ドラゴンは滅びない




そして、竜は



 書き終えた手紙を封筒に入れ、糊で封をした。
 机の引き出しを開けて中に入れてから、ブラッドは背もたれに体重を掛けて体を反らし、大きく背伸びをした。
背筋を伸ばしてから肩を回すと、少しだけ緊張が解れた。身内への手紙だからこそ、やけに緊張してしまう。
面と向かって話すだけなら楽なのだが、文章として書き記すと妙に畏まってしまい、硬い文章になってしまう。
だからといって砕けすぎているのも良くないので、その匙加減が難しい。毎度ながら、上手く出来たと思えない。
ゼレイブを出て十年も経つのに、未だにぎこちない部分がある。いい加減に成長したい、とブラッドはぼやいた。
 窓のすぐ外に見える花壇にはルージュが植えた花が競うように咲き誇っており、葉の上に水滴を光らせている。
人の姿に擬態したルージュはエプロンドレス姿で、慣れた手付きで木の枝の間に渡した紐に洗濯物を干していた。
ブラッドの目線に気付いたルージュは、振り向いて微笑みかけてきた。ブラッドは妻に笑みを返し、腰を上げた。
 十年前。三人の子供達がゼレイブを出たのとほぼ同時期に、ブラッドとルージュも住み慣れた地から離れた。
母親のジョセフィーヌが死んでしまったので父親のラミアンは寂しげだったが、それでも外の世界に出たかった。
確かに、ゼレイブは住み心地が良い。気心の知れた友人達と過ごす日々は楽しいが、それだけでしかなかった。
ブリガドーンの件やルージュの件で、出せる限りの力を出して未熟ながらも戦い抜いたブラッドは思い知った。
いつまでも子供のままではいられない。体はすっかり大きくなったのだから、もう外で生きていけるだろう、と。
父親に甘えて生きているのでは、ダメになる。ゼレイブを別の意味で守るためにも、外へ出る必要があった。
 ジョセフィーヌが死んだことも、心変わりの一因だった。母親の第二の人格は、狭い世界で凝り固まっていた。
彼女は主人格であるジョーと同じ肉体を共有していながらも、あまりの距離の近さに憎しみすら抱いていた。
だから、近すぎてはいけないのだ。共通する部分が多いからこそ愛せる相手も、同族嫌悪へと変わってしまう。
ジョセフィーヌにとってのジョーのように、ブラッドにとってのラミアンは近すぎる同族であり、また男でもあった。
子供の頃は父親から愛されていることを疎ましく思う時すらあったが、今となっては尊敬する男の一人である。
だが、大人になると、子供の頃には見えなかった父親の独善的な部分や気位の高さが目に付くようになった。
それが疎ましさに変わる前に、離れようと思った。そうしなければ、ラミアンを嫌ってしまいそうだったからだ。
 けれど、外へ出ることは楽なことではなかった。ゼレイブの外へ出た途端に、吸血鬼族の立場は悪くなった。
どこへ行こうと連合軍と国際政府連盟の放った者が視界に入り、中には過ちを犯させようとする輩もいたほどだ。
監視対象になるのは、苦痛極まりなかった。それでも、皆が堪えているのだから堪えなければ、と腹を括った。
牢獄に入れられているわけでもないし、手枷足枷を填められているわけではないのだから、まだ自由なのだ。
だから、いっそのこと監視のことなど気にせずに自由を謳歌しようと言うと、ルージュもすんなり同意してくれた。
ルージュは長い間魔導球体に閉じ込められて虐げられた苛烈な経験があるので、監視など気にもならないらしい。
それどころか、どれだけ幸せなのか見せつけてやれ、とも言ってきた。そして二人は、夫婦として暮らし始めた。
 二人が住んでいる場所は、かつてルージュが身を潜めていた森の奥で、二人で力を合わせて新しく家を建てた。
行くのに多少時間は掛かるが街もあり、森の中なので一切人目に付かないので、二人には打って付けだった。
この森や近辺の勝手を知っているルージュがとても頼りになり、暮らし始めた当初は彼女が主導権を握っていた。
ブラッドも街に出て働いて金を稼いでくるが、大した額ではない。それを、きちんとやりくりしているのも彼女だ。
結婚してフィリオラに頭が上がらなくなったレオナルドの気持ちがよく解る。今なら、彼とももっと仲良くなれそうだ。
 ブラッドは玄関から庭に出ると、洗濯カゴを抱えたルージュに近付いて肩を掴んで引き寄せて、軽く口付けた。
唇を離すと、ルージュは口元を緩めた。魔導兵器の時と同じ美しさを持つ長い銀髪は、綺麗に結い上げてある。

