アステロイド家族




父、奮迅



 庭先に出された鉄板の上では、焼きそばが焼かれていた。
 それを作ったのは、もちろんヤブキだった。途中まではミイムが鉄板の準備をしていたのだが、交代したのだ。
お菓子作りに関してはミイムの方が得意で、鉄板焼きはヤブキの方が得意だったから、ということがその理由だ。
思い掛けない展開に四姉妹は少々戸惑ったが、遊び疲れて空っぽになった胃袋にとっては最高の昼食だった。
香ばしく焦げたソースが掛かった麺に歯応えの良い野菜が混ぜ合わされ、大きな鉄板からは湯気が昇っていた。
ヤブキは器用に二枚のコテを使って大量の焼きそばをひっくり返し、充分にソースを馴染ませ、具と麺を絡めた。

「んじゃ、こいつはマサ兄貴とミイムの分っすね」

 ヤブキは二つの皿に焼きそばを盛ってから、子供達の分を取り分けた。

「お兄様ー、マヨネーズはございまして?」

 熱々の焼きそばの皿を受け取ったヒエムスが辺りを見回すと、アウトゥムヌスは少し眉根を顰めた。

「無粋」

「私はむしろ紅ショウガが欲しいが」

 庭先に設置されたベンチに皿を持ったアエスタスが腰を下ろすと、その隣にウェールが座った。

「だったら、私は目玉焼きがいいな。だって、その方がおいしいじゃない」

「…無粋」

 アウトゥムヌスは姉達の座るベンチと隣り合っているベンチに座り、不愉快げにむくれた。

「ま、オイラとしちゃ美味しく食べてくれればそれでいいんすけどね。なんだったら、後で持ってくるっすよ」

 ヤブキは四姉妹に割り箸を配ってから、リビングの掃き出し窓を開け、二人分の焼きそばを運び入れた。

「マサ兄貴ー、ミイムー、二人の分はここに置いておくっすからねー」

 キッチンから二人の返事があったが、どちらも気のない返事だった。余程、レモンパイに熱中しているのだろう。
ヤブキは膝立ちになって湯気の昇る焼きそばの皿をリビングテーブルに置いてから、窓を閉め、庭先に戻った。
振り返ると、四姉妹はまだ焼きそばに手を付けていなかった。日頃から家族が揃ってから食べると躾けたからだ。
ヤブキも一際多く盛った自分の皿を持ち、四姉妹と向かい合わせの位置にある椅子に腰掛けて、手を合わせた。

「いっただきまぁーす!」

「いただきまーす!」

 ヤブキに続き、四姉妹も声を上げた。そして、五人は出来たての焼きそばを食べ始めた。

「父上もミイムママも、外に出てこられたらいいのに」

 アエスタスは焼きそばを啜ってから、リビングに向いた。

「そうだよねー。こういうのって、外じゃないとおいしさが半減しちゃうもんね」

 ウェールが次女に同意したので、アウトゥムヌスはますます不愉快げに言い返した。

「屋内であろうと屋外であろうと、ジョニー君のご飯の味は変わらない」

「要するに気分ってことですわよ、アウトゥムヌスお姉様」

 ヒエムスは焼きそばを頬張り、咀嚼する。

「ていうか、キッチンが使えないからオイラが外で作る羽目になっただけなんすけどね」

 ヤブキはマスクを開き、その中の口腔器官に焼きそばを詰め込み、咀嚼しては嚥下した。

「この分だと、午後もリビングは使えなさそうっすね。だから、午後の勉強は子供部屋でやるといいっすよ」

「ジョニー君は」

 唇の端にソースを付けたアウトゥムヌスに問われ、ヤブキは箸の先で畑を指した。

「草むしりの続きでもするっすよ。そうしないと、後々面倒っすからね」

「…そう」

 アウトゥムヌスは舌の先でソースを舐め取ってから、ヤブキを見上げた。

「私も」

「むーちゃん、それはダメ。お兄ちゃんにかこつけてサボる気でしょうが」

 前にもやったじゃん、とウェールが呆れると、アエスタスはアウトゥムヌスに釘を刺した。

「兄上に気を割くのは構わないが、私達の本分は飽くまでも十歳児であることを忘れてはならない」

「あら、それでしたらアエスタスお姉様の方が余程どうかと思いましてよ?」

 ヒエムスは紙ナプキンで口元を拭ってから、イグニスのガレージに程近い射撃場を指した。

「普通の十歳児だったら、熱線銃の射撃訓練なんて絶対に行いませんわよ? ついでに言えば、機動歩兵の操縦なんてしないし、間違ってもお父様のスペースファイターの操縦桿を握ろうとは思ったりしませんわ」

