手の中の戦争




第六話 鋼鉄の心



人型兵器開発研究室から出た私は、すばる隊員のいる休憩室に戻った。
私が泣いたところは恥ずかしいので省いて、事のあらましを説明すると、すばる隊員は心底喜んでくれた。
良かったなぁ、ホンマに良かったなぁ、と繰り返したすばる隊員は、私の両手を持って何度も上下に振った。

「うちも気が気じゃなかったんよ。うちらの作戦、成功するんかなぁ思うて」

「作戦?」

すばる隊員に両手を掴まれたまま、私が聞き返すと、すばる隊員は申し訳なさそうに眉を下げた。

「実はな、隊長はんからはやらん方がええゆわれとったんやけど、うちらは礼子ちゃんにあの二人を元に戻してもらいたくて、所長はんの命令で礼子ちゃんをここへ連れてきたんよ。勝手なことしてしもて、ホンマに悪かったなぁ」

「いえ。すばるさんには、感謝してます。ここに連れてきてくれて、ありがとうございました」

私が頭を下げると、すばる隊員は私の手を離し、手を横に振る。

「え、ええよ、そんな! なんや、恐縮するがな!」

すると、すばる隊員のポケットから着信メロディが鳴り響いた。すばる隊員は携帯電話を取り出し、開く。

「はい、間宮ですー。え、ああ、はい、了解ですー。今、四階におりますんで、すぐに一階に下りますわ」

すばる隊員は携帯電話を耳から離すと、両手を合わせ、眉を下げる。

「北斗と南斗が元に戻りはったから、その辺りのデータを集計せぇゆわれたんよ。せやから、うち、これから仕事やねん。帰りは、自衛隊か高宮重工の人がどうにかしてくれる思うんやけど、一緒には帰られへんことになりそうや。ホンマ、すまんなぁ」

「いえ、いいですよ。慣れてますから。すばるさん、仕事頑張って下さいね」

私が言うと、すばる隊員はにっと笑った。

「礼子ちゃんも気張ってや! 昨日は学校が半ドンやったみたいやから、きっと、明日もテストなんやろ?」

「…あ」

忘れていた。すっかり頭から消えていた。宇宙の彼方に忘却していた。私は、情けなくなってきた。

「そういえばそうだった…ていうか思い出しもしなかった…」

「う、うち、なんや、悪いこと言うてしもた?」

すばる隊員は、おずおずと私を覗き込んできた。私はよろけて壁にもたれると、自虐的に口元を引きつらせた。

「いえ、すばるさんは悪くありません。悪いのもダメなのも私です」

「あ、う、その、き、気張ってやー!」

ほな、とすばる隊員は足早に休憩室を出ていった。下の階からは、所員達の忙しく動き回る足音や声がしてくる。
私はベッドに腰掛けると、脱力した。一日の間に色々なことがありすぎて、二回も泣いて、さすがにぐったりした。
このまま眠ってしまいたい。明日のテストのためにも、少し休もう。そう思い、ベッドに横になり、目を閉じた。
次に目を開いた時には、時間が飛んでいた。本当に眠ってしまったらしくて、時計を見たら針が大分進んでいる。
目を閉じる前には午後九時前ぐらいだったのに、掛け時計の針は揃って十二を指しており、日付が変わっている。
思いの外、疲れていたようだ。そりゃそうだ、午後は車に乗り続けだったし、泣いたり喚いたりしたのだから。
すると、私のポケットの中で携帯電話が震えた。こんな時間に誰からだろう、と取り出し、フリップを開いた。

「はい」

『聞こえるかぁ礼子君!』

寝起きの頭にはきつい北斗の叫び声が、携帯電話から響いた。それだけでうんざりしたが、一応返事をした。

「何、いきなり。ていうか、もう動けるようになったわけ?」

『うむ。所長の言った通り、自分達のボディメンテナンスは既に完了していて、後は外部装甲を戻すだけという段階となっていたのだ。というわけであるからして、システムチェックを終了した直後にボディを元に戻したので、自分達は既に動ける状態になっておるのだ。南斗も同様だ。まぁ、ここは駐屯地ではないから、さすがに武装までは戻してはおらんがな。ここにはハンドガンの類はあるが、89式小銃までは置いておらんからな』