「手紙、書き終わったのか?」

「まぁな。ルージュも何かあれば書いておけよ、その方が金が掛からない」

 ブラッドはルージュの頬に触れ、その冷ややかな体温を味わった。ルージュは、夫の手に頬を傾ける。

「お前が書いた分だけで充分ではないのか?」

「オレだけじゃダメなんだって。ルージュのがあるのとないのとじゃ、父ちゃんの喜びようが違うんだから」

「そうなのか? 私には、今一つ解らないが」

「そうだから言ってんじゃんよ」

 ブラッドは妻に笑いかけてから、お、と顔を上げた。

「ローガン、帰ってきたみてぇだな」

「確かに」

 ルージュもまた、ブラッドの視線の先を辿った。二人の鋭敏な感覚に、草むらのざわめきと足音が伝わった。
ざざざざざっ、と長く伸びた雑草の中を駆け抜けてきた小さな影は、突然飛び出して庭の中に転がり込んだ。
土と草の汁に服を汚した幼い少年で、濃い茶色の髪と黒い瞳を持っているが、特に目立つものが生えていた。
ぴんと尖った二つの耳を持ち、ズボンの後ろからは髪と同じ毛色のふさふさした尾が生え、得意げに立っていた。
少年の口元には仕留められたばかりの仔ウサギが銜えられており、少年はきらきらした目で二人を見上げた。