「非常識極まるアエスタスお姉様に常識を問われたくはない」

 アウトゥムヌスは先程の報復とばかりに毒突いたが、アエスタスは動じなかった。

「どちらもまだ初歩段階の訓練だ。度が過ぎることはしていない」

「まあ、あーちゃんもむーちゃんもアレな感じだけど、ひーちゃんも充分アレなんだけどね。誰に見せるわけでもないのにくるんくるんの巻き髪なんだもん」

 ウェールは、ずるずると焼きそばを啜り上げた。ヒエムスは、いやに優雅な手付きでその巻き髪を払ってみせた。

「ただでさえ男所帯の家庭なんですもの、華があった方がよろしくてよ」

「華ならミイムママで充分だと思うが。男だが」

 アエスタスにあっさりと一蹴され、ヒエムスは口籠もった。

「そりゃ、ミイムママは別格ですけど…」

「しっかし、あの野郎が料理を作るとはなぁ」

 イグニスは皆の近くで胡座を掻いてから、マサヨシが奮闘しているリビングの奥を見やった。

「珍しいこともあるものだ。どこぞの惑星が滅びなければ良いのだが」

 トニルトスも片膝を立てて座り、やはりキッチンを覗き込んだ。

「大丈夫っすよ。ミイムが一緒なんすから」

 ヤブキは焼きそばを飲み下してから、キッチンへと振り返った。今のところ、作業は順調に進んでいるようだ。
レモンパイの要のレモンの酸味が効いたカスタードクリームも出来上がり、型に填めたパイ生地も焼き上がった。
後は角が立つほど泡立てたメレンゲをカスタードクリームの上に盛り付け、オーブンで焼けば出来上がりとなる。

「それで、パパは何を作っているの?」

 興味深げなウェールに、ヤブキはにんまりした。

「いやあ、そいつはまだ言っちゃならないことっすよ。後のお楽しみっす」

「そんなのまどろっこしいですわ。今すぐに教えて下さいまし、お兄様ぁ」

 ヒエムスは顔の脇で両手を重ねて媚びを売ったが、ヤブキは首を横に振った。

「こういうことは、マサ兄貴本人から伝えるのが一番なんすよ」

「とすると、ある程度の予想は付けられるのだが。お約束、というやつだな」

 アエスタスの発言に、ヤブキはぎくりとした。

「え、ええ?」

「もしかして」

 すかさずアウトゥムヌスが言おうとしたので、ヤブキはその小さな口元を指で押さえた。

「予想が付いても、言っちゃダメっす。ありがちなシチュだからこそ、秘密にするのがいいんすよ」

「…解った」

 アウトゥムヌスは仕方なく了承し、小さく頷いた。

「トニー、お前は予想が付くか?」

 俺にはさっぱりなんだが、とイグニスが首を捻ると、トニルトスは苦々しげに唸った。

「解るわけがなかろう。それ以前に、オヤクソクの意味が解らんのだ」

「お約束というのは、一般的には使い古されたシチュエーションを指す単語なのだが、この場合」

 なんとなく事の流れを把握してしまったらしいアエスタスが説明を始めたので、ヤブキは慌てた。

「だーからダメっすよ、あーちゃん! そこで色々ばらしちゃったら、台無しっすよ台無し!」

「しかし、具体的に説明しなければ情報の共有が出来ないではないですか、兄上」

 もっともらしいことを言うアエスタスに、ヤブキはちょっと困った。

「そりゃそうなんすけど…うん…」

 アエスタスは、なぜ話してはならないのか今一つ理解していないのか、疑問の宿る目でヤブキを見上げていた。
先の展開が読めてしまうから説明してしまいたい気持ちも充分解るが、説明したらマサヨシの苦労が水の泡だ。
しかし、その生真面目さ故に姉妹の中で最も利発なアエスタスを言い含めることは、ヤブキの腕では難しかった。
だが、放っておいては台無しにされてしまう。ヤブキが思い悩んでいると、唐突にガンマの鋭い声が頭上に響いた。

〈緊急警報! 緊急警報!〉

 その声を聞いた途端にアエスタスは表情を変え、皆も反応したが、一番反応が大きかったのがマサヨシだった。
思い切り驚いてしまったらしく、せっかく綺麗に盛り付けたメレンゲの先端をゴムベラの先で弾き飛ばしてしまった。

〈五万キロ後方地点にワープアウト反応と同時に、未確認物体の出現を確認!〉

「何が出やがったんだ、ガンマ!」

 弾かれるように立ち上がったイグニスが叫ぶと、ガンマは的確に答えた。

〈全長約二百五十メートル、全幅約二百五十メートル、総重量不明、所属不明。こちらからの緊急信号には応答はありません。太陽系統一政府管理下の宇宙船ではありません〉

「船ではない、では何なのだ?」

 剣に触れながらトニルトスが問うと、ガンマは続けた。

〈太陽系統一政府情報管理庁管理下のメインデータバンクを使用して情報の照合を行った結果、98.1%の確率で巨大移民宇宙船ペルグランテ号を襲撃した珪素原始生物、識別名称クリュスタリオンであると思われます〉