「あ、そう。それは良かったね。それで、今はどこにいるの? 一階?」

私が尋ねると、電話の向こうからやたらと明るい北斗の声が返ってきた。

『窓を見よ!』

「…は?」

私は多少嫌な予感がしつつも、窓を覆っているカーテンを引いた。案の定、窓の外にはでかい影が二つあった。
しゃっ、と反射的にカーテンを閉めてしまった私に、北斗と南斗からの抗議が窓の外と電話から聞こえた。

『閉めるでない、礼子君ー!』

『ていうかそのリアクションきっつー! 地味にダメージ来るー!』

北斗以上に頭に響く南斗の声を聞き流してから、私はため息を吐き、嫌々ながらカーテンを開いた。

「馬鹿。何がしたくてそんなことしたの。ていうか、電話してくる意味ってあるの?」

「あるに決まっておる!」

窓の向こうの北斗は、壁に両足を付けてロープを背中に回した姿勢で胸を張った。屋上から降下してきたらしい。
その隣には、南斗が同じ恰好で宙に留まっている。二人とも戦闘服を着ているが、上半身は着ていなかった。
いつもの黒のタンクトップと迷彩柄の軍用ズボンにジャングルブーツを履き、やはりテッパチを装備している。

「で、今度は何ごっこなわけ?」

私は窓を開け、あまり付き合いたくなかったが、一応訊いてみた。北斗は腕を突き上げ、夜空を指した。

「現在時刻は○○○二、すなわち七月七日である! ということは、七夕ではないか!」

「まぁ、そうだけど」

「彦星っつーか牽牛っつーかアルタイルっつーかはさ、織姫っつーか織女っつーかスピカに会いに行くじゃん?」

南斗は上機嫌に笑いながら、身を乗り出してくる。

「だから来てみたっつーわけ。マジイケてなくね?」

「全然」

私が即答すると、北斗は泣きそうな顔をした。

「礼子君…。君という女性の扱いが解らない。何をどうすれば、ときめいてくれるのだ」

「無茶言わないでよ。そりゃ、あんた達のことは好きだけど、友達として仲間として好きなのであって、男として好きなわけじゃない。ていうか、あんた達のことを異性として意識しろっていうのが無理なんだよ」

私は一息で言い放った。南斗は窓枠を掴むと、迫ってきた。

「オレらのどこが男らしくないってんだよ、礼ちゃん! タッパは二メートル越えだし戦闘は出来るし演算能力だってマジ凄ぇし脱いだら凄いし胸も腹も割れてるし、股間の元気ボーイだってほらこんなにビッグマグナム!」

南斗は己の股間に手を当て、悲痛な面持ちになった。指が曲がっていないことからすると、真っ平らのようだ。

「…ない」

北斗も己の股間を確かめ、項垂れた。

「…ないのか」

私は、二人のあまりの馬鹿さにげんなりしてしまった。あるはずがないだろうが。

「確かめないでよそんなもの」

でかいロボット二人が、己の股間に手を当ててがっくりしている様は、この上なく情けなくて馬鹿馬鹿しかった。
私は、先程言った言葉を、撤回してしまいたくなった。この二人を友達扱いすることを、考え直そうかな。
だけど、このまま二人にへこたれられると困ったことになる。窓の外に、一晩中障害物があることになる。
仕方ないので、相手をしてやろう。私は二人の恰好を出来ることなら直視したくなかったが、目をやった。