「お、今日はウサギかぁ」

 ブラッドは屈んで少年と目線を合わせ、汗ばんだ髪を荒く乱した。

「偉いぞーローガン、だんだん獲物がでかくなってくるな」

「父ちゃん、オレ、凄いだろ!」

 口を開いた拍子に仔ウサギを落とした少年は、ブラッドに詰め寄る。

「凄い凄い。でも、あんまり取りすぎるんじゃねぇぞ。冬場に喰うものがいなくなっちまうからな」

 ブラッドはまだ生暖かく硬直が始まっていない仔ウサギを拾い上げ、にっと牙を剥いた。

「ルージュ、血ぃ抜いていいだろ?」

「血抜きは早いほうがいいからな。終わったら渡してくれ、皮を剥いで肉を捌いてやる」

 ルージュが言うと、少年、ローガンはルージュの元に駆け寄ってエプロンを引っ張った。

「母ちゃん母ちゃん、オレ、丸焼きがいい!」

「あの大きさでは、お前の腹を満たすぐらいしか出来ないぞ。だから、野菜が八割のシチューだ」

「えー、またぁ!?」

 仔ウサギの血が付いた唇を曲げ、ローガンはむくれた。仔ウサギの首に噛み付いているブラッドも、眉を下げる。

「たまには固まりで喰わせてくれよぉ。細切れだとイマイチ喰った気がしねぇんだもん」

「それはお祭りとお祝いの時だけだと言っただろうが。お前まで何を言うんだ、ブラッド」

 ルージュに突っぱねられ、仔ウサギの血を吸い上げたブラッドは口から仔ウサギを放し、少年に寄る。

「だってさ。オレも我慢するから、ローガンも我慢しろよな」

「…うん」

 ローガンはまだ不満げだったが、頷いた。ブラッドは唇に貼り付いた生温い血を舐め取り、唾と共に飲み下した。
野生動物の血は人間ほど濃くないが、濁りが少なくて飲みやすい。味も澄んでいるので、悪いものではなかった。
ブラッドは血を吸い上げた仔ウサギをルージュに手渡してから、再び屈んで、少年の頬に付いた汚れを拭った。
 ローガンは、ブラッドとルージュの息子である。といっても、ブラッドらと本当に血が繋がっているわけではない。
ブラッドはともかく、ルージュは人の姿を模しているが中身は機械が詰まった魔導兵器なので子は産めなかった。
この家に引っ越して五年が過ぎたある日、薪を探すために森を歩いていたルージュが偶然見つけた赤子だった。
明らかに獣のものとしか思えない耳と尾が生えた赤子で、布にくるまれて藪の中に放り込まれ、泣き喚いていた。
ルージュは薪を拾うことを止めて家に帰り、仕事を終えて帰ってきたブラッドに拾った赤子を見せて事情を話した。
二人とも人外なので、耳と尾の生えた赤子に動揺することはなかったが、その境遇はおのずと想像が付いた。
このままでは赤子が死んでしまう、と思った二人は、フィリオラやキャロルのしていたことを思い出して世話をした。
だが、子供を設けたことがないので失敗ばかりだったが、魔物の血が混じっているためか赤子は丈夫に成長した。
 オオカミに似た尖った耳と尾が生えているので、恐らくはワーウルフかその血縁にある者が片親なのだろう。
竜族の血が混じっているために先祖帰りをしたフィリオラの例があるので、種と畑の親が魔物であるとは限らない。
十中八九、後者だろう。野生の魔物は討伐されてしまったので、現在生きている魔物がいるとは思えなかった。
 ブラッドとルージュは、赤子にローガンと名付けた。ブラッドが子供の頃に読んだ本に出てきた、英雄の名だ。
本名はローガン・ギル・ブラドールと言い、ミドルネームのギルは当然ながらギルディオスのギルから取っている。
ローガンはブラッドとルージュのことを実の両親だと思っているようだが、遠からず残酷な真実に気付くだろう。
両親には鋭い牙は生えているが、耳と尾は生えていないからだ。だが、血は繋がっていなくとも家族になれる。
揺るがない愛情と確かな絆さえあれば、どんな困難も乗り越えられる。ギルディオスが、身を挺して教えてくれた。
己の手で守りたいものがあるなら、その先に何が待ちかまえていようとも貫くだけだ。ルージュの時と同じように。
 ブラッドはまとわりついてきたローガンを抱き上げると、自分が汚れるのも構わずに幼い息子に頬を寄せた。
ローガンは少し照れくさそうだったが、ブラッドにしがみ付いてきた。泥の匂いに混じり、子供の甘い匂いもする。
まずは、土だらけの体を洗ってやらなければ。ブラッドは家の裏手にある井戸に向かいながら、息子を撫でた。
 生きることの、なんと楽しいことか。




 古びた城の居間には、楽しい会話の残滓が沈んでいた。
 テーブルにはティーポットやティーカップが乱雑に並び、ティーカップの底には冷め切った紅茶が溜まっていた。
ワイングラスを揺らしていたが、傾けて喉へと流し込む。熱い酒精と渋い味が喉を滑り抜け、胃の中に満ちた。
フィリオラから読まされたリリ達の手紙の内容と三人が写った写真を思い起こしながら、もう一口含み、飲んだ。
女達や子供達がいた時はそうでもなかったが、一人になると感情が込み上がってきたのでワインで誤魔化した。
歳を取ると涙脆くなる、というのは本当だ。若い頃ならなんとも思わなかったことが、今では胸中に深く染み入る。
 フィフィリアンヌはワインボトルを手に取って、グラスにもう一杯注いだ。それを揺らしながら、飲み下していく。
夏場とはいえ、日が落ちると薄暗くなる。壁に添って湾曲した本棚がずらりと並ぶ居間も、すっかり暗くなっている。
そろそろ食器を片付けてしまおう、とフィフィリアンヌはグラスの中のワインを一気に飲み干してから、腰を上げた。