「クリュスタリオン?」

 聞き慣れない名称にイグニスが少々戸惑うと、リビングの掃き出し窓が開き、マサヨシが飛び出してきた。

「とにかく出撃するぞ、イグニス、トニルトス! さっさと始末しないと、レモンパイが焦げちまう!」

「お前、敵の正体を知っているのか?」

 イグニスが聞き返すと、エプロンを荒々しく脱ぎ捨てたマサヨシは二人に叫んだ。

「知ってるも何も、昔の敵だ! あいつのせいで、俺はサチコと半年も結婚を延ばす羽目になったんだよ!」

「もしかして、レモンパイってマサ兄貴の死亡フラグだったりしちゃったりしないっすか? そりゃ、いかにもお約束ーって展開だったっすけど、ここまでお約束にしちゃわなくたって…」

 薄力粉まみれのエプロンを拾ったヤブキが苦笑いすると、リビングからスリッパが飛び出し、側頭部に命中した。

「滅多なこと言いやがるんじゃねぇぞコンチクショウがですぅ」

 もちろん、スリッパを放った主はミイムだった。彼はスリッパを漂わせながら、腕を組み、平たい胸を張っていた。

「せっかくの休日だったってのに、邪魔してくれやがって」

 イグニスはぼやきながらも、背部のスラスターを開いてカタパルトへ飛び出した。

「早急に撃破する。それだけのことだ」

 トニルトスもそれに続き、カタパルトへ向かった。その途中で、イグニスはマサヨシを拾って肩に載せていった。

「やっぱり、珍しいことをすると珍しいことが起きるもんなんですねぇ。ふみゅうん」

 ミイムは三人の戦士を見送りつつ、頬に手を添えた。ヤブキは、四姉妹を見下ろした。

「もしかして、これってこの間の銀河断裂現象の余波だったりするんすか?」

「有り得ますわね、充分に」

 ヒエムスが苦笑すると、ウェールは顔を逸らした。

「うん…たぶん…。銀河系が裂けちゃったせいで、短時間だけど空間がぐちゃぐちゃになっちゃったし…」

「識別名称クリュスタリオンは、珪素で構成された体組織を保つ原始生物。その生態は極めて単純であり、単細胞生物に酷似している。消化器官と直結した口腔で高純度金属を摂取し、吸収した後に分裂し、繁殖し、増殖する。だが、その規模は大きく、成長を繰り返せば衛星程度にまで成長することが可能」

 アウトゥムヌスは鉄板に残っていた焼きそばを皿に盛り、黙々と食べながら続けた。

「体組織が珪素であるため、光学兵器による過熱、及び冷却はほとんど効果がない。最も有効な攻撃方法は物理攻撃だが、クリュスタリオンの表面の硬度は超高圧で凝結された炭素にも匹敵し、物理的破壊は極めて困難」

「うわー、もろに死亡フラグっすねー。これなんて最終回っすか?」

 ヤブキが乾いた笑いを零したので、ミイムはその襟首を掴んで激しく揺さぶった。 

「だぁから滅多なことほざくんじゃねぇっつってんだろうがド底辺ー!」

「ねえ、レモンパイって何のこと?」

 ウェールが二人を見上げると、ミイムはヤブキを揺さぶるのを止め、曖昧な笑みを浮かべた。

「それはぁ、えっとぉ、パパさんとサチコさんの愛の結晶、みたいなぁ?」

「ここで言ったらますます死亡フラグが確定しちゃいそうっすから、オイラ達は黙っとくっすよ」

 ヤブキはミイムに乱された襟元を直し、言った。四姉妹はそれぞれで好奇心に駆られてしまい、目を合わせた。
そう言われると、尚更気になってしまう。だが、二人がこれ以上話さないのは解っていたので、問い詰めなかった。
程なくして、リニアカタパルトからスペースファイターと戦士達が射出されたらしく、僅かな震動が空気を揺らした。
 さあお昼の続きっす、とヤブキに促され、四姉妹は座り直した。鉄板の火はまだ落とされておらず、熱している。
ヤブキは残りの材料を鉄板に投入し、油を弾けさせながら炒めた。ミイムも、食べかけの焼きそばを持ってきた。
四姉妹は三人の安否を気にしながらも、胃袋はまだ満たされていなかったので野菜炒めの出来上がりを待った。
 どんな事態になろうとも、食欲にだけは勝てない。





 


08 12/3