「それで。あんた達は、私に何をさせたいわけ?」

「う、うむ。七夕というのもそうなのだが、今夜は雲が出ていない。監視衛星からの電波受信状況も良好なのだ」

北斗はそこまで言って、私を見たがすぐに目を逸らした。照れているらしい。南斗は、北斗の頭を小突いた。

「何してんだよ、この馬鹿が。お前の言いたいことは、そんなことじゃないんじゃなくね?」

「し、しかしだな…」

北斗は多少声を上擦らせ、目線を落としたりしていたが、ようやく私を直視してきた。

「礼子君!」

「用があるならさっさと言ってよね。まどろっこしい」

私が素っ気なく返すと、北斗は一瞬身動いだが、声を張り上げた。

「今宵の天候状況からして、屋上にて夜間偵察任務を行うべきだと判断した! よって、礼子君も同行するのだ!」

「何が言いたいの?」

北斗の言っている意味がいまいち掴めなかったので、私は南斗に通訳を求めた。南斗は、にたにたしている。

「天気も良いし雲もないから、星でも一緒に見ようって言いたいんだよ」

「まぁ…詰まるところは、そういうことだ」

北斗は言いづらそうに呟いてから、恨めしそうに南斗を睨んだ。

「しかし、なぜお前が付いてくるのだ! 付いてくる理由が解らんぞ!」

「まぁ、いいんじゃないの。北斗と二人だけになると、何をされるか解ったものじゃないし」

私はスカートの裾を気にしながら、窓枠を乗り越えた。どちらに乗るかちょっと迷ったが、北斗の方に寄った。
北斗は私を軽く担ぐと、肩に座らせて片手だけでロープを握った。んじゃ、と南斗が先にするすると昇っていく。
私はなるべく下を見ないようにしながら、片手で器用にロープを手繰って昇っていく北斗を、眺めてみた。
辺りが暗いので良く見えないが、表情はいつになく真剣だった。見ようによっては、緊張しているようでもある。
そのうちに、私と北斗は、研究所の屋上に到着した。私が屋上によじ上ろうとすると、南斗が抱え上げてくれた。

「礼ちゃん、戦闘服じゃないもんな。スカート汚れちまったら面倒じゃん?」

「ありがと、南斗」

私は南斗の目の前に下ろされ、北斗の肩に乗っていたために少し乱れてしまった膝丈のスカートを直した。
遅れて屋上に上ってきた北斗は、背中に回していたロープを外した。私は二人から目を外し、夜空を仰いだ。
高く、深い、暗黒の宇宙だった。研究所の塀を照らしているサーチライトが気になるけど、それぐらいだった。
街にいるときは見えないような小さな星が夜空を埋め尽くしていて、その合間では強い星が力強く輝いている。
巨大な天の川がすぐ上に伸びていて、夜空の果てまで続いていて、どこまで行っても星だらけの空だった。
ずっと見ていると、圧倒されてしまう。大宇宙が間近に迫ってきたような感覚が起き、私はため息を零した。

「凄い…」

「この研究所はさ、高宮重工保有の監視衛星とか日本政府保有の人工衛星からの電波受信状況が一番良い場所に造ろう、ってことで、こんな辺鄙なところに造られたんだってさー。実際、都市部なんかよりもマジ凄ぇらしいぜ」

南斗は、屋上に据えてある一際巨大なパラボラアンテナを指した。私は、高宮重工が恐ろしくなった。

「監視衛星なんて持ってるの? 企業なのに?」

「企業だからこそ持っておるのだ。企業たるもの、ありとあらゆる情報に精通していなければ現代社会の荒波を乗り切ることが出来んのだ。と、以前に、所長の父親である会長どのが仰っていた」

北斗の言葉に、私は首を捻らずにはいられなかった。それはそうだけど、監視衛星となると桁が違いすぎないか。
だけど、あんまり突っ込む気にはなれなかった。今日だけでも、高宮重工の凄まじさは嫌と言うほど知ったからだ。
宇宙からやってきたというロボットと関わっているし、戦闘ロボットも造っているし、研究所だって物凄いのだ。
そんなものを見せられた後に、監視衛星を保有しているなんて言われると、これはもう信じておくしかない。
私は、再び夜空を見上げた。長く見つめていると、底のない星の海に、吸い込まれてしまいそうな気分になる。

「礼子君」

北斗の落ち着いた声がしたので、私は振り返った。北斗は自衛官の付ける認識票、ドッグタッグを外していた。
南斗も外していて、長いチェーンの先に付いたドッグタッグを振り回している。そんな、乱暴に扱うなよ。

「お礼、っつーわけでもねーんだけどさ。礼ちゃんが、オレらのことを友達だっつってくれて、マジ嬉しいわけよ?」

「自分達は戦うだけの存在だ。それ以上でもそれ以下でもない。だから、礼子君に何を返すべきかが解らんのだ」

北斗が真剣な顔をしたので、私はなんとなく気恥ずかしくなった。

「いいよ、別に。何もくれなくても」

「いいのいいの。なんにもしねーままだと、オレらの方がマジ気にするの」

南斗は私の手を取ると、その中にちゃりっとドッグタッグを落とした。北斗も、同じようにする。

「改めて、礼子君の気持ちに対して、感謝と敬意を示そう。遠慮なく、受け取ってくれたまえ」

南斗の手が外され、私の手の中には二枚のドッグタッグが残った。どちらも同じ形で、銀色の無機質なものだ。
普通の自衛官であれば、名前、階級、認識番号、血液型が記入されているが、二人のものは型番だけだった。
TAKAMIYA JUKOU Machine soldier NO.06 が南斗で、TAKAMIYA JUKOU Machine soldier NO.07 が北斗だ。
金属の感触が、手のひらに伝わってくる。私はその冷たさを味わいながら、二枚のドッグタッグを握り締めた。