「後でグレイスの奴に報告してやらねば。娘の貞操が奪われそうだ、とな」

 フィフィリアンヌが呟くと、テーブルの端に置かれていたワイングラスの中でスライムが触手を伸ばした。

「はっはっはっはっはっはっはっはっは。あの男は貴君並みかそれ以上にどうしようもない性悪の一人娘を溺愛していたのであるからして、さぞや喜ぶに違いないのである。ニワトリ頭にも、是非とも伝えてやらねばなるまい。あれもあの小娘には煮詰めた糖蜜の如く甘かったのであるからして、間違いなく狂喜するのである。そして、心底歪み切った娘に恋情を募らせてしまった愚かなる少年は即刻逃亡するべきなのである。この世のどこへいようとも、父親共の馬鹿げた執着心と嫉妬心は必ず届くのであるからして、遠からず呪い殺されるのである」

「違いない」

 フィフィリアンヌは底に少しだけワインが残っているワインボトルを取ると、伯爵のグラスにワインを注いだ。

「して、フィフィリアンヌよ。先日ヴィンセントに伝えた考えは、嘘ではないのであるか?」

「嘘であんなことが言えるものか」

 フィフィリアンヌは、空になったワインボトルをテーブルに置く。

「結末が変わらぬのならば変えてしまえばいい。私にそう教えてくれたのは、皮肉ながらファイドなのだ」

「確かに、今は連合軍とも国際政府連盟とも膠着状態にあるのである。ヴィンセントとその主の働きのおかげで我が輩達を取り巻く状況は悪化はしておらぬが、改善されているわけでもないのである。根本的な部分から作り替えなければ、ファイドのような考えに至らないとも限らないのである」

「守るためには戦え。私にそんな野蛮な考えを教えおったのは、ギルディオスだ」

「戦えば敵は生まれる。だが、戦わずとも敵が生まれるのならば、戦った方が良いと我が輩も思うのである」

「貴様も随分とあの馬鹿に毒されたな。昔は逃げることしか考えなかったというに」

 フィフィリアンヌに茶化され、伯爵はぐにゅりと身を捩った。

「あれが放った熱が強烈過ぎたのであるからして、我が輩の繊細な肉体が僅かに煮えてしまっただけなのである」

「そういうことにしておいてやろう」

 フィフィリアンヌは伯爵から目線を外し、高い天井に到達するほど巨大な本棚を見上げた。

「私も随分頭が冷えた。どれほど本を滅そうとも、魔法は滅ぼせん。それを知る者と力を持つ者がいる限り、魔法という素晴らしき文化と技術が闇へと葬られることはない。また、我々も滅ばぬ。いくら軍や政府が我々を殺そうとも、血は途絶えぬ。この私と、フィリオラやリリが長らえているのがその証拠だ。こうしている今でも心臓が鼓動を打ち、魂が滾っているのだから、生を望むのは当然の思考だ。これから先も似たような困難は訪れるやもしれんが、その時はその時だ。あの馬鹿の代わりに、私が戦えばいい。但し、振うのは剣でも魔法でもない。私が持ち得る中でも最も鋭利で最も深く、そして最も力強い武器があるではないか。なぜ、それを忘れていたのだろうな」

「して、貴君の持ち得る中でも最も素晴らしい武器とやらをどう使うのであるか?」

「決まっておる。口説き落とすだけだ」

 フィフィリアンヌは、にやりと目を細める。

「今回に限り、黒い手段は使わぬことにする。使うのは、この脳髄に詰め込まれた大量の知識と疲れを知らぬ喉だ。新共和国政府旗揚げの演説や国際政府連盟の高官の演説を音声電信で拝聴したが、あの程度の語彙と迫力しか持たぬ者達に負ける気などせん。私に一時間与えてくれれば、誰であろうと口説ける自信がある」

