その先のファミコンやディスクシステムなどと言われてもさっぱりだ。
ブラッドにしてみれば、そんなに古いゲームは面白くないと思うのだが、二人にとってはそうでないらしい。
全く、妙なところで気が合ったものだ。気が合うからこそ、お互いのどうしようもない悪事が許せなかったのだろう。
ギルディオスはと言えば、バスタードソードをいじっている。戦う相手がいなくても、整備だけは欠かさない。
ラミアンは奥まった壁際の席で、優雅な仕草で紅茶を傾けている。だがその外見は、銀色の骸骨のままである。
その銀色の骸骨の隣で、ジョセフィーヌがだらしなく眠りこけていて、ラミアンのマントを握り締めている。
ヴェイパーは、店の中央のテーブルを押し退けて、フローレンスと一緒にデラックス超合金ロボで遊んでいる。
だが、どちらかと言えばフローレンスの方が楽しそうで、がちゃがちゃといじり回して変形合体を繰り返している。
そんな部下二人を、ダニエルが遠巻きに見ている。近付くべきか近付かないべきか、と悩んでいるようだった。
すると、店の奥から、制服であるメイド服を着たキャロルが盆を手にして現れ、ブラッドの席へ近付いてきた。

「ブラッド君、何にいたしましょうか?」

「んー、別に。オレ、食いに来たわけじゃないし」

ブラッドは椅子に座り直すと、キャロルを見上げた。キャロルは、魔法喫茶ルーロンで働くようになったのだ。
ジンガイジャーがなくなってしまったので働く場所がなくなり、どうせなら、ということで近所のこの店にした。
だが、理由はそれだけではない。魔法喫茶ルーロンの店主、グレイスはリチャードらと知り合いなのである。
その辺りのつてもあり、近所の店に比べて給料も良いので、キャロルはメイド姿のウェイトレスとして働いている。

「それじゃ、いつものあれね。チョコバナナミルクセーキ」

キャロルは、盆の中に持っていた伝票を出し、ボールペンで書き込んだ。

「あ、うん」

ブラッドが頷くと、キャロルは足早に厨房へと戻っていった。彼女と入れ違いに、執事姿の長身の男が出てきた。
店主、グレイスだった。グレイスは片手にジュラルミンケースを持っていて、よ、とブラッドに片手を挙げる。

「らっしゃい、少年!」

グレイスはブラッドの向かい側に座ると、どごっ、と重たい音をさせ、ジュラルミンケースをテーブルに置いた。
その仰々しい銀色の箱には、魔法陣と魔法文字が刻まれた、長方形の金属製のプレートが貼り付けてある。
ブラッドが目の前のジュラルミンケースを見ていると、グレイスはジュラルミンケースを、ばちばちと叩いた。

「なぁ、少年。いいものやろうか」

「いいもの?」

「そう。すっげぇいいもの」

グレイスは、ばちん、とジュラルミンケースの留め具を外すと蓋を開き、ブラッドの側に向けた。

「変身ベルトー!」

ジュラルミンケースの中には、黒いスポンジのクッションが敷き詰められていて、その中にベルトが埋まっていた。
金属製の太いベルトで、バックルが付いている。その隣には、バックルに丁度填る大きさの、機械があった。
恐らくは魔法文字であろうエンブレムが、その機械の中央に付いている。どうやら、填めて使うタイプらしい。
ブラッドがその機械に恐る恐る触れていると、グレイスはにやりと楽しげに笑いながら、丸メガネを直した。

「いやー、良かった良かった。あいつらの戦いが終わって。これでようやく、オレの時代ってわけだ」

「なんで?」

ブラッドが不思議そうにすると、グレイスは、そうさ、と頷く。

「あいつらが戦隊ヒーローをしていたせいで、オレの造った変身ベルトを出すに出せなかったのさ。だが、あいつらが戦隊ヒーローじゃなくなってくれたから、晴れて表に出せるってわけさ。同じ時期に同じ場所で戦隊ヒーローと仮面ライダーをやっちまったら、片方が絶対喰われちまうもんな」

「でもさ、これ、大人用じゃね?」

ブラッドは、黒いスポンジのクッションに埋まっているベルトの内周を目測した。子供が使うには、大きすぎる。
ちっちっち、とグレイスは人差し指を振って舌打ちした。身を乗り出してブラッドに近寄ると、囁いた。

「オレが造ったものだぜ? サイズなんてどうにでもなる。それより少年、仮面ライダー、やってみねぇ?」

「え?」

期待と不安と戸惑いを混ぜた顔になったブラッドに、グレイスは更に詰め寄り、にやにやしながら話している。
それを、ブラッドのいる窓際の席とは反対側の席から見ていたフィフィリアンヌは、ストローを口から外した。
フィフィリアンヌの向かい側では、ロザリアが網タイツに包まれた足を組み、頬杖を付いて冷めた顔をしている。
黒いミニスカートのメイド服に比べて少しだけ色の明るい黒髪が、しなやかに肩から流れ、艶やかに光っている。
そのロザリアの隣では、レベッカがヴィクトリアをあやしている。きゃあ、と幼子の明るい声が時折聞こえた。
フィフィリアンヌの手元には、ハードカバーの分厚い新刊の小説が置いてあり、既に半分ほど読み終えていた。
その表紙の上には赤紫のスライムが満ちたフラスコが置かれ、眠っているのか、小さな気泡を浮かばせている。
フィフィリアンヌはストローを回して、氷が溶けて味が薄まり始めたアイスココアを混ぜ、からからと氷を鳴らす。

「次は仮面ライダーか。となると、私はまた怪人だな」

「ていうか、あんな子供番組のどこが面白いのよ。理解出来ない、というか、したくもないわ」

ロザリアは目線を遠くに投げ、ため息と共に呟いた。

「馬鹿ねぇ、男って」

「ああ、全くだ」

フィフィリアンヌは、グレイスに口説かれそうになっているブラッドを眺めた。少年は、戸惑いながらも嬉しそうだ。
本当に、何が面白いのか、全く解らなかった。キースに流されて、なんとなく付き合っていただけに過ぎないのだ。
そもそも、ヒーローというものが解らない。ロザリアと同じように、理解出来ないというよりしたくもなかった。
理解したら、終わりだと思った。ああいう世界に踏み込んでしまえば、二度と戻ってこられないような気がする。
だから、決して、理解してはならない。




こうして、魔導戦隊ジンガイジャーと、悪の秘密結社ダークドラグーンの戦いは終結した。
だが、彼らはいなくなってしまったわけではない。新たなる悪が現れたら、きっとまた会えるだろう。
この世に悪が消えないように、正義もまた、決して消え去ることはないのだから。
ありがとう、ジンガイジャー! さらば、ジンガイジャー! おとといきやがれ、ジンガイジャー!
君達の勇気ある戦いを、我々は永遠に忘れない!


see you Again!



次週、新番組! 仮面ライダーヴァンプ!

乞うご期待!



…なんちゃって。







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