「うん」

「あ、礼ちゃん笑った?」

南斗が私を覗き込んできたので、私は少し驚いて身を引いた。

「何よ、いきなり」

「やー、だってさぁ、礼ちゃんってほっとんど笑ってくれねぇじゃん。だから珍しいなーって」

「それは本当かね、南斗!」

北斗までもが詰め寄ってきたので、私は二三歩ずり下がった。

「別に、そんなに面白いものじゃないと思うけど」

私はもっと身を引こうとしたけど、あんまり下がると落ちてしまうと思って足を止め、仕方なしに二人に向いた。
どちらも、子供みたいな顔をしている。私は、自分が笑ったという自覚がないので、変な気分になっていた。
だけど、きっと笑ったのだろう。その証拠に心の中は穏やかで、得も言われぬ温かさがじわりと広がっている。
私は二人のドッグタッグをスカートのポケットに入れてから、姿勢を戻して、北斗と南斗に手を差し出した。

「手ぇ出して」

二人は、素直に手を出してくれた。私は、手袋を填めていない二人の手のひらに、自分の手を重ねた。

「まぁ、そんなわけだから。これからも、よろしくね」

「こちらこそ」

「言われなくとも!」

南斗と北斗が、ほとんど同じタイミングで答えた。私は、手を乗せている二人の大きな手を、握ってみた。
どちらの手も同じ大きさで、金属製で、冷ややかだ。だけど、ドッグタッグとは違って内側が温かかった。
恐らくそれは、駆動部分から発生している熱なのだろうが、私にはそれが二人の体温のように思えていた。
それからしばらく、私は二人の手を握ったままだった。二人も離すようなことはせず、触れさせていてくれた。
揃って黙った私達は、夜空を見ていた。森のざわめきと虫の鳴き声と、二人のエンジン音だけが聞こえていた。
七夕の夜空は、私が今まで見た中で、一番綺麗な夜空だった。




数日後。いつものように、私は自衛隊に拉致され、特殊機動部隊の営舎にいた。
その事務室の机に、返却されてきた期末テストの答案を広げていた。一日目と二日目は、まだまともだった。
だが、問題は三日目だ。得意であるはずの国語や歴史がボロボロで、目も当てられないような点数だった。
答案用紙の前には、今回のテスト順位を書いた紙もある。その順位は、前回の順位からガタ落ちしていた。
私が押し黙っていると、背後から神田隊員が覗き込んできた。答案用紙とテスト順位を見、苦笑した。

「ご愁傷様、礼子ちゃん」

「移動の最中には一睡も出来なかったし、人型兵器研究所から家に帰ってきたらもう朝の六時だったんですよねぇ。そんな状態でテストなんか受けたって、良い結果が出るわけがありませんよ」

私は椅子に背を預け、ぎっ、と鳴らした。神田隊員は、申し訳なさそうにする。

「というか、眠れなかったんだよね。礼子ちゃんを家まで連れて帰ったのは、いつもの軍用ヘリだったからね。オレはあの音にも震動にも慣れているから眠れないことはないけど、礼子ちゃんにはまだまだきついだろうね」

「もうちょっと鍛えておかないといけませんね、色々と」

私は答案用紙とテスト順位の紙をまとめると、とんとん、と端を揃えてから通学カバンの中に戻した。

「ていうか、知りませんでしたよ。神田さんと人型兵器研究所の所長が同級生だったなんて」

「それも、一応機密事項だったからね。もうばれちゃったから、隠しておけないけど」

神田隊員は私の隣の机に腰掛けると、私を見下ろしてきた。私はあの呼び名を思い出したので、言ってみた。

「葵ちゃん」

途端に、神田隊員はとても渋い顔をした。

「高宮の奴が言ったんだな。オレは忘れたいんだけどなぁ、その呼び方。女みたいでさぁ…」

「私は可愛いと思いますけど。少なくとも、カンダタの何倍もまともじゃないですか」

「可愛いから、嫌なんだよ」

神田隊員は、眉根をしかめている。神田隊員の表情はすっかり曇ってしまっていて、少し罪悪感が湧いた。
きっと、あまり良い思い出がないのだろう。カンダタは現在進行形で使われているが、葵ちゃんは過去のものだ。
その過去に、何かしらがあったに違いない。うっかり負の記憶に触れてしまうといけないので、私は謝った。