「調子に乗るのは良いが、やりすぎては本末転倒なのであるぞ」

「それぐらい、弁えておるとも。別に政治家になるつもりはない、連中の凝り固まった価値観を崩すだけなのだ」

「我が輩の出番を作ってくれねば、貴君が眠っておる間に鼻から喉から進入して器官を塞いでやるのである」

「貴様こそ調子に乗るな。貴様が失敗したら、誰がその汚い尻を拭うと思っているのだ」

「はっはっはっはっはっはっはっはっは。我が輩の肉体は麗しい上に高機能かつ優秀なのであるからして、臀部と呼べる部位は付いていないのである。よって、存在していない部位が汚れるわけがないのであるからして、貴君の罵倒など全く意味を成さないのである」

「まあ、一言ぐらいは喋らせてやろう。腐れ縁のよしみだ」

 フィフィリアンヌは伯爵のグラスの端を、ぴんと弾いた。

「それに、ヴィンセントの主とも顔を合わせる必要がある。あれの腹の内も、相当黒かろうて」

「我が輩達に興味を抱く時点で、元よりまともではないのである」

「上手くすれば近付けるかもしれんが、意見が背き合うかもしれん。だが、その時はその時だ」

「うむ。徹底的に罵倒し、侮辱し、陵辱し、屈服させるだけなのである」

「遊び甲斐のある男が二人も死んでしまったからな。私も貴様以上に退屈なのだ」

「はっはっはっはっはっはっはっはっはっは。退屈は我が輩達の美徳であり極上の快楽であるが、それ故に味わいすぎては腐敗を招くのである。特に貴君のような古臭く生臭いオオトカゲなら尚更なのであり、時折刺激を与えねば腐敗速度が速まって一夜にして汚らしい腐敗液と化すのである」

「ふん」

 フィフィリアンヌは嘲笑を浮かべ、スライムを見下ろした。

「貴様には生かす価値どころかこの世に生きる価値など欠片もないが、罵倒の趣味だけは認めてやろう」

 フィフィリアンヌは右手を挙げてぱちんと指を弾き、汚れたティーカップや皿を台所の洗い場へと転送させた。
伯爵は不気味に身を揺すって高らかに笑い続けていたので、フィフィリアンヌは苛立ち混じりにグラスを蹴った。
だが、伯爵は見事に体重を移動させてグラスをぐるりと一回転させ、直立した。そして、再びやかましく笑った。
 目的が決まった以上、仕事が出来た。ヴィンセントに掛け合ってもらって、会談の日程を組んでもらわなければ。
そのためにも、まずはあの白ネコを抱き込まなければならない。人には黒い手段は使わないが、魔物には使う。
あのネコは淡水魚よりも海水魚を好むようなので、その辺りを重点に置いた賄賂を見繕って抱き込んでしまおう。
話はそれからだ。心から愛する者達が一日でも早く本当の自由を手に入れ、生きられるようにしてやりたかった。
 守ることは、戦うこととは違う。だが、戦わなければ何も守れない時は、自分から立ち上がって戦うしかない。
時が経てば、形在るものは朽ちていく。劣化し、歪んでいくことは誰にも止められない。だが、それでも愛おしい。
竜の体がなぜ大きいのか、竜の知能がなぜ優れているのか、竜の力がなぜ膨大なのか、以前は解らなかった。
だが、今では解る。高みから全てを見下ろし、物事を把握して答えを導き出し、力を振るって答えを果たすためだ。
命を振り絞り、使い切るのが生ある者の定めだ。ギルディオスに生かされた理由は、生きるために他ならない。
 フィフィリアンヌは古びた窓を開けて夜気を含み始めた風を入れ、靡く髪を押さえながら、ごく自然に笑っていた。
笑っていれば、不安は起きなかった。これから先も何が起きるか解らないが、どうなったとしても楽しむだけだ。
 竜は笑う。そして眠る。だが、滅びない。




 全てが変わったようでいて、だが、その実は何も変わらない。
 世界が回り、物事が回り、命もまた回り、巡り巡って一巡しただけに過ぎない。
 途切れぬ命と潰えぬ魂を胸に抱き、今日もまた、人ならざる者達は明日を求めて歩き続ける。


 そして、これからも。

 至って普通の、そこそこ平和な日常が続くのである。





THE END.....





07 11/18


あとがき