「すいません、言っちゃいけませんでしたか」

「いや、礼子ちゃんが謝ることはないよ」

神田隊員は、力なく笑った。私はこれ以上追い詰めるべきではないと判断して、神田隊員から目を外した。
特殊機動部隊の事務室は、いつも通りに戻っている。書類仕事が溜まったので、珍しく、朱鷺田隊長もいた。
書類が面倒で苛立っているのか、いつにも増してタバコの量は多く、灰皿には吸い殻が山と積まれている。
すばる隊員は、人型兵器研究所から持ち帰った北斗と南斗のデータの集計で、ノートパソコンに向かっている。
あれから何日も過ぎたが、まだ終わりそうにないようだ。私が思っている以上に、大変な仕事のようだった。
私は、戦闘服のポケットに入れてある二枚のドッグタッグを押さえた。北斗と南斗のものは、別にしてある。
当然、私のものは普通に首に提げてあり、もう一枚は足首にある。三枚とも、首に提げるわけにはいかない。
事務室の片隅では、先程まで騒ぎ立てていた北斗と南斗が、例によって腕立て伏せ二百回の罰を受けていた。
普通は百五十回なのだけど、デスクワークで苛々している朱鷺田隊長の機嫌を更に損ねてしまったからだ。
私は二人を擁護する気も起きないし、うっかり連帯責任にされたら困るので、関わらないことにしていた。
それに、走り込みと訓練を終えたばかりで疲れている。これ以上疲れを溜めたら、明日に響いてしまう。
私はぼんやりと事務室内の光景を見つめながら、呟いた。意識せずに、自然と口から出てきた言葉だった。

「なんか、平和だなぁ」

「どこがやの! 仕事終わらへんと平和なんか訪れへんのに!」

ああんもう、とすばる隊員はむくれながらキーボードを叩いた。朱鷺田隊長も、手元の書類を叩く。

「そうだ。気楽なのはお前だけだな、鈴木。中間管理職の大変さを教えてやりたいよ」

「私は学生ですから。学生は勉学が本分ですから」

私は二人を受け流してから、北斗と南斗に振り向いた。二人の腕立て伏せは、残り後少しのようだった。
確かに、平和ではないかもしれない。私も期末テストがボロボロだったし、あまり良い傾向ではない。
だけど、そう思ってしまったのだ。騒がしくて、無茶苦茶で、危険だらけの日々だけど、私には平和なのだ。
どこがどう平和なのかは具体的には言い表せないけど、あれだけ悩んで苦しんでいた心が落ち着いている。
全く、私も毒されてしまったものだ。いつのまにか、馬鹿ロボット二人を友達だと思っていたのだから。
それも、はねつけられたら泣くほど苦しくなって、元に戻れたら自然と笑ってしまったほど、大事な友達だ。
信じられないけど、信じるしかない。紛れもなく私自身に訪れたことだし、私はそれを受け入れたのだから。
心って、不思議なものだ。




後日。私の期末テストの結果があまりにも悪かったために、家に担任の先生がやってきた。
特殊演習をするようになってから落ち始めた成績が、遂に地に落ちたので、このままでは本当にやばいからだ。
一学期の進路希望として名前を挙げた高校になど行けなくなってしまう、と先生が心配してくれたのだ。
当然のことながら、お父さんとお母さんは本当のことを話せるはずもなく、私も曖昧な返事をしてばかりいた。
結局、長期入院によって勉強の感覚が鈍っていたため、ということで決着が付いたが先生は訝しげだった。
当たり前だ。三日目以外のテスト結果は普通だったのだから、三日目だけ悪いなんてかなり異様なことだ。
だけど、仕方ないではないか。それ以外の言い訳なんて思い付かないし、本当のことなんて言えないのだから。

秘密を守るのって、難しい。





 


06 